電車に揺られて、新宿から宮城県まで一本道。
特別地区から走らせるこの電車は目的の場所以外で一切止まることはない、しかしここからみいちゃんの地元までは歩きになるだろう。
ここまで来ると母親も気がついている頃だ、ここから1人でみいちゃんを探すことも含めてどこか安全な場所にこの二人を送らなくてならない。
「貴方、まだ本気であの友達に付き合うつもりなの?」
「少なくとも今は何も言わないで……まだママだって危ないんだから」
「ママはどんなに薄汚れた人生を送っていたとしても、平等に訪れる死に対して自業自得と言うほど性根が腐ったつもりはないわ、でもね貴方が追いかけている人間は簡単にそう扱われる人間よ」
「だからこそ私はみいちゃんが何があって死ぬことになったのか知りたいんだ」
「それは特異な恋心? 憐れみ? あるいは同類のつもりなの?」
みいちゃんという人間の死の間際がすぐそこまで迫っている。
改めて調べるために情報を確認する……みいちゃんは数々の暴行の痕跡、縛られた後に歯や爪を抜かれて直前に覚醒剤の反応もある悲惨な状態で発見された。
隔離されていたあの歌舞伎町ともまた違う無法的な領域に向かうことになる……ここから3日で情報を集めることになる。
まず最初に、みいちゃんの第一発見者であり事件の容疑者となっているみいちゃんの母親、中村芽衣子に会いに行くことだ。
ただし今から連絡をして準備が出来るほど簡単じゃない、何より問題なのは……。
「貴方まだ身分を証明するものも用意していないの? 警察で持参して見せないと面会は出来ないのよ」
相変わらず山田は仮の携帯以外は何も持っていない、というよりは2012年の歌舞伎町で扱われる形のライセンスが外で通用するかどうかは分からない。
ここから3日で何か情報を手に入れなくてはならない、これ以降にまた歌舞伎町から出ることが出来るのかも分からない。
地元の人間、歌舞伎町とはまた違った形でみいちゃんを知る人々なら何か分かるかもしれない。
それが自分にとってまた心を揺さぶるような内容だとしても。
「自分の望む結果になることは期待しない方がいいわ、漢字も読めない、学校も行ってない、人並みの常識もなくましてやあんな仕事を受けている……そんな人間の過去が明るさなんてあると思う?」
「今の貴方は記憶喪失になって都合の良い形で記憶を再解釈しているのよ、貴方が同棲していた間に破滅して現在に至る事実は変わらないの、何も知らないのを良いことに中学男子みたいな性欲を感じるようになるのは気持ち悪いからやめなさい」
自分の中にあるみいちゃんへの感情、これは昔から持っていたものだろうか、それとも本当に記憶を振り返るなかで特別な愛として変換されているだけなのか。
そしてそんな自分は、みいちゃんをよく知る人間からはどう見えているのか。
「……というか貴方、周囲にどう説明して話を聞いてもらうつもりなの? まさかとは思うけど愛人なんて答えるつもりじゃ」
「えっ、ダメかな……私が一番表しやすいものでいえばそれなんだけど」
「本当にやめなさい!! 死後に特殊性癖が広まることになる友人の身にも……」
「もういい!! ママも一緒に宮城に行くわ!!」
*
今回の件に関して言えば、この同行は全体的に山田に非がある。
こうして電車は止まり、巻き込まれたくないココロだけがそそくさと走り去っていくが、振り向き際に……。
「私そういうの無理だから! その手の流れに寛容な時期になってきても、普通に男性とお付き合いして結婚したいから!」
などと言って走り去ったのはちょっとムカついた。
「私別に女の人が好きなんじゃなくてみいちゃんが特別好きなだけなのに……」
「あれは身内じゃなかったら私も同じ態度取ってるわよ」
改めて、まさかの母親同伴でみいちゃんについて調査をすることになった山田。
そもそもみいちゃんの地元知っているのか……? と思っていたが、結構ずかずかと歩く。
「えっ……ちょっと、ママ場所知ってるの!?」
「知ってるも何も、貴方は記憶喪失になる前にも1回宮城に行ってるわよ、誰がそのお金出したと思ってるの?」
「えっ私前にも1回行ってるの!?」
——
なんとか宮城の道を歩き、みいちゃんが住んでいた故郷まで到着する。
どこか田舎臭い空気が漂っているものの、決して文明が遅れているようには見えない。
