時は山田が記憶を失う1年前、2074年まで遡る……あの日、みいちゃんが殺されるまで……いや、正確にはみいちゃんと山田さんが出会うとき。
あの時……この世界で、山田さんはどんな経験をしたのかについて遡る。
山田美咲は大学生であり、特別地区『2012年の歌舞伎町』にあるキャバクラ『Ephemere(エフェメール)』で働いていた。
しかし彼女は大学生活もキャバ嬢として働くのもあまりやる気がなかった……世間から外れてろくでなしを収容するという特別地区に自ら入ったのもそうだ。
なんとなく憧れていた夢がある、しかしその夢をなんとなく追いかけるのも……母に言われるがままの人生を送るのも疲れていた、言うならば最低限生きるため生活しかしたくなかった。
山田の中に明日はない、昨日も覚えていない…ただ減っていく時間を過ごすだけで終わる1日を繰り返していた。
そうして自分の命も……『いつか』が来れば終わることだろう。
そう思っていた。
……みいちゃんに、中村実衣子に会うまでは。
——
みいちゃんは言ってしまえば不思議な子だった。
簡潔に言えば……子供っぽく見える、背丈も顔つきも、中身まで。
未成年が特別地区に入ってはいけないなんてルールはないが、こんなキャバクラに来るようには見えない。
しかもキャバクラで堂々と本名を使った……何も聞かされてない、最低限生きるためのルールも、己の身の守り方も。
それでいて彼女は捨てられたわけでもなさそうだ、身なりがそれを証明している……まだ綺麗な感じがした。
自分からこの場所に来た。
だが来てすぐに分かったのは、みいちゃんはここで働くどころかマトモに生きていくのも難しい人間だったことだ、だからこそ歌舞伎町に来たのだと思うが、それなら別の道も歩めたはずだかここに来た。
みいちゃんに近づく同業者は、大体が面白半分で得体のしれないものに近寄る感覚だった。
実際山田もそうだ、それとここで働いている人間で山以外にみいちゃんに近付いたのは……?
「みいちゃんまた皿割っちゃったんだ?何回繰り返せば覚えられるかな?直接お仕置きしないと分からない?」
「う……ご、ごめんなさい」
ここでは人気の高いモモさん、新人をいじめるのが好きでずっと余裕がありそうで……みいちゃんもよくねちねちと怒られていた。
それは新人教育というよりは暇つぶしのオモチャのような扱いだったことは山田にもよくわかる。
まあ……いい人ではないという印象だし、人気はあるのだが山田は特別近寄りがたいと思っていた。
だが……山田ははっきりと聞き取れなかったが……いつになく真面目な顔でモモさんが電話をしているところを見た。
「うん、まぁクロだねあのハゲ……みいちゃんを雇ったのもまあそういう事だと思う、一応警戒はしといていいんじゃない、私ぃ〜?あのさ、私ここじゃただのキャバ嬢でいたいの、こっちの仕事も楽しいんだから余計なことしたくないのわかる?」
モモさんが何を言っているのか、山田にはよく分からなかった。
しかし、一枚岩な存在ではないのだろう……そんなことはなんとなく感じた、結局その時はモモさんのもう一つの側面を知る機会などなかった。
そしてもう一人……ココロちゃん。
どうして特別地区に入ったのか分からないくらい向上心が強く、学力や真面目な人生を第一に思っているがそれにも関わらずこんな場所で働いている。
一度はみいちゃんに勉強を教えようとしたこともあったが、みいちゃんにはとても難しかったしプライドが強かったので断念した。
その後、就職活動を始めてキャバクラにはバックレて関係もなくなっていくことになるのだが、山田からすれば……見下していた、わけではない。
ただ、なんというか……憧れ?それも違う、興味があったのかもしれない。
みいちゃんとはまた別でココロちゃんのことが。
ただ……彼女の場合は愛とか、はたまた恋なんてありえない、好意的な物ではない、その原因は分からないし考えるのも面倒だが自分はココロをよく見ていた。
彼女の思想を、生活を、振る舞いを……よく見ていた。
それはきっと、期待みたいなものだろう、もしかしたら……自分もココロちゃんみたいな人間だったら、何か変わっていたんじゃないかって。
それこそ『いつか』への期待すらできていたんじゃないのかなって。
だからこそココロちゃんが居なくなった時の喪失感は大きかった、しかしその後みいちゃんをより深く見始めたから結果的としては悪くない物だったのかもしれない。
——
みいちゃんとココロちゃん……正反対に位置するように見えた二人を見て、山田は思っていたことがある。
もし、山田がどちらかだったとして……自分の未来はどう変わっていったんだろう?
