観測所は混乱に包まれていた。
先程まで、戦いを優勢に進めていたレイの機体が一瞬の内に吹き飛ばされたからだ。
しかし、演習を監督するアンナ中佐だけは状況冷静に分析していた。
「発勁か」
発勁とは中国拳法における力の発し方である。
足の裏に発生させた反発力を波として全身に伝え、構えられた拳へと流す事によって、普通の殴打とは比べ物にならない衝撃力を生み出す。
一般的な殴打が外から衝撃を伝えるのに対して、発勁は力の波を対象の内部へと送り込む為、貧弱な内部構造を攻撃する。
更に全高12メートルを超えるAFがこれを打った場合、人の行う発勁の比較にならない衝撃力を持つ事となるのだ。
「レイ少尉のバイタルはどうなっている?」
「血圧、脈拍が急速に上昇中。内臓の損壊は確認出来ません」
アンナは演習の終了を検討していた。
レイの機体はリンの発勁による凄まじい衝撃に襲われ、地に伏していたからだ。
「機体の状況は?」
「衝撃で機体システムの一部がダウン。情報を受信出来ません」
しかし、機体の状況が分からないと言う事実がそれを思い留まらせた。
演習の終了条件は頭部センサーの破壊か機体の行動不能である。
頭部センサーが健在である以上、レイが機体を動かせる場合、まだ勝負はついていないのだ。
もっとも、あの衝撃を受けたレイが無事であるとは限らない。
「油断したぁ……!」
無事だった。
レイの74式は胸部装甲が大きく窪み、機体の各所から火花が散っていた物のコックピットとメインシステムはそこまで損傷していない。
肝心のレイ本人も頭部から血を流しているが、いつものテンションを崩していなかった。
「くそぉ……!」
まさかリン先輩があんな隠し玉を持っているとは……
完全に油断してたよ。
『ですが、接触する直前に後方へスラスターを吹かしたのは良い判断です』
「でしょ」
私はリン先輩に完全に誘い込まれたけど、攻撃が当たる直前にスラスターで後方へ少し引いていたのだ。
そのお陰で衝撃が十分に伝わらなくなって、機体内部が破壊される事は防げた。
アンナ中佐に不意打ちで撃墜されまくった成果だね。
『あの攻撃をまともに受けていた場合、間違いなく機体は破壊されていたでしょう』
演習で使っていい攻撃じゃないでしょそれ……!
「はぁ……完全に甘く見てた」
リン先輩の事は、舐めてないつもりだったけど予想以上だ。
吹き飛ばされた時にエアバッグは出て来たけど、身体全体が痛い。
『駆動系の一部に損傷発生、メインセンサーにエラーを確認。サブセンサーで機能を補います』
ALBAが損傷個所を読み上げ、センサーを切り替える。
ノイズだらけだったモニターの映像が修復され、機体の外を映し出す。
「あれ?」
メインモニターにリン先輩の機体が映し出されるが、私を吹き飛ばした位置から動いていない。
てっきり追撃してくると思ってたんだけど。
『恐らく先程の攻撃は、打った本人の機体にも損傷を負わせるのでしょう。特に攻撃に使った右腕部は内部の人工筋肉が破断していると思われます』
なら行けるかな?
「ALBA、さっきの攻撃に関する情報を送って」
『センサーで得られた情報を統合してパイロットの脳に転送します』
ALBAから送られた情報が脳に刻まれていく。
脳を弄られる感覚は不快だけど、それ以上に大事な事がある。
「おぉ! やっぱり!」
『何か分かりましたか?』
やっぱりそうだリン先輩の攻撃は……!
「滅茶苦茶かっこいい!!」
『?』
技を構えて打つまでの一連の所作。
力を伝える武術的な動き。
それら全てが格別にかっこいい!
『それは今、考えるべき事ですか……?』
「当たり前でしょ!」
AFがあんなにかっこよく動いたんだよ?
見惚れない方が失礼と言う物。
『はぁ……』
溜息を着かれた気がするけど、今はどうでもいい。
それよりもあの攻撃だ。
ALBAの話によれば、あれは自機を破壊しながら打つ技らしいじゃないか。
かっこいい動きを見せるだけじゃなくて、そんな浪漫の詰まった技を打ってくれるなんて……!
