××ちゃんと山田?さん。   作:黒影時空

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第6話「そんなみいちゃんは見たくない」

「今でも未だに『桃の園事件』なんて言われてるようね、それで言えば全ての元凶たる花岡家の貴方こそ馴染みがあると思うけど」

 

「いや〜私の頃なんてもう過ぎたことだし、向こうからすれば落ちこぼれで、まっそれでもこのゴミ溜めを管理するくらいの権力は持てたわけなんだけど……実際いくつなんですか貴方」

 

「……40は越えた、大人になるとあまり数えることもなくなるのよ」

 

「へぇ~サバ読むんですねえ、ウチにもそういう娘いますよ〜」

 

 話しているのは……山田の母親とモモらしい。

 桃の園事件? 見慣れない単語だがそれぞれ当事者らしく、山田がこっそりとスマホで調べてみる……。

『桃の園事件』、48番目の都道府県にして小さな独裁国家である白革県が生まれた元凶であり、とある地域で幸福を旨として行われた人体実験と、それをカモフラージュした『戦隊』という概念を育てる養成学校みたいなものが山田が生まれる直前にあったらしい。

 調べてすぐに分かった……その場所というのが東北地方、ちまりみいちゃん達とほぼ同じである。

 

「桃の園って実際どんな学校だったのか興味あるんですよね~、実際に行ったのは私の従姉なんですけどさぁ、私は違う道に行って縁がないもので」

 

「好きで入学したわけではないわ、あの頃は戦隊養成校が今でいう難関大学への近道になる程地元で根付いていた……まあ、壊滅後にも充分なキャリアを取れただけでも完全に無駄だったとは言い難いわね、それを含めた上でもこの世の終わりみたいな学校だったけど」

 

 その時、山田ママは地獄のような学生生活を味わったという。

 そこに広がっていたのは絶対に越えられない性別の差、徹底的な男女の扱いの違い。

 女性はピンク色のカラーリングしか許されず、そのピンクという立場も決して男達よりも目立てず個人では何も出来ず授業の質もそれより下、徹底的な男尊女卑は彼女にとって極めて屈辱的な体験だった。

 女は男の三歩後ろを歩けという言葉はあるがまさにそんな感じであり、あの頃は男である仲間のただのサポート役、どんなに尽くしてもその先の進路にあるのはただの引き立て役。

 何も意味がない、ただ女性というだけでこの扱いのまま卒業した。

 

「レンジャーになろうなんて思わなかったんです?」

 

「ずっとそんな扱いのまま死ぬのかと思うと馬鹿らしくなったわ」

 

「へぇ~~」

 

「結局あの時代は虚構のように消え去った、何もかも闇に消え去ったとしても決して風化させさせはしない、それは人体実験だとか戦隊の真似事だとか世界平和とかそんな話じゃない、この不当な立場! 偏見!! 格差!!! それは今でも現実にも存在し得るからこそ、忘れられるわけもない!!」

 

 それからすぐに山田を産んだ、娘には自分のような惨めな思いをさせるわけにはいかないと徹底的に勉学に打ち込ませた、習い事も山ほどさせた、桃の園のカリキュラム以上に女性らしく、なおかつ男性にも負けない人間にさせないように優秀な人間になるように育て上げた。

 全ては男を見返せるような賢くて出来の良い娘にするために。

 

「これは決してあいつらへの報復じゃないわ、男にナメられないように……そして、誰にもバカにされない権力! 知恵! 人生! 知らないからこそあの子はマトモな幸福を築いてほしいのよ!!」

 

 一見するとヒステリックに叫んでいるが、コレが当事者だったら共感する者もいるのだろうか?

 しかし自分が差別的な立場を受けたからといって自分の進路を決めて重苦しい方にやられる方もいい迷惑だろう、あの母親に育てられた記憶はまだ戻っていないがその教育法はおぞましいものだったのだろう。

 

 そしてあの母親が言うには、モモは……正確には彼女の家系がそれの当事者らしい。

 

「私は無関係とは言いませんけどさぁ、一応世界平和には貢献してるつもりだったらしいですよ?」

 

「化け物が倒されている姿を見てドーパミンを出して幸福と錯覚させているだけでしょう? 所詮はくだらない娯楽の延長線よ」

 

「分かってますよそんな事はぁ、そして今この世にはなんとかレンジャーのレッドとかはいなくて……ぶん殴って解決してくれるような奴はいない、だったら最初から関わらないようにするしかないってこと、それがもう没落も間近のあの家系の限界!」

 