その答えは出ない、それだけが問題じゃない……自分の感情さえわからない、なんせ自分に生きる意味も価値もないと思っている人間にわかるわけがない。
ココロちゃんのように生きられたら変われたかもしれないし、みいちゃんのようにマイペースだったらまた幸せかもしれないかもしれない。
しかし、今の山田にみいちゃんに手を伸ばすほどの勇気は無かった、ただ目の前で起こることを淡々と観察しているだけで……楽な方へと歩いていた。
「明らかに見ていて迷惑な人をフォローする時、決まって『マイペースな性格』とか表現するんだよね〜まぁ、確かにマイペースってポジティブな表現とは決まってないけど」
モモさんはそんな風に皮肉って笑っていたこともあったが、それでも山田はみいちゃんと一緒に過ごすこともあって、何か惹かれる所もあった…確かに人として付き合いたくないところはあるが、みいちゃんは自分の言ってほしいことを言ってくれるし、幼少期に望んだ道を導く。
その一方でココロちゃんは目に見えて肩書が美しい、同じ大学生でも学歴が違うし、何をしたらそこまで人生に期待出来るのかと思ってしまう。
人間というものは誰しも『変身願望』というものがある、大なり小なりあるだろう。
それを考えたとき、ココロちゃんの肩書きというのはかなり強いものに思えた、彼女も彼女でとても魅力的に映った、その一方で山田の人生から見れば遠いところにある光だ。
「もしかして、山田さん……ココロちゃんのこと、好きなの?」
そんな時に言われたみいちゃんからの言葉にはドキっとした、ただ……これは好意かと言われるとそうでもない、どちらかと言うとやはり尊敬だ。
人間として根本的に何かが違っていて……それがどうしても気になるだけだ、何がそうさせるのか、その違いを探るために。
それに……単純にココロちゃんには山田以外に『好きな人』がいるように見えるし、叶わないなっていうのはわかっている。
自分達は女同士だしそういう恋心とかは、多分ない。
そう言ったらみいちゃんは何故かむっとした様子だった、普段よりテンションが低いと言えるような表情で。
「みいちゃんの前で他の子のことばかり見ないで!」
「あ〜そういうこと、気にし過ぎだよみいちゃん…独占欲?恋人とかでもないのに…」
山田はココロちゃんの話をするときはどこか冷めているが、それをわざわざ指摘されることもある、単に山田のコミュ力がアレなので話題が特にないこともある。
それほどに距離を置いた目線で話してるつもりはないが、どうやらそうなってしまっているらしい。
「みいちゃん違うよ、私がココロちゃんの話をするのは…なんかこう、私あんな風だったら幸せなのかなって感じのちょっとした雑談だから」
「じゃあ、今の山田さんは幸せじゃないの?」
「え?どうなんだろう……考えたこともない。」
こうしている間にもココロちゃんと山田で同じ時間を過ごしている、みいちゃんと一緒に過ごして肯定感が出てきて、漫画家になりたいと思っている。
しかし山田の思想を外し、傍観的な目線で見れば漫画家になりたいと言っているだけで絵の勉強はしてないし何か作品を描いたこともない、モモさんには「漫画家?大学のスケジュールも守れないのに締切に間に合う?」なんてバカにされた。
最近は漫画家としてライフハックを妄想だけで考えたこともある、最近はちゃんとネタも浮かんできていた。
目の前にあるみいちゃんをフィクション的な表現に落とし込んだ『ミィミィの大冒険』、これを形にできれば大ヒット…は分からないが、確実に人気になれるようなそんな勘がある。
しかし結局のところ、今の山田さんが何もしていないことには変わりないが。
そうして、みいちゃんと交友関係を深めつつココロちゃんを観察しながら月日を重ねていた、いつしかみいちゃんはお店に居る日が増えたし、ココロちゃんはしばらくここには来ていない。
この季節頃になるとココロちゃんは就活といって少しずつ離れていき、自分がキャバクラで働いていた痕跡を消そうとしていた。
なんてことはない、特別地区に入るような人間のパターンの一つだ。
山田のようになんとなく軽率に、楽そうだからと入っていったもの。
みいちゃんのように、日本で普通に生きるのが難しい人が人並みに頑張るためのもの。
そして…大きな失敗をして刑務所のように放り込まれて、プライドの強さから『他の人間とは違う』と示すためにマトモになろうとする者だ。
そのプライドも悪いとは言わない、人生の中で大切なことだ……ただし、多くの場合、最初の方向性は間違っていることが多いが、この特別地区は1つの檻になっている。