むしろ、街の随所に埋め込まれたちょっとオシャレなホログラムの看板や微かに鳴動するインフラの駆動音が、腐っても今が『2075年』であることを深く感じさせていた。それに、一見すると長閑な田舎街っぽいが、どこか人の往来が多く、不気味なほどの活気が強くも見える。
「ねえママ、みいちゃんの地元も何らかの特別地区だったりするのかな?」
「いいえ、もしそうだとしたら専用の一方通行の入り口があるはずよ……たまにあるのよね、発展させるまでもないって土地レベルで見捨てられているようなところ、人が多いから活発に見えるだけよ」
ろくでもない人間を特別地区として収容する目的で再構成されたあの歌舞伎町と、何の趣向も加えられていない、いずれ時代遅れになって見捨てられていく環境……みいちゃんは、この対極的な2つの世界で生きていたようだ。
これから留置所に向かい、拘置されている母親に面会するまでどれだけかかるのかという問題もあり、まず真っ先に調べるべきなのは、第一発見者として逮捕された中村芽衣子が本当に無実かどうかだった。
山田はもちろん、芽衣子以外の真犯人がいると思っている。
かつて芽衣子がみいちゃんに対して何か都合が悪くなると暴力を振るっていたことは、前に十二郎から聞いている。
だが、十二郎とも話した通り、発見されたみいちゃんの遺体に残されていた凄惨な痕跡——縛られた末に歯や爪を抜かれ、直前に覚醒剤を打たれていたという惨状は、およそ突発的な家庭内DVでついた傷の範疇を完全に超えていた。
……そもそもの話、それだけの苛烈な拷問のような傷を受けて外で発見され、その第一発見者が芽衣子だけだというのが、あまりにもおかしな話だった。
それでは手を出した母親以外、誰一人として悲鳴を上げるみいちゃんに気付かなかったことになる。
それに関しては、隣を歩く母親も妙だと感じているようだった。
「私はなんで一度宮城に行ったの?」
「その時は『失踪』していたからよ、死ぬ前に最後に発見されたのがこの場所」
そうして二人で歩いた先は……人里からそう離れていない河川敷だった。
これほど人目のつく場所で何か事件が起きていたとしたら、間違いなく誰もが異変に気付くはずだ。ともなれば……芽衣子以外の人間たちが何かを知った上で、隠蔽しようとしている。それも、この街ぐるみで……。
その場合、記憶を失う前の山田はおそらく、みいちゃんの失踪に対して何の手がかりも得られないまま歌舞伎町へ帰ってしまったのだろう。
だが、「失踪」ということは、悲惨な姿となったみいちゃんの遺体が発見されたのは、きっとまた別の場所……。
生い茂る草木をかき分け、山道へと足を踏み入れる。静まり返った木々の隙間に、一本の古びた樹木が立っていた。
『実衣子ノ おはカ ゴメンネ』
木肌に直接、刃物のようなもので削るように刻まれた、どこかおぼつかない酷い筆跡の文字。
その足元には、掘り起こされてからまだ間もない痕跡を残す、色濃く湿った土。
極限状態のなかで、確かに芽衣子が『母親』として行おうとした悪あがきを示す……みいちゃんが、死んだ場所。
「これ……もしかして、母親が死んだみいちゃんを発見して……ここに埋めたってことじゃ……」
「殺しているかはともかくその女は罪人のようね、死体遺棄もれっきとした犯罪よ」
生きた状態で最後に河川敷で目撃され、死後に芽衣子に抱えられ、この静かな山奥で土と共に眠ったみいちゃん。
山田は……まだ、みいちゃんとの思い出を完全に覚えているわけではない。
しかし、記憶を失う前の自分には果たせなかったみいちゃんとの再会を……ようやく実現したことになる。こんなにも冷たく、悲しい形で。
「芽衣子が言うにはさ、死の間際に娘が山田さんって呼んでたんだよ、だからこうして実際に山田さんと会えた」
背後から、不意に声が響いた。
冷たい風がそよぐ墓の後ろ、樹木の影から現れたのは一人の男だった。
身にまとっている衣食の質感も、立ち上る空気感も、この東北の田舎街のものとは思えない……どこか浮世離れした、不思議な色気と毒を含んだ魅力がある。そして何より、男はみいちゃん親子を深く知っているようだった。
「まさか、貴方は……」
「記憶を失う前からも初めましてになるね、俺の名前は中村祐太郎……君が探している中村実衣子の父親だ」
「みいちゃんの……父親?」
山田にとって重要な手がかりになるとされる、大事な人物……しかし警戒心の強い山田ママが手でブロックして祐太郎を睨みつける。
