戦闘が唐突に終了した演習場には複数の作業班が入り、散らばった部品や武器の回収、損傷した機体の収容を行っていた。
死闘を演じた二機のAFは自力での移動が不可能なまでに損壊していた為、作業用のAFを用いて収容を行っている。
機体から脱出したリンには救護班から治療を受けていた。
「頭部の出血以外に目立った外傷はありませんね。念の為、後で精密検査を行います」
リンは作業風景を見ながら、演習を振り返っていた。
この演習に実りはない。
自分から喧嘩を売ったにも関わらず、結局はレイの才能を周囲に示しただけ。
負けこそしなかったが、勝つ事も出来なかった。
リンは悔しさで拳を握りしめる。
しかし、不思議と悪感情は少なかった。
自分の力の全てを出し尽くしたからだろうか。
それとも、相手であるレイがまだ視線の中に入っていない為か。
AFから金属を叩く音が響く。
「……?」
リンが音のする方向に目を向けると、コックピット付近の装甲が音と共に振動している。
打撃音が響くたびに損傷した装甲が剥がれ落ち、やがてコックピットを保護していた保護シャッターが脱落した。
「よし! やっと開いた……って、うわあぁ!」
コックピットが露わになると、レイが顔を出し、地面に落下する。
「うぅ……痛い」
レイは落下して尻もちを着き、目尻に涙を浮かべた。
作業員や救護班が心配して駆け寄るが、レイは周囲を見渡し、リンを見つけると目を輝かせる。
「あっ! リン先輩!」
レイは手を振りながら走って近づいてきた。
それを怪訝な目で見つめるリンの頭に嫌な想像浮かぶ。
お前の実力を認めないと言っておきながら、結局引き分けになってしまった自分をレイが馬鹿にしてくるのではないか。
そんな考えがリンの頭を満たす。
だが、言い返す事は出来ない。
レイの才能と適性がシュヴァルベのパイロットとして最適だと言う事は対戦したリン自身が一番分かっていた。
それに最初に喧嘩を吹っ掛けたのはリンの方だ。
「……」
リンは椅子から立ち、レイと向き合う。
何も反応せずに相手の話を聞く。
それが今のリンに出来る精一杯の抵抗だった。
「リン先輩の操縦……」
続く言葉に身構える。
「凄いかっこよかったです!!」
「へ?」
その言葉にリンは呆気に取られた。
「あれって中国拳法ですよね!? AFで拳法なんて初めて見ました!」
「えっと……」
「AFにあそこまでスタイリッシュな動きをさせるなんて! 凄すぎです!!」
レイから発せられる機関銃の如き褒め言葉にリンはまったく対応出来なかった。
悪感情が復古していた脳には困惑の感情が大挙して押し寄せる。
「中国拳法って、習得が滅茶苦茶大変なんですよね! リン先輩はどうやって習得したんですか!?」
「小さい頃から……鍛錬して……」
何も反応しないと決めていたリンだったが、レイの圧倒的な褒め言葉の弾幕に押され、質問に答えてしまう。
努力する理由が認められたい願望であるリンにとって、レイの称賛は非常に心地好いものだった。
「さすがリン先輩です! しかも拳法をAFでやるなんて、かっこよすぎます!!」
あまりの褒め言葉にリンは顔が熱くなると同時に、自分の自己承認欲求が満たされて行くのを感じる。
しかし、同時に困惑の感情も抱えた。
「あんた……なんで……なんでそんなに私を褒めるのよ?」
理解出来なかった。
レイにとってリンは自分を邪魔する存在のはずだ。
嫌われる理由こそあれど、好かれる理由などない。
「なんで……」
天才と言えるレベルの才能を持つレイが自分を褒める。
この事実に対する困惑がリンの頭の中を支配していた。
しかし、レイにそんな事は関係ない。
「私はまだAFパイロットとして未熟ですけど、リン先輩の凄さとかっこよさは分かります! だから、今の私にとってリン先輩は尊敬すべき先輩なんです! そんな先輩があんなに浪漫溢れる技を見せてくれたんですよ!? 褒める以外に、どうすればいいんですか!」
レイはリンの困惑と悪感情を一気に切り裂いた。
「そっか……」
リンは自分がレイに対する評価を間違えていた事に気づいた。
敵愾心を抱いていたのは自分だけで、レイはずっとリンに対して好意的だったのだ。
「私ってそんなにかっこよかった……?」
「はい!」
レイは目を輝かせながら即答した。
「はぁ……私も馬鹿ね」
リンは自分を嘲笑しながら、右手を前に差し出した。
その行動にレイは少し困惑するが、すぐに意味を察する。
「握手よ。これからよろしくって事」
レイも右手を差し出し、リンの手を掴む。
「改めて、私はリン・シャオフェイ。これからよろしくねレイ」
「天城レイです! これからよろしくお願いしますリン先輩」
二人の少女は拳を固く握り合った。
正反対の二人ではあるが、意外と相性はいいのかもしれない。
彼女達を迎えに来ていたアンナはそう思った
「知ってる天井だ……」
私は病室で目を覚ました。
いやなんで?
