マーダーボット•ダイアリー コントラクト•ウィズ•ゼロ 作:でるくさす
日も暮れるころ、具体的には『サンクチュアリームーンの盛衰』8話目の視聴が始まるかというとき。彼女が戻ってきました。
「ついてきなさい」
案内された個室は一人で使用するには大きく感じます調査船なら2人分の寝室ほどでしょうか。
「?どうしたの座りなさいよ。身分をわきまえてってことなら結構だけど」
テーブルを挟んで少女の対面に座ります。平民で使い魔で殺人ボットらしい弊機の正しい振る舞いなど見当もつきません。
それに弊機は使い魔の業務内容を知らないので働きようがありません。
「そうね…人の目となり、耳となる能力を与えられるけど。あんたじゃ無理みたいね」
気乗りはしませんが弊機から口頭で共有する事はできます。
「そんなの普通の使用人にだってできるわよ」
そうでした。ドローンの視覚情報を得ている事を伝えなければこの有用性を示す事はできないようです。彼女に売り込む理由も現状見つからない以上これは黙っておきます。
「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」
秘薬が何を指すのかはわかりませんがもの探しに警備ユニットを利用するのは勘弁してもらいたいところです。もっと適した機材や人材があるはずです。
「そして、これが一番なんだけど、使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理ね…」
「人間だもん」
これは弊機の最も得意とする分野です。人間であるという勘違いがそのままでは説得力もなにもないかもしれませんが。
「そりゃあ警備のえらい人って言ってたから多少腕は立つかもしれないけど…田舎で倉庫とか村長の家とか守ってた程度の話じゃないのよ。強い幻獣、例えばドラゴンなんかには逆立ちしたって勝てないでしょ」
弊機にドラゴンのデータがないので確実なことは言えませんがその時のベスト尽くしてを人間を守ります。弊機がこれまでそうしてきたように。
「はいはい。とりあえず洗濯。掃除。その他雑用をやってくれれば最低限の衣食住は保証するから」
冷たくあしらわれます。弊機の遂行能力を疑われるのは心外です。
実務にも影響が出かねません。
「夜も更けてきたし、そろそろ寝るわ。これ洗濯しといて」
飛来する装飾過多で実用性に乏しい衣服を避けつつ弊機の待機場所を確認します。
彼女は床を指さし、毛布を投げてよこしました。
このぞんざいな扱いにメンサー博士達と出会う前、元弊社がまだ弊社だった時分を思い出し懐かしく感じました。彼女とのやり取りが気まずくないのはそういった所にありそうです。(無論弊機が殺人ボットなどではなく無害な一般的人間だという勘違いがあればこそですが)
窓にドローンを待機させ異常があればアラートで知らせるようにし、ドアの前には弊機が座り込み休眠モードに切り替えます。
再起動し、散乱した衣類を集め置きますがこれらの洗濯について問題解決の指示を仰ぐため少女ルイズの起床を待たざるを得ない状況です。なのでドラマの視聴を開始します。
主人ルイズはむくりと上半身だけ起き上がると伸びをし、弊機を見るなり叫びま始めました。
「誰よ!どうやって部屋に…」
「不本意にですが使い魔契約を結んでいるリンです」
「そうだった。昨日召喚しちゃったのよね」
人間の記憶機能の脆弱性についてはよく知るところですが、ここまでとは…呆れより心配が勝るレベルです。
「なによその目は、いいから服。クローゼットの一番下」
衣服を手渡します。
「着せて」
こちらに来てから初めての難題です。警備ボットにはアーマーの装着のほかには頭と手を入れるだけの服で事足りるのです。つまりこんな複雑奇怪な原始服の着替えは機能外です。しかし、不測の事態には慣れています。ドローンで着替えている人間がいないか探索し、手順をまねて見事少女ルイズ着替えを完了しました。ブラボー見事な手際です。
「時間かかるわね、次からはもう少し手際よくやりなさいよ」
「通常の人間は着替えを自分で行えます。例外は私も初めて見ました」
「出来ないんじゃないわよ。貴族は下僕がいるときは自分で服なんて着ないのよ。あんた時々生意気よね」
部屋を出ると同じ間隔で扉がいくつか並んでいます。扉の一つから丁度人間が現れました。髪は強制労働施設で見た焼却炉のような赤です。着替えの際は彼女を参考にしました。
「おはよう。ルイズ」
主人ルイズは彼女を好いていない様子です。基本的にしかめっ面ですが彼女の前では一層険しく眉間の谷間を深くするようです。
「おはよう。キュルケ」
「噂の使い魔ってそれ?」
「そうよ」
挑発的な態度にとげとげしく返します。
キュルケは高笑いするとさらに挑発します。
「本当に何の変哲もない普通の人間じゃないの!すごいわ!何度も失敗して挙句、平民をよんじゃうちゃうなんて、さすがはゼロのルイズ」
「うるさいわね」
「あなたもどうせ使い魔にするならこういう子がいいわよねぇ。フレイム」
惑星の調査に何度も従事してきた弊機ですがこのような生物を見るのは初めてです。大型犬ほどもある赤い鱗に覆われた爬虫類という所までは特筆すべきことはありませんがなんと尻尾の先が赤く燃え続けています。
しかし、警備ボットより役に立つとは思えません。試しにつついてみます。
爬虫類は不快そうに目を細めると顔をこちらに向け口を開きました。
危機一髪で爬虫類の口から放出された火を避けます。
「ちょっと、いくら美しいからってうちの子はおさわり厳禁よ。ルイズ使い魔はキチンと教育しといてよ」
「あんたの使い魔だってうちのを燃やすとこだったじゃない」
熱に強い特性を持っているためエネルギー銃は通じないかもしれません。現状の装備は内蔵のエネルギー銃とドローンが一機。この程度の原生生物でも十分に脅威となりえる事実に歯がゆく思います。マシュマロを焼くくらいにしか役に立たない爬虫類と脅威判定を甘く見積もっていました。こんなことでは先が思いやられます。
「配慮に欠けた行動でした。すみませんミス・キュルケ」
「あら、主人より物分かりがいいじゃない。気にしないで、貴方名前は?」
「リンです」
「ふーん、変わった名前ね」
「ご主人様を差し置いてそんな女を恭しく扱うんじゃないわよ」
「カリスマ性かしら?この微熱のキュルケですもの。ささやかにに燃える情熱は微熱。でも男性はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね」
主人ルイズは弊機のキュルケにたする態度が気に入らないようですがキュルケははた迷惑にも弊機を喚び出したり、それを忘れたりしていないので当然です。
「あんたみたいにいちいち色気ふりまくほど暇じゃないだけよ」
「じゃあお先に失礼」
意にも介さずさっそうとキュルケと爬虫類は去っていきました。
「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって!」
もう慣れてきましたが、やはり弊機では不満なようです。
「そんなにも悔しがることですか?」
「当り前よ!メイジの実力を測るには使い魔を見ろって言うくらいよ!なんであのバカ女がサラマンダーで私があんたなのよ!」
「分相応を受け入れては?」
欠陥平和ボケ警備ボットを喚んでしまう程度の実力ということです。主人ルイズのにもう少し実力があれば弊機が召喚されるようなことはなかったわけです。
「うるさい!」
主人ルイズの平手を躱します。先ほど爬虫類にやられたようにはいきません。
最早、弊機に油断はありません。
「かわすな!朝ごはんヌキにされたいの!」
これは困ります。充電機器やキュービクルなどの施設が期待できない以上。従来の食事で生命維持を行わなければなりません。
次の平手は甘んじて受け入れます。