××ちゃんと山田?さん。   作:黒影時空

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第11話「私の本質を求めて」

 名月61号に首筋を打たれ、視界が真っ暗に落ちていく感触——歌舞伎町の冷たい夜気に包まれながら、山田の意識は再び深い泥のような闇へと沈み込んでいった。

 重力のない感覚の中で、まどろみの奥から現れたのは、いつもの空想のみいちゃんだった。

 解像度が上がり、現実の彼女が抱えていた生々しい傷や歪みが分かれば分かるほど、目の前に立つみいちゃんは愛くるしく、守ってあげたくなる小動物のように映る。けれど、宮城へ足を運び、彼女のルーツを辿れば辿るほど知らされたのは、救いのない現実ばかりだった。地元での彼女の扱いや、関わってきた人間たちの異様さ。どこを切り取っても、宮城でのみいちゃんに「良い思い出」など存在していないように思えた。

 

 みいちゃんの本当の良さや、本当の魅力を知っているのは……きっと、記憶を失う前の自分だけなのだ。

 どれほど周囲から「問題だらけの女」だと蔑まれようと、自分の中に残るわずかな体温だけが、彼女の本質を物語っている。

 

「山田さんはこれからどうしたいの?」

 

 首をかしげ、不思議そうに尋ねてくるみいちゃん。その声に導かれるようにして、事件の真相のすぐ手前まで辿り着いたはずだった。だが、どうしてもここから先に進むことができない。裏社会の理や、常識を超えた不気味な存在たち——ただの一般人でしかない自分には、明確な限界が立ちはだかっている。

 

 もう、どうすればいいのか分からなかった。

 いくらみいちゃんの情報を集めても、自分自身の記憶は一向に思い出せない。山田という人間の過去は空っぽのままで、胸の奥にあるのはみいちゃんと過ごした僅かな記憶の破片だけ。これからどう生きていけばいいのか、答えを出さなければいけないのに、暗闇の中で足踏みを繰り返すことしかできない。またあの不気味な宮城に行けるかも分からないのだ。

 

 それでも、今の自分にしかできないことがあるのかもしれない。

 ふと見ると、空想のみいちゃんのすぐ隣には、色鮮やかな文字で『宝箱』と書かれた大きな箱が置かれていた。蓋を開けると、そこには他愛もない小物や、東京で手に入れたチープなアクセサリー、小さな雑貨がぎっしりと詰まっている。

 

「みいちゃんはね、宮城ではずっとバカって言われ続けたけどね、東京に来てからは皆対等に接してくれたし宝物も沢山作れたの」

 

 屈託のない笑顔で箱の中身を弄るみいちゃんに、山田は胸を突かれるような思いで小さく呟いた。

 

「でも私は……そんなみいちゃんを宮城に送り返したんだよ……?」

 

 罪悪感に声が震える。だが、みいちゃんはふわりと笑って首を振った。

 

「別にみいちゃんはそんなこと気にしないよ、山田さんはまた会いに来てくれたし」

 

 夢の中の彼女はどこまでも山田に優しく、都合がいい。けれど、その優しさが今の山田の砕けそうな心を繋ぎ止めていた。

 

「だから、またいつか会いにきて!」

 

 光が溢れ、みいちゃんの姿が空想の彼方へと溶けていく。

 ——ハッと目を開けた。

 身体に伝わるのは、冷たい土の感触ではなく、ふかふかとした上質なシーツの感覚だった。

 見覚えのない、けれど異様に広い歌舞伎町の大きなベッドの上で、山田は身体を起こした。頭が重く痛む。

 しかし、感傷に浸る余裕は一瞬で吹き飛んだ。

 すぐ隣に、誰かが横たわっている。

 

「っ……!?」

 

 手首と扉の取っ手が太い金属の鎖で強固に繋がれ、拘束されている人物——それは、あの怪物のような女、榎本水仙だった。気絶しているのか失神しているのか、身動きひとつ見せない。

 だが、山田が息をのんだのは、その存在そのものに対してだけではなかった。水仙の顔を見つめた瞬間、背筋に冷や汗が吹き出す。

 

(ど……どういうこと!? この人……若返っている!?)

