全国各地のテレビは、この悲劇をすぐさま情報として取り上げた。
宮城のとある集落を襲った謎の大火災
犯人の女とされる女性は、今も行方不明のままだ。
ニュースにはこうある。
『大変悲しいニュースを伝えなくてはなりません、本日宮城県にあるとある地域で原因不明の火災が発生し集落1つがまとめて全焼……多くの死傷者を出す大惨事となりました、現場は発見当初原因不明の火災でしたが、消防隊による消火作業に加え突如降った大雨により延焼は停止し、数時間後に鎮火されました、しかし集落は丸ごと焼き尽くされ、死者が多数出た模様です、唯一の生存者は現場に取り残されていた一人の成人女性だけであり、現在日本国外にある病院で治療を受けているとのこと』
被害者にインタビューしようとして取材陣が病院へ押しかけたが、肝心の患者に会うことは出来なかった、それは別に記者を止めたかった訳ではなく……。
『取材陣によれば、その女性はとても取材できる状況ではない程に弱っており、混乱状態にあったと話しています、医師も、現時点での詳細な容態については公表を控えているそうです、この未曾有の惨劇は、今後どのような真相が明らかにされるのか、我々は注目していきたいと思います、なお焼け落ちた集落は既に白革県によって特別地区に再構成されることが決定しており……』
こうして、山田は表向きには生死不明、消息不明になった。
その頃山田は白革県にあるに連行され、大総統の前に連れてこられた。
手錠をかけられ、拘束されている山田の前に立つのは、銀色の髪を完璧な形にセットして改めて対面するシエルの姿だった。
「対面が珍しくなくなってきたな……まあいい、お前の血液はすでにある程度摂取したから交換の分はいい」
「……本当に、生き残ったのは私だけなんですか?」
「身元を確認できたのは花岡桃花ぐらいだ、まさか奴が死ぬとはな……花岡家という以外でも奴には目をかけていたところはあったが……」
シエルが言うには、元凶は山田花火と榎本水仙のエレボス人のなり損ない2名と確定している。
しかしどちらも依然として行方不明になっている、改造人間といえど火災に耐えられるわけでもないので命を捨てた作戦と判断している、あの状態から確実に生きて帰れるプランを考えているほうが難しい……特に今回の一件は虐殺を計画の1つに入れている、よその命など山田を仕留めることに比べたら些細なものだ。
……榎本水仙が、どこまで本気だったのかはともかく、そして……真の意味で殺したい奴がいたことも山田は知らない。
「だが、話を聞く限りあの女は充分中村実衣子とやらへの復讐を果たしたな、奴が生きていた証が何もかも全部、完全に消えてなくなってしまった……お前を除いてな」
シエルはこの惨状にも鼻で笑う……だが、山田にとってはそれどころじゃない、自分の子供、みいちゃん……生存者が自分一人なわけない。
「……本当に探したんですか? 探して、私一人だったと?」
「そうだ、結果がすべてだ……お前が2012年の歌舞伎町で猟奇的なシリアルキラーになったことも深めてそう放映された、それが事実だ」
「そんなわけ……そんなわけない!! 麻美子は生きている!! みいちゃんだってずっと手を握っていた!! なのに……」
「……ふぅ、もう時間がないが仕方ない、少しずつお前にも分かるように説明してやる必要がありそうだな」
ベッドには氷が乗っている……山田の頭は物理的に冷やされて拘束されたまま黙々と話が始まろうとしている、抵抗される以上にドーパミンまみれになって幻覚に逃げられないようにするためだ。
しかし怒りで興奮状態なのは変わらないので、監視状態は変わらない。
まあ、だからこそシエルが直々に見ているところはある。
「その代わり私の質問にも答えろ、山田花火から何か聞いていないのか? 奴がどうやって改造人間になったのか」
「知るわけないでしょ、そっちの管轄なんだからそっちのほうが詳しいんじゃないの?」
「ああそうだな、詳しいな、だからこそおかしいと思うんだよ、細胞の変異箇所が間違った失敗作? ありえない……エレボスとは『男性ホルモンが増幅した女性』の化け物だ、両立に成功したのがお前も見たエレボス人……別の細胞になるなんてありえない」
つまりは、エレボス人のなりそこない自体がおかしい。
男性ホルモンと女性ホルモンの両立した存在であり、少し前には改造したところで怪人しか生まれなかったのにシエルより前の世代で自我のある改造人間なんて生まれていいはずがない、知っていたら教科書や歴史にも残っている。
