マーダーボット•ダイアリー コントラクト•ウィズ•ゼロ 作:でるくさす
痛みは感じませんでした。原因究明に自己診断を走らせると、弊機の神経繊維には起動前になかった情報がインストールされています。これの負荷が原因で強制シャットダウンが起きたようです。
運用信頼性回復
再起動
成功
周囲には弊機を取り囲み遠巻きに観察している人間達。一様に惑星間の移動すらおぼつかないはるか古代のドラマに出てくるような装いです。
ですがドラマ撮影の現場ではないでしょう。理由は弊機が把握している俳優が1人も出演していないなどありえませんし、撮影機材も見当たりません。ダメ押しにフィードが全く感知できません。つまり彼らははるか古代のドラマの装いではなくはるか古代の装いという事になります。
未開の地に孤立無縁、警備ユニットでもかなりのピンチと言えます。
幸いドローンが一機ポケットに入っていました。これで人間と面と向かって会話しなくてすみます。わーい
誰にも気づかれないよう低空で群衆を回り込ませ上空に展開します。
この原始の穴蔵より少しばかりマシな建物の周りにはこれより高い建築物はありません。(軌道エレベーターなどもってのほかです)
弊機の前に立つ人間が訝し気にこちらを見ています。
「あんた誰」
驚きました。言語翻訳も部分的にすら対応できずまったく独自に発展した言語モデルですが理解できます。解析を待つまでもなく神経繊維にインストールされた情報の内容がわかりました。
弊機からの言葉が伝わる保証はありませんが、問いに答えます。
「私はプリザベーション連合の警備主任リンです。」
「プリザベーション連合?…警備の主任。えらい人ってことはあんた、貴方は」
彼女の顔がみるみるうちに青く変化していきます。
「貴方は貴族ですか」
そういった身分制度を未だに採用している惑星があるにはあるそうですがここがそのようです。弊機は勿論、貴族ではありません。
「何よ、平民じゃない」
「ルイズ、サモンサーヴァントで平民を呼び出してどうするの?」
「ちょ、ちょっと間違っただけよ」
弊機だけがなんらかの間違いで呼び出された?ようです。保護すべき人間が一緒でない事に安堵します。あとは自身の身を守れば良いだけです。
しかも間違いであればすんなり返してもらえるかもしれません。
「さすがはゼロのルイズだ!」
弊機と彼女を取り囲む群衆が一斉に笑います。
「ミスタ•コルベール!」
群衆が割れて男性が現れました。彼がこの場の責任者でしょうか。
(男性の責任者は大抵、毛髪が残っていません。ミスタ•コルベールも前例に習ってくればよいのですが)
「なんだねミス•ヴァリエール」
「あのもう一回召喚させてください!」
弊機からも責任者コルベールにリコールを要求します。
弊機がプリザベーション連合のメンサー博士に雇用(所有)された警備主任で弊機が突然居なくなればメンサー博士達の脅威判定が大幅に上昇する事を伝えます。
責任者コルベールは申し訳なさそうに答えました。
「人が呼び出されるというのは私も前例を聞いた事がない。」
弊機は暴走警備ユニットなので人ではない点で前例に外れていませんが訂正はしません。(警備ユニットの存在を理解させるのはきっと骨が折れます。)
「元居た場所戻すという事もできないんだ。君には君の生活があったろうが…すまない。使い魔召喚というのはそういうものなんだ。プリザベーション連合という国は聞いた事がないが連絡取れるよう私も全力を尽くすと約束するよ」
状況からの推測ですが、この惑星の文明レベルではプリザベーション連合と連絡が取れる可能性は低いでしょう。
これは困りました。弊機は惑星間の移動や通信を行える機器を自力で作成したりなんかはできません。しかも惑星間の距離では済まない可能性もあります。
弊機をプリザベーションから他の企業や国家と断絶したこの惑星に移送する力。『召喚』が異星遺物に関係する力だったとしても帰還にはこういった力に頼らざるおえないでしょう。責任者コルベールから不可能と説明を受けましたが弊機にはそれ以外選択肢がありません。
「ミス•ヴァリエールもいいね?」
「でも!平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません」
「呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔になってもらわなくてはな」
「そんな」
ヴァリエールと呼ばれる少女が弊機との契約を周りから急かされています。契約内容の説明を黙って待つ事にします。(元弊社のような企業リムは法の抜け道を使い悪辣な奴隷契約を結ぼうとありとあらゆる手を使ってきます。用心に越した事はありません)
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
はて、迷惑に思う事はあっても感謝することなどあったでしょうか。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
なにやら儀式めいてきました。人間の音声出力速度に合わせていては日が暮れてしまいます。『サンクチュアリームーンの盛衰』の七八話の再生する事にしました。
少女は枝のようなものを弊機の額にあてると突然
弊機の口腔に自身の口腔を接触させました。驚いて少女を押し除けます。
運用信頼性が89%に低下
これほど警備ユニットへの接触が不適切かつ無神経な人間は初めてです。
弊機はセックスボットではありません。
抗議に口を開いたその時でした。身体全体が発火したように痛みだしました。
経験のない痛みに思わず何をしたのかと少女に問います。
「使い魔のルーンが刻まれているだけよ。すぐ終わるわ」
この不快感は統制モジュールを思い出します。契約が想定より生体的な行為だったと気付いても後の祭りです。(未開の地だというのに丁寧に契約書類で内容を説明され互いの合意で行われると安易に考えあまつさえドラマの視聴を初める杜撰な警備ユニットがいるなんて信じられない!)
「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
責任者コルベールが嬉しそうに言うと弊機に近寄り左手に注視します。
そこには文字のような何かが刻まれています。
「珍しいルーンだな」
そう言うと責任者コルベールは踵を返し、浮きました。そう浮いたのです!群衆もそれに続きます。弊機は自力で飛行可能な人間を見た事がありません。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」
弊機と少女だけが残されました。
「なんで平民なんて…」
こちらにも不満はありますが、飲み込みます。
「私は授業に行くからここで待ってなさい」
少女は一方的に言いつけて足早に去っていきました。
どのくらい待つのかはわかりませんがドローンで授業の風景を眺めながら『サンクチュアリームーンの盛衰』の視聴を再開します。