凄いデジャブを感じる。
『おはようございます。パイロット』
ALBA!
私って確か、リン先輩と握手してたはず……
『覚えていませんか? リン少尉と握手をした後、パイロットは脳の負荷が限界に達して意識を失ってしまったのです』
あっ!
そう言えばそうだ。
電池が切れるみたいに行き成り、気絶したんだった。
『今月二回目の気絶ですね』
嬉しくねぇ……
脳加速のせいで気絶したって言ってたげど、もしかして脳の加速って結構やばい?
『脳の加速は、パイロットの脳細胞に大きな負荷をかけます。更に加速された脳は通常以上の熱を発し、脳その物が損傷する可能性もあります』
ちゃんとやばい奴じゃん。
『脳加速のデメリットに関する説明は、今まで何度も行いました。まさか聞いていなかったのですか?』
いや、そんな事は……ないよ?
ちゃんと聞いてたよ……
『聞いて無かったんですね』
はい……
すみません。
『脳加速のリスクを理解出来たのなら、これからは無理して使わない様にしましょう』
リスクがあるのは分かったけど、要は脳に凄い負荷をかける代わりに反応速度と思考速度を得るって事でしょ?
『その認識で基本的には間違いありません。加速をすればする程、思考が加速し現実が停滞して見えます。しかし加速の負荷を無視し続けると最悪の場合、脳が焼き切れて脳死してしまいます』
つまり、脳加速とは自分を犠牲にしてロボットの性能を引き出す、浪漫に満ちた能力って事だね!
『いえ、脳加速は非常に危険な行為であり……』
自分に大きな負荷を掛けて相手に挑むパイロット……!
私はそんな浪漫溢れる存在になれたんだ。
『自分の世界に入り込むのはやめてください。せめて私の話を最後まで……』
「あぁ……!」
リン先輩との演習を思い出すだけで心が熱くなる。
華麗な拳法を扱うリン先輩と脳に負荷を掛けながら戦う私の戦い!
浪漫の塊である巨大ロボット同士の手に汗握る熱い死闘!
数年分の幸福を一瞬で味わった様な気分だ。
「起きたのね」
私が演習で感じた浪漫に興奮していると、病室のドアが開きリン先輩が部屋に入ってくる。
「リン先輩!」
初対面の時は正直言って、どう言う人なのか全然分からなかった。
でも、リン先輩と実際に戦ってみて、この人がどれだけ凄い人かを私は知った。
お互いの技術と浪漫をぶつけ合ったからこそ、私はリン先輩を理解出来たんだ。
『もう少しまとまなコミュニケーション方法があると思います。脳加速の負荷に関する話もそうですが、パイロットの言う浪漫は理解出来ません』
演習中にも言ったでしょ?
浪漫は理解するものじゃなくて感じるものなんだよ……!
夢と憧れ、熱望と希望。
そんな感情の集合体が浪漫なんだ。
理解なんて出来ないんだよ。
「その……体は大丈夫なの? 何処か悪かったりしない?」
リン先輩がベットの近くまで来て、私を心配してくれる。
「大丈夫です! 心配してくれてありがとうございます」
「べ、別に心配何かしてないわよ!」
リン先輩は少し顔を赤らめながら声を張り上げる。
これはもしかして……
「まだ決着のついてない相手が死んだら困るってだけよ! 勘違いしないでよね!」
ツンデレだぁ!
