……1時間くらいかけて、十二郎に状況を淡々と説明してようやく十二郎の認識しているものと違うことを理解させる。
まず、十二郎がいない間に山田は歌舞伎町で数多くの人間を殺している、その全てがみいちゃんに関わったもの、あるいはそれに準ずるものだと聞いて目を丸くしている。
始末する前に桃花が真相を知らせたのはみいちゃんの現実を知っていてもらうためのものだったらしく、その時点で山田は全てを思い出し始めた後、狂って今回の凶行に走ったと。
「なんというか……本当に俺は役に立たないな、俺がこの後で知ってるのはそれだけなんだ、とりあえずこれからどうするかだけど……」
「どうしようかなー、まず十二郎が思い出した記憶は山田さんに話しても意味ないと思うけどねー……みいちゃん死んでるし、自分が死んだことなんて話して止まると思う?」
「要は健康に気を使わなかった結果死んだってだけだもんな……」
「そんなことはどうでもよくて! いつ山田さんがこの宮城に来るのか分からないからどうするのって話!」
ココロからすれば、山田さんがまたいつみいちゃんの地元であるこの場所に訪れるかという不安を拭う方法のほうがよほど知りたい。
しかも不運なことに、みいちゃんの中学の同窓会の日は刻一刻と迫ってきていた、自分達だけでなく他の元友人達も危険に晒されている状態なのだ。
「……山田は多分来ない、いや来れない」
「そんなことある?」
「今の山田は食っちゃ寝ばっかりで運動すらしなかったんだぞ、体重はとうに100キロ超えてる、あの体型で高速道路を使って車で帰ってくるような距離なんて無理、それより今は……」
十二郎は続けて喋る、自分の知っていることを。
「お前らが目立ちたがり屋がまだ動いてないこと、そっちの方を警戒すべきだ」
「目立ちたがり屋……」
「アイツは必ず来る、そいつに比べたら山田なんてマシだぞ……」
そう言って、十二郎は今まで話さなかった自分の過去を話し始める……。
────────―
都市伝説『目立ちたがり屋』
名前を変えて形を変えて、なんらかの事件の当事者に近づき、その関係者を装い、コントロールして自身の利用価値を広めようとする存在。
十二郎、祐太郎、水仙、桃花、全てが「目立ちたがり屋」によって導かれた存在であるが、本人達の意思は関係なく操られているわけではない。
今回の『目立ちたがり屋』はずっと傍観していたので十二郎は気づけなかったが、中村実衣子暴行殺人事件をトリガーにして山田を狙い……今回の騒動を広げるまでに至った。
これまでのケースでは事件が起きた際に彼が直接関わることでヒーローになろうとしたが、このパターンは初めての例。
ただ、今後の歴史の為にヴィランを仕立て上がるためだけに徹したようで、彼の活動範囲からは外れてしまっている。
しかし、この先の歴史を変えてしまうような事件が起こりそうになれば彼も行動を開始するだろう。
しかし、自分の認識を改めなければいずれ警察すらも止められない怪物になるだろう。
長々と語っていたが桃花がふっとため息を吐きながら、十二郎の方を見る。
「あと一つ」
「え?」
「あと1つ都市伝説にはパターンがあるんだよ……そいつが現れた時、決まって記憶喪失の状態で男が現れる、一見すると男は味方側……でも実際、気付くことがあるんだ、こいつ何の役に立つんだ? 何もしてなくないか? ってさ、そうやって何者にもなれないことからこう名付けられた」
『部外者』
「だから私はお前を確実に殺しておきたかったんだ」
ばん、ばん。
鉛玉がピストルから弾けるような音……ずっと桃花が隠してきた拳銃が十二郎を撃ち抜いて、何が起きたのかも分からないままにぶっ倒れて……今度は絶対に命を奪うような形で冷酷に銃口を額に突きつけ、弾が無くなるまで桃花は打ち込み続けた……。
「よし、今度こそ死んだか」
「え……ええ!? も、モモさん!?」
「いいよこいつなら死んでも……それより畑、おたくらの畑にこいつ埋めてもいい?」
