演習場の上空を二機のFAF-03モスキートが飛行していた。
パイロット達は真剣な顔つきで計器を確認し、周辺を警戒している。
ピーピーピー
警報音が鳴り響く。
パイロットが慌ててレーダーを確認すると、上方向から凄まじい速度で敵機が接近していた
「馬鹿な……通常の三倍のスピードだと!?」
「ブルー2、回避しろ! 狙われているのは俺達だ!」
二機のモスキートはスラスターの出力を上げ、回避機動を取ろうとするがそれよりも早く、接近する敵機の銃弾が二機に命中した。
しかし、銃弾が機体を傷つける事はなく、代わりに大量の塗料が機体に付着する。
コックピットのメインモニターには撃墜の文字がでかでかと表示された。
「くそ! あいつらおかしいだろ」
「また撃墜判定かよ……」
パイロット達は悪態をつきながらも、先程の焦りが嘘の様に穏やかな操作を行い、地上の滑走路へと機体を降ろす。
実戦なら確実に撃墜されていたが、これは演習である。
戦闘中に焦る事はあれど、撃墜判定が出ればただの動く屍に過ぎないのだ。
二機のモスキートが滑走路に着陸した頃、彼らにペイント弾をお見舞いした敵機はと言うと。
「凄い! 凄いよモスキート! 流石世界初の可変AF!」
パイロットのテンションが高かった。
私は今、世界で唯一の可変機構を持つAF、FAF-03モスキートに搭乗し、ACFの空戦演習に参加している。
今回の演習は2機1組で編隊を組んでのバトルロワイアル。
アンナ隊長曰く、乱戦での空戦能力を高める為の演習らしい。
モスキートはシミュレーターで何度か操縦したけど、実機に乗るのは初めてだ。
『感想はどうですか?』
もう最高!
元々、戦闘機は好きだったけど、更に好きになりそう。
可変機はやっぱり、戦闘機形態と人型形態の両方がかっこいい!
戦闘機のかっこよさとロボットの浪漫をどっちも持ってるとか、反則だよ。
『パイロットの興奮は理解しましたが、速度を出し過ぎでは……』
だって折角、西班長にカスタムして貰ったんだよ?
機体の最高性能を引き出さないと失礼でしょ。
『はぁ……』
西班長にはリン先輩と戦った後にこっぴどく叱られたけど、先輩と一緒に謝ったら許して貰えた。
最初は怖い人だと思ってたけど、よくよく話してみると結構優しい所があって、職人気質ではあるけど普通に良い人だ。
今回の空戦演習に当たって、私は自分の乗るモスキートを西班長にカスタムしてもらった。
しかもたった一週間で!
西班長と整備班の人達には頭が上がらないよ。
『改修内容としては、リミッターの解除と高出力型プラズマジェットへの換装、関節部の強化などですね』
しかも!
通常のモスキートが深緑色なのに対して、私の機体はシュヴァルべと同じ漆黒に塗装してある。
私のモスキートは正にエース専用機と呼べる出来になっているのだ!
「この加速、この振動……! 感じ取れる全ての感覚が私を興奮させる!」
スロットルレバーを押し込み、機体を更に加速させる。
漆黒のモスキートは演習場の空を縦横無尽に駆け巡り、私に更なる興奮と満足感を与えた。
「ヒャッハー!」
「レイ! 加速し過ぎよ! フォーメーションを崩さないで!」
僚機のリン先輩から通信が入る。
そう言えば演習中だった。
私専用のモスキートが素晴らしすぎて忘れてたよ。
『この短時間で忘れられるのは、ある種の才能ですね』
速度を落とし、リン先輩の操るモスキートに接近する。
リン先輩も機体のカスタムを整備班にお願いしていたらしく、見た目こそ変わっていないが、内部は先輩用に調整されているらしい。
私はリン先輩と速度を合わせ、並走する。
「リン先輩、見てましたか! 二機撃墜しました!」
「それは良いけど、あんまり消耗しすぎない様にしなさい。バッテリーは無線供給で無限だとしても、弾薬には限りがあるんだから」
流石リン先輩だ。
一回の戦闘だけじゃなくて戦場全体を見てるみたい。
私と違って、戦う時はいつも感情に流されず、冷静になるのを心がけてるって言ってたし、リン先輩はやっぱり凄い。
『パイロットが暴走し過ぎなだけでは?』
私は暴走してるんじゃない。
ただ自分の感情と浪漫に従ってるだけだよ。
『世間一般から見たら十分、暴走だと思います』
「むっ……! これは……」
レーダーに映る敵機の動きに違和感を感じる。
私はモニターに写されたレーダー表示を拡大し、詳細な情報を確認する。
「やっぱりそうだ!? リン先輩!」
「こっちも確認したわ。あいつら! 負け続きだからって、こんな事やるなんて!」
今回の演習内容は二機編隊ごとに分かれてのバトルロワイアルだ。
それ故、敵編隊がレーダーに映った場合、通常ならば二機編隊しか表示されない。
しかし、私達がレーダーに捉えている敵編隊には合計で12機が所属し、お互いを攻撃する事なく、こちらに向かって来ていた。
『恐らく、カスタムされた専用機でエレメント(2機編隊)を組むパイロット達を警戒したでしょう』
だからって演習でチーミングするの!?
