自然豊かな山々と規則的な人工物に囲まれた平地で、二機のAFが向かい合っていた。
二機のAFはどちらも河宮重工製の74式SH、通称ハヤテで、装甲に描かれているエンブレムや機体番号以外の相違点は確認出来ない。
どちらも武装は鞘に納められた日本刀型の近接武装のみで、300メートル程の距離を取っていた。
ハヤテは日本の鎧兜の様な機体形状と装甲を持っており、相対する二機の姿はさながら侍の決闘の様だった。
『これより、リン・シャオフェイ少尉と天城レイ少尉の模擬戦を行う』
演習場にアンナ中佐の声が響く。
リンがレイに決闘を挑んでから一週間が経ち、両者はACFの演習場にて対峙する。
『勝敗は、機体の頭部センサーが破壊されるか、行動不能に陥った場合とする』
演習場から少し離れた観測所にて、アンナは模擬戦の監督をしていた。
観測所には機体の細かいデータを記録し、報告する為のオペレーターが配置され、ドローンなどで演習を監視していた。
『カウントを開始』
その言葉と共に30秒のカウントダウンが開始される。
「新人の嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
サングラスをした壮年の男性が、アンナに話しかける。
「西さん……」
アンナが敬称を付けて話すこの男性の名前は西重蔵。
ACF極東支部のAF整備を統括する整備班長である。
階級こそアンナより下ではあるが、その長い経験と卓越した技量、周囲を圧倒する威圧感により、彼に敬語を使わないパイロットはここに存在しない。
皆からおやっさんと呼ばれて慕われる彼が、ここに姿を現した理由は、XGR-21のパイロットに選ばれたレイに関心を持ったからだ。
XGR-21シュヴァルベと言う機体は、彼が今まで整備してきたAFの中でも別格の性能と精密さを持つ。
そんな機体のパイロットに選ばれた少女が、トップクラスの実力を持つリン少尉と対決する。
長い人生経験を持つ西でも、興味を引かれる事だ。
「AFの訓練を初めてから一週間だろ。操縦知識を脳に焼き付けてると言っても限界がある」
操縦経験が一か月にも満たないレイに対して、リンには十分な経験がある。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
例えレイが敗北したとしても非難する者はいないだろう。
「私も最初はそう思っていましたよ」
アンナは真剣な面持ちでそう答えた。
カウントが20秒を切る。
「……何があった?」
「一日目の訓練では特に目立った事はありませんでした。才能こそ有れど、まだまだ新米パイロットの域を出なかった……問題は三日目からでした」
アンナは語り始める。
「それまでの動きから打って変わって、不意打ちを含めた私の攻撃に対処する様になったのです」
「あんたの攻撃に対処か……確かに素人が出来る事じゃねえな」
ユーラシアにおいて青い閃光と恐れられたアンナの攻撃を捌くなど並みのAF乗りに出来る事ではない。
ALBAシステムの支援があるとは言え、そこまでの空間認識能力を持つなど普通ではない。
カウントが10秒を切る。
「最初はリン少尉の不満を解消するだけだと思っていましたが……」
「嬢ちゃんの実力を考えると分からなくなったわけだ」
アンナは当初の目論見が完全に破綻したのを確信していた。
確かにリンの実力はトップクラスではあるものの、レイの適応能力と才能も凄まじい。
カウントが0に近づいて行く。
「3…2…1……演習開始!」
開始と同時にリンの機体が跳んだ。
スラスターを全開で吹かしながら、三秒にも満たない時間でレイの機体に接近し、抜刀。
300メートルを一瞬で詰める加速には当然、凄まじいGが伴う。
しかし、リンは努力によって得た強靭な肉体と、パイロットスーツによる負荷の軽減で、この重力加速度に耐えて見せた。
神速の一撃がレイを襲う。
普通のAFパイロットであれば絶対に対応出来ないレベルの攻撃であり、頭部センサーを完璧に捉えていた。
刃が届く瞬間、レイの機体の手元が鈍く光った。
「な!?」
「……っ!」
観測していた全員、そして斬撃を浴びせたリンも驚愕する。
頭部センサーを狙った神速の一撃がレイの機体に到達する事はなかったのだ。
衝撃波によって生まれた煙が晴れると、レイの機体が鞘から抜刀したブレードによって、リンの一撃を完全に防いでいたのだ。
「よし! 成功」
『初撃のスピードは2.26秒。今のパイロットと私なら対応可能です』
私はリン先輩の攻撃を完全に防御した事をALBAと喜んでいた。
特訓は無駄ではなかったのだ!