「……ええ」
——
ざく、ざく、と乾いた土を削り取る重い音が、静まり返った畑の暗闇に響き渡っていた。
水仙の手元で踊るスコップが掘り進めているのは、普段の種植えにはあまりに深く、不吉なほど大きな穴だった。そのすぐ脇には、先ほど命を絶たれた十二郎の肉体が無造作に転がされている。世間から見捨てられたような人間とはいえ、このまま勝手に動き回られては困る。今後のためにも、この場所に沈めておくのが最も確実な処置だった。
「『部外者』……貴方はそう呼んでいたけれど、一体何者なの?」
水仙の手がふと止まり、額の汗を拭いながら桃花へ問いかけた。桃花もかつて風の噂程度に聞き及んだだけで、世間に認知されぬままこの世界の裏側に潜むもう一つの異彩——それが『部外者』だった。
目立ちたがり屋と常にセットで現れる、もう一つの都市伝説。巨大な事件が引き金となれば絶対に揃って姿を現すが、決して手を組むことはない。時代や場所によって名前も立場も変えるため一見して判別は困難だが、一つだけ明確な特徴があった。現れて間もない頃の部外者は、必ず深刻な記憶喪失に陥っているということだ。
みいちゃんが生きていた頃から山田の通う大学に十二郎が潜んでいたため、桃花は早くから彼の正体に勘づいていた。だが当時は『目立ちたがり屋』が目立った動きを見せなかったため、野放しにしていたに過ぎない。しかし今は事情が違っていた。記憶を取り戻した上に事態を悪化させる存在となった以上、手を出さざるを得なかったのだ。
「目立ちたがり屋が敵なのは分かるけど……部外者もそうなの?」
「敵じゃない。……災害って言った方が近いかな」
桃花は冷ややかな目で穴の底を見下ろしながら、感情の籠もらない声で吐き捨てた。
「台風や地震だって完全には止められなくても、被害を最小限に抑えるために防波堤を作るでしょ? あれと同じ。部外者は目立ちたがり屋の近くに現れて敵対するけれど、現実に何の影響も及ぼせたためしがないの。目立ちたがり屋にとっても、せいぜいヒマ潰しの遊び相手程度。つまり私達からすれば、いてもいなくても困らない存在ってわけ」
だからこそ、導き出した対処法は一つしかなかった。芽のうちに摘むこと。
目立ちたがり屋が現れた際、記憶を取り戻す前に部外者を特定して始末する。何もさせないことこそが、最も効果的な対抗策だった。
「いや……そうだとしても、もし間違えた人を死なせるようなことがあったら……」
恐る恐る尋ねるココロに対し、桃花は微かな躊躇いすら見せずに言い切った。
「絶対に間違えない」
これから先も自分たちは、この二つの怪物のような存在と関わり続けなければならないのだろう。目立ちたがり屋の暗躍を警戒し、現れた部外者を特定して処分する。とりあえず今回は十二郎を埋めたことでこの代の処理は終わったが、次にまた彼らが現れた時、部外者が最初からそのまま生き埋めになってくれた方がいくらか気楽かもしれない。
土を被せていく作業の最中、ココロの背筋を冷たい汗が伝った。
目の前で淡々と人を撃ち抜き、手慣れた手つきで穴に放り込んで埋めていく桃花の横顔が、心底恐ろしかった。キャバクラで共に働いていた頃から冷酷でサディスティックな気質があるとは思っていたが、人間一人が物のように処分されていく様を平然と見届ける姿は異様だった。
山田にしても桃花にしても、自分はなんて危険な存在の近くにいたのだろう。
どこで自分の人生は狂ってしまったのか。安易に2012年の歌舞伎町へ足を踏み入れるべきではなかったのかもしれない。後悔と恐怖が胸を固く締め付ける。
——その時だった。
暗闇の中で静かに土を掘り返す音の隙間を縫って、ココロの肌が粟立った。
背後の草むら、夜のしじまの向こう側から、じっとこちらを見つめる何者かの視線と気配を感じ取ったのだ。
この惨劇が、誰かに見られている。
最悪の夜は、まだ終わりを迎えてはいなかった……それを深く印象付けるものだった。
誰が見る、誰が……?
