××ちゃんと山田?さん。   作:黒影時空

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第9話「知らない知らない分からない」

 

 ムウちゃんから有益な情報は手にはいらないだろう、良くも悪くも彼女は水仙が言う通り無垢な子供のようだ。

 山田はおそるおそる彼女の目線に立って話を聞き、何があっても問題ないように話をしてみる。

 

「えっと……ムウちゃん、私のこと覚えてる?」

 

「うん、みいちゃんといっしょに働いてた人だよね、1年前くらいに見たよ」

 

「そっか……私は前にムウちゃんと会っていたんだ、それっていつ?」

 

「えっと……確か春……えっと、夏? 暖かい頃だった気がする、東京でこんな風に会ったね」

 

「と……東京!? ムウちゃんも東京に!? まさかこんな子がエフェで……」

 

「エフェ……?」

 

 さすがにこんなところで働けるようには見えないが、その一方で一人暮らしをしていたと思うとみいちゃんが関与以前の問題だ、何が起きるか分からない。

 特にムウちゃんは、2012年の歌舞伎町で収容されるようなタイプの人間には見えないしココロのように野次馬根性があるようにも見えない、そして山田ママのように向かいに来たにしては財力や余裕がない。

 

「普段はどこで働いてるの?」

 

「今は芋を育てたりホチキスの芯を箱に詰めたりする作業をしてるの、この仕事は普通の人は中々出来ないんだって!」

 

 子供らしい純粋な表現でたどたどしいながらも頑張って答えようとしている、これははなして仕事なのか分からないが、山田ママの方も見て相談の目線になる。

 

「特に問題ないわ、ただの福祉センターの作業よ……ただ、あの水仙という女から聞いたことを思い出したさい、こいつも立場は同じよ」

 

「あっそうか……ムウちゃんも東京に行って帰ってきたわけだから……どうして宮城に帰ってきたの?」

 

「うーん……ママに怒られて帰ってくるように言われたの、東京で刑務所に入って……仕方ないのかな?」

 

「けっ、刑務所!!? なんで!?」

 

「よしなさいそこは関係ない所よ……それに分かるでしょう? あの友達に付き合うっていうのはこういうリスクがあること、ママやあの女がここまで言うのもそういう事って事はいい加減頭に入れなさい」

 

「う……うん、向こうも向こうで色々あったからこそあの態度で……あまり触れたら本当に殺されそうだな……」

 

 しかしここまで無垢で、危なっかしくて、過保護的というにはあの野菜の事といいどっちつかずだ。

 水仙は睦を大事に思っているだろう、それは確かに分かるがそれはまた別で親子愛と呼ぶにはどうにも納得が難しいものだった。

 山田ママも真っ当な親というには別方面で程遠いところはあるが変に思ったようで山田の耳元に顔を近づける。

 

「今からママの言うとおりに話しなさい」

 

「えっなんで? ママが自分で言えばいいじゃん」

 

「いいから言う通りにしなさい、貴方どうなるか分からないわよ」

 

 ということでまるで腹話術や二人羽織のように山田ママが後ろに回って山田が代わりに受け答えすることに。

 喫茶店だというのに何をしているのかこいつら、ただしムウちゃんはよくわからないので普通に相手してくれる。

 

「生でじゃがいもを食べちゃいけないんだよ」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ、お肉だって生で食べたら病気になるから焼いて食べるの、それと一緒だよ」

 

「そっか……昔からよく食べていたんだけど」

 

「昔からって……いつから?」

 

「子供の頃! みいちゃんとよく食べてたけど、たまにみいちゃんがお腹を壊したことがあったんだよね」

 

「それ毒だよ!? ムウちゃんはなんともなかったというか、なんでお母さんは止めないの!?」

 

「え? でもママもじゃがいもを生で食べてる所を見たよ、ムウちゃんもそれを見てじゃがいもって生でも美味しいんだなーって真似したの! フライドポテトにするのも好きだけど!」

 

 ムウちゃんのこの振る舞いが嘘ではないことを確信させる……正気ではない、物事が理解できない幼少期からこんなものを与えさせるなんてヴィーガンとかそういう次元ではない。

 何より水仙自身がずっと昔から生で食べていたなんてありえるのか? ムウちゃんが生で食っていたことを知らないなんてことはありえないし、気付いて止めていたりしそうなものだ……ムウちゃんでもわかるくらい堂々と食べていたのだろう、山田の目の前でも生でネギをかじってたような女だ。

 山田による耳打ち尋問が続けられる。

 

「そのお母さん生でほうれん草も食べてた? あともやしと、山菜……きのこも」

 

「うん! 困ったときは山でこういうの拾って食べたほうがいいってママよく教えてくれた!」

 