もしかしたらココロは復帰できるものと、見方次第では山田よりも甘く見ていたところがあるのかもしれない、でなければマトモな社会人候補がキャバクラなんてしようと思わない、戸籍が末梢されているなんて知る由もない。
そんな三人が出会い、行動を共にするのは珍しくはあるが不可能ではない、多くの人間にとって当たり前で退屈な日常を送っていた。
そして……もう少しで来る『明日』というものがどれだけ楽しいものなのか、それとも苦しいものなのか……何も決まっていない中で今日も特別地区の中を進んで行った。
その日は、妙な一日だった。
「なんだか今日はいつもよりボーッとしているけど、本当に大丈夫で?」
「え?うーん、まぁそうかも。なんか体調良くないというか……」
みいちゃんは……特別地区に入ってからずっと一人暮らしで親以外の家族に会っていない、お客にもらったハムスターだけがそばにいる。
正直それが必要なかったこともあるが、そもそも親と一緒に暮らしているので必要がなかったこともある。
だからか、誰もが持っているはずの祖父母や親戚などの思い出がない、それこそ特別地区に入ってくるような人間など家庭環境でいいことがなかったものばかりだ、山田にもそれは覚えがある。
「無理はよくないから私から店長に言って休むように頼んでおくよ、私も今日は休みたいから」
「…山田さん、近頃休むこと多くない?それでお仕事のノルマとか大丈夫なの?」
「どうせ私は期待されてないぐらいだから、あとで最低限ノルマ確保しておくから」
そうして、みいちゃんを送り返してから…キャバクラには戻らず移動する。
山田は結局のところ口だけで自信だけは強かった、母親の影響も受けているのも合わさって自分なら上手くみいちゃんを導けると思っている。
だが、その一方で努力が実らなかったことで逆に山田は手っ取り早く成果を手に入れたいという思考になって、ココロに接近する。
いつしか…ココロのことをまた別の感情を向けるようになった。
彼女は本当に美しい、何より綺麗なのは…特別地区に行っても変わらないそのブランド。
山田は…。
ココロの経歴を乗っ取りたいと思うようになった。
ココロの経歴を乗っ取る――その発想は、まるで雷のように山田を打ち据えた。
いや、違う。雷じゃない。もっと曖昧で、湿っていて、暗闇の中でじわりと灯る“赤信号”のようなものだった、それが異常発生したドーパミンによるものだというのは、『こちらの』山田は知る由もない。
「……なんでそんなこと思うんだろう」
足元のアスファルトを見下ろしながら呟く。特区2012・歌舞伎町。ネオンが雨に滲む夜景の中で、山田は傘も差さずに立ち尽くしていた。
頭の中がざわつく。ドーパミンが出すぎる症状――医者には「脳内分泌の過剰症」と診断されたが、要は“衝動抑制が利かない病”だ。欲しいと思った瞬間、理由もなく全身に熱が走る。その代償に記憶は溶け落ちる。だからこそ彼女は今、自分がどこに立っているのかすら時折忘れた。
ココロの履歴書――写真はきれいに整ったショートヘア。偏差値70超の大学名。サークル代表。ボランティア歴。TOEIC900点。嘘か本当かなんてどうでもいい。とにかく“清潔感”の塊だった。
その肩書が欲しい。喉の奥で唾を飲み込む音がやけに大きく響く。
――奪えばいい。
頭の裏側で声がした。低く笑う声だった。自分の声とは思えないのに、間違いなく自分の脳内で再生されている。
「……やめよう」
山田は首を振った。スマホを取り出す。ホーム画面に登録された“ココロ”の連絡先を見る。最後に通話したのは三日前、「私も就活うまくいかない」と泣き笑いで相談を受けた夜だ。ココロは適当な励ましを送ってくれた…これを見た時こう思った――
「チャンスだ」と。
彼女との通話履歴を削除。連絡先を削除。アプリごとアンインストール。
決意表明にしては稚拙すぎて苦笑が零れた。それでも指は震えなかった。
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翌朝六時。山田は普段寝ている安アパートではなく、“Ephemere”の近くにあるネットカフェで仮眠をとっていた。カプセル個室の狭い天井に浮かぶ埃まみれの蛍光灯が、寝ぼけ眼にチカチカと焼き付く。
昨日までの“観察者”としての自分はすでに脱ぎ捨てたつもりだった。今必要なのは“実行者”の冷静さ。深呼吸一つ。胸の鼓動は早い。血中に溢れるドーパミンが、勝手に筋肉を温めていた。