 

 不完全な改造人間——『エレボス人』の失敗作。宮城で初めて出会った時の水仙は、仮にも20代の娘である睦(ムウちゃん)を持つ母親であり、異常な精神的ストレスやみいちゃんとの狂気の日常のせいか、どこか老け込んだ印象を受ける女だった。

 それがどうだ。ほんの少し眠って歌舞伎町へ運ばれた間に、彼女の顔つきは劇的な変貌を遂げていた。

 目元のシワやほうれい線は綺麗に消え去り、肌の質感はみずみずしくハリを取り戻している。

 まるで自分と同年代の若い女性かと見紛うほどの変貌ぶりだった。

 不気味さに固まり、山田がおそるおそる顔を近づけた——その瞬間。

 

 ジャリッ、と鎖がちぎれ飛ぶほどの狂暴な勢いで、水仙の手が伸びた。

 

「きゃあっ!?」

 

 勢いよく押し倒され、視界が跳ねる。万力のような力で体躯を押さえつけられたが、上から見下ろす水仙の瞳が山田の顔を捉えた瞬間、ふっとその筋力が抜け、身を引いた。

 

「これ……一体どんな状況……?」

 

 山田は乱れた呼吸を整えながら、肘をついて後ずさった。水仙は千切れかけた鎖を鬱陶しそうに揺らしながら、自分の手元を見つめて低く呟く。

 

「いや……私も今目覚めたばかりで何が何だか……」

 

 いつもの冷酷で狂的な威圧感が、容姿の若返りのせいか、どこか調子を狂わせる。山田が困惑の表情を浮かべていると、若返った水仙はどこか品定めするような視線を山田の全身へと滑らせた。

 

「それは知っているわ、寝ている時の貴方が一人で官能的に動いていたから恵体が知れなかったから黙って見ていたけど」

 

(寝ている時の私……そんな風になっていたのか……!?)

 

 夢の中でのたうち回っていた自分の姿を想像し、山田は顔にカッと熱が昇るのを感じた。

 しかし、恥ずかしさに浸っている場合ではない。窓は一切なく、頑丈なドアには外から重々しい鍵がかけられている。ここは単なる隔離部屋という雰囲気ではなく、どこか高級感と不気味さが同居する独特な密室だった。花岡桃花が自分たちをここに閉じ込めたのか、それとも裏の意図があるのか。

 なぜ、殺し合おうとしていた自分と水仙が、二人きりでこの部屋に残されているのか。

 

「……どうやら、大人しく出してくれる気はないみたいね」

 

 水仙が冷ややかな声で呟き、若返った顔立ちに歪な笑みを浮かべる。

 宮城を飛び出し、歌舞伎町へと連れ戻されてからも、理不尽と狂気はいまだに終わりを見せない。けれど、どれほど常識外れの泥沼に引きずり込まれようと、自分はここで果てるわけにはいかないのだ。

 みいちゃんが本当はどんな人間だったのか。彼女が残した「宝物」の意味と、その死の真実。それらをすべて解き明かし、彼女がちゃんとした形で報われるその時まで——山田は、この歪んだ街で生き抜くことを強く心に誓った。

 

 ——

 

「そもそも貴方、まず聞きたいんですけどなんで急に若返ったんですか?」

 

「若返ったんじゃなくて、そもそも20歳になってから年を取らないのよ……まあ、あの女を相手して生活してストレスもあったけど、睦も大人になったのに老けることもないなんて周りが見れば妙じゃない? だから頻繁に除草剤を自分の体に塗っていたのよ、逆に活力剤を塗れば美肌になるわ」

 

「お、おう……なるほど、植物細胞が混ざってるから……」

 

 水仙が鞄から除草剤を自分の肌に塗ると、確かにみるみるうちに枯れるように肌が変異していき山田もよく知っている姿になり……水仙はそれを顎からつけるように引っ張るとパックのように剥がれてさっきの卵肌のようなつるつるの顔に戻る。

 それを見て山田もハッとなったことがある、ムウちゃんの違和感だ……自分やみいちゃんと同い年ぐらいらしいムウちゃんだが、いくらなんでも感性も雰囲気も幼すぎることにも理由がある。

 

「もしかして……ムウちゃんも成長が途中で止まっている……?」

 

「睦は人間社会に溶け込んでちゃんと生活できているわ、それを考えれば些細な問題よ」

 

「いや……いくらなんでも……」

 

「私は睦を残して死なない、ずっと守れるしもう害を成すものもいない、後は母校の見えるところで隠居する……つもりでいたけれどなぁ」

 

「……そろそろ教えてくれませんか、誰がみいちゃんを殺したのか」

 

「名前は知らないけどあの辺りの学校のクラスメイトね……まああの子はほぼ不登校だからそこから調べても時間はかかるけど……あまりいい噂は聞かないような」

 

「……いやそれって、普通に素性悪くてやばい人達、半グレじゃ」

 

「実衣子が死んだのはそれを抜きにしても恨まれるような事をしてきた己の身から出た錆よ、いい加減あの子に幻想を抱くのはやめたら?」

 

「貴方こそ……ムウちゃんがこのまま安全で平和で居られる保証はないんですよ? その人たちがムウちゃんに何かするとしたら」

 