『また意味不明な事を……』
元々ツンデレぽいとは思ってたけど、まさかここまで露骨とは……
しかも結構かわいい。
ロボットアニメのヒロイン張れるレベルですよこれは。
「何ニヤニヤしてるのよ!」
「いやぁ、余りにいい反応をするもので」
先輩が私の肩を掴んで揺らしてくる。
最初に会った時と言いほんとにいい反応するなこの人。
「イチャつくのもその辺にしておけ」
「「!」」
私達が同時に扉の方を向くと、アンナ隊長がいた。
「中佐っ!」
リン先輩が隊長に敬礼した。
私も拙いながら先輩に続いて敬礼する。
「リン少尉は退出しろ。レイ少尉に話がある」
「はいっ!」
リン先輩は元気よく返事し、扉の前まで行くと綺麗な所作で部屋から退出した。
さっきまではかわいいツンデレだったけど、やっぱり軍人なんだね。
「さて……レイ少尉。私が何を言いたいかわかるか?」
何かアンナ隊長の後ろに阿修羅が見える気がする。
もしかして怒ってる?
「えっと……機体を壊しすぎた事とか……?」
「違う。お前の行った脳の危険行為に関してだ」
何でばれてるの……!?
『私が報告しました』
ALBAの裏切り者!
『私は常にACFの味方なので』
くっ!
そう言えばそうだ。
最近ずっと一緒に居たから忘れてた。
「脳加速は致命的な障害を、残す可能性のある危険な行為だ……まさか、その危険性を認識しながら使用したのか?」
「うっ……」
「図星か……出会って一週間程の付き合いだが、お前は自己保護が欠如しすぎだ。XGR-21のパイロットとなった以上、少しは自分の価値を考えろ」
何も反論出来ない……
しかも、怒るんじゃなくて諭す感じだから余計にこっちが悪い感じに。
『実際、悪いのはパイロットですよね』
何かさっきから私に対するALBAの言葉が鋭い気がする。
もしかして、警告を無視しすぎて怒ったのかな?
『私に怒りと言う感情はありません』
明らかに怒ってる気が……
『そんな感情はありません』
でも……
『ありません』
また押し通された。
「兎に角、過剰な脳加速は禁止だ。脳の効率化と接続程度なら良いが、今回の様な事はしないように」
「はい……」
こんなに説教されたは久しぶりだ。
確かに今回は浪漫の為に色々と無理をしすぎたかもしれない。
「あと、お前の動きは直線的すぎだ。脳を効率化しても良くなるのは反応だけだぞ? もっと戦略的に動く事を意識しろ」
教官としての指摘もするのか。
まあ、リン先輩の拳法に完全にやられたし、あの演習は反省が多いよね。
「だが、スラスターを使って衝撃を軽減した事に関しては評価しよう」
あれ?
褒めてもくれるの?
「切り下げからタックルへの移行も良い判断だ。全体で見ると稚拙な部分も多いが、大事な部分での判断は間違えていない」
ちょっと、こっ恥ずかしいな。
鬼教官のイメージがあったけど、結構褒めてくれるんだね。
「今回の演習でお前とリン少尉の仲も改善された。危険行為は多々あったが」
アンナ隊長の顔が緩む。
「AF初心者としては、良くやった」
「ん……」
隊長の手が私の頭を優しく撫でる。
白く美しい掌が、暖かい体温を伝えた。
優しい顔で髪を撫でるアンナ隊長からは、温盛と包容力を感じる。
なにこの人!?
凄い母性を感じるんだけど。
アンナ隊長は私の母になってくれるかもしれない女性なのか……?
母親の事とか殆ど覚えてないけど。
『気持ち悪い事を平然と言わないで下さい』
隊長は暫く私の頭を撫でた後、手を引いた。
結構、気持ち良くて名残惜しかったけど、実際に言ったら引かれる事は確定なので、心に留める。
「そう言えば、後で整備班の西班長が来るから、リン少尉と一緒に会ってくれ」
西班長って確か一瞬だけ見た事ある。
サングラスを着けた壮年のイケオジだった気がする。
私とリン先輩に何の様だろう?
整備班の人だし、AFに関する話かな。
『パイロットとリン少尉が演習で何をしたか覚えていませんか?』
何をしたかってそりゃあ……!
浪漫と浪漫、ロボットとロボットを本気でぶつかり合わせたよ。
砕ける装甲、歪むフレーム、衝撃で機能を停止する電装!
そんな浪漫、溢れる戦いをしただけだよ。
『その結果、機体はどうなりましたか?』
完膚なきまでにぶっ壊れたよ?
でも、巨大ロボットは壊れて朽ち果てる姿も美しいもので……はっ!?
『ようやく気付きましたか……はぁ……』
「私は報告書の作成を行うから、西班長とはゆっくり話してくれ」
「アンナ隊長、まって!? 西さん絶対怒ってますよね!」
懇願虚しく、アンナ隊長は扉を閉めて部屋から退出した。