プロローグ
「あんな言い方することないだろ……」
ナザリック地下大墳墓・第十階層、玉座の間。この荘厳な空間に、モモンガの呟きが響いた。
今からおおよそ30分前。
第九階層・円卓の間で待機していたモモンガの元に、ギルドメンバーの一人であるヘロヘロがログインしてきた。彼が転職して以来だったため、約2年振りの再会だ。
暫くは仕事に対する愚痴や体調面など、お互いに近況報告していた。やれ残業が、やれ健康診断の結果が、そんな感じだ。
話が一段落ついたところで、ヘロヘロが「眠気が限界なのでログアウトする」と切り出した。
モモンガ自身、ヘロヘロ程ではないにせよ社畜で多忙な身であるため、時間を作る事がどれだけ大変か理解している。そんな中わざわざ会いに来てくれて嬉しいと思う反面、申し訳ないという気持ちも湧いてくるのだ。
故に、サービス終了まで一緒に居ようという誘いを飲み込み、快く送り出すことに決めた。
「ゆっくり休んでくださいね」
笑顔のアイコンと共に言う。
ヘロヘロは謝罪をしつつ、ログアウトするためにコンソールを操作する。そして何気なく言った。
「でも、ナザリック地下大墳墓がまだ残っているなんて、思ってもいませんでしたよ」
「えっ……」
ヘロヘロが放ったその一言に、モモンガの頭は真っ白になった。
自分がこのナザリックを維持してきたのは、別に誰かに頼まれたからではない。ギルドメンバーとの思い出を残したかったという、言ってしまえば只のエゴ、自己満足である。それは理解している。理解しているが、彼の言葉はとても許容できるものではなかった。まるで「ナザリックへの情熱があるのはお前だけだ」と突きつけられたかのようであったからだ。
沸き立つ苛立ちを社会人のスキルで上手く誤魔化し、社交辞令的な再会の約束と別れの言葉を交わした。
《ヘロヘロさんがLog outしました。》
そのメッセージウィンドウに、抑えていたものが決壊。我慢していたドス黒い怒りが流れ出す。
怒号を飛ばしたり、円卓に拳を叩きつけたり、普段の自分なら絶対にしないであろう行動を取った。そのおかげか、暫くして怒りは落ち着き冷静になる。しかし残ったのは虚しさだけであった。
「ここも、過去の遺物か……」
壁の窪みに飾られたギルド武器を手に取り、廊下へ出る。
偶にすれ違うメイドや、第十階層への階段前で待機していたプレアデス達を無視し、そのまま玉座の間へと歩を進めた。
そして現在。
「はぁ〜、結局は熱意に差があったってことか」
彼らが実際にそう思っていたかは分からない。ただ、会いに来てくれなかった人が大多数なのは事実だ。
自分が言った事を否定するつもりが、かえって補足して追い討ちをかけるかのようになってしまった。その思考に体の力が抜け、血液が失われていくような、熱が冷めていくような感覚に陥る。同時に、ギルドメンバーとの大切な思い出すらも色褪せてしまったような気がした。
負の思考のループに余計に気が滅入る。
「……よし! もう最後なんだし、好きにやろうか!」
どうせあと一時間弱でサービスが終了してしまうのだ。悔いが残らないように、残り時間を全力で楽しむ事にしよう。
心の内の負の感情を吐き出すように、自分を鼓舞するように、無理矢理に明るい声でそう宣言する。普段の自分ならば、絶対にそんな事をしようとは思わないだろう。ある意味、ヘロヘロの言葉のおかげとも言える。
「まずはコレだな」
アイテムボックスから取り出した課金アイテムを使用する。現在装備しているものとは別の指輪を装備できるように、上書き登録する効果だ。
準備が終わったので、玉座の隣を浮遊していたギルド武器を左手に持ち、勢いよく立ち上がる。そして右手を天に掲げた。
「
入手方法は課金ガチャのみ──一応、PKのドロップ品として入手できる可能性も無くはないが、これ程までのレアアイテムを何の対策も無しに持ち歩くバカは居ないため、やはり入手方法はガチャのみである──であり、モモンガの場合、ボーナスを全て注ぎ込んで漸く入手したのだ。
そんな経緯があるため、勿体無くて一度も使っていない。その証拠に、流星に見立てたのであろう残りの使用回数を表す宝石は、3つ全てが淡い光を放っている。
一度も使わずに終わるのも、それはそれで勿体無い。ならば、景気良くここで使用する事にしよう。
「指輪よ、
超位魔法〈
「おぉ、来た来た。どれどれ……」
・ユグドラシル金貨25億枚
・ドロップアイテム・金貨×2、獲得経験値+100%(24h)
・拠点NPC作成ポイント+5
・各種インゴットセット(500gバー)
etc…
「どれも微妙だな……」
特に魅力を感じるものが無いままに、最後の一つに辿り着いてしまった。しかし、その選択肢が視界に入った瞬間、モモンガは己の目を疑った。
「『ギルド武器と同化』……? なんだこれ!?」