「……ママこれって」

 

「全部生で食べることを推奨されないものよ……ましてやキノコなんて論外だわ……」

 

 ムウちゃんも、それを育てた母親も普通じゃない……もしかすれば、関わってはいけないレベルというか普通の人間に解決できる範囲なのか? という問題がある。

 水仙はみいちゃんを殺した現場を見ている可能性が高い、容疑者を見ているかもしれないというだけで覚せい剤を持っている疑惑のある人間を吐かせればいい。

 

「今更だけど、そういう人って間違いなく素性は悪いよね、モモさんに連れて行くまでどうやって引っ張ってくるのか考えてなかった」

 

「貴方って本当に考え無しなのね……もしかしなくても一人暮らししてたときからずーっとそんな調子だったからこんな事になっているんじゃないの?」

 

「うるさいな……そういう文句は全部終わってからにしてよ」

 

 しかし、水仙が何を狙っているか分からない、推定犯人は半グレで穏便に捕まってくれるわけもない。

 ムウちゃんの様子を眺めながら考えていると……何かある、首筋に何か。

 ゴミか? それとも体毛が変なふうに生えた? いやそれにしては形が変だ……先っちょも丸い。

 

「あっ、ごめん!」

 

 ムウちゃんもそれに気付いたのか、指でぷちっと引き抜いて食べてしまった。

 更に携帯から着信が入りムウちゃんが誰かと話をしたあと、誰かに呼ばれたかのように喫茶店を出ていく。

 山田の肩を持ち、後ろを守りながら山田ママが囁いてくる。

 

「これは本当に大事な事だからよく聞きなさい、貴方が生半可な気持ちで死の真相を調べようとしているならここで引き返して何もかも忘れ、あんな友達なんていなかったと思って生涯を終えなさい」

 

「何を今更こんなところで!?」

 

「あの水仙という女の話……いや、下手すればあの歌舞伎町で花岡家の女と会った時から既にこの一件は普通に終わらない、そして貴方にとっては本来関わるべき案件ではないどころじゃない、たまたま中村実衣子という人間が妙な関係であることを知らず、妙なところで死んだ!」

 

「ここからは、どうなるっていうの……?」

 

「それが分からないからやめておきなさいって言ってるのよ! 私のことだって本当は知られたくなかった……」

 

 宮城に来てから、みいちゃんの一件の真相が得られると思っていた。

 確かに核心に迫れそうだった、あと少しで終わりそうというところまでいった。

 しかしどうやら山田は余計な事まで知りすぎてしまいそうらしい、自分でもそれは分かっている段階になってきた。

 今の山田が動かしているのは言うならば曖昧な思い出で構成されたみいちゃんに対する奇妙な形で芽生えた恋心みたいなものだ。

 山田ママはこれが記憶の混乱によるバグによって性欲として反映されているだけと判断している。

 だったら、このまま記憶を取り戻してただ単に『別れた後にみいちゃんが死んだ』でリセットしてしまうのも山田にとっては安全な選択肢ということだ。

 ただしそれは、みいちゃんとの完全な決別と別れになってしまう。

 だがこのまま覚悟が無い状態で捜索を続けたら、自分もみいちゃんの二の舞になる。

 

「……ただ、確実に三日後までには歌舞伎町には帰りなさい、夜職の女が約束を守る保障はないけどそんな人間と交わした約束さえも破るよりはよほどいいわ、今は落ち着くためにもどこかで寝なさい」

 

「……うん、分かったよママ、まだ結論は出せないけど、これからについてちゃんと考えてみるから」

 

 今は寝よう、体も疲れている……今の山田は自分の事すらどうでもいい、みいちゃんについて解決出来たとしたらその後に何をするつもりなのか分からない。

 ただ、この気持ちだけはずっと残していたい。

 今はただ、それだけを願いながら眠ることにした……。

 

 ──ー

 

 その日、夢の中でまたみいちゃんの空想と会った。

 どんどんみいちゃんの事を知って解像度が上がっていくが山田にとっては変わらず大好きな存在であり愛くるしい小動物みたいに見える。

 

「山田さん、またみいちゃんに会いに来てくれたんだねぇ! 嬉しいよ!」

 

「みいちゃん……あと少し、あと少しで誰がみいちゃんを殺したのか分かりそうなんだけど、それを明らかにするのもちょっと怖くなってきて……」

 

「むぅ……山田さんが嫌な事はしたくないけど……みいちゃんも出来れば悪い人は許せないんだよねぇ」

 

「私も出来る限りやってみるよ……」

 