しかし存在しているとなると答えはまた違うものが見えてくる。
自分達の想像だに出来ない全く別の外部の存在が、花火や水仙を改造して作り出した……。
しかし山田にとっては知ったことではないので、ごろんと横になりシエルから目を背ける。
「……そんなの、私じゃなくてママを捕まえて問いただせばいいじゃん」
「花火は依然として行方不明だ……いや、そもそも『花火』自体偽名だった可能性のほうが高いな、我々の捜査網すら覆すほどの経歴の偽装……お前も『山田』は適当に名付けたんだろう?」
「……そうだっけ?」
もう山田も昔の記憶が曖昧になっていた、まるで直前のことしか覚えてられないチャットAIみたいだ。
今の自分の中にはみいちゃんの生活……みいちゃん。
ごまかされない、すぐに山田はシエルの方向に見た。
「貴方の話はそれで充分でしょ? 私はみいちゃんと麻美子がどうなったのかって話をしてたんだけど」
「ああ……そうだったな、そういう話だったか」
「なあ……存在しないなんて言わないでよ、先にそっちが拐ってきて調べたんだからさ」
「そうだな……DNAの何から何まで調べた以上、山田麻美子が実在することは否定することは出来ない」
「ただ」
どんなに言っても、山田にとっては都合の悪い答えになってしまうことは避けられない。
今更後戻りも戻ることも出来ない答え合わせ……空想に逃げられず、淡々と聞きたくもない言葉が聞かされる。
「ただし、お前が想像しているような娘ではない……生存者一人は残念なことに正解だ、わかりやすい形で答えよう、中村実衣子、山田麻美子……これが全部同一個体だ、ただし妄想ではない」
分裂、シエルが言うにはそういうことらしい。
女性ホルモンを分裂させて、粘土みたいに形を組み合わせる……シエルは過去に、男性ホルモンを加工して男のフリをしていたエレボス人を見たことがあるので不可能ではないらしい。
そして肝になるのは、ドーパミンを常に発生させて脳に悪影響を及ぼしている事で山田には正確な認知が出来ないこと。
そして、山田の知り合い以外はみいちゃんをこれまで認識できなかったこと……。
シエルの目線から見た娘と親友は、山田の面影がありすぎる存在だ、同じ細胞から生まれて分裂したのだから当然だ。
そして、それは簡単に崩れる。
いや、知らないだけで実は麻美子は何度も崩れている、体がもたなくなった傍から新しく作っている、同窓会の時点で麻美子何十号というわけだ。
「いや……答えになっていない!! 私はみいちゃん達がどこに行ったって話をしているんだ、どうなったのかなんて」
「1つになった以外の説明がいるか?」
シエルが言うには、視界上は手を握っていたつもりだったかもしれない。
しかし、ただずっとそばにいたことは事実でも体の中に居ただけだ、それを示す証拠がある、
他でもないニュースになるまでの山田が写っていた姿、それは確かに、何かを握っていたような片手の形をしているが……必死な顔をしているとしても1人しかいない。
周囲から見れば何もおかしなことではない、みいちゃんはとっくに死んだ。
山田は記憶を失ってからずっと、死んだみいちゃんを追いかけてそれがいつしか自分に都合のいいみいちゃんを作るだけになり、偶像しか見えなった。
肉体はそれに作用して、廃棄物をリサイクルする方法を効率よく、それでいて無駄にしないように作用した……それだけのことだ。
強いドーパミンが悪影響を及ぼして脳を物理的に溶かす……そんなことがあって、それ以外に問題がないと? 山田が自分の体を見る……ベッドの上、布団の先がゴワゴワしている、寝ている時の感覚がない。
「お前、まだ自分が人間だと思っているのか?」
咄嗟に布団をまくる、その先にあったものを見て……山田は悲鳴を出す暇もないが、実際に絶叫しそうなほどの衝撃が走る。
……溶けている、まるで夏場のアイスのように自分の肉体が。
「これ……」
「お前の肉体は腐ってもおかしくないはずだ、だが腐らない、むしろこうやって溶けている、腐敗とは異なり自重を支えられるぐらいには固まっていながらドロドロに……正直言うと気持ち悪いな、お前」
山田が最初に変化を感じたのは指だ、だが他の人からは全身そうなるまで察することが出来なかった、エレボスとしての性質上、シエルはそれでも山田を扱おうとしているが、普通の人間ならば近寄りたくもならない……この世ならざるナニカだ。
ここからみいちゃんを加工して作っていたと考えると、確かに気持ち悪くもなる。