 実際、本当の犯人が半グレ的な物だとしてそれがみいちゃん以外に及ばない可能性なんて全然ない……そして水仙は、もし娘に手が及ぶなら今度こそ殺そうとしてくるのかもしれない。

 それで死ぬようなことになったとしても山田にとっては赤の他人、みいちゃんの敵……同情しないと言えば薄情になるが、だからといって殺されることを見過ごせるわけでもない。

 これで死んで解決なんて……あってはならない気がする。

 

「そんなのズルいじゃないですか、貴方が勝手にみいちゃんの敵を仕留めるなんて」

 

「……へえ」

 

 そんな時、着信音が鳴るので山田がそれに応じると……。

 

「山田か?」

 

「十二郎さん……」

 

 今度こそ十二郎だ、あれからあまり時は経っていないが凄い久しぶりのように感じる。

 宮城に向かえるようになってから……というよりは、モモさんが山田ママと話していた辺りからとんでもないことがありすぎて説明もしてなかったので1から全部説明するのだが……。

 

「何を……言ってるんだ? 何を……」

 

 当然の反応だった、山田もそりゃそうだと思ってる。

 

「気持ちは分かります、正直私も混乱してるところはありますけど……受け入れましょう」

 

「いや……桃花の苗字はこの際気にしないとして、泉美……ああ、ココロのことな、あいつが歌舞伎町から逃げようとしたり、お前の母親のこととか……宮城で見たこと聞いたこと……俺の中で考えていた事と違うような」

 

「違う? 違うってどういうこと? 何をどこまで知ってるの?」

 

「代わりなさい」

 

「え、でも……」

 

「いいから」

 

 水仙が携帯を取り上げて、代わりに返事をする。

 声色で代わったことはすぐに分かったようだが十二郎のリアクションもどうにもおかしい。

 

 

「……ん? お前、何となく分かるが……まさか『ムウちゃんママ』か!?」

 

「あの? 貴方と私は一応赤の他人で、そういう固有名称みたいなもので呼ばれたら苛立ちくらいはするのよ?」

 

「悪い、けど名前が分からなかったから……えっと、なんでこんなことになっているんだ? まあ『歌舞伎町』が2012年……正確には2013年? というわけでもないのが戸惑ったというか、なんか色々認識と違うなっていうか」

 

「認識と違う?」

 

「あ────なんて言ったらいいのか? 山田にはなんか言いにくいことではあったんだが、実を言えば俺も似たような立場だった、いや記憶喪失? といっても一年くらい前で、喪失中も山田や実衣子とも付き合いはあったんだが、まさか山田が記憶喪失になるなんて……」

 

(えっ、そうだったんだ……)

 

「じゃあどうしてあなたの認識と彼女の知ってきたものが食い違っているの?」

 

「俺もモモが花岡家がなんとか知らない事だってあるんだよ……というか、そんな常識外れなこと言われてもさぁ今更」

 

「貴方本当は彼女とも特に付き合いが無くて、『知っている情報』をただ読み上げているんじゃないの?」

 

「はあ…………? それはちょっとよく分からないが、どうにも俺は……何か前提がおかしいような気がするような……? ようなようなばかりで悪いが、君そんな系統だっけ?」

 

「馴れ馴れしいわよ貴方……そんな系統と言われても、私は学生時代にそういうことがあって今に至るわけで、あの女がそばにいたのはそちらの認識も同じでしょう?」

 

「いや……なんというか変なこと言うんだけど……? 山田の周りってそんな非日常的な感じだったか……? もっとこう現実の常識の範疇だったような……?」

 

「貴方の現実や常識って何? まだ5年くらい前には異世界の門が開いたとかやって、10年くらい前に桃の園事件が起きて、40年前に魔法少女がいるなんていうのが日本という国じゃないの」

 

「ああ……そういえばそうなのか、じゃあなんでおかしいと思ってしまったんだ……? 悪い、しばらく山田の助けになれなさそうだと伝えておいてくれ」

 

「気が向いたらね、すぐ近くにいるし……もう、切っておきなさい」

 

「あっそうだ、山田にはこれだけ伝えて欲しいんだけど……中村祐太郎って誰?」

 

 十二郎は素直に切った、彼と山田には何らかのズレがあったようだが……その答えも分からないままだ。

 そして二度と連絡が来る事も無いだろう……山田がスマホを返してみると画面がロックされている。

 ブロックどころじゃない、アプリが何か封じ込まれているような感じだ、どんなに押しても反応もぴくりともしない。

 ……チャットその物が封じられている。

 そんな状態でスマホが帰ってきた。

 

「ちょっと!? 人のアプリに何をしたの!?」

 

「昔ハッキングを習ってたのよ、何十年ぶりかだったけど、特別地区で使うようなしょぼいアプリならロックできたわ」

 