その選択肢は、十余年のサービス期間の中で一度も見聞きした事のない効果であった。
特に詳しい説明が書かれていないそれに、ひどく興味を惹かれる。文面から推測するに、自身とギルド武器が合体か何かして、超パワーアップするとかそんな感じだろう。
「これにしようかな。しかし、俺の独断でギルド武器に手を加えるのもなぁ」
ギルド武器とは、各ギルドに一つだけ持つことを許される、謂わばギルドの象徴である。もしこれが壊されてしまうと、ギルドは崩壊し、拠点の所有権をも失ってしまう。
だからこそ、強大な力を誇るにも関わらず、作成してから今までに一度も使うことなく厳重に保管してきたのだ。
それを個人で好き勝手に扱うのは、いくらギルド長であろうと到底許されることではない。皆で努力して作り上げた輝かしい記憶を地に落とす行為だ。
しかし────
「もう今更だし別に良いか」
サービス終了まで好き勝手にやると決めたのだ。今更行動を改めるつもりなど毛頭無い。
もし文句があるのならば、今すぐにでもログインしてきて欲しいと思う。その時はこちらも言いたい事を言うつもりだ。
いずれにせよ、あと数十分でこのナザリックの全てが消えてしまうのだ。それならばと、モモンガは『ギルド武器と同化』を選択するのだった。
「はぁ、なるほど。情報が出てこないわけだ……」
特に何事もなく『同化』を終えたモモンガは、自身のステータス画面を確認しながら、呆れたように、それでいて納得したように呟いた。
というのも、この『同化』には情報が秘匿されるのにも納得してしまう程のメリットやデメリットがあったのだ。
まずはメリットから説明しよう。
レベルの追加
ギルド武器の名前を冠した、種族でも職業でもないレベル、『ギルド武器レベル』が追加される。なお、このレベルの上限は1レベルであるが、100レベルの壁を突破する。
それにより、現在のモモンガは総合101レベルとなった。
ステータスの上昇
レベルが上がれば、当然ステータスも上がる。
『ギルド武器レベル』の追加に伴うステータスの上昇値は、ギルド武器のデータ量によって決まるという仕様のようだ。
レベルが上がれば、新たな特殊技能や魔法も習得する。
ギルド武器や、それに組み込まれているアーティファクト専用の能力ですらも、自身の特殊技能や魔法として使用可能となるのだ。
例えば、ギルド武器を装備した際に発生するステータス上昇効果。これが
その他にも、アーティファクトである7種類の宝玉の代表的な能力である〈
これらの、通常プレイでは絶対に習得できないものですら、自身の力として扱えるようになるのだ。
武器の枠が開く
他の効果と比べるとあまり目立たないかもしれないが、本来ならギルド武器で装備枠が埋まっていたところに、別の武器を装備するという事が可能になる。
以上4つがメリット。
そして、唯一にして最低最悪なデメリット。それは────
死亡=ギルド崩壊
同化した者のHPとギルド武器の耐久値が連動するようになる。つまり、その人物が死亡した時点でギルドは崩壊し、拠点の所有資格を失ってしまう。
課金アイテムを使用して増築した階層、細部まで作り込んだ内装、拘りに拘りを重ねて作成したNPC、様々な冒険の末に手に入れた財宝の数々、その他諸々……。これまでに築き上げたもの全てを失う事になるのだ。
「強力なのは間違いないが、デメリットが大き過ぎる……。如何にもクソ運営らしいな」
流石と言うべきか、メリットとデメリットのバランス調整に
この『ギルド武器と同化』を行ったプレイヤーが他に居るのかは不明だが、12年ものサービス期間の中で情報が全く出てこなかったのにも頷ける内容だ。なにせ、この力は諸刃の剣どころの話ではない。敵に情報が漏れた場合、真っ先に狙われるのは確定しているのだから。
「まぁ、どうせもう直ぐ終わるんだし、あまり気を張る必要もないか……。あ、そうだ」
安堵と寂しさの入り混じった声色で呟いたモモンガは、何か閃いた様子でコンソールに指を滑らす。そして、自身のプレイヤー情報欄き、その中の『プレイヤー名の変更』を選択。浮かび上がった半透明のキーボードで文字を入力していく。
「『モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン』っと。フフフ……! 今の俺──私には、この名こそ相応しい。フハハハ!」
途中から魔王ロールに切り替え、自分こそがギルドそのものだと宣言する。
ギルドを私物化していると思われても仕方がない行為だが、それ咎める者は居ない。
「私は非常に我儘なんだ」
かつてギルメンに言われた、「ギルド長はもっと我儘になっても良いのに」という言葉を思い出す。
ついぞ我儘を言えぬまま皆は引退してしまったが、皮肉なことに、彼らが去ってからそれが叶ったのだ
「さてと!