着替え用バッグに忍ばせてきたのは、細工済みの学生証カードリーダーのジャミング装置と小型IC抜き取り器。それから、コンビニで買ったマスクと地味なサングラス。歌舞伎町の早朝は人影も疎らだ。開店準備のホストクラブ、閉まりかけのパチンコ屋、酔い潰れたサラリーマン――全てが薄い霧の向こうに沈んでいる。
ターゲットはココロが唯一利用する“区役所前の早朝バス”。就活のために毎週月曜に乗る。監視カメラは旧式、角度も甘い。本人確認は運転手が一瞥する程度。学生証があればOK。
完璧に作ってきた偽造IDは、本物と同じ素材を使う予算がないので劣化コピーだが、検問レベルではないはずだ。
ここまで用意した、決行はいつでも出来るる。
だが、残す問題が1つあった。
「エフェ辞めるか…」
次の課題、それはコピー前の末梢。
つまり、山田自身の経歴を跡形もなく消し去ってからのスタートラインだった。
特別地区の住民票は紙ベースがほとんど。手続きを窓口でやるのはリスクが高い。そこで選んだ手段は、“盗み”。役所地下にある保管庫。厳重な金庫。警備員は二名、交替制。隙間はわずか十分。
その十分を作り出す鍵となるのが、モモの端末に潜ませたマルウェアだ。調べて知ったことだが…。“特別地区・2012年の歌舞伎町治安維持業務者”の肩書、モモは要するにここの主。昨日の夜、ドリンクバーに立った彼女のスマホに同期ウイルスを注入しておいた。これで内部の監視ログを書き換えられる。
深く息を吸う。胸が痛む。ドーパミンが高鳴るにつれ、血管が膨張していくのが分かる。やがて記憶が剥落する。だから時間がない。
午前十時、作戦開始。地下駐車場からの侵入は成功。金庫のダイヤルは既に解析済み。五桁の組み合わせを入力すると、意外にもあっさりロックは外れた。警報も鳴らなかった。拍子抜けだ。
山田は手袋越しにファイルを掴み、表紙を開く。「特別居住者台帳・山田美咲」。住所、年齢、血液型、犯罪歴……すべて黒塗りの空白だらけ。これでは役所データベースにも紐付けられない。燃やす必要すらなく、ゴミ箱へ突っ込み踏み潰す。
その瞬間、背後に靴音が響いた。心臓が跳ね上がる。振り向くと――警備員ではない。スーツ姿の若い男。役所職員らしいが、鋭い眼光が刃物のように刺さる。
「君、そこに何を?」
言い終える前に山田は動いた。腰の内ポケットに隠していたスタンガン。電撃。短い悲鳴。男は壁際に崩れ落ちる。呼吸を荒げながらも脈を確かめ、死んでいないことに胸を撫で下ろす。ここで殺すメリットはない。
焦燥感に急かされながら駆け出した。廊下の角で非常ベル。ウイルスの誤動作か? いや、タイミングが良すぎる。誰かが侵入を察知した? 足音が重なる。複数だ。
山田は咄嗟に階段を飛び降り、出口とは反対方向へ――地下二階、搬入口へ滑り込んだ。外に出ると昼の陽射しが眩しかった。
そして、背後から気配を感じる。
「はいはい、アクション映画ごっこはそこまで。」
「!?どうしてあなたが……モモさんっ……」
そこに……何故かモモさんの姿があった、驚く暇も無く首を叩かれて失神する。
モモさんは最初から知っていたわけだ、山田がココロを狙っていたことも、自分の立場を捨てようとしたことも……そんなことに拘ろうとしていたことも、殺すまでやるほど鬼ではないが、自分をあっさり捨てようとしたのは山田の意思だ。
だからギリギリまで誘導させ、望み通り気絶させたあとに山田の私物も身分を証明するものも全て捨てた後、ため息を吐く。
「何してんだかコイツ……みいちゃんが亡くなって間もないんだっけ?同時進行でこんなことしてるとか、どんだけ自分というものが嫌いなのか……」
そうして、草原に一人捨てられる。
家まで放棄させなかったのはせめてもの情けだ、そうして……。
「……私のことがわからない……!!」
都合が良くなった肉体は、記憶さえも放棄して『山田』は予想外の形でリセットされることになり……あの悲劇に繋がることになる。
どこかのタイミングで死なせることが出来たのに果たせなかった桃花が戦犯ではないのか?と白革県は考えるが、「そこは自分も一度はお亡くなりになったのでそこで御愛嬌」と答えている、だが……転んでもただで起きるつもりはない。
「私分かっちゃったんですよ、この世界の回り方がどういう仕組みなのか……」
しかし、それは今後の話や終わってしまった今にとってはまだ関係ないことなので割愛。
ではまた、次の騒動が来る時にまた。
『第8層』
【××ちゃんと山田?さん】
『おしまい』
ココロに意識が向いていたので原作よりみいちゃんへの好感度がちょっと低いのがこちらの山田さん(本家)
みいちゃんの都合の良いところしか見てないので原作よりみいちゃんの好感度がちょっと高いのがこちらの山田さん(新人格)です。