*
その情報をすぐに水仙に伝えると、見られたことがまずいような反応をすぐに見せてきた。
「ああ……それ、高橋さん、面倒なのに見られた……」
「どこ? 知り合い?」
「知り合いどころじゃないわ……元クラスメイトで中村実衣子にリンチして最終的に死の原因になった半グレグループ、そのうちの一人に高橋っていうのが居たわ」
「ちっ、がっつり地元の人間か……となると十二郎みたいに殺して終わらせられないなぁ……」
モモが始末に追われてぼやいているが、簡単に『殺す』が選択肢に加えられていることにココロは戦慄する。
水仙も桃花も既に高橋を消す前提で話を進めている、こういう奴らは簡単に都合の悪い人間を始末出来る……ここで裏切ったら自分も……そう考えると大人にもなって失禁しそうになる、ドラマのような危機的情報の気分がよく分かる。
そんな中、山田のことを思い出してぽつり、息を切らすようにつぶやいた……。
「ねえ……山田さんをその高橋って奴を殺すように誘導する……ってダメなの?」
「はぁ──ー!? 無茶言わないでくれる!? こっちはもともと歌舞伎町で殺された奴がいて面倒ごとになったってのにここから更に外部で殺しとかマジの国際問題よ、分かる? 白革県とその領土は日本列島にあるけど日本として認められてないわけで……」
「じゃあ! このみいちゃんの地元を侵略して特別地区に改装するというのは!」
「こんなド田舎採ってもメリットが無いし特別地区だって簡単には出来ないの!」
「じゃ、じゃあ……その高橋っていうのを、特別地区に送るのは!?」
「それも簡単じゃない」
「じゃあもうどうすればいいの!!?」
「あ、おかえり」
ココロがもうどうしたらいいのか分からなくなって叫んだところに、今まで居なかった花火が帰ってくる。
どうやら準備が終わったようだ。
……彼女が考えた計画は、恐ろしいものだった。
「やっぱり全部焼き払うしか無いんじゃないの?」
帰ってきた花火が平然と口にしたのは、この地域丸ごとを火の海に変えるという狂気の提案だった。
花火にとって、この惨劇は自分への娘——山田に対する最後のケジメなのだという。どれだけ姿を隠そうとも、生き物である以上「みいちゃん」が動けば草陰などの周囲に必ず微かな反応が出る。水仙に頼んであらかじめ区域の大部分に特製の草を生やしておけば準備は完了だ。その草むらの不自然な揺れを感知した瞬間、花火が己の「炎細胞」で一気に発火させる。
瞬く間に燃え広がる大火災。姿の見えない幽霊だろうが怪物だろうが、確実に焼き尽くすことができる。だがそれは、山田やみいちゃんを死なせるためだけに、この地域に住む大勢の無関係な人間や、自分たちの穴掘りを目撃した高橋までもを巻き込む大量虐殺に他ならなかった。埋めた死体が発掘されるリスクすらどうでもよくなるほどの、破滅的な賭け。
「……本気なの?」
ココロの問いに、誰も答えなかった。ただ沈黙だけが肯定として重くのしかかる。
追討ちをかけるように、ネットの画面が赤く点滅し、緊急ニュースを告げていた。2012年の歌舞伎町から解き放たれた「山田美咲」の存在が、ついに日本全国に報道され始めたのだ。街を恐怖に陥れた連続殺人鬼として晒される山田。もし彼女がこの町に現れれば、即座に機動部隊に取り囲まれて蜂の巣にされるだろう。もはや自分たちが手を下す必要すらなくなったのかもしれない。
しかし、ココロの恐怖は消えなかった。山田が自分を殺しに来るかもしれないという刃は、今も首元に突きつけられている。
(誰も……信用できない)
淡々と人を殺して埋める桃花も、平気で街を焼こうとする花火も、狂気に浸りきる水仙も。戸籍もなく、逃げ場もない。だが、ここにいれば自分も狂気の一端として焼き殺されるか、惨殺されるかだ。
『自分だけが、平穏に生き残りたい』
深夜、ココロは一人、闇に紛れて駆け出した。目的地は東北地方に存在する異端の独立地帯——白革県。事実上の、日本からの亡命だった。
立ち止まれば殺される。後ろを振り向けば追いつかれる。足の裏が擦り切れ、肺が焼けつくような痛みに苛まれながら、ココロは宮城県の夜道をひたすら走り続けた。かつて歌舞伎町の泥沼から抜け出し、順風満帆で平穏な人生を手に入れたはずだった自分の影は、どこにも残っていなかった。
走って、走って、ひたすら夜を切り裂いて走り続ける。
どうして自分はこんな場所で惨めに逃げ惑っているのだろう。
どうすれば、あんな泥沼に関わらずに済んだのだろう。
なぜ自分はまた、あの山田という地獄に引きずり戻されたのか。
絶望と混濁する意識の中で、ふっと一つの答えが脳裏に閃いた。
——そうだ。全部、あの『部外者』のせいだ。
それが、暗闇の中へと消えていくココロの、最後の記憶となった。