素の声に戻ったモモンガは、
「────なるほど。全体的に魔法の威力が上がっているな。MPの自動回復も早い。大体二倍くらいか? フフフ……」
新たに手に入れた力の確認を終えたモモンガは、一人悦に入っていた。特に嬉しいのが、MPの自動回復回復が早くなった事だ。
自動回復以外にMPを回復する術が無いユグドラシルにおいて、これはかなりのアドバンテージとなる。まぁ、もう今日でサービス終了するため、それを活かすことは無いのだが。
「もっと早くやっておけばよかったなぁ」
すっかり癖になってしまった独り言を呟く彼の耳に、3人居た女性ギルメンの内の1人、現在は人気声優として様々な方面から引っ張りだこのぶくぶく茶釜の声が届く。
『モモンガお兄ちゃん!』
「茶釜さん!?」
その声に我に返り、勢いよく周囲を見渡し確認する。しかし、そこには誰も居ない。
ついに幻聴まで聞こえる様になってしまったか……。重症だな。などと自嘲していると、再び彼女の声が聞こえる。
『指定したお時間だよ、モモンガお兄ちゃん! 早くしないと遅刻しちゃうよ?』
よくよく耳を凝らすと、彼女の声は自身の左腕に嵌められた腕時計から聞こえてくる。
いつ、どんな経緯だったかも覚えていないが、彼女から貰ったボイス付き腕時計だ。
(ああ、そうだった。玉座の間で最後を迎えるために、アラームを設定していたんだった)
『ねぇ、聞いてるの? モモ───』
「はぁ」
少し乱暴な手つきで外した腕時計を、アイテムボックスに放り込む。
「ホントに、何で音声をカット出来ない仕様にしたんですか」
未だにヘロヘロとの一件を引きずっているのか、つい棘のある口調になってしまう。
今日、彼女は来なかった。それについては仕方ないと納得していたが、少しも悪びれる様子のない彼女の声──録音された音声なのだから当たり前なのだが──に、理不尽なのは理解しているが、無性に腹が立ってくる。
「……はぁ。やめだ、やめ。悔いの無いよう過ごすと決めたじゃないか。八つ当たりしてどうする」
怒りを溜め息で吐き出し、心を落ち着ける。深呼吸を繰り返すうちに、かなりリラックスできた。
気を取り直し、指輪の力で玉座の間の扉の前へと転移する。セキュリティ上、内部には直接転移できない仕様になっているからだ。
精巧な女神と悪魔が形どられた扉は、何度見ても素晴らしい。今にも動き出しそうなほどにリアルだ。
「これをアイツが作ったんだもんなぁ……。造形の腕
アイツというのは、ギルド一の問題児、るし★ふぁーのことだ。
彼は
彼が手がけたものは、この玉座の間の扉やレメゲトンの悪魔像達、スパリゾートのライオン像など多岐にわたる。彼が作った品は多々あるが、そのどれもが素晴らしい出来だ。
そんな卓越した才能がある代わりに、欠点もある。とにかく人に迷惑をかける人物なのだ。
例えば、ゴーレムの特性を逆手に取り、ギルドメンバーにも攻撃を加えられるように設定していた事。
極め付けは、希少金属をちょろまかして精巧なゴキブリ型ゴーレムを作っていた事だ。それがバレた時は、ギルドメンバー全員、特に女性メンバーから大顰蹙を買っていた。
「……思い出したら腹が立ってきたな」
だが、先程と同じ失敗はしない。再び深呼吸をし、気分を落ち着ける。
「……ふぅ」
ローブを軽く払って身なりを整える。別に汚れもシワも無いのだが、そうするべきだと思った。
「さてと、入るか」
身なりを整えて扉の前に立つと、重厚そうな扉が音を立てながらゆっくりと開いていく。扉が開くにつれて徐々に顕になる内装に感動を覚える。