この一週間の間に私は、ALBAの提案によってとある秘儀を獲得した。
四日前
「踏み込みが足りん」
「グフっ!」
今日も今日とて私はアンナ隊長に惨敗していた。
「こんな所か。昼食を取ったら再開するぞ」
「はい……」
やっぱり強すぎるよこの人!
初日よりは上手く操縦出来る様になったけど、勝てる未来が一切見えない。
『ユーラシアの青い閃光に初心者が挑んでいるのですから、当たり前です』
でも、勝ちたいじゃん!
「はぁ……この調子だとリン先輩との決闘も心配になってくるよ』
シミュレーターでの特訓はゲームみたいで楽しいけど、ここまでボコボコにされ続けると……
『ふむ……でしたら、強くなる為の秘策を提案しましょうか?』
何ですと?
『パイロットの脳に負担を掛ける為、推奨は出来ませんが……』
お願いします!
AFをかっこよく扱える様になるなら、自分への負荷とかどうでもいいし。
『理由は置いておくとして、詳しく説明しましょう』
その後、ALBAが色々と説明してくれたけど、要するに……
「ALBAが私の脳機能を向上させるって事?」
『はい、パイロットの脳にあるナノマシンをコンピューターとして用い、脳の機能を高速化して、空間認識能力と反応速度を大幅に上昇させます』
なるほど。
ファ〇ナーとかパー〇ットみたいな物って事か。
『その認識で良いと思いますが、脳の高速化はパイロットに大きな負荷を掛ける事になります。認識に大きな齟齬が発生したり、意識を失う可能性も……』
大丈夫、大丈夫。
元々そんなに使ってないし。
脳に情報を焼き付けるとかやってるんだから、今更でしょ。
『パイロットに正論を言われると、ムカつきますね』
なんで!?
『まあ、それは置いておいて、パイロットが求めるなら私はそれを実行するだけです』
じゃあ決まりだ。
昼食を食べた後に早速やって見よう。
これでアンナ隊長に一矢報いてやる!
「迂闊な奴め」
「ギャーン!」
結局、一回も勝つ事は出来なかったけど、今まで防げなかった不意の攻撃を防ぐ事に成功した。
使い始めた時は少し戸惑ったけど、脳の高速化はかなり便利だ。
頭痛や目眩が起きるけど、許容範囲と言えるだろう。
その後も私は訓練を続け、遂にリン先輩の初撃を完全に防げるレベルの反応速度を獲得した。
「ちっ……!」
リン先輩は鍔迫り合いを止め、スラスターで少し後退してから刀を構え治す。
私も自分の刀を中段に構え、先輩の攻撃に備える。
「攻撃は……無理かぁ」
『無計画に仕掛けても、カウンターを食らうだけでしょう』
脳を高速化しているからこそ分かる。
リン先輩の構えには隙がない。
アンナ隊長程ではないが、その佇まいからは確かな実力を感じ取れる。
先輩は間違いなくエースだ。
「ふふ……」
自然と口角が上がり、笑いがこぼれる。
『パイロット? どうかしましたか』
「私は今、ロボットと戦っている!」
巨大ロボットに乗って巨大ロボットと戦う。
これ以上の浪漫があるだろうか?
「いや、ない!」
『断言しましたね』
浪漫と浪漫がぶつかり合って更なる浪漫を生む。
それが巨大ロボット同士の戦いだ!
『今までで一番、意味不明ですね』
そんなロボット同士の戦いの中に私がいる。
私の操縦するAFが、リン先輩と言うエースの乗るAFと戦っている!
この事実だけで、私は心臓が破裂しそうだ。
『ここまで理解出来ない事は初めてです』
「浪漫はね……理解する物じゃない……感じる物なんだよ!」
シミュレーターでは感じられない熱さが私を包んでいる。
この熱さをもっと感じたい。
もっと感じて、もっと広めたい!
