2012年の歌舞伎町……山田の方はごく普通に、普通のつもりで異常な生活を繰り返していたが、ある日そんな停滞した日々を変える大きな出来事があった。
誰が送り届けたのかも分からない、手紙が山田のアパートのポストにかけられていた。
封筒を開いて、中を確認してみるとそれはみいちゃんの通っていた中学校の同窓会の案内だった、何故か住所がバレていた。もうこんな場所まで手紙が送られるくらいバレているのか……。
「……」
山田はしばし考えたが、みいちゃんの知り合いというだけでなく、これは彼女に起きた変異の根源について調べるきっかけになるのではないかと思い、
行けばなにか変化があるだろうかと山田は思った。みいちゃんについて理解するだけなら……
「みいちゃん、同窓会に誘われてるし行ってみない? もしかしたら……いい物が見れるかもしれないよ」
「え? 行ってもいいの?」
「私も行くし、危ないことしないって約束してくれるなら」
「うん、いいよ!」
みいちゃんは嬉しそうに返事した。
*
「あ、お客様すみません! 今回行われる予定の中学校の同窓会の参加者……」
「なんか問題あったんですか?」
「いえ、大丈夫です……こちらでお待ちください」
宮城県までやってきた山田、みいちゃん、麻美子。
地元の少し古いホテルに入り、同窓会が行われる前に色々話を聞くことにした。そもそもここの同窓会は、なぜか手紙が送られてきたから気づいたのであって、それ以上はなにも知らない。ここに来るのもかなり苦労した、適当に拾った車でガソリンスタンドに行ってそこから道を聞きつつなんとか辿り着いた感じである、当然無免許なので歌舞伎町を出てからはバレないようにひやひやした。
最初は地図とスマホ頼りだったが、途中からはもう誰かに聞きながらの方が早いと考えて……『お話』も交えながら、なんとかトラブルもなくホテルへ。
「そっちの小さい子も一緒に?」
「はい、みいちゃんの子でもありますので」
受付のスタッフから、無関係の山田についての説明を求められたので、山田は「みいちゃんの同棲相手で送り迎えを担当」とだけ言ってそのまま関係者として同行、そのまま個室のような部屋に案内されて、そこで暫く待つことになった。
同窓会をするにはまだ狭い部屋なので、ここで同窓会をするわけではなさそうなので一息ついて休憩する、こっちのみいちゃんにとっては久しぶりの里帰りのような物なので、なにか感慨深いものはあるのだろうかと思った。
「なにか懐かしい?」
「わかんない」
まあ、そうだった、みいちゃんはもう人間離れしているし、こういった感情の起伏を理解していない感じなのだ。だからといって会場に出したら……人を殺すかもしれないので、こうして一緒にいながら『いい物を見せてあげる』と言ったのだ。みいちゃんにとっては刺激的なことがないなら、少しでもそれを与えてあげたい。
そうして座って待つこと数分、ようやく部屋の扉がノックされると、スーツ姿の女性が入ってきた。いつになく眼鏡をしており、その人は丁寧に礼儀正しい挨拶をしてくれた。
「失礼します、今回の同窓会の司会を務める水仙と申します」
「え……ええぇぇぇっ!!?」
山田は驚いて大きな声を出してしまった、なんと主催者はあの水仙……ということは、睦も参加しているのだろう、確か彼女も中学の頃からの付き合いだった。
しかしまさかここで再会することになるとは……。
みいちゃんも知り合いに会えて嬉しそうだった。
「ムウちゃんのお母さんだ! ムウちゃんもいるよね!」
「うん、それは間違いないよ……水仙さん、実はみいちゃんの所にも同窓会のお誘いがあって」
「ええ、実は私が送ったの……といっても、私も代理だけど、ほらあの……十二?」
「ああ、十二郎さんから……なるほど」
山田も納得して水仙に案内されるがままに移動しようとするが……ホテルを出て、何故か外を歩き始める。
しばらく宮城には行ってなかったが、随分草原が多くなったような気がする、ちょっと歩くだけでもガサガサして動きにくい……普通の道を歩いているはずなのに開拓されてない山道を歩かされているような感覚だ、ムズ痒いしどうにも動きにくい。
しかし水仙は全く気にしてない様子でのっしのっしと草をかきわけて進んでいく……。
これには山田も違和感を感じて、みいちゃんの手を握りながら答える。
「あの……水仙さん、同窓会の場所にはいつ到着するんですか?」
「大丈夫ですよ……ちゃんと会えるわ、皆会いたがっているもの、焔の中で!」
「え?」
山田が意図を理解できなかった……その突然のこと、何か焦げ臭い、田舎道を通るときに覚えがある何かを焼く煙。
田舎じゃ珍しいものじゃない、たまに切った草などをまとめて焼いているようなことはある……だがそれにしてはおかしい、焦げた匂いが近くまで来る……いや、それどころかかなり熱い!!