天井から吊るされたシャンデリア。左右の柱から掲げられたギルドメンバーの紋章旗。奥まで敷かれた真紅の絨毯。巨大な水晶から削り出したかのような玉座。そして、玉座の隣に佇むアルベド。
本日この場所を訪れるのは二度目だが、やはり壮観だ。
「…………」
とはいえ、正直暇だ。
最後の瞬間は玉座の間で過ごそうと早めに行動したのだが、それが仇となった。
他にする事もないので、側に控えるアルベドを観察する。
烏の濡れ羽色のような艶やかな黒髪、腰から生える漆黒の天使の羽。それらが純白のドレスとの良い対比になっており、非常に洗練されたデザインとなっている。正直かなりタイプだ。
そして、その手には
(ちょ、何で!?)
コンソール画面を開き、彼女の装備を確認する。
やはり、見間違いではない。彼女が所持しているのは真なる無で間違い無かった。
「はぁ、タブラさんか? 全く……」
本来、
(どんな設定だっけ?)
100レベルの
納得したモモンガは装備欄を閉じ、今度はフレーバーテキストを開く。
「なっが……」
視界に飛び込んできたのは、限界まで書き込まれた文章。それで思い出す。アルベドを作成したタブラ・スマラグディナは、ギルド随一の設定魔であったと。
彼は神話や宗教、歴史に明るく、大学教授である死獣天朱雀と議論を交わせるほどに博識だった。そんな彼が丹精込めて書き上げたフレーバーテキストは、目がチカチカするほどに文字で埋め尽くされている。
サービス終了時間まで、あと15分程。丁度良い時間潰しになりそうだと、しっかりと読むことにした。
(えーっと、なになに『傾国の美女』……確かに)
(ふむふむ)
(ほうほう)
内容に対して感嘆したり、ツッコミを入れたりしながら、じっくりと読み進める。
読み始めてから5分程だろうか、スクロールバーが一番下に到達した。漸く辿り着いた最後の一行に、モモンガは己の目を疑った。
『ちなみにビッチである。』
「え? なにこれ」
思わず脳がフリーズする。
ビッチ。雌犬、または売女。この場合は後者だろう。
流石はギャップ萌えのタブラ・スマラグディナ。ナザリックの管理能力は一流だの、主婦業は全体的に得意だのという設定を与えておきながらコレである。
「いくらなんでもこれは流石に……」
自分好みの女性にそんな設定があった事に多少の不快感が湧き、その一文を消す。
本来であれば作成者以外は編集できないのだが、ギルド長権限を行使すれば他人のNPCですら書き換え可能になるのだ。
(折角だし、何か代わりに入れるか。えーっと、1、2、3……。11文字か。ふむ……)
『モモンガを愛している。』
アルベドの容姿が自分の好みド真ん中であったことから、ついこんな事を打ち込んでしまった。
「うわ、恥ずかしい」
遅れてやってくる羞恥の感情。あまりの恥ずかしさにもう一度書き換えようかと思ったが、どうせもうすぐ消えてしまうし別に良いかと思い直す。
「引退する時に『全部自由にして良い』って言ってたしな。そこにNPCも含まれるだろ。それに真なる無の件もある。お互い様だな、うん」
誰が居るわけでもないのに、つらつらと自分の行いを弁明する。
ふと視界の右上に表示されている時計を見れば、時刻は23:59:09。サービス終了時間までもう1分を切っている。
「もうこんな時間か」
瞼を閉じ、背もたれに体を預ける。
「本当に、楽しかったんだ」
万感の思いで呟いた言葉は、玉座の間に響き、やがて消えた。