元侯爵、今は黒猫。世界最恐ダンジョン最下層で国家運営の派出所暮らし 作:tuna&mayo
「まず、配信可能区域の確認から始めましょうね?」
御影千尋がそう言った瞬間。
クロは露骨に嫌そうな顔をした。
「……配信ってそんな許可いる?」
「場所によります」
「ここ、俺んちだぞ?」
「国家管理施設でもあります」
「家」
リマが横から言った。
「はい。リマさんのお住まいでもあります」
「じゃあいいじゃん!」
「よくありません」
即答だった。
クロは机の上で前足を広げた。
「なんでだよ! ただカメラ回して喋るだけだぞ!」
「その『ただカメラを回す』場所が問題なんです」
「世界最恐ダンジョンだから?」
「分かっているではありませんか」
「でも俺ら普通に住んでるし」
「あなた方を基準にしないでください」
千尋は端末を持ち上げる。
「映してはいけないものを確認します」
「はいはい」
クロはすでに半分聞いていなかった。
「まずコアルーム」
「論外です」
「早っ」
「ダンジョン中枢です」
「じゃあ転移設備」
「機密です」
「研究区画」
「機密です」
「最下層の地図」
「論外です」
「警備配置」
「なぜ映そうと思ったんです?」
「じゃあ何なら映せんだよ!」
千尋は少し考えた。
「現地確認しましょう」
「ロケハン!」
「安全確認です」
「同じようなもんだろ!」
「違います」
「肉は?」
リマが聞いた。
「それも途中で探そう! ――って、目的変わってんじゃねえか!」
クロが自分でツッコんだ。
◇
最初に向かったのはコアルームだった。
派出所から伸びる渡り廊下の先。
巨大な扉の向こうに、ダンジョン中枢がある。
クロは扉の前で振り返った。
「ここ絶対映えるだろ!」
「映りません」
「まだ中入ってねえ!」
「入っても同じです」
「リマの家だぞ?」
「国家最高機密でもあります」
「家」
リマが扉を指差す。
「はい」
「寝るところ」
「はい」
「肉も置いてある」
「それは初耳ですが」
千尋がリマを見る。
リマはぽけーっとした顔のまま扉を開けた。
「待って待って待って! 今それ確認する流れじゃねえ!」
クロが慌てて止める。
「なんで?」
「肉の隠し場所バレるだろ!」
「国家機密よりそちらですか?」
「リマにとっては国家機密だ!」
千尋が眼鏡を押し上げた。
「コアルームは不可です」
「ちぇっ」
次。
転移設備。
巨大な転移陣の周囲には、複数の制御装置と監視機器が並んでいる。
クロがカメラを向ける。
「これなら――」
「ダメです」
「理由!」
「転移座標、魔力構造、安全装置その他の解析材料になります」
クロは少しだけ黙った。
「……ああ、そりゃダメだな」
千尋が一瞬だけ目を瞬く。
「意外と素直ですね」
「専門的にダメな理由あるなら聞くわ!」
「では今後もそうしてください」
「それは別!」
「なぜです?」
「気分!」
千尋は何か言いかけ、やめた。
次は派出所内部。
「ここ!」
「書類が映ります」
「片付けろよ!」
「誰の案件の書類だと思っています?」
「俺らか!」
「はい」
「じゃあ俺のだからよくね?」
「よくありません」
「なんで!?」
「個人情報です」
「俺の個人情報を俺が出すのもダメなの?」
「その前に政府機密が混ざっています」
「めんどくせえ!」
「それが行政です」
クロは盛大にため息をついた。
リマはその横で、派出所の冷蔵庫を開けている。
「ない」
「何が?」
「肉」
「まだ探してんのかよ!」
◇
最後に三人は派出所の外へ出た。
そこには畑。
芝生。
ベンチ。
リマ用の巨大な遊具――という名の、どう見ても軍事訓練施設みたいなアスレチック。
そして遠方では、最下層産の大型ゴーレムが巡回している。
クロは辺りを見回した。
「……世界最恐ダンジョンなのに、映せる場所が家庭菜園と公園しかねえ」
「十分珍しいと思いますが」
「どこが?」
千尋が黙った。
リマが畑から葉っぱを一枚摘んだ。
「これ食べられる」
「それ野菜だろ」
「食べられる」
「肉じゃねえじゃん」
「食べられる」
「強いなその理屈」
クロはカメラをぐるりと回した。
「畑は?」
「問題ありません」
「芝生」
「問題ありません」
「アスレチック」
「構造が分からない範囲なら」
「構造バレて何が困るんだよ」
「リマさん用ですので」
「……まあ、そうか」
人類が真似して使ったら死者が出る。
そこはクロにも分かったらしい。
そして、遠くのゴーレム。
「こいつは?」
千尋が少し考える。
「警備能力が推定されない範囲なら」
「顔だけ?」
「顔だけです」
クロはゴーレムを呼んだ。
「おーい! お前、顔出しOK?」
ゴーレムが振り返る。
巨大な石の身体。
腕には『警備』の腕章。
数秒後。
ゆっくりと親指を立てた。
「OKだって!」
「意思疎通できたんですか?」
「ノリだよノリ!」
ゴーレムはまた巡回へ戻っていった。
リマが小さく手を振る。
「いってらっしゃい」
ゴーレムも手を振った。
千尋は少しだけ遠い目をした。
「……本当に守衛が板についてきましたね」
「暇そうだったしな」
「災害級の魔物へ言う言葉ではありません」
「今は公務員みたいなもんだろ」
「雇用契約はありません」
「じゃあボランティアか」
