××ちゃんと山田?さん。   作:黒影時空

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第16話「みいちゃんと××さん」

 ヘリの重低音が揺れる中、山田は上空から『白革県』を見下ろしていた。内閣総理大臣ではなく『新国家保安部隊』の大総統が統治する、独立した第48の都道府県。

 この場所は未知のウイルスが発見され、エレボス人が初めて作られた場所でもある。 

 眼下には純白の要塞が歪に聳え立っている。愛しい麻美子を取り戻し、歌舞伎町での生活へ還るため、山田は体内のドーパミンを緻密に制御していた。

 

 

 着地と同時に背後から投薬を試みる手が伸びたが、注射針は皮膚の表面で呆気なく折れ曲がる。

 

(こうして見ると私って……いつの間にか太っていたんだな……)

 

 実際、キャバクラを辞めてみいちゃんと同棲していた頃から山田は芋臭くなって小太りになってきたが自認と現状に大きな差がある。

 不眠からの昏睡中、生存本能でドーパミンを蓄え続けた山田の肉体は、120キロを超える巨躯へと肥大化していた。

 山田は押し寄せる防衛線を無造作に踏み潰しながら前進した。暴れるたびに貯蔵されたドーパミンが燃焼し、要塞の門前に着く頃にはスレンダーな体型へと戻り、周囲には全滅した警備兵の残骸だけが転がっていた。

 

 重厚な扉が閉まり、静寂に包まれた通路のモニターに、抹消されたはずの自らの経歴と『山田美咲』の名が浮かび上がる。みいちゃんと宮城へ発つ前に交わした最後の会話以来、久しく耳にしていなかった本名。

 

「美咲」

 

 暗がりから歩み出たのは、実の母親だった。

 

「ママが私の名前を呼ぶの、久しぶりな気がするな……じゃあ、また私の事を『みいちゃん』って呼んでみなよ、孫も出来たんだから」

 

「私が間違っていたわ、どんなに出来ない子でも人を手にかけられるような子じゃないと思っていたのに……血濡れた手の貴方が娘を抱き抱える資格はないわ、会いに行く前にここで死に絶えなさい!」

 

「どいてよ、どっち道どこかで殺すつもりはあったけど今それどころじゃないんだから」

 

 日本の秩序も理屈も通用しない地獄の入口で、血を分けた親子の対峙が静かに火花を散らした。

 

 —— 第2世代エレボス人(失敗型)、人体の大半が快楽物質の山田美咲。

 自分の人生は思い返してみれば、普通に向上心だけが無いと生きていけない、『理想の普通』を優先しなくてはならないものだった。

 ずっと勉強をしなくては肯定されない、いい大学に入れなければ褒めてもらえない。

 ずっと自分を磨くためだけの人生を送り、結局今の自分は歌舞伎町に逃げてきたキャバ嬢。

 こーんな人生の娘を、母親はなんて思うのか……いや、そんなことを考えるのも面倒になってきた、都合の悪いことはどんどん消費されて興奮できるような良い思い出に塗り替わる。

 

 親子喧嘩なんて初めてだが、それは一般的な『喧嘩』と呼ぶには殺伐すぎるような争いが研究施設の中で繰り広げられている。

 すこし拳を振るうだけでも身体が消耗されるので、できるだけ最小限の動きで応戦することにした。

 自分がどんなに悲しんでも勉強させてきた薄情な母親は、山田を暴力は使ったことがなかったが、相変わらず怒り顔のときの顔色は綺麗なものだ。

 しかし腐っても、失敗作の一世代前でも改造人間……これまで始末してきた人に比べたらあまりにも強い。

 

 その姿勢はまるで機械のように正確で、一切の隙を見せることなく私が手を出す前に叩き落される。

 だが山田は怯むことなく笑う。

 母親の冷徹な表情と違い、山田の口角は徐々に上がり、目元も自然と細まっていた……ドーパミンがまたどんどん上がってきた図だ。

 

「ねえママ。こんな狭い箱庭の中で、よくそんなふうに好きに暴れられるよね、いつも権威とかルールとか気にしてるのに」

 