 お互いに深い闇を雑談のように交えながら……モモにも、自分の母親にもこれまで軽々しく比喩できないほどの苦難と恨みつらみを感じさせる。

 そんな人間だからこそ、今の歌舞伎町を歩いているのか。

 ……しかし、あの堅物な母親が若い頃は戦隊ヒーローの真似事などとても想像できないし、多分本当に想像したら怒られるやつだろう。

 

「……花岡家だからって余計なことまで喋りすぎたわね、色々調べたけど……うちの娘が貴方のキャバクラで働いてるって本当なの?」

 

(え!? 逆に今まで私隠してたの!? ……いや、まあそりゃ隠すか)

 

 母親があんな人生を望んだ上で、自分の娘がキャバクラで働いていると知ればまあこうもなろう。

 剣幕的にはいつ手が飛んでくるかも分かった物じゃないというのにモモは余裕そうだった。

 

「本当ですけど山田さんとっくに辞めてるんですけど、それに貴方のって、私はここじゃ一応雇われなんでそこまでの権力はエフェだとないですって」

 

「本当なの? この歌舞伎町を自由にできる権限があるというのに?」

 

「いやいや、それ見せつけちゃったらキャバ嬢なんて出来ないでしょ、貴方が大嫌いな『見下し』を求めるような仕事でもあるわけだし」

 

「……そうね、だからこそ貴方の事は花岡家を抜きにしても心底! 反吐が出るわ、もちろんただ職業差別じゃないわ、あの友人を名乗る存在よ……本人が言ってたのよ」

 

「ああ、みいちゃんの事?」

 

 どくん。

 その瞬間、山田に力強い悪寒が走った。

 これから先の出来事は……とても聞いてはいけないような気がする、関わってはならない、覚えていてはならない……そんな気配が。

 怖いのに……足がすくんで逃げられない、あの母親はみいちゃんから何を聞いた?

 

 

「……うちの娘が友達と言っていたあの子……私に堂々と言ったのよ、デリヘルなんてやっているって!!」

 

「っ!!!?」

 

「あーうんはいはい、そんなこともあったっけ、店長がその手の人と交友関係あって売り飛ばしたんだよね」

 

 ……今、何を言った?

 モモも何を普通に世間話感覚で受け答えしている?

 

「……貴方はあくまでこのキャバクラの店長が独断でやったと?」

 

「別に私がみいちゃんを売り飛ばすメリットある? 所詮は雇われ店長だしこういう仕事してるような奴もそれについていく奴もその程度のカスって話でしょ、能天気にそこで働いていた貴方の娘も含めて」

 

 その瞬間遂に母親も沸点を超えてモモに掴みかかるが相変わらずモモの表情は変わることもなく煽る様子は変わらない。

 

「貴方……それでもこの町の管理者なの!? 少しはこの歌舞伎町の品性を守る意思を見せてみなさいよ!」

 

「うわ〜出た出た、その手の真面目に過ごしてきただろう人間性だけは立派でありたい人の常套句、品性とか倫理とか求めてるのここに? うちのことB型作業所か何かと勘違いしてるの?」

 

「ま……ママ!!」

 

 拳がついにモモに振り下ろされるかもしれなかったそのときだった、山田もいてもたってもいられなくなって扉を開けてずるずるとへたり込むように現れてしまう。

 

 

「あっ、ごきげんよう〜」

 

「貴方……ずっと聞いてたの!?」

 

「嘘でしょ……嘘だよねっ!! みいちゃんが!! みいちゃんがそんなこと!!」

 

「……え、うわあ、面白っ、本当にそこまでみいちゃんが好きになってたんだ、そこまで記憶が偏ることある?」

 

 モモは見下すようにへたり込んだ山田の近くまで座り込んでわざわざ嫌らしく上から眺める。

 

「そだよ? あの店長は最初っからみいちゃんをデリに売り飛ばすつもりでEphemereに入れた、そして時が来て売った! どんどん仕事した! みーんなそいつらが好きにやっただけだから」

 

「どいつもこいつも下衆の集まりね……」

 

 自分の中のみいちゃんが穢れるような感じがした。

 ママがこの状況を簡潔に表すように舌打ちをしていたが、今や山田にとってはそんなものが頭に入らないくらいだった。

 しかしそれどころじゃないと母親が自分の肩を持ち上げて問いかけるように叫ぶ。

 

「今それどころじゃないでしょう!! 下手すれば貴方だってあの友達みたいになってたということが何故分からないの!? ……そこにいるあの女だって!」

 

「私? まあ私も確かにそうかもだけどその時はその時……それに店長気をつけたほうがいいよ? わりとここにいるやつには見境ないからさ……」

 

 モモは笑いながら……自分じゃない、母親の方を見ている。

 何か恐怖を感じたのか後ろに隠れている、これは母親の……自分がみいちゃんの秘密を知った時のような本能的なトラウマを感じる。

 