「娘が亡き者になって、更にそれが原因で自分の妻が独房に入っているというのに、一体貴方は何をしていたのかしら?」
そんな問いをされても、祐太郎は全く動じていない。
「何をって……ほらアレだよあれ、カニ取って海の上で稼いでた帰り、俺全然お金持ってなかったからとんでもないところで稼がされていたんだよね」
「……つまりあなたは?」
「宮城に帰ってきたのはつい最近」
つまり、祐太郎は一応父親ではあるようだがほぼ家にはおらずみいちゃんがどんな大人になったのか海の上だったので全く知らないという。
祐太郎もまた、自分の娘の真相を知るために宮城で調査をしているようだが……母親は山田に祐太郎に近づけないようにする。
「……あいつ、本当にその友達の父親か分かったものじゃないわよ、心を許しちゃダメ」
「なんで? 別に悪い人じゃなさそうだけど」
「いい? カニ漁はね、冬にしかやっていないのよ……だから嘘をついている、何かしらね」
祐太郎という男を全部信用しない形で……まだまだ調査が必要だろう。
——
みいちゃんの地元の街並みは古風を感じさせる、本当にこれが特別地区で作られたものじゃないのか疑問に思ってしまいそうになるくらいの雰囲気だ。
「あの……みいちゃんの子供の頃ってどんな風だったんですか?」
「どんな風って言えば……そうだな、よちよちしててハムスターみたいで可愛い子だったかな?」
「……うちの娘は赤子の頃の話ではなくもっと踏み込んで年を取った先の話をしているのですが?」
「え? でもこれは実衣子が2歳の時の話だよ?」
「……っ!」
口を開けば何か地雷が埋まっているというより、畑から地雷が取れるレベルで闇が深い話しか出てこない。
山田は変なところで能天気なので全く気づいておらず、祐太郎に自身の身の上を話す。
「実はここには3日間しかいられなくて……何か、今回の犯行に心当たりはないですか? といっても5歳までのみいちゃんしか知らない人に聞いても……という話ですが」
「心当たりでいえばもう既に何個かは」
「え!?」
祐太郎は中村家について話す。
まず、自分はそもそも婿入りであること……みいちゃんを除けば中村家の家族構成は父が自分、祐太郎……母の芽衣子、そして芽衣子側の祖母。
つまりは祐太郎がいない間、みいちゃんは芽衣子と祖母に育てられたことになるが……。
「俺も最近聞いたんだけど5080問題って知ってる?」
「……80が先よ、つまりは80歳近い老人にも関わらず50歳の中年は介護できる状況じゃないことよ、例えば無職だったりとかで……」
「芽衣子さんは働いてなかったんですか?」
「芽衣子は働く事とか得意じゃなかったからね〜」
白々しく言っているが普通にただごとではない、祐太郎がいない間……というより下手すればみいちゃんがいない間、ずっとそうだったとしたら?
この家庭は祐太郎が遠く離れていてもあっという間に破綻する危険性があった。
「……そうか」
山田の中でまた1つピースが埋まった、みいちゃんがどうやって歌舞伎町から出られて、宮城に帰ることが出来たのか?
その答えは……帰ったんじゃない、帰らされたのだ。
この悲惨な状況で母と祖母の両方を介護するために。
あまりにもめちゃくちゃな結果には二人も驚愕するしかない。
「ヤングケアラー……」
「正気の沙汰とは思えない……あんな娘引き戻すくらいなら、普通に介護の人間……ああ、そんな金あったらの話だったわね」
「それもあるけど婆ちゃんが凄く世間体とか気にする人でなぁ、下に見られるのも嫌だし自分よりもずっと年下の誰かに頭を下げるのが嫌で嫌で仕方ないらしいんだよ、そういう意味では確かに実衣子って良い感じの働き手ではあるんだよね」
みいちゃんがそのために犠牲になっていたことへの罪悪感や後悔、恥の意識は全く持ってない……それどころか自分の娘がこんなことになっている状況を見てもどこか他人事のように話していて、その言い方にすらまるで責任を取ろうという考えが感じられない。
「貴方……親ですよね? それで自分の子供がボロボロになって死んだのを見てどう思いますか?」
「………………どうとでも? そりゃ、芽衣子はとばっちりで逮捕されたのは許せないことだし、あいつも死んだことには同情する、だから真実は知りたい……けどほら、もう終わったことだから」
「終わったこと……?」
父親といえど、交流がなければ所詮はこの程度よ感覚なのだろうか?