 その言葉に返事はない。ただ一瞬、母親の視線が鋭さを増す。

 私はわざと煽るように近づき、彼女の拳が伸びてくる瞬間を見計らった。筋肉が張り詰めた腕が閃いた瞬間、山田はドーパミンを爆発させ、空気を震わせるほどの衝撃波を作り出した。

 

「──ッ!?」

 

 こんな攻撃を出されるのは想定外だったのか、腕を振り上げて振り払うよう動かすと……なんと、両腕が爆発して火花が散り、パチパチと弾く熱で山田もたしろぐ。

 

「へぇ……そんな風になってるんだ」

 

「うるさいわね……私だっていらないといったのよこんなの! こんなしょうもない能力バトル物みたいな変異を知られたら恥ずかしくて肩身が狭いわ!」

 

 バンッと叩くと、今度は山田ママの経歴も浮かび上がる。

 エレボス人の親はエレボス人(ただし後天的)なので、当然データが残っている……それを見て山田も思い出す。

 

「ああ……そういえば、ママの名前って花火だったかな?」

 

「貴方実の親の名前も忘れてたの……? というかそこじゃない! 私の変異細胞を見なさい……」

 

 データにはこう記されている、第一世代エレボス人(失敗作)、山田花火……人体を構成する細胞の80%が『炎細胞』。

 炎細胞とは、扁形動物(プラナリアなど)や紐形動物などが持つ、原始的な排出器官(原腎管)にある特殊な細胞……細胞の内部にある毛の束が揺れる動きがまるで炎のように動いて見えることから炎細胞と呼ばれているに過ぎない、つまり炎を出す力は本来ないはずだ。

 

「……炎細胞の役割は知っている? 体液中の老廃物を集めて、外へ排出する働き……体から捨てるのよ、空気に触れると花火のように弾ける火の粉を!」

 

「……それって手から炎を出せるっていう一般的に考えても強い力じゃん、ママは学生時代舐められたくなくてエレボス人に改造したんでしょ?」

 

「こんなもの貰って嬉しいと思う!? こっちも藁にもすがる思いで人間辞めたというのに日常でも役に立たない細胞付けられたのよ!?」

 

 体から火の粉をぶちまけるというのは口で言うほど簡単じゃない、まず肌は丈夫じゃないので規模が強ければ普通に自分の体も焦げる。

 熱さも例えるなら線香花火を体に近づけられてるような物で確かに熱いのだが能力として使うにはあまりにも大袈裟。

 日常生活で使うにも微妙、男尊女卑を覆したい学生時代を過ごした花火にとってあまりにも屈辱的な手術結果だった。

 なのでこれまで彼女はずっと、表向きはただの人間として振る舞って娘を育ててきたのだ。

 

「大体私、本当は好きじゃないのよ、改造人間だとか……こういう秘密基地みたいなの、私こんなの好みじゃないというか……こんな非現実的な時代に生まれてこなければ良かったと思いたくなるの」

 

「でもね」

 

 花火は決心して山田の方に掌を向ける。

 

「ママは生まれて初めてこの力を真面目に使わせてもらうわ、母親として……貴方の過ちを祓う火葬のつもりで! 例えこの身を焦がすことになっても!!」

 

 指全体から火花を散らして煙を吐き出すと、それは爆竹のように弾けて施設内の地面を爆破させ、天井にヒビを入れるほどの威力となる。

 しかし花火自身も相当痛いらしく、息を切らして苦悶の表情を浮かべている、後何発か撃てば完全に片腕が吹っ飛ぶだろう。

 

 

「ママ……痛そうだね」

 

「娘にこんな……親不孝をするほうが痛いわよ……」

 

「そういう意味じゃなくて」

 

 山田はふと、その様子が滑稽に思えてきた。

 そして、気づけば微笑を浮かべていた。

 

「なんかさぁ……ママが火傷して苦しんでるの見るのって、すっごく楽しいや」

 

「………………」

 

 花火が一瞬、動きを止める。

 

「……貴方はね、昔から人の痛みを理解しようとしなかった。それがどれほど残酷かを知らない」

 

「そうだね。でもさ、今ちょっと分かったかも」

 

「……何が」

 

「誰かが苦しんでる姿を見ると、すっごく興奮するんだ。もっと痛がってくれたらいいなって。ねえママ、もっと本気出してよ。全身焦がして、私を止めようとしてみてよ?」

 