「さっき私言ったよねサバ読んでるって、逆だよ逆、ママさん本当はようやくアラフォーってところでしょ? 顔は老けてるけど山田さんの母なだけあって顔もいいしスタイルも全然維持してるじゃん? いるんだよねそういうのが好きな男」

 

「う……うるさい!! 私は貴方達のような奴らとは違う!!」

 

「え……ようやくって、今40歳ぐらいってこと?」

 

 モモの言い回しにちょっと引っかかる。

 桃の園事件、人体実験、何故か逆サバを読む母親……。

 そして……自分の事でまだ知らないことがあった、普段なろどうでもいいことだが……。

 

「も……モモさん、私って何歳か知ってますか……?」

 

「あ〜……たぶん今は22歳ぐらいじゃない?」

 

 ……22歳、単純計算で40−22は18……あの真面目なことにこだわっていた自分の母親が、18歳になって自分を産んでいる?

 いや……それどころじゃない、この年ということは……桃の園とやらに在籍している間に子供が……?

 

 

「やめなさいっ!!! やめろっ!!! やめろ!!!」

 

 しかし考えている間に狂乱した母親に掴みかかれて……何度も殴りかかられた。

 まるで怪人を倒すヒーロー? いや、一方的にイジメるかのように、それを嘲笑うモモも……。

 

『みいちゃんと山田さんはずっと一緒だったんだね』

 

(ああ、そっかぁ……みいちゃん、私の人生もみいちゃんくらいおかしくて救いようがなくて、最初から終わってたんだね……)

 

 ……だからこそ、死んでたまるか。

 たとえ今は動けなくても……死にたくない、みいちゃんの真相を掴むまでは。

 

「へぇ〜、あんなにされてもまだ生きてるんだ」

 

 視界の端から差し込んできたのは、冷ややかで、どこか退屈そうにこちらを見下ろすモモの顔だった。

 しばらくして山田は、かろうじてまぶたを開け、意識を現実に繋ぎ止めた。全身に鈍い痛みが残っているものの、あれほど激しく殴打された割には驚くほど体は何ともない。失神していた時間はそれほど長くなかったらしく、歪んだ身体を起こそうと手をつくと、床の冷たさが掌に伝わってきた。

 

 周囲を見渡しても、狂乱していた母親の姿はどこにもなかった。

 広い室内に残っていたのは、爪先を弄びながら嘲笑を浮かべたモモだけだ。

 歌舞伎町から脱出する方法を探っていたはずなのに、図らずも昨日とは真逆に、知りたくもなかった泥沼のような過去や秘密を大量に抱え込まされてしまった。

 

 あの堅物で冷酷な母親が、かつてどんな地獄を経て自分を産み落としたのか……そんなこと、今の山田には知りたくもないし、記憶を取り戻した時に勝手に思い出してしまうのだとしたら、もはや恐怖でしかなかった。

 だが——それ以上に、直前に突きつけられた絶望的な真実が、山田の脳裏を激しく打ちのめす。

 

 みいちゃんが。

 純粋で、何も知らなかったあのみいちゃんが、この不気味なキャバクラから、男たちの欲望の渦へと『売り飛ばされて』いた——。

 

「オエエエエエッ!!」

 

「お、正常な反応」

 

 耐えきれないほどの激しい嘔吐感が突き上げ、山田は床に両手をついて吐瀉した。喉の奥が焼き切れるような苦痛と共に、込み上げる胃液と涙が視界を濡らす。

 おぞましい。あまりにもおぞましすぎる。

 自分が何も知らずにぬくぬくと過ごしている裏側で、そんな地獄のような出来事が起きていたなんて。

 2012年の歌舞伎町という街は、社会から見捨てられた棄民たちの隔離病棟だ。無法と悪意が当たり前のようにまかり通るこの街で、みいちゃんがどれほど凄惨な目に遭わされていたか。

 

 自分はこの街を無事に抜け出せたと思っているが、本当にそうだろうか? そもそも、自分だってまともな形で店を辞められていたのだろうか?