「まさか、全員で結託するなんて……! 大人の癖に卑怯な手を!」
『パイロットはXGR-21の専属パイロット。リン少尉はこの基地で二番目に強いエースです。各個に撃破されるよりは、徒党を組んだ方が良いと判断したのでしょう』
私とリン先輩が撃墜したのも含めて、脱落した機数は10機。
演習に参加している機体は24機だから、敵には私達を除いた全機が合流している。
12機のモスキートは4機ごとに編隊を組み、計三つの編隊が私達を狙っていた。
「良いわ! そっちがその気なら、本機で相手してあげる!」
リン先輩が怒りを露わにしながら、豪語する。
戦う時は感情に流されない、と言う話は何処に行ったのだろう。
まあでも……!
「レイ! 連携戦術で全機を地上に叩き落とすわよ!」
「分かりました! 戦いは数じゃないって事を教えてやりましょう!!」
私だって、専用機で多数の敵と戦うと言う浪漫で、感情を抑えられない!
『6倍の敵と戦うのはおすすめ出来ません。彼らの行動が演習の趣旨から逸脱している以上、然るべき処置を地上のアンナ中佐に求めるのが道理です』
そんな道理、私達の無理でこじ開ける!
「行くわよ、レイ!」
「はい、リン先輩!」
私は機体の速度を上げ、敵の編隊へ一気に突撃した。
「ブラックチームの機体を確認……!」
「何だあのスピードは!?」
「早すぎるぞ!」
一方、レイ達に対抗すべく、結託した12人のパイロット達は、レーダーに映るレイの速度に驚愕していた。
「狼狽えるな。奴は後方の味方から突出している。あの二人はどちらも脅威だが、まずは孤立している方を叩くぞ!」
「「了解!」」
12機のモスキートは、孤立したレイに狙いを定め、編隊ごとに散開した。
三方向から攻撃を仕掛け、リンが合流する前に仕留める作戦だ。
通常であれば幾らスピードがあるとは言え、包囲された機体の運命など、推して知るべしだが、レイの操縦する機体はこの状況を打開できるだけの性能を持っていた。
「飛べえぇぇ!!」
レイは雄叫びと共にスロットルレバーを最大まで押し込んだ。
アフターバーナーからは青白いプラズマの光が伸び、機体は空気の膜を突き破りながら、更に加速していく。
「まだ加速するのか!?」
「いかん! 包囲が完成する前に突破されるぞ!」
漆黒のモスキートは、包囲作戦を行う敵機を尻目に、陣形の中央を超高速で突破した。
包囲を突破された12機は、直ちに方向を転換し、突破したレイのモスキートを猛追する。
「単純な奴らね!」
全ての機体が注意をレイに向けたその瞬間、リンのモスキートが雲の中から出現した。
リンは背を晒した後方の機体に標準を定め、射程内に入った敵機を次々と撃墜する。
「くそ……!」
「回避できん……!」
レイによって陣形を乱されたモスキートは、これに抗う事が出来ず、一瞬の内に4機のモスキートがペイント塗れとなった。
リンに狙われて、攻撃に対応出来たモスキートは存在せず、残りの6機はレイを追撃中である。
「さあ! 着いてこい!」
7機の可変AFが凄まじい速度で、雲間を抜けていく。
レイが先程の加速力を発揮すれば、追って来ている6機を振り切る事も可能であったが、レイはそれを行わなかった。
逆に速度を落として、敵機との距離を少しずつ縮めている。
「奴の推力が落ちているぞ! チャンスだ!」
「各機、最大加速! ペイント弾の雨を食らわせてやれ!」
これを好機と見た6機のモスキートはアフターバーナーを全開にし、レイの機体を射線に捉えようとする。
その時であった。
「はぁ……!!」
レイのモスキートが唸りを上げながら変形を始めたのだ。
折り畳まれていた四肢が展開し、機体に凄まじい空気抵抗が生まれる。
上半身が臀部後方から移動し、スマートな機体シルエットが空に浮かぶ。
翼は変形に合わせて向きを変え、格納されていた頭部がせり上がる。
バイザー型のメインカメラが起動し、完全な人型へと変形を遂げた。
「なに!?」
「空中変形だと!?」
レイを追撃していたパイロット達は驚愕する。