——
「へぇー、そっか、ココロちゃん消えたんだ……」
翌朝、ココロの姿が消えたことは桃花達も気づいていたが追いかける気は無かった。
今更1人で動いたところで、今度は国家権力に消されてる方がココロには可能性が高いと思われていたからだ。
『目立ちたがり屋』は人の動きが読めないので厄介だが、それでも追跡を避けている中では最優先に追う必要がないくらい厄介度は下位だ。
「……山田さんが本当に手を出すってなら、私が絶対に見つけてやるよ」
山田の顔写真、新聞、そしてテレビに映るその姿を睨みつけながら呟く。
それから山田が次の舞台で登場するとなれば、中村実衣子の同窓会……彼女の地元を荒らした、最大の事件の現場である。
まだ少し猶予はある、その時に出てくるであろう山田を捕まえなくては……。
————
「十二郎さんが……その、部外者とやらで……」
「うん、もしかしたらそっちは生きてるかもしれないし、君の話の通りなら既に始末されたというのもありえる」
一方、山田の方もダザクから『部外者』の話を聞いて現状を把握している頃だ。
まさかこの歌舞伎町の先で完全にこの世の物とは思えない存在として完成してしまうとは思わなかっただろう。これで、山田とみいちゃんを狙う敵が1つ増えてしまった。
それも国家権力、今のところみいちゃんと山田さんは歌舞伎町を出る予定は無いのだが、桃花や目立ちたがり屋に狙われている上に国家権力まで手を伸ばしてくるとなると……。
山田に出来ることは限られていた。
まずは自衛手段を整える。みいちゃんとの穏やかな日々を守るために、山田は今までの怠惰な生活を捨て、また真剣に体を鍛え始めた、といってもダイエットして本来の体に戻ろうとしているだけだが。
自宅のカウンターには、改造したパソコンでハッキングして得た「目立ちたがり屋」の居場所情報と、宮城の地図が広げられている。目立ちたがり屋を潰し、桃花をも出し抜く。その上で国家権力による包囲網を掻い潜り、みいちゃんと逃避行を続けるのだ。
「この歌舞伎町での楽しい日々を永遠に、いつまでも……」
そして、もう一つ。
あれからダザクは何故かみいちゃんの近くに居ながら部屋まで住み着いている。
同棲を許した覚えはないがみいちゃんの好きな相手として現在は認識されているので、自分も文句は言えないが、ダザクもダザクで山田にめちゃくちゃ絡んでくる。
「ねえ君、疑問に思わないの? 妄想状の産物が君の想定外の行動をしているわけだし、なんか僕がそれに好かれているわけなんだけど」
「みいちゃんだから……そういうことだってある」
山田はそっけなく応えるが、突如異変が発生する……頭が強く揺れるような衝撃とともに、突然鼻血が溢れてくる。
ダザクはそれを見ても動じていない。
「あまりにも高濃度のドーパミンの摂取、それを繰り返している、普通ならあり得ないことだが君は細胞の大半がドーパミンだから……脳が耐えきれなくなって物理的にも溶け始めている」
君はもう、長くない。
そう言われているかのように、気付いてから意識が揺らいでいく。
ここ最近はあまり無理をしてみいちゃんを強く認識していたのだが、このままでは長く持たない、後を追う形になってしまう。
山田はただ、みいちゃんと静かに過ごしたかっただけなのに、どうしていつもこうなるのだろうか。
悲劇が降り注ぐ、これが自分の愛の形なのか?
山田は涙が、みいちゃんを守るためとまた自己暗示のように言い聞かせて、今日も体を動かしていくのだった。
そうして……いつぶりだったか、夢の中でまたイマジナリーみいちゃんと再会した。
今ではドーパミンによる幻覚でいつでもみいちゃんに会えるが、こうして曖昧な中で会うの久しぶりだ。
そして山田はこっちのみいちゃんは幻覚のものとは別人として認識していた。
「ねえ山田さん」
「みいちゃん……ああごめんね、現実でいくらでも会えるからって、そっちの方を忘れるようなことがあって……」
「お前は山田さんじゃないのに、なんで山田さんのふりをしているの?」
「……はあ?」
みいちゃんのすぐ近くで……山田だ、山田美咲が倒れている。
あの日、自分は『彼女』にナイフを向けた。
みいちゃんをみすみす死なせて、利用して、文句を言って……そんな奴が本当の山田だったから。
みいちゃんを愛していて、大好きな自分こそが山田にふさわしいから。
「みいちゃんはそんなこと言わない」
そうしてまたナイフを振り上げる。
……現在の山田美咲は記憶を取り戻したのとは少し違う。
記憶喪失から……新しい人格を再構築したものだ、みいちゃんが好きという都合の良い記憶を残し……。
そして、みいちゃんと過ごしてきた『本来の山田の人格』はあの日、全てを知った時に破壊した。