 夢の中のみいちゃんは、ここまで宮城で聞いてきた醜悪な本物と違って山田に甘い。

 もし現実で生きていたらもっとわがままな口ぶりであったりもしかすると追い払うために攻撃されることもあるかもしれない。

 けれどそれでも一緒に居たいと思ってしまうのはやっぱりオカシイのかもしれない、本来山田のような性格をしている人間は彼女を敵対視するのが当然な筈だ。

 それなのに……どうしても好きになってしまったし、思い出してしまったのだからもう仕方がない。

 

「ねぇねぇ山田さん、山田さんは本当に優しいねぇ……ありがとう、とっても大好きだよ!」

 

「あぁうんうん……」

 

 夢だから当たり前だけど、山田にとって都合のいい展開だ。

 記憶を失っていなければ見ることは叶わない光景なので、山田はこのチャンスを堪能しようと決めた。

 しかし……何か話そうという所でのしかかるような感覚、まるで上から何か落ちてきて沈めるような何か……なんとなくおかしい、夢じゃない。

 現実の方で何か起きている……!

 空想のみいちゃんも違和感を訴えている。

 

「ここにムウちゃんの匂いがする!」

 

「え!? なんでムウちゃんが……」

 

 ……そして、どれだけ寝ていたのか分からないが叩き起こされるように目覚めるとなんだか寝心地が悪いというか、妙に狭苦しくて寝心地が悪い……いや、これは普通の寝床ではない。

 土だ、辺り一面が土で自分が身動きも取れない……これがどういう状況かすぐに分かる。

 

「生き埋め……!?」

 

「ムウムウ……ミイ……」

 

 声が聞こえてぞっとした、まさか自分以外に誰か? どうにか体を起こして見てみると……それは……。

 

「ムウ……ちゃん……ムウちゃん!!?」

 

 すぐ隣にはムウちゃんが一緒に土の中、目を閉じて反応が薄いが……まだ生きている。

 この子と一緒に這い上がりたいところだがあまりにも狭くがっちりくっついているため身動きが取れない。

 ムウちゃんだけでも助けなくては……頭を上げると、目が会う……ここで会ってはいけない女と。

 

「水仙……さん……!」

 

「睦は寝ているだけよ……あまり起こさないでくれる?」

 

 ……1回状況を整理しよう、冷たく不快な湿り気が、肌の至る所にまとわりついていた。

 暗闇と重圧。口の中に砂利が混じり、呼吸をするたびに胸郭が土の重みで押しつぶされそうになる。山田はパニックに陥りかける意識を必死で繋ぎ止め、自分の状況を把握しようともがいた。

 首から下、身動きが一切取れない……紛れもなく生き埋めだ。

 首だけをどうにか動かして周囲を見渡したとに、すぐ目と鼻の先に誰かの顔があった。土に半ば埋もれ、静かに目を閉じている少女——ムウちゃんだ。

 生気のない顔をしているが、微かに胸が上下している。まだ生きている。

 だが、どれだけ土の圧力がかかろうと、この危機的状況にすら睦は一切の反応を示さない。あまりにも無頓着で、当たり前のようにこの状況を受け入れているかのようだった。

 

 そして、穴の真上——暗い夜空を背景に、冷酷な眼差しで自分たちを見下ろす影があった。

 

「貴方……何をしているのか、分かっているんですか……」

 

 かすれた声で問いかける山田に対し、榎本水仙は表情一つ変えずに、ただ淡々と、まるで庭の草むしりについて語るかのような口調で言い放った。

 

「睦は何も妙なことじゃないわ……毎日土の中で2時間睡眠を与えないと栄養が取れないからこうしているの。東京はコンクリートばかりで、一人では寝覚めも悪かったのか……少し元気がなかったけれど、ようやく改善されてきたところなのよ」

 

「栄養って……ムウちゃんは人間ですよ!? 地面に埋めるようなことをしたら……!」

 

「睦は貴方みたいな穢れた人種とは違うのよ」

 

 水仙の言葉に一切の迷いはない。この親子のやり取り、そして置かれている状況すべてが、山田の知る「人間」の常識を遥かに逸脱していた。狂気すら通り越した圧倒的な異常性。山田は歯を食いしばり、穴の上から見下ろす殺意の元凶へ視線を鋭く向けた。

 

「お前が……みいちゃんを殺したのか……!?」

 

「違うわ。殺したかったといえば事実になるけれど、先を越された。それが答えよ。まあ……あんなけだものみたいな女は、殺したい人間なんていくらでもいたんじゃないかしら」

 

 水仙は蔑むように冷たく鼻を鳴らした。

 

「睦に何から何まで良くない影響を与えた末に売女に堕としたような女……いくらでも群がってくる蛆虫の中に、愛人が来て探しに来たときには滑稽に思えたわ。まさかここまで無駄に察しのいい友人が来るとは思わなかったけれど」