FAF-03モスキートは確かに変形機構を有し、人型形態と戦闘機形態を使い分ける事が出来る。
しかし、それは飽くまで地上や低速域での変形を主眼に置いた物で、ドックファイト中に変形するなど自殺行為だからだ。
最高速度で空中変形などしたら、機体は一瞬でバランスを失い失速してしまう。
更に突然の失速は苛烈なGとしてパイロットに降りかかり、意識を保つ事さえ難しい。
だが、レイはALBAシステムとの連携にによって、機体の緻密な制御を行い、機体を墜落させなかった。
降りかかるGはナノマシンと根性で耐えきり、レイは叫ぶ。
「人呼んで、アマギスペシャル!!」
『誰も呼んでいませんが』
レイはスラスターを前方へ向け、斜め後ろへと急加速を行った。
これによって、直線的な機動しか出来ない6機のモスキートは、レイの機体を完全に追い越してしう。
「しまった!?」
目の前で背後を晒す戦闘機などレイの敵ではない。
レイは腕部に装備された30ミリ機関砲を彼らに向け、引き金を引いた。
レイ達ブラックチームの勝利で演習は終了した。
滑走路には塗料塗れとなった大量のモスキートが着陸し、整備班は洗浄作業に追われている。
演習の趣旨に反し、結託したパイロット達は一か所に集められ、アンナ中佐の叱責を受けていた。
「結託した挙句、たった二機に数分で全滅させられるとはな」
アンナ中佐は抑揚のない声で、パイロット達に語り掛けた。
彼女が怒っている事は誰の目にも明らかであり、周りの整備員達はパイロット達に同情する。
「そう言えば、明日から一週間、極東支部に所属するパイロットの殆どが休日の予定だったな」
パイロット達の頭に嫌な想像が駆け巡った。
自分達が悪いのは分かっている。
だが、頼むからそれだけはやめてくれ。
そんな祈りを全員が心の中で行ったが、アンナ中佐にその祈りが通じる事はない。
「良い機会だ! 明日からの一週間、貴様らの歪んだ根性を私が叩き叩き直してやろう!」
パイロット達は地面に崩れ落ちた。
外界から隔離された基地でのパイロット生活、幾ら給料と生活が良くても、基地の外に自由を見るのが人間だ。
それ故、基地外に出る数少ない手段である長期休暇が潰された絶望は、彼らの心を砕くには十分だった。
「俺の完璧な休日計画が……」
「彼女になんて説明すれば……」
しかし、悲嘆にくれる事も出来ない。
何故なら目の前には地獄の獄卒を超える存在がいるからだ。
「返事は?」
一段と低い声でアンナ中佐は言った。
その顔は最早、言葉で形容する事は出来ない。
「「イエス・マム!!」」
パイロット達は一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼を見せた。
皆、自分の命が惜しいのだ。
「アンナ隊長……怖!」
私はリン先輩と共にモスキートのパイロット達が、アンナ隊長に叱責される様子を遠くから眺めていた。
チーミングしただけで、あんなに怒られるんだ……
『演習の趣旨に反したのだから当然です』
「連中の自業自得よ」
ALBAとリン先輩が辛辣な言葉を浴びせる。
確かに実質、命令違反みたいなものだし、ACFは軍隊だから罰則が厳しくても仕方ない。
でも、連休が無くなるのは流石に可哀想な気がしてくる。
「まあ、あいつ等の事は放っておくとして、レイ」
リン先輩が私の方を向く。
「さっきの操縦……結構良かったわよ」
先輩は少し顔を赤くしながら、私を褒めてくれた。
何だこの可愛い生き物は!?
「ありがとうございます! リン先輩の連携戦術も凄かったです! これからも相棒として一緒に頑張りましょう!」
「か、勘違いしないするんじゃないわよ! 私はまだXGR-21パイロットの座を諦めたわけじゃないから! 私にとってあんたはただのライバルだから!」
リン先輩は更に顔を紅潮させて叫ぶ。
『何故、本心を言わないのでしょうか?』
人間、特にツンデレとはそう言うものだよ、ALBA。
『理解不能です』
頭の中で謎の乙女座が大暴れしてるんです。
助けて下さい。