だから……
「リン先輩も感じて下さい。この浪漫の熱を!」
「……っ!」
リンはレイの機体から発せられる異様な気配に気圧されていた。
今まで幾多のAFパイロットと相対してきたリンであるが、ここまでのプレッシャーを感じた事はない。
「はぁ!」
圧し掛かるプレッシャーを振り払う様にリンは刀を振るった。
上段から振るわれた一撃は十分な破壊力を持っている。
たが、レイはその攻撃をまともに受ける事はせず、機体を横にずらす事によって回避した。
「器用な奴ね!」
リンは振り下ろした刀を横に向け、返す刀でレイを再び攻撃した。
しかし、レイは刀でその攻撃を完全に弾き、逆に攻撃を仕掛けて来る。
「何で……」
リンには理解出来なかった。
少し前まではAFをまともに操縦した事もないレイが、自分の攻撃を完全に防いでいる。
幾ら才能があったとしても、数年間の努力を続けて来た自分に及ぶはずがない。
「何で……!」
リンの心に苛立ちが積もる。
もし、レイが強くなった理由が本人の才能によるものなら、それはリンの今までの努力を否定する物だからだ。
感情の乗った斬撃がレイに襲い掛かる。
しかし、レイは襲い掛かる斬撃を全て弾き、防御の困難な攻撃は避けた。
更に時々、攻撃の隙を突いて攻撃を行い、リンと互角以上に渡り合って見せた。
「1番機、腕部の内部負荷が上昇中」
「2番機、パイロットリンクを強化」
「新人の嬢ちゃんも意外とやるじゃねえか」
演習の報告が読み上げられる観測所の中で、西が呟いた。
「このまま行けば勝っちまうなんて事も」
「そう簡単には終わりませんよ」
西の言葉にアンナが反論する。
「……レイ少尉の空間認識能力は確かに優れている。相手の攻撃に対して常に最適解を取り続けるのはベテランのパイロットでも難しい事です」
記録される戦闘データーを見ながら、アンナはレイの戦闘を冷静に分析する。
「ALBAシステムのサポートがあるにしても、一週間でここまで腕を上げたのは彼女の才能と言う他ありません」
一週間の訓練に付き合って来たアンナは、レイの優れた能力を称賛した。
「ですが」
声色が変わる。
「レイ少尉には経験が足りない。AF同士の戦闘、特に近接戦に置いては最適解を選ぶだけではなく、戦闘の展開を予想し、様々な戦術を用いる事が重要です。」
「なるほど、そう考えると……」
「相手が経験豊富なパイロットの場合、最適解を選ぶだけでは罠に嵌められるだけです。特にリン少尉の様なパイロット相手では」
演習の開始から既に10分、リンの放った数多の斬撃がレイを襲った。
だが、レイはあらゆる攻撃に対応し、機体に傷一つ付いていない。
「ふぅ……」
リンは息を落ち着ける。
彼女は最早、レイをただの素人だとは思っていない。
レイは十分な実力を持った相手であり、心を落ち着かせなければ勝てない。
リンは自分にそう言い聞かせた。
「静中触動、拳禅一如……冷静に行動しろ」
リンの機体が揺れる。
次の瞬間 リンは刀の猛烈な突きを繰り出した。
「っ!」
先程とは打って変わって、頭部センサーのみを狙った精妙な突きにレイは素早く反応し、機体の上半身を動かす事で回避する。
しかしリンは一突き、二突きと次々に突きを繰り出した。
レイは機体をステップさせる事によって、攻撃を躱していたが、それはリンの計略であった。
「そこ!」
レイを最も攻撃のしやすい角度に捉えたリンは、手元で剣を一瞬溜めると、再び猛烈な突きを繰り出した。
「回避……違う!」
斜め方向からの突きを確認したレイは、今までの様に適切な回避を行う事が出来なかった。
だが、レイは高速化した脳で別の最適解を見つけ出した。
刃が機体に触れる瞬間、レイは自身の刀を敵の刃に合わせる事によって、突きの軌道をずらした。
更に背部スラスターを吹かす事によって前方への突進を行い、突きを繰り出して無防備になったリンの機体を狙う。
必殺の一撃を外したリンの隙は大きく、レイが刀を振るえば簡単に頭部センサーを刈り取れる。
レイは刀を左に構え斬撃を放つ、その時であった。
リンは“刀を捨てた“。
降伏にも見える行為だが、機体の動きは止まらない。
刀を離した右腕部を腰に構え、左腕部を前に伸ばした。
機体が足裏で地面を蹴り、固い土に亀裂が走る。
リンの機体は全身の人工筋肉を連動させ、複合チタンフレームで流れる力をコントロールした。
こうして機体の中で作られた力の波は、構えられた右腕部へと集中し、迫りくるレイの機体を完全に捉えた。
「ハッ!!」
レイの刃が機体に届く直前、リンの掛け声と共に“それ“は放たれた。
開かれた手のひらが機体に接触、音が消え、二つの機体は動きを止める。
次の瞬間、凄まじい衝撃と轟音が周囲を満たし、レイのハヤテは数百メートル後方へ吹き飛ばされた。