「この収容所の地下最奥部に幽閉させたは私の慈悲だ、一応お前にはまだ利用価値があり、戦力としても認めているからな……もちろん変なことをすれば即座に処理するがな、さあ、とりあえず1日30分の休憩を挟んで講義を始めるか、白革県について知っておけ」
「はぁ!? これから? ……だいたい私、ここに住むなんて決めた覚えないんだけど、家っていうか檻みたいだし」
「言ったはずだ、時間が無いぞ貴様は、お前がそうしてグズグズになった体を見ても、まだ自分の思い通りの生活なんてものにこだわるつもりか?」
自分の住処である特別地区はほぼ壊滅、みいちゃんの地元が焼け落ちる形で世間にも認知され、いよいよもって『詰み』の一手しかない。
シエルはその『詰み』の内容を淡々と語る、山田に選択肢はないが……それはシエルも同じだ。
「さあ、我々はここから先に進まなければならん、お互いに後ろは振り向けんのだ……私だって、山田花火が生きていると確定していない段階でもう戦い始める他ない……いや、始まってすらいないのか、お前らのせいで……めんどうだ」
「それ、どこから私のせいなの?」
「どちらも貴様のせいでもある、気にするな……『目立ちたがり屋』といったか、奴が動かなかったことがこんな結果を招くとはな……」
シエルの顔は疲れ切っている、だがその声色は不機嫌一色だ。
「で……私に生きてもらうのは私にママを殺してほしいってこと?」
「それもある、そしてお前がみいちゃんと呼ぶそれも研究したい」
シエルにとっても、みいちゃんという分裂怪人には興味がある、このまま生かし続けて山田の生態ごと比べてみるのも悪くない。
しかし腕時計を見ると次の予定がある、シエルは山田を部屋に置いて帰っていった。
既に下半身が液状化しているなら逃げ出そうとも思わないだろう。
そうして山田だけが一人、残された。
部屋にはあの合成タンパク質がある……あれを摂取すれば脳もちゃんとした思考が出来るようになったように足も形が戻るかもしれない。
そうして服用したら……体が硬くなるような感覚は確かにあるが、その一方でみいちゃんの幻影……いや違う、足元から溶けたものが……みいちゃんの顔になってみいちゃんそっくりになった。
「私は……ずっと、貴方と話していたんだね」
「違うよね? みいちゃんの形をしてるだけで、山田さんはずっと山田さんと一人で話していたんだよ?」
「え」
「山田さんはみいちゃんを見てないよ、いや、そもそも貴方は山田さんじゃないよね?」
ドロドロだったものはみいちゃんの顔をしていない、現実が見えてきた……本当に頭を冷やして認識が固まってきたからこそ、本当に見えなくてはならないものがようやく認識できる。
これが本当の……みいちゃんだったもの、自己から分裂された自分の分身。
そして、山田は今知ってしまっている……そうして、背けていたものが見えてしまう、逃げられない状態で。
「ねえ、山田さんじゃないのになんでみいちゃんと仲良くしたかったの?」
「山田さんの都合の良いところを切り取って、みいちゃんのマネをしたものと恋人ごっこして楽しかった?」
「やめて!! みいちゃんはそんなこと言わない!!」
「言わないってなんでわかるの? 貴方は生きてた頃のみいちゃんも知らないくせに……」
白革県の収容所、その地下最奥部に位置する冷たい孤立部屋。
シエルが去った後の静寂の中で、山田は己の身体に生じている決定的な崩壊を感じ取っていた。
自分の人生が、ここで本当に終わりを迎える──そんな逃れようのない予感が、冷たい空気のように皮膚を撫でる。
視界を固定しようとしても、空間そのものがぐにゃりと歪み、まぶたの裏側から物理的に溶け落ちていくようだった。脳を侵食する異常なドーパミンによって痛覚は完全に失われている。
だからこそ、何の痛みもなく、ただじわりと身体の輪郭が失われ、自分という存在が形を保てなくなっていく感覚だけが重く押し寄せていた。
足元から溶け出したドロドロの肉体がぐちゃりと蠢き、現実を突きつけるかのように『みいちゃん』の面影を形作っていく。
それは山田が都合よく作り上げた愛おしい幻想ではなく、背け続けてきた現実そのものの歪んだ残骸だった。
「みいちゃんはね、死んじゃっても誰も泣いてくれる人はいなかったよ。山田さんはきっとそうだったけど、その山田さんももういないんだよ」
分身の声が、形を失いかけた山田の脳内にじわじわと染み込んでいく。
身体の内側で何かが弾け、泥のように崩れていく。痛みのない消滅は、かえって底知れない恐怖となって山田の心根を侵食した。何も感じないまま、肉体が液状化し、ベッドの表面へと広がり落ちていく。