「余計に悪い気がしてきました」
◇
最終的に配信許可が出た場所は、派出所前の広場。
畑。
芝生。
アスレチックの一部。
そして守衛ゴーレムが遠くを歩く程度。
「……地味」
クロが言った。
「十分です」
「世界最恐ダンジョンから配信すんだぞ!? もっとこう、禍々しい何か!」
リマが首を傾げる。
「ここ、禍々しい?」
「お前に聞いた俺が悪かった!」
「いつも通り」
「そうなんだよ! 慣れすぎて分かんねえんだよ!」
クロは試しにカメラを設置した。
画面を立ち上げる。
三人でモニターを見る。
「…………」
最初に黙ったのはクロだった。
画面の奥には、どこまでも続く巨大な地下空間。
壁面には奇妙な鉱石の光。
その中にぽつんと建つ、小さな派出所。
横には家庭菜園。
芝生とベンチ。
明らかに人間用ではない巨大アスレチック。
その向こうを、災害級の巨大ゴーレムが『警備』の腕章をつけて歩いている。
そして画面中央。
オーロラ色に揺れる髪。
天使の輪。
悪魔の翼。
ドラゴンの尾。
赤と緑の瞳。
ぽけーっとした顔で肉の入っていない皿を持つリマ。
その横。
真っ黒なデフォルメ猫。
赤い目。
やたら偉そう。
さらに後ろでは、スーツ姿の長身女性が書類を確認している。
「……なんだこれ」
クロが呟いた。
「今さらですか?」
千尋が答える。
「いつも通り」
リマも答えた。
クロはもう一度画面を見る。
地下迷宮。
家庭菜園。
美少女キメラ。
喋る黒猫。
政府職員。
巨大ゴーレム。
「……待て」
赤い目が細くなる。
「これ」
数秒。
クロの口元が吊り上がった。
「勝ったな」
「まだ始まってすらいません」
千尋は冷静だった。
◇
そこからのクロは早かった。
「タイトル!」
端末を操作する。
「『世界最恐ダンジョンから生配信!』」
「問題ありません」
「『最下層に住んでみた』」
「事実ではあります」
「『美少女キメラに和牛食わせてみた』」
「待ってください」
「どこ!?」
「キメラという情報は一般公開されていましたか?」
「……」
クロが止まった。
リマが自分を指差す。
「リマ」
「……リマでいいな!」
「切り替えが早いですね」
「秘密バラすよりマシだろ!」
「今後もその判断をお願いします」
「俺を何だと思ってんだよ」
「秘密を勢いで話しそうな方です」
「偏見!」
「実績です」
「まだ地球来て一週間だぞ!?」
「一週間で十分でした」
「評価が早ぇ!」
最終的にタイトルは、
『世界最恐ダンジョン最下層から生配信!』
で落ち着いた。
チャンネル名。
アイコン。
概要欄。
クロは次々と作っていく。
妙に手際がいい。
「クロ」
「なんだ?」
「肉」
「今用意する!」
クロが簡易キッチンへ走る。
千尋が止めた。
「どこから出すんです?」
「……保存食?」
「肉ではありませんね」
「くそっ! 初配信なのに絵が弱い!」
「そもそも金欠だから始めたのでは?」
「忘れてた!」
リマの翼が下がる。
「肉ない」
「なんか探す!」
「勝手に狩りへ行かないでください」
千尋が即座に止めた。
「配信開始前に出演者が消えるのは困るでしょう?」
クロが止まる。
「……千尋ちゃん」
「はい?」
「お前、もう配信のこと考えてるじゃん」
「仕事です」
「ノリ悪ぃな!」
結局、政府支給の保存食と、畑から採れたものを適当に焼くことになった。
リマは少し不満そうだったが、食べられるならいいらしい。
◇
「クロさん」
「ん?」
「私は映りませんからね」
「なんでだよ!」
「業務中です」
「政府の人間映ってた方が本物感あるだろ!」
「そのために勤務しているわけではありません」
「画面端だけ!」
「嫌です」
「ケチ!」
リマが千尋を見る。
「千尋も食べる?」
「……少しだけいただきます」
クロの耳が立った。
「出演決定!」
「違います」
「今食うって言ったじゃん!」
「カメラの外でです」
「プロ意識高ぇ!」
「公務員です」
クロはカメラの位置を微調整する。
「よし!」
画角確認。
音声確認。
通信確認。
コメント表示。
配信タイトル。
サムネイル。
全部よし。
クロは一度大きく息を吸った。
「いくぞリマ」
「ん」
「緊張してる?」
「お腹すいた」
「通常運転!」
千尋が端末を見る。
「現時点で問題ありません」
「よっしゃ!」
クロが配信開始ボタンを叩いた。
一瞬。
画面が切り替わる。
「……始まった?」
「始まっています」
「マジ?」
「はい」
クロはカメラへ向き直る。
さっきまでの慌ただしさが消えた。
赤い目が輝く。
「はいどーも! クロでーす!」
「リマ」
「今日から配信始めるぞ!」
画面の隅。
《視聴者:0》
「…………」
クロの笑顔が固まった。
リマは横で黙々と野菜を焼く。
千尋はさっさと仕事へ戻った。
「いやいやいや!」
クロがカメラに向かって叫ぶ。
「最初はこんなもんだから! 今からだから! 絶対来るから!」
誰に言っているのか分からない。
数秒。
変化なし。
「…………」
リマが焼いたものを口に入れる。
「おいしい」
「今それどころじゃ――」
ぴこん。
数字が変わった。
《視聴者:1》
クロの耳が勢いよく立った。
「――来たぁぁぁぁぁ!!」
リマはもう一口食べた。
「クロ、うるさい」