「リン先輩はどれだけ私を興奮させるんだ!」
『様子のおかしい人ですね』
でも、浪漫を受け取るだけじゃだめだ。
私もリン先輩に浪漫を届けないと!
『迷惑だと思います』
地面に伏してる場合じゃない。
「ALBA! 機体の全システムを私の脳と接続!」
『機体の制御を脳に接続した場合、高速化の負荷が更に増大します』
「構わん!」
ロボットは幾ら壊れようと、壊れるだけかっこよくなる。
後はパイロットである私が頑張るだけだ。
『……全機体システムのパイロット接続を開始。脳の高速化を更に加速します』
「ぐっ……」
今までとは比べ物にならない、情報量が私の脳に侵入してくる。
それを処理する為に脳は熱を出しながら全力で稼働した。
『システム統合率40パーセント』
頭痛、発熱、嘔吐感、あらゆる不快感が私を襲う。
『接続の停止を推奨します……』
「うるさい!」
ロボットは常に身を切っているんだ。
パイロットである私が負けてどうする。
『システム統合率80パーセント』
どんな苦痛を受けようと、浪漫を優先する。
『システム統合率100パーセント。パイロットと機体の完全同調が完了しました』
それが私の生き方だ!
「もっと、もっと浪漫をぶつけ合いましょう! リン先輩!」
「浅い……」
リンは自身の発勁が正常に打ち込まれていないを認識していた。
通常なら一撃で破壊出来る攻撃のはずが、レイの機体は吹き飛びはすれど、 破壊されてはいない。
「反応された?」
完全に隙を突いたのにもかかわらず、その場においてもっとも効果的な対応をされてしまった。
その事実はリンの苛立ちを更に増幅する。
「意味わかんない……! 私の鍛錬の成果を才能だけで防いだわけ!?」
リンは壁に拳を叩きつけた。
それは自身の努力を否定する才能に対する怒りだった。
「……冷静になりなさい私。泰然自若……感情的になってはだめ」
しかし、リンはすぐに心を落ち着かせた。
感情的になる事程、相手に利する事はないからだ。
「こっちの被害は……」
リンはコクピット横に液晶パネルを操作し、機体の損傷個所を表示する。
メインモニターに映し出された損傷は機体のあらゆる場所に及び、発勁を打った右腕部に至っては内部の人工筋肉が完全に破断し、内部の複合チタン製フレームすら歪んでいた。
レイが既の所で後ろに回避した故、発勁の為に生み出された運動エネルギーが逆流し、リンの機体を内部から破壊したのだ。
「よし、まだ行ける……!」
機体のあらゆる部分が異常を訴え、整備班が見たら卒倒しそうなレベルで機体は損傷していたが、リンの戦意が弱まる事はなかった。
メインモニターには再起動したレイの機体が映る。
胸部が陥没しているにも関わらず、立ち上がるその姿に常人であれば恐怖を覚えるだろうが、リンにその様な感情はない。
あるのはレイを打倒して自身の実力を証明すると言う闘志だけだ。
「来なさい! 今度こそ叩き潰してあげる!」
レイの機体が跳んだ。
スラスターを全開で吹かし、刀を上段に構えながら猛烈な速度でリンに突撃する。
それは演習開始直後にリンが行った攻撃に似ていたが、それに比べれば杜撰な物であった。
それでも、なりふり構わない上段からの一撃は重く、直撃を受ければただでは済まない。
刃が機体に迫る中、リンは損傷した右腕部を差し出した。
激しい金属音が響き、レイの刀が前腕の中ほどまでを切り裂く。
しかし、腕部その物を切り裂く事はなかった。
損傷したとは言え、複合チタンで作られたフレームと装甲の塊である事には変わらず、演習用の刀で完全に切断する事は出来ない。
「なら!」
レイは一撃が防がれたのを見ると、勢いのまま自身の機体をリンへ密着させる。
更に攻撃の為に弱めていたスラスターの加速を最大まで引き上げた。
「ぐっ……!」
機体は一気に後方へ押し込まれ、前方向へのGがリンを襲う。