燃えている……何から何まで!!
「火事!?」
山田が焦って振り向くと、自分が通ってきた草原が全て燃え広がって火の海と化していた……このまま草原に居たらまとめて燃やされてしまう!
「まずい! 水仙さん逃げますよ!!」
「ええ……逃げるのは結構、でも貴方はここで死ぬのよ!! 花火さん、そこに実衣子がいるわ!!」
「ぬああっ!!」
「ママ!?」
声と共に草陰から、花火が右腕から炎細胞を破裂して草花が炎に包まれる、今の攻撃は……確実に狙ったようには見えないが少し意識がそれていたらみいちゃんがまとめて燃えていた。
「ママ何してるの!? あと少しでみいちゃんに……」
「黙りなさい!! 貴方は……貴方はもう私の娘じゃないことは分かっているのよ!! 失敗した……どこで失敗したのか分からない、でも貴方はもう後戻りも出来ないくらいに歪んでしまった! だからせめて……責任を取って産んだ私が手をかけないといけないのよ!!」
「うわっ!!」
山田でも気付く、これは同窓会に誘われたのではない……罠だ!
まさか自分の母親がここにいるとも思わなかったし……ここまで露骨に殺意を向けてくることにも驚いた。
だがそれどころではない……燃えている、辺り一面全て、怪物のように炎が生えている草を焼き尽くして逃げ場を無くしていく……!
どこに逃げればいい? 炎だらけで、どこを進んでも……いや、まさかこの草、意図的に生やされているのか……?
しかしそんなことになれば、草がある限り燃え続けてしまう。
「と……とにかくみいちゃん!! 今は逃げるよ!!」
「え!? 同窓会は!?」
「そんなの無かったんだよ! どこか……どこか燃えにくい場所に!!」
……燃えている。みいちゃんの地元が、何かもかも。
炎は止まることなく勢いを増し、広大な草原だけでなく、民家の屋根も、耕された畑も、すべてを等しく赤ぐろい火の海へと変えていく。
人間が手作業で消火活動を行ったところで到底追いつくはずもない業火だった。みいちゃんが生まれたというこの場所が、思い出も歴史もろとも灰へと呑み込まれていく。炎の手は疾風のごとく巡り、どこへ逃げ出そうと行き場を塞ぐ。
地元の住人たちまで、この狂気の渦に巻き込まれてまとめて燃えているのだろうか。
山田の方を追いかけていく花火の背中を見送りながら、水仙はまったく別の方向へと足を向けた。山田を仕留めるための罠はすでに張り終え、作戦は完結した。ここから先、二人の歩む道が交わることは二度とない。自分たちの足元にも赤々と火の手が上がり、舞い散る火の粉が視界を埋め尽くしていた。
「ここの人達、消火を諦めて避難したのかしら……逃げてくれないと私達も余計な犠牲まで増やすことになってしまうわ」
「貴方……一応ここで過ごしてきたのよね? 周りの人間に対して何か情とか感じていないの?」
どこか茫然とした水仙に対する花火の呟きは、人間としての至極ま当な疑問だった。しかし、足を止めた水仙は眉ひとつ動かさず、感情の欠落した声で淡々と応じる。
「情……? 私の人生全ては睦を育てるためにあるわ、もう睦を育てるには役目を終えて……必要のない物よ」
何も知らない睦は同窓会に最初から来ていない、今は冷たい地中深くで密かに休眠状態に入っている。どれほど地上で猛火が猛威を振るおうとも、土の奥底にいれば熱気の影響など皆無だ。
ほとぼりが冷めた頃に地表を掘り返し、睦を回収すればそれですべては終わる。
榎本親子からすれば、自らの生活や睦の未来に影を落とす危険分子——中村実衣子という歪みと、それを知る者の痕跡をこの世から完璧に消去できさえすれば、それで十分だった。