「……そんなの、娘に言われてやることじゃないでしょう」

 

「違う違う、ママだからやってほしいの。他人だったらつまんないけど、ママならね。私がどれだけ嫌われても、愛情がこもってるのが伝わるから。もうママが苦しむことでしか、私が愛されてるって感じられないんだ」

 

 花火の表情が歪む。怒りか、失望か、あるいは諦観か。山田には分からない。ただ、山田はその顔を見ているとさらに胸がすっとするような気分がする。

 昔から鬱憤が溜まってたんだなぁ……と思いながら花火を挑発してドーパミンをたぎらせていた所、天井からマイク越しにノイズが混ざった声が聞こえてくる。

 

 

「おい……お前達のデータは充分取れた、これ以上くだらん結果を見たくはない、さっさと私の所に来い」

 

 その声のするマイクに対して山田は睨みつけるように言う。

 

「こっちだって好きでやってるわけじゃないんだけど、私はお前らが奪った麻美子を取り返しに来ただけだよ!」

 

「そうか、そうか……あの子の間届いたアレをか? それも含めて会わせてやるから、こっちも忙しい、いいから来い」

 

 適当なのか、それとも本当に忙しいのか分からない。

 だが行かないと話が進まないようだ、花火も今ここでやっても意味がない感覚をしたのか手を払い少し焦げた右腕を確認しながら歩き始める。

 

「ちょっと待ってよ、今の誰!? 来いって言われてもどこに行けばいいのか……」

 

「大総統よアレ……この狭い空間で、間違いなく権力を持っている、私と同じ桃の園の卒業生」

 

 ——

 

 言われるがまま、花火について行って大きくて広い部屋に辿り着く。

 そこにはいかにも権力者が威厳を示すように大きな椅子があり……そこに一人の、軍服を着た白髪でメガネをかけた女性が座っていた。

 自分よりは年上だろうが……若い、あくまで独裁者と呼ぶには、ではあるが若い、まだ30歳近くだろうか?

 あんな女性がこの狭くも恐ろしい雰囲気の場所を作り、独立した大総統とでもいうのか……?

 そしてその傍ら、丁重にベビーカーのような椅子に赤子の女の子が乗っている、麻美子ではないがあの大総統の子供でもなさそうだ、水色の髪がそれを示している。

 

「私はこの白革県に佇む新国家保安部隊『ホワイト・レボルシオン』総司令官兼大総統のシエル・ローレンスだ、その赤子はただの野次馬だ気にするな」

 

「野次馬はないじゃないですかシエルさん! もう5年来の付き合いじゃないですか!」

 

「ここでは総統と呼べマイナス58歳が!」

 

「あ……赤ちゃんが喋った!?」

 

「もちろん喋れますよ! 実年齢的には貴方より年上ぐらいなので!」

 

 この世界はまだ奇々怪々なことが眠っているようだが、それどころではない。

 山田には無礼なんて言葉今更知ったことではないのでシエルに詰め寄る。

 

「お前の組織が麻美子を奪った……みいちゃんがそう言っていた!」

 

「麻美子……? ああ、あの第三世代エレボス人のことか、調べてみたが特に脅威でもなかったな、人体のうちガストリンが多いから食事だけは気をつけたほうがいい……こいつだな?」

 

 シエルがモニターを触ると、部屋からまた別のベビーカーが現れて……そこにはすやすやと何の不安も恐怖も受けてない様子の……我が子、麻美子の姿が。

 

「麻美子……麻美子ぉーっ!!」

 

 感極まった山田はその場で麻美子を抱きしめる……その姿はなんであれ、母親が向ける感情そのものだった。

 その姿に花火は……何も言えなくなる。

 美咲に会った時、自分はいつからあんな顔をしなくなったのか? 自分は娘を愛していることは事実だ、なのに自分は何を間違えて失敗した?

 自分は……美咲が好きだったのか?

 

 

「ああ、これは個人的な指摘だがお前の教育法は脳を通して観察させてもらった……質問だが、教育虐待じみたお前の過去の育て方は、ドーパミン分泌体である第2世代エレボス人、山田美咲の鎮圧を兼ねたものか?」

 

 何故、総統がそんな個人的なことを言い出すのか?