 ただでさえ彼氏からの暴力に怯えていたみいちゃんに、さらに重なるような残酷な仕打ち。

 

「そんな悪いものでもないんじゃないの?」

 

 背上から降ってきたのは、あまりにも軽薄で、人の温もりを感じさせないモモの声だった。

 

「みいちゃんにとってはさ、どこまでも自分を肯定してくれる仕事なんだし。案外馴染みやすい職場だったりもして。まあ、お給料はともかくね」

 

「この人非人……!!」

 

 血の涙を流すような思いで、山田は床を這いながらモモを睨みつけた。だが、モモは楽しそうに眉をひそめるだけだ。

 

「面白い言い方する。人っぽくて人にあらずなら、山田さんのあの母親の方だと思うけど?」

 

 母親の名前を出された瞬間、山田の顔からすっと血の気が引いた。

 どれほど異常で恐ろしい人間だったとしても、彼女は実の母親だ。そして彼女は元々、この異常な歌舞伎町の住民ではない。

 自分を探すためか、それとも過去の怨念のためか、モモという存在に近づいた結果、彼女はどうなってしまったのか。娘である自分が目の前にいるというのに、自ら黙って帰るような人間ではないはずだった。

 

「ママにだけは……ママにだけは何もしないで……っ」

 

 震える声で懇願する山田に、モモはふっと笑みを消し、冷ややかな眼差しを向けた。

 

「それはわからない。私としてはさ、山田さんに協力してもらいたいのは『みいちゃんを殺したやつ』を暴いてもらいたいってことだけど。今回の件とそれとは関係ないし、店長が裏で何をするかまでは私も関知しないから……まあ、本当に部外者に手を出しすぎたら、首飛ばすことにはなるけどさ」

 

 冷酷な現実が頭を駆け巡る。今回この場所に母親がやってきたのは、モモが誘導したわけではなく、純粋な偶然と執念が引き寄せた事故だ。

 もしも今日、自分が歌舞伎町から脱出するルートを探していなかったら。この悲劇的な対峙は避けられたのだろうか。

 だが、モモはすべてを見透かしていた。山田が何を求めて動き回っていたのかを。

 

「1本だけ電車手配する」

 

 モモはポケットからスマートフォンを取り出し、画面を無造作にタップしながら言い放った。

 

「その人を送り返すついでに、宮城にでも行きなよ……3日。3日で必ず新宿に1人で帰ってくること。間に合わなかったら、山田さんをどうにでも出来ることは忘れないようにね」

 

 唐突に提示された、期限付き、条件付きの「外の世界」へのチケット。

 モモの手配した特別列車に乗れば、みいちゃんの最期の地である宮城まで行くことができる。だが、それは生半可な慈悲ではない。

「どうにでも出来る」という言葉の裏には、自分自身の命だけでなく、残された者たちへの容赦ない脅迫が隠されている。もし3日以内に戻らなければ、あるいは宮城で余計な真似をすれば、何が起きるか分からない。

 

 それでも——山田は、固く拳を握りしめた。

 この3日間という限られた時間の中で、みいちゃんの地元へ向かい、絶対に真実を掴み取って帰ってこなければならない。

 自分の母親が抱える歪んだ過去も、モモの家系である花岡家にまつわる呪われた歴史も、今は思考の隅に押しやるしかなかった。今の山田にとって最優先すべきは、何よりも「みいちゃん」のことなのだから。

 

 ついに山田は、この閉じられた歌舞伎町の檻を一時的に抜け出し、みいちゃんが命を落とした決着の地へと足を踏み入れる権利を得た。

 あのみいちゃんの生まれ故郷で、一体自分は何を知ることになるのだろう。

 今日耳にした惨劇のように、聞きたくもなかった凄惨な真実が待ち受けているのかもしれない。自分の心が耐えきれないほどの悲劇が、さらに塗り重ねられるのかもしれない。

 

 それでも。

 どれほど絶望的な過去を突きつけられようとも、記憶を失う前も、失った後も、自分がみいちゃんを愛おしく想う気持ちだけは、絶対に変わらないのだから。

 山田は顔を上げ、血の味のする口内をぐっと噛み締めながら、立ち上がった。

 その後ろ姿を、モモは神妙そうに眺めていた……もしも、山田の母親が『アレ』だった場合を考えて。

 

 ——

 

 モモからうなだれた様子で返事もできない母親を受け取り、なんとか背負いながら駅に向かうと最初から用意していたかのように既に電車が止まっていた。

 中に入ると更にその為に用意されたことを示すように警笛が鳴りドアが閉まろうとしたその時。

 

「乗せて!!」

 

 駆け込み乗車の勢いで1人また入ってくる……なんと自分に紛れて入り込んできたのは。

 ココロだった。

 

 

「私も一緒に歌舞伎町に出させて!!」

 

「え!? ココロちゃんどうして!? 」

 

「全部知ったのよ! あの時モモちゃんに盗聴器つけておいてよかった……ここでずっと舐められて終わるのは嫌! 一緒に行かせて!! 宮城で別れるから!!」

 

「え……えええ……」

 

 ということもあり……歌舞伎町を出るためにココロ、親子と変な組み合わせで電車に乗り、いざみいちゃんの故郷へ……?

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