だが、花火の胸に不気味な疑問がくすぶる。常人とは異なる体質を持つエレボス人のなりそこないとはいえ、水仙の身体を構成する細胞の大半は植物細胞なのだ。人型を模してはいても、肉体構造の本質は一輪の花に近い。本来なら、自分たち以上に火を忌み嫌うはずの存在が、なぜこの猛火の中で逃げ惑うこともなく平然と立ち尽くしているのか。
——何か重大なことを見落としている。
かつて水仙は睦のことを「自分の種」と表現していた。
植物の体質ゆえの比喩だとばかり思っていたが、もしそれが比喩などではなく、文字通りの意味だったとしたら? 今まで目にしてきたあの睦とは別に、水仙が単身で作り出したただの「種」から芽吹いた存在……すなわち、単為生殖によって産み落とされた、もう一人の娘が存在するのではないか。
「どんな育て方をしたとしても、端から見れば適切でなかったとしても……生まれ方が違っても、私は娘として愛していたのよ」
水仙の呟きは、燃えさかる炎の爆ぜる音に溶けていく。
「だからこそこっちの子は、何の影響も与えずに育ててみたの……睦と並行してどっちが正しい育て方だったのか調べるために」
もはや一刻の猶予もないほどに熱風が皮膚を焼き、炎の檻が狭まっていく。それでも水仙は揺るがない。そして、ついにその時が訪れた。水仙は天を仰ぎ、枯れ木のような喉を張り裂かんばかりに叫んだ。
「ムツミ!! ご飯よ──!!!」
叫びと同時に、足元の大地が鳴動した。凄まじい地響きとともに、漆黒の土を突き破って巨大な「何か」が姿を現す。無数の太い根のように蠢く腕が水仙の華奢な身体を強く掴むと、容赦なく暗く深い地中へと引きずり込んでいった。
業火の隙間から一瞬だけ花火の目に映ったその異形は、何十年もの年月をかけてじっくりと地に根を張り巡らせてきた、植物のようであり、人のようでもある異形の怪物だった。自分たちの知る世代の言葉で呼ぶならば、あのみいちゃんと同種の『怪人』——人類の理解の及ばない領域へと到達してしまった化け物だ。
あれを目にした瞬間、花火は自身の中の何かが折れる音を聞いた。自分は負けたのだと、骨の髄まで理解させられた。
エレボス人として、母親として。人間として生まれるかもわからない異形を前にして、一体どう立ち向かえばよかったのか。自分はあの時、安易にエレボス人という化け物へ変貌してしまった愚かさを、もっと早くに後悔すべきだったのだ。
もしも運命の歯車が狂っていなければ。自分はごく普通の母親として、普通の形で山田美咲を産み落とし、育てることができたのだろうか。仮に人間として生まれた山田が不幸な結末を迎えることになったとしても……こんな狂気に塗れた地獄よりは、ずっと救いのある結果だったのではないか。
「同じエレボス人に会えたことだけはいい経験になったわ……さよなら、花火さん、貴方と貴方の娘がまだ生きていたら……冬眠の先で会いましょう」
崩れ落ちる土の底から届いた水仙の最後の言葉は、吹き荒れる火炎の渦の中に呑み込まれ、やがて静かに消えていった。
もはや手の届かない場所まで行ってしまった……おそらく、この作戦がどうにか終わった頃にはこの区域の人々は全滅しているだろう、あの女が……あの時埋めたものを見られたことを知って大人しくしているはずがない、こうして冬眠した間にも……。
いや、今それを考えるのはよそう。
山田を追いかけなくては……しかし、この火の勢いはおかしい。あまりにも広がりすぎている……いや、違う。自分はまだ耐えられているが、この炎……明らかに酸素を吸い過ぎている。
あの水仙は、ただ植物を作るだけでない……酸素をコントロールして炎を制御できるように……なったのか?
とにかく山田たちを追いかけるしかない……そして責任を持って殺さなければ……!