終わったこと、それは人生を振り返らないとかそういう次元ではない……完全にそういうものとして通り過ぎている。
本当にこの男、父親なのだろうか? そもそも家庭を持っているような人間の振る舞いじゃない。
「……あの、本当にそれだけなんですか? みいちゃんの家族、それって今はおばあさん1人ということになりますよね?」
「うん、まあ自分の身の振り方には敏感な人だったから芽衣子がいなくなってすぐにとんずらするか……あるいは、それすらできなくなったくらいに余裕がないのか……あ、そういえば芽衣子には兄貴がいるって軽く話したことあるな、会ったことないけど」
「兄……じゃあ、親戚とかそういう」
「そんなのが居たらもっと大きな騒ぎになってるわよ、仮にも家系の人間が突如として消えてこの様子……」
3日といわず1日で退散したほうがいい、本能はそう言っているが……とてもそんなわけにはいかない。
この男からもっと聞き出さないと、情報を……。
「じゃ、じゃあ……宮城でみいちゃんに友達が居たのか聞いた?」
「あ、1人だけはっきりと友達と言ってくれた子はいたな、実衣子と同い年くらいで……ムウちゃんって言ったかな?」
「その人と話って……」
「出来るよ、俺は用事があるからこれから道案内だけになっちゃうけど」
——
「こ……ここがムウちゃんの家?」
祐太郎に案内されて向かったのは如何にも普通の一軒家、山田がインターホンを押そうとすると止められる……窓の先で鋭く光る何かが睨み返している。
「まさかあれがムウちゃん……なわけないよね」
「おおかたその子の母親ね、無理もないわあんな子の友達なんてやっていたとしたら親としてはあんな顔にもなるわよ」
「ママまでそんな事を……でもムウちゃんにも開けてもらわないと」
山田はムウちゃんに届くか分からないが、彼女の母親にもしっかり聞こえるように声を上げて返事を行う。
山田ママは何がまずいような気がしたがもう既に手遅れ。
「私はみいちゃんの愛人です! つい最近記憶喪失になって、みいちゃんが死んだことを知って……真相を調べるために特別地区2012年の歌舞伎町から地元まで来ました!! 何か知ってることがあれば教えてくれませんか!! あっこれ証拠になるか分からないですけどAIで作った私とみいちゃんのキス写真」
「それやめなさいって言ってるでしょ!!!」
ついに母親も堪忍袋の緒を鋏で切られた如く首根っこを掴んで顔面をぶん殴るという残当な報復を浴びせて、綺麗に滑り込み田んぼまで頭が突っ込む、腐っても桃の園卒業生は年をとっても馬鹿力は相変わらずらしい。
「あー怖っ!! 私がついていなかったらそうやって脅していたつもりなの!? 異常性愛者が田舎道を練り歩いてるなんてことになったらママはマトモに歩けないわ!!」
「18歳で子供産んで毒親疑惑の教育ママになってる人のマトモな道ってどこ?」
山田も最近は山田ママのことを軽く思い返してきたので言い返せるようになったが、すぐ後ろにお客さんがいる手前山田ママもあまり暴力的に解決は出来ないので、泥まみれになった山田をハンカチで拭きながら前に立つ。
「代わりなさい、相手を誘う主張というのはこうやるのよ」
代わりに説得をやってくれるというので外で待機していると、山田ママは淡々と告げる。
「先ほどは娘がご無礼をおかけました、安心してくださいあの子は本当にアレにしか興味がないようなので」
「アレって言い方は酷くない!?」
「貴方は黙っていなさい、ちょっと会った私でもそう判断出来たぐらいなんだから、近所付き合いをしていた向こうからすれば察するものよ……その上で、そちらの話を聞きたいのですが」
「お引き取りください」
ようやく向こうから発言が返ってきたが、まあ当然の反応だろう。
しかし山田ママは眉1つ動かさず淡々と重苦しく答えた。
「……ついさっき、その子の父親を名乗る人物と会いました、親は子に似るというのか……その時の印象としては病的なほどの無責任と無関心、それが危険に見えた」
「だからなんですか? 私と娘は関係ありません」
「関係あるわ、あの男は危険よ……死んだ娘にも捕まった母親にも愛情はない、ただ父の役割だけを果たそうとしているようにも見える、娘を殺した犯人を突き止めたい、それを怒りや悲しみではなく『作業』で行う男よ」
「断言するわ、このまま傍観を決める選択は貴方の自由だけど、何も語らず中村祐太郎という男を野放しにしたら……間違いなく、貴方の娘をどんな手を使ってでも殺すわよ、そしてその後に貴方も殺し、先生を殺し、クラスメイトを殺し……この宮城を血に染めるわ」
端から見たら子供じみた脅しだが……なんと、ゆっくりと完全ではないのだが扉が開き、何か苦労の数々を感じさせるやつれた姿、推定ムウちゃんの母親が姿を見せた。
「……あの娘に父親が?」
「真実を明かせとまでは言わないわ、ただこのバカ娘に現実さえ見せてくれるなら」