『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
喜多川さんに袖を掴まれたまま、足を進める。
見捨てると決めた人たちが、次々と目の前を通り過ぎていく。
声を掛ければ、足を止める人もいるかもしれない。その考えがチラつかないわけじゃない。それでも、俺は声を掛けなかった。
人の流れを、横断する。一方へ流れる人混みに分け入るけれど、誰一人として接触しない。肩がぶつかることがなければ、互いに足が引っ掛かることもない。近づいた人から足取りが鈍り、最後に残ったわずかな距離が縮まらない。異変に気づいた人が戸惑って身体をずらし、それにつられるように後続も進路を変えていく。
何もないところで急に足を止めさせられ、怪訝そうにこちらを見る人もいる。その視線を横目に、前に出る。
俺たちの進む道だけが、人波に触れることなく左右へ分かれていった。
「……なあ、これって五条のやつ?」
後ろから森田君の声がした。
「うん」
「マジで誰もぶつかってこねぇな……」
柏木君も、触れもせず進路を変えていく人混みを目で追っていた。
みんながそちらに気を取られる中、俺だけはあの呪力から意識を外せなかった。まだいる。むしろ、さっきよりはっきり感じる。遠くにあったはずなのに、街のざわめきに紛れるどころか、意識を向けるほど存在感が増していくようだった。
少しでも遠く。少しでも早く。
先へ。もっと先へ。
人波は、まだ途切れない。《無限》に阻まれた人たちが次々と進路を変え、そのたびに俺たちの前に道が