「いや、ちょっと……多分プライベートでも使うやつだから戻してよ!」

 

「これくらいの制約がないと貴方を信用出来ないわ……さて、そろそろ本題に入るわ、貴方……ちょっと身体見せてくれる?」

 

「え!? いや、あの……私はみいちゃんだけが特別好きな相手で!?」

 

「……貴方、大概にしないと私でもキレることはあるのよ! お腹まくるだけでいいから」

 

 有無も問わず水仙は山田の身体をまさぐってくる、それはまるで検診のように……。

 山田はどういうことか分からなかったが全身の反応をくまなく、内臓の方を確認していると見て理解した。

 まさか水仙は、自分もエレボス人の失敗作から生まれた子供と疑っているのではないか、山田ママも同じ学校で育ったこともあり……。

 

「ど、どうなの?」

 

「……貴方もそうね、なりそこないよ、エレボス人の」

 山田の脳裏に、“エレボス”という禍々しい単語が重く響いた。

 自分の内臓が鈍く疼くのを感じる──まるで内側から未知の“何か”が這い上がろうとしているかのように。

 

「……なりそこないって、貴方とはどう違うの?」

 震える声で訊ねると、水仙は艶やかな唇を吊り上げた。

 

「どちらにしても“出来損ないの新人類”よ。私をはじめとして新しく目指していたエレボス人は、旧人類とは遺伝子構造そのものが違う。完成体になれば老化も病も克服できるし、環境因子に応じて肉体の一部を自在に改変できる。でも成功率は五%未満。九割以上は中途半端な拒絶反応で、いずれ崩壊していく……それは昔は『怪人』なんて呼ばれていたわね、私達の世代だって種を遺す者としては落第だった」

 

 水仙は山田の腹部から手を離し、自嘲気味に肩をすくめた。

 

「あなたのお母さまもそう。高校時代に旧エレボス計画の被験体だったの。結果として私の親友であり──研究材料にもなって生き残った方の人間になる」

 

「……ママが?」

 

 山田は茫然と呟いた。

 

「じゃあ、私の記憶喪失もその副作用……?」

 

「断言は出来ないけど、脳細胞になんらかの異常は起きていそうな所ね……もしかしたら私とあなたで二人きりにされたのも『検査』の後に搬送されるのかも……」

 

「なるほど……? でも、それが今回の状況とどう関係あるの……?」

 

「まだ終わったことじゃないの、世間一般でもエレボス計画は表向きに出す時はプロパガンダ用の化け物として運用されたのが原因だけどね……少なくとも私も、貴方のお母様も成功体じゃなかった。なのに、貴方の器官は明らかにおかしい。遺伝子レベルで変異速度が極端に遅いタイプか、あるいは別の要因が介入している……」

 

 水仙の鋭い双眸が山田を射貫いた。そこに宿るのは、かつての憎悪ではない。純粋な興味と探究心──そして、淡い羨望、これまで蔑ろにしていた自分自身が記憶喪失になった事の真相も分かりそうになっていた。

 

「貴方はもしかすると、十年前に終わったはずのエレボス計画の本来の完成形に限りなく近いのかもね」

 

「私が……?」

 

「ええ、あなたは私のように過剰な再生力はなくていい、でも普通の人間と同じ時間を生きられるエレボス人かも」

 

 その言葉の直後だった。

 部屋の隅──厚いカーテンで覆われた壁が、唐突に軋んだ。

 カチリ、と電子ロックの解除音。

 隙間から覗く冷たい青光が、たちまち覗き込む瞳に変わる……この目の色はモモさんだ。

 自分達が大人しくしてると分かると、手を取り出してくる。

 

「悪いね〜山田さん、私はあの人に会った時から怪しいなって目をつけてたんだ」

 

「モモさん、あの……私の記憶が無くなったことも関係してるかもしれなくて、私やママは……?」

 

「あーうん、それに関しては今じ〜っくりと調べてるところだからもうちょっと待ってくれない? 衣食住はここで私が管理人として守るつもりで……」

 

 山田と会話をしながら……視線を誘導させて水仙に向かって資料を投げる、それを受け取って開き……中身を確認するとそこには……十二郎と、あの人物のことが書かれていた。

 そこには『さっきの電話は逆探知したけど、おかげで明確に十二郎がアレって分かったからすぐに始末出来たよ、本当なら1年前にやっとくべきだったかな』とだけ……その部分のみを切り取って水仙はこっそり食べた、紙もギリギリ食うことが可能だから。

 話し終わって山田も紙に気付き、振り向く。

 

「それは何?」

 

「どうやらあの女が色々と調べてくれたみたい……中村祐太郎だった?」

 

「みいちゃんのお父さん!」

 

「結論から言うと、中村祐太郎という人間は存在していないとあるわ」

 

 

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