 山田は麻美子に夢中になっているのでこの質問も届かないが、それは自分の教育を……言わば人生を否定しているようなものだった。

 花火はそれに答えなくてはならない。

 

「……分からないわ」

 

「何? 今なんて言った?」

 

「分かるわけないでしょ!? 確かに……私だって単為生殖で産んだけど、みいちゃんまでエレボス人になるなんて思うわけないじゃない!!」

 

「……自分の考えを都合よく否定しないあたり、プライドは一丁前のようだな」

 

「舐めないで……私は貴方と同じで桃の園の生徒よ! あの醜い女性差別の中でのし上がるためにみいちゃんも育ててきた! そこまで嘘とは言わせない!!」

 

「こういう奴も出てくるわけか……つくづく負の遺産だな、あの学校は」

 

 シエルにとっては他人事ではないように花火を見る、あくまで個人的な出来事で済ませたのかそれ以上は何も言わない。

 山田も麻美子を手に入れてからはまだ用がないと思っているのでそのまま抱き抱えてさっさと帰ろうとするが、シエルがいつのまにか立ち塞がる。

 

「お前、自分の用件だけ済ませてさっさと帰るのか? そんな適当で社会に生きて…」

 

 

「うるせえ中二病、私はこれから育児で忙しいんだよ死ね」

 

 しかし山田は目を見開いたまま全く動じずに腕力でシエルを捻り潰して上からぐちゃぐちゃにするが、すぐに別のシエルが椅子の上から飛び出してきた。

 

「はーっはっはぁ!! 大総統たるものが影武者がいないと思っていたが間抜けがあっ!!」

 

「あまりカッコつけない方がいいですよ! タネバレたらまずいですし」

 

「いや……それは確かにそうだが……おい山田美咲、お前には聞きたいことがある」

 

「何? 人の娘さらっといてまだ私に何か言う気か? ぶっ殺すぞ?」

 

「やめなさい美咲……やっぱりここで燃やしておくべきかしら」

 

「話が進まないだろやめろ……研究のために山田麻美子を回収するような件に文句を言う気持ちは受け取るが、特別地区の人間以下判定された存在に理不尽を配慮する理由はあるのか? ……それを言えばアレもそうだが、見られてしまったからな……だから来たんだろう?」

 

 ……その言葉に硬直したのは、花火だった。

 見られた、それはまさか眠っている山田に? ありえない。

 生きているのか不安になってたまに様子を見ることもあったが目を覚ます気配もなかった、だから麻美子もさらわれた。

 そうなると見ているのは一つしかないが、それは絶対にあり得ない。

 だって山田の部屋でずっと見ている人間なんて……。

 

「あり得ない……まさか、そっちが見たのってコレ!?」

 

 花火は慌ててスマホを見せるが、シエルは何も言わず頷く。

 

「あり得ないでしょう!? 中村実衣子は既に亡くなっていて、美咲の側にいるのはあの子が作り出した都合の良い空想よ! ドーパミンの過剰摂取で生まれた幻影!!」

 

「……げん、えい?」

 

 山田の顔が真っ暗になり、ぎょろりと花火を向くがシエルは冷静にボタンを押して山田を穴に落とす。

 

「……続きを聞こうか」

 

 中村実衣子。山田美咲が「みいちゃん」と呼ぶソレが、現実のこの世界にもはや存在しないこと自体はどうでもよかった。

 彼女の目の前に鎮座しているのは、いつだって山田自身にとって都合よく成形されたイマジナリーであり、山田はその幻影を「愛人」と呼び、果ては独りで娘を産み落とすほど狂気に満ちた熱量を注ぎ続けている。

 本来なら、その閉ざされた妄想の箱庭で終わるはずの話だった。

 だが——それを、みいちゃんという存在を、まったく無関係な赤の他人が目撃し、認識できるなんてことがあってはならない。

 母親である山田花火ですら、一度も見たことがないというのに。

 

 シエル・ローレンスもまた、手元の膨大な資料や、2012年の歌舞伎町の防犯カメラ映像を精査しながら、底知れぬ不可解さに眉をひそめていた。

 山田の麻美子に対する歪んだ愛情そのものは本物だろう。しかし、山田はあの時、不眠の果てに数日間も昏睡していたのだ。それほどの長期間眠り続ければ、放置された赤子がどうなるかなど火を見るより明らかなはずなのに、なぜ山田の意識は覚めなかったのか?