 

 山田の胸の中で、怒りと激しい動悸が渦巻く。自分がいつから狙われていたのかなど知る由もない。だが、今この瞬間、自分は死の直前にいる。それでも山田の目は、隣で静かに土に埋まっている睦から離れなかった。

 

「だったら私一人を埋めればいいでしょう! どうして自分の娘まで駆除するような真似をするの!?」

 

「駆除……? ああそう、死ぬのは貴方だけよ」

 

 水仙は薄く笑い、睦の顔を愛おしそうになぞるように指を動かした。

 

「睦はただの娘じゃないわ。細胞、DNA、血液型……どれをとっても全て私と一致した、優秀な品種として生まれ育った私のコピーそのもの。あとは適切な環境と定期的な栄養さえ与えておけば、立派な跡継ぎになるはずだったの。それを中村実衣子という存在が傷をつけた……少しでも腐るようなことがあってはならないのよ」

 

「自分の娘を野菜みたいに言わないでよ!!」

 

「野菜のように愛でることの何が正しくないの? 彼らだって常に相手が喜ぶ最高に近い品質を保持するためなら手段を選ばない……子育ても、そういった類と同じよ」

 

 自分を肥料にでもするつもりなのか——山田の脳裏に、そんなおぞましい可能性がよぎる。「満開の桜の下には死体が埋まっている」という怪談のように、この女は心底本気で、自分の娘を「農作物」や「植物」と同義として扱い、その栄養として自分を埋めようとしているのではないか。

 だが、水仙は急に思い直したように眉をひそめると、穴の中に手を伸ばし、山田の首根っこを掴んで強引に土から引き抜いた。

 

「う──ん……やっぱり駄目ね。実衣子の方もあんなに混ざった遺伝子的には汚らしくて肥料には使えないと思ったけれど、そんな淫売の愛人なのよねこいつは……よし、やっぱり母親の方を埋めましょう。こっちは首の骨でも折って、別の苗の所に入れておけば……」

 

 水仙の手が山田の細い首に回され、ぐっと万力のような力が込められた瞬間——。

 

「ふざけんじゃないわよ!!」

 

「びふっ!?」

 

 鈍い打撃音と共に、水仙の頭部へ背後から強烈な一撃が叩きつけられた。園芸用の金属スコップをフルスイングで振り下ろしたのは、山田ママだった。

 頭を抱えて崩れ落ちる水仙を余所に、山田は命からがら体制を立て直し、すぐさま穴の中に手を突っ込んだ。

 

「ムウちゃん……!!」

 

 土に埋まっていた睦を全力で引き抜き、脇に抱え上げる。そのまま後ろへ跳びのきながら、山田は悲鳴じみた叫び声を上げた。

 

「1回歌舞伎町まで逃げるよママ!! あいつサイコ殺人鬼だよ!!」

 

 息を荒らげ、なおも構えを崩さない山田ママは、倒れた水仙を睨みつけながら吐き捨てるように言い放った。

 

「そんな、まだ人間で収まる範疇の概念ならまだ良かったほうよ! 嫌な予感はしていたけれど……あの女、榎本水仙は改造人間のなりそこないよ!!」

 

 

「なりそこないってどういうこと!?」

 

「説明は後よ!! 駅の方まで走りなさい!! 死ぬわよ!!」

 

 もうやっと40代とは思えないくらいのスピードと体力を使い、村から全力疾走で走ろうとする。

 ここから駅まで間に合うのか分からないし、こんなド田舎だといつやってくるかも分からない。

 殴られた水仙はなんとか起き上がり、ぎょろりと遠くに行った山田を見かけるが。

 

「ああ……追いかけるのも面倒ね、別にいつでもいいけど……実衣子を殺したあの半グレはあまり餌にしたくないのよね、どうせ汚い女遊びしてるからろくな遺伝子も持っていないし……睦にとって優秀な子でもいれば……」

 

 

「ひっ……」

 

「あら」

 

 見ていた側から一転して、今度は『見られる側』になった水仙。

 そこにいたのは……こんな田舎にいてもいい仕事も見つからないと思い、また都会の方に乗り換えようと戻ってきたココロ。

 これまでの話を聞いていた彼女は腰を抜かして鞄を落としていた……水仙は次の獲物を見つけたようにゆっくりと近づく。

 

「待って……待ってお願い!! 誰にも言わないから!! 私はただ普通に就職して結婚して、幸せになるために頑張ってきただけで、貴方には何も迷惑かけないから!! 助けてください!! 死にたくない!! いやあああああああ!!!!」

 

 

 

「はいよ〜」

 

 

 その時、空虚な集落で一つ、軽い破裂音が響いた。

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