「みいちゃんと山田さんは同じだったから、貴方も同じになるんだよ。みいちゃんみたいに誰にも覚えてもらえないまま、誰も悲しむ人もいないままに、死んだことにも気付いてもらえないようになるんだよ」
「どうして……? 私はただ、確かな思い出のなかにあった……みいちゃんとの生活を……っ」
山田は掠れた声で必死に抗おうとした。だが、分身は冷ややかに、どこまでも残酷な問いを投げかける。
「山田さんは、みいちゃんと過ごせたあの記憶は綺麗なものだったのかな?」
その言葉は、山田の胸の奥底に刺さったまま抜けない棘となった。
最初からそうだった。この『山田』という存在は、『みいちゃんと山田さん』という二人の人生から都合の良い部分だけを摘み取り、綺麗な思い出だけを再現しようとしていたのだ。
本当の二人が歌舞伎町という底なしの泥沼で過ごした1年間。それは他者から見れば決して美しいものではなかったかもしれない。
それでも、荒んだ人生の中で自ら歌舞伎町に飛び込んだ本物の山田にとっては、かけがえのない尊い思い出だったはずだ。だが、今の『山田』はその尊い過去さえも力ずくで奪い去り、自分に都合のいい美化された幻想へと書き換えてしまった。
現実を見ず、美化された部分だけをむさぼり、自己中心的に理想の生活を演じ続けた。人間らしい生活という最低限のラインすら投げ捨て、ただ脳を焼く快楽と幻影だけに溺れた結果がこれだった。
そして、これは山田一人の自己完結では済まなくなった。あまりにも事を大きくしすぎたのだ。
花岡桃花、十二郎、ココロ、キャバクラの店長、シゲオ君のようなみいちゃんの顧客たち……そして、惨劇に巻き込まれて焼き尽くされた、みいちゃんの地元の人々。
記憶を失ってからの暴走の果てに、どれほど多くの命が奪われたことか。本来ならば散るはずのなかった無数の人生が、山田の狂気によって奪われていった。
社会から隔離された特別地区『2012年の歌舞伎町』もまた多くの犠牲者を出し、街の管理者であった桃花が消えた今、どうなっていくのかすら分からない。どのみち、あの場所に戻れたところで、すべてが崩壊した世界で生活を維持することなど最初から不可能だったのだ。
この惨絶な道筋を辿り、最悪の結末を引き寄せたのは──他でもない、この山田自身の行動だった。
「みいちゃんが死んでから、そっちの山田さんがどうなったか知ってる?」
分身の静かな声が響く。
「知らない……興味はない……っ」
「興味ないんだ……。元々、記憶を取り戻したかったのに」
「だって……だって今の私は、ちゃんとみいちゃんの事も全部記憶に残って……!」
「そうしてリサイクルみたいに、余計なことは消そうとしたよね?」
分身の形をした残骸が、憐れむように、あるいは嘲笑うように山田を見下ろす。
「そうしていらないものを全部、全部消そうとした結果……何も残らない状態になるのが、今の山田さんだよ」
その言葉が落ちた瞬間、山田の中で崩壊の速度が一気に加速した。
皮膚が、筋肉が、内臓が、骨までもが境目を失い、粘性の高い液体となってドロドロと崩れ落ちていく。
「いやだーッ!! 死にたくないーっ!! うわーっ、死にたくないーっ!!」
山田はなりふり構わず絶叫した。だが、叫び声を上げるための声帯すらも溶け崩れ、最後は湿った泡が弾けるような音へと変わっていく。
自分という存在が、文字通りただの水の泡になって消えていく。今更この崩壊を止めてくれる者など、この世界にはどこにも存在しなかった。
……やがて、絶叫は完全に潰えた。
かつて『山田』と呼ばれた怪物の肉体は形を失い、冷たいベッドの上に大きな黒いシミとなって広がっていた。
※
暗い。
深く、息もできないほどに暗い。
しばらくして、ゆっくりと意識が浮上してきた。だが、そこは光も届かない深海の底のような場所だった。
手足を動かそうとしても、感覚がない。身体に力を入れようとしても、応答する肉体そのものが存在しなかった。
手足の自由が利かないのではない。身体が動かないのではない。
──最初から、身体など「ない」のだ。
自分が培養液のような容器の中に浸かっているのではない。
揺らめくこの粘質な液体そのものが……自分という存在のすべてなのだと、山田は悟った。
暗闇の向こうから、機械的な操作音とともに、感情の籠もらない冷たい会話が聞こえてくる。
『目標個体の波長に変化が見られます』
『また夢から目覚めたのだろう。少しすれば、また静止する……』
無機質な声が響き、山田の意識が残り続けたまま……液体となって漂い続けるのだった。