 結果として麻美子は無事だったとはいえ、あまりにも不自然だった。 

 そんな沈黙の中、妙に賢いシエルの傍らにいた水色髪の赤子が、不気味なほど落ち着いた声で口を開いた。

 

「その人って……歌舞伎町でみいちゃんさんの関係者を殺しているのって、ただみいちゃんさんを苦しめたからだけなんでしょうか?」

 

「別の目的があるとすれば……私も視野に入れているが、お前はどう見る?」

 

 シエルの問いかけに、赤子は平然と言い放つ。

 

「みいちゃんのことを覚えている人間が自分だけになれば、あとは理想像なんていくらでも塗り替えられますよね? 後はそれを、世界に認識させさえすれば……」

 

 中村実衣子という一人の人間の記憶、その概念を丸ごと上書きする。

 簡潔に言えば認識汚染……いや、山田にとってみれば、不都合な真実の「洗浄」というわけだ。

 

「理屈に合っていないわ!」

 

 花火がたまらず声を荒らげる。

 

「うちの美咲がそこまで計算していたとして、結局あなたの部下があの女を見ることができた理由にはならないでしょう!?」

 

「そもそも、空想上の中村実衣子は何故山田美咲を無防備に眠らせた? 麻美子がどうなるかも分からないのに。空想である以上、本来なら無力なはずだ」

 

「それは……あいつが元々そういう女だからよ! 責任感なんて最初からありもしない! 美咲もあんな奴の理解者になったつもりで……」

 

「……そう、『つもり』だな。それに関して、残念な知らせがある」

 

 シエルの冷徹な声が、広い部屋に響き渡った。

 山田美咲は未だに、自分が中村実衣子をコントロールし、思い通りの愛人に仕立て上げたと思い込んでいる。だが「みいちゃん」は、生前の邪悪さと変わらぬまま、本人の意図すら離れて山田の人生を内側から蝕み続けているのだ。

 

 あの歪んだ脳内で何かが作られようとしている。それはただの偶像を超え、もはや人間の理では対処できない「何か」へと変貌を遂げつつあった。

 悲劇的なことに、山田は誘導されている。イマジナリーの中のみいちゃんは自分にとって正しいことしか言わない、自分が作り出した存在だから安全だと信じ切っていることこそが、最大の落とし穴だった。 

 しかし、その化け物を形作らせた根源こそ、山田自身の歪みきったイメージに他ならない。

 

 ——エレボス人は、単為生殖で新しい命を作ることができる。

 だが、元来エレボスと呼ばれた存在がシエルや花火が知る時代に生み出していたのは、人の理を完全に外れた『怪人』と呼ばれたものだった……今の失敗作である彼女がそっちを産まないなんて保証はあるのか?

 山田が麻美子を産み落としたのは、一体いつだったのか? 周囲はその時期を徹底的に洗い直さなければならない。

 もしやその瞬間、麻美子とは別に、もっと恐ろしい別の「何か」が産み落とされていたのではないか——?

 

「山田さん! 麻美子ちゃんと帰ってきた!」

 

「うん、ただいま……帰ろう、歌舞伎町に」

 

「大丈夫! 住みやすいようにみいちゃんが……」

 

 無邪気な声が、甘く重く山田の耳元で揺れる。

『お掃除したから!』

 

 異変は、すでに手遅れなほど近くまで迫っていた。

 花岡桃花は宮城に留まっていたからこそ、奇跡的に難を逃れていたに過ぎない。だが、目の前に突きつけられた異常な結果を、見過ごすことなど到底できなかった。

 

「……山田さん、白革県に行ったはずよね」

 

 通信機器を握りしめる桃花の手が、見たこともないほど激しく震えている。

 

「なのに……何があったら……全滅してるわけ……!? みいちゃんってさあ……もはや何!?」

 

 その日、山田美咲が白革県で山田麻美子を取り戻していた、ほんの数時間の間。

 山田自身が2012年の歌舞伎町を完全に離れていたにも関わらず——現地に残っていた中村実衣子の関係者は、誰一人漏らさず、全員が惨殺され息絶えていた。

 

 

 

 

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