これが山田美咲という娘への最後の贖罪だ。どれだけ歪んでいても、歪んでいるからこそ……自分の手で始末しなければいけない。
そう考えて、花火は山田をまた追いかけていった。
──ー
山田達の周りを、炎は容赦なく飲み込んでいく。逃げ場はない。この火に焼かれれば、ただの人間の体では生き残れない。
それでも山田は諦めなかった。みいちゃんの手を握りしめたまま、必死で走り続ける。
「みいちゃん……まだ、生きてる!?」
「うん! みいちゃんの家が、燃えてる!」
みいちゃんの言葉に、山田は信じられない思いで振り返る。燃え盛る炎の海の中に、確かにあった。みいちゃんの家だった場所が。壁は崩れ、屋根は焼け落ち、形を留めていない。それでも、かつて確かにそこにあったという記憶だけは、今なお脳裏に焼き付いて離れない。
「どうして……こんなことに……」
山田の声は、炎の轟音にかき消されそうになる。みいちゃんは何も答えず、ただ炎の中にある自分の家を見つめ続けていた。その瞳には、悲しみも怒りも浮かんでいなかった。まるで、ただの記録として認識しているかのようだった。
「みいちゃんの家って母親の他に他に誰かいたっけ!?」
「おばあちゃんが!」
山田は、みいちゃんの手を引っ張る。しかし、その腕は冷たく、重かった。みいちゃんの足取りは、まるで夢遊病者のようにふらついている。このままでは、追いつかれるのは時間の問題だ。
背後からは、花火の気配が近づいてくるのを感じた。そして、炎の温度がさらに上がっていく。
「まずい……このままだと、本当に……!」
山田は必死で周囲を見渡す。何か、この炎を凌げる場所はないのか。しかし、目に映るのは燃え盛る炎と、焼け落ちた建物の残骸ばかりだ。絶望が心を侵食し始める。
「みいちゃん! 何とかならないかな!? なんかこうビームとか出せない!?」
みいちゃんは、ゆっくりと首を振った。
「全部燃えちゃった……」
その瞬間、山田の脳裏に様々な感情が渦巻いた。怒り、悲しみ、そして恐怖。なぜここの人たちは、ここまで徹底的にみいちゃんの過去を消し去ろうとするのか。そして、なぜみいちゃんは、空想の存在とはいえそれに対して何も感じていないのか。
「みいちゃんの家が────!! うあああああ────!!」
みいちゃんがようやく炎を止めようと右手を大きく伸ばした、しかし届かない、あまりに遠すぎる。
みいちゃんの周りには、未だに大量の炎が渦巻いていた。
──ー
山田は炎の中を必死に走り続ける、少し前までありふれた田舎道だったものが辺り一面に転がる、家の中に入ろうとしてもガソリンをまいて燃やされたかのように燃えすぎていて、そもそも鍵がかかっていた。
「みいちゃん! なにかあるかもしれないからまだ無事な家に入って探そう!!」
「でも鍵がかかってるよ!」
「いいから!! この程度ぶっ壊せるよ!」
みいちゃんが家に手を触れると、金属の鍵が溶けて簡単に中に侵入できた、しかしみいちゃんは家の中を見ていてなにか思うところがあったのか……泣き始めた。
「うわ──ん! おばあちゃん!」
みいちゃんが突然泣き始めると同時に、家の中を燃やしている炎が弱くなった、どういう原理かはよくわからないが、みいちゃんはなんとか家族に対して思い入れがあったのでこうして悲しんでいるらしい。
なんとか逃げるのに必要な時間は稼げそうだ……山田はみいちゃんを抱きかかえる。
「ママも来てるから急いで逃げるよ!!」
「う、うん!」
*
なんとか逃げることが出来た……とりあえず近くのスーパーの倉庫に入って隠れてやり過ごすことにした。山田はみいちゃんに話しかける。
「みいちゃん、ここで少し休んでいよう、ママが追いついてきても大丈夫なように……」
みいちゃんは少し不安そうな顔をしていたが、山田の提案に従うことにした。
まさか同窓会に来たつもりが、本格的に命を狙われる……までならいいとして、地元丸ごと火の海に変えられるとは思わなかった。
帰宅は適当に車をパクって逃げるように歌舞伎町に戻ることを想定していたが、この勢いでは炎に飲み込まれてガソリンに引火して爆発してることだろう。
そもそも、あの燃え上がる道をまともに進めるとは思えない。
このスーパーはまだ多少は炎に耐えられるくらいには丈夫そうだが、こんな炎の中どこまで生きていられるか……どうして花火が自分を殺しに来たのか……。
あの植物からして前もって仕込んでいたとしか思えない……だが、十二郎が自分を殺そうとするか? しない、全面的に味方のはず……そういえば十二郎はどうなって……。
だが、考えていたその時、みいちゃんが山田に疑問を吹っかけてきた。
「山田さんってあのママの子どもなら、あの炎をぶわーって出すやつ出来ないの?」
「え? 私はママと違って炎細胞が無いから……いやでも、確かに私はあのママから生まれてきたわけだから……」
どうしてこの発想に至らなかったのか、自分が花火から生まれたエレボス人なら……多少はドーパミン以外にも炎細胞も一緒に遺伝されていてもおかしくないのではないか?
これが何が対抗策になると考え……全身に炎細胞があることを意識しながら、しゅっと手を開くと……。