「このまま一気に押し込む!」
レイの狙いは演習場の境界に設置されたコンクリート壁だ。
如何に最新鋭の第三世代AFと言えども、この速度でコンクリートの塊に衝突すれば只では済まない。
「舐めるな!」
意図を察したリンは速度を緩める為に脚部の鉤爪を展開し、地表へ突き立てた。
更に対抗してスラスターを全開にし、速度を緩めていく。
お互いの推力が拮抗した事で、二機のAFは完全に速度を失い、正面から組み合った。
どちらの機体も背部のスラスターからは青白い光が噴出し、周辺の草を燃やしながら、推進力を押し付けあう。
「今……!」
組み合いながらも、リンは再び中国拳法の技を放とうとする。
リンは損傷していない左腕部を振り上げた。
これは劈拳と呼ばれる技の予備動作だ。
劈拳はまるで薪を割る斧のように、上から下へと鋭く腕を振り下ろす苛烈な打撃技であり、リンはこの技を、密着して無防備なレイの機体へと打ち下ろそうとしていた。
「スラスター角度を変更!」
攻撃を察したレイは後ろに向けられていたスラスターの角度を調整し、推進方向を横に向ける。
「ハッ!!」
左腕部が振り下ろされた瞬間、レイの機体が横へ跳んだ。
レイは攻撃を避ける事に成功したが、正面から組み合う事によって拮抗していた両者の推力は行き場を失った。
バランスを失った両者が自身の左前方へと機体を横転させる。
スラスターを最大まで加速させた状態で地面へと転倒した機体は、凄まじい衝撃と共に地面へ叩きつけられ、激しい土煙をまき散らす。
「うっ……」
横向きになったコックピットの中でリンは苦悶の声を漏らした。
転倒時に強打した頭からは血が流れ、コクピットモニターの幾つかは完全にダウンしている。
「制御システムが完全に死んでるわね……」
度重なる衝撃は74式の主要システムを完全にダウンさせ、最早まとまな戦闘が出来る状態ではなかった。
だが、それはリンに降参を選ばせない。
「まだよ……私はまだやれる」
リンはダウンしたシステムを無視し、コクピット壁の中から操作盤を取り出す。
「歩行システムをオートからマニュアルに切り替え……ジェネレーターを再接続」
既存の機体制御が不可能の為、リンは直接操作による機体の制御を試みた。
巨大金属の人形であるAFの制御は人間が直接行うには複雑すぎる故、パイロットは基本的にシステムの補助を受けている。
補助がない場合はスラスターや手足の操作を全て一人で行う事になる為、正規のパイロットでも機体を立たせる事すら難しい場合が殆どだ。
しかし、リンはそれをやろうとしていた。
AFパイロットとしてのプライド、今までの努力を裏切りたくない、負けるのは悔しい。
そんな、幾つもの感情がリンの中に渦巻いている。
彼女は他人の為に努力した事はない。
今までの努力は全て、自分を認めて欲しいと言う承認欲求からくるものだ。
それはどこまでも自分本位で、どこまでも自己中心的な考えである。
だが、それ故にリンの背中を押すのは常に彼女自身。
自分で自分の背中を蹴り上げる彼女に諦めと言う文字は存在しない。
土煙を上げながら機体が動き始める。
身体を持ち上げる中で幾つもの装甲や部品が脱落したが、止まる事はない。
時を同じくして、レイの機体も立ち上がる。
拙い足取りで立ち上がった両者は再び向かい合う。
装甲は拉げ、腕部は千切れ、内部の配線が外部に露出する。
両者共にまともな状態ではなく、いつ崩れ落ちてもおかしくはない。
一歩。
また一歩。
二機のAFは互いに歩を進める。
満身創痍な身体を引きずり、相手を仕留めまいと進み続ける。
残った拳を構え、攻撃の間合いへと近づく。
余りにも長く感じられた歩行の末、両者は同時に拳を振りかぶった。
「「これで! 決める……!!」」
『演習を終了する!』
少女達が同時に叫んだ瞬間、アンナ中佐の一声で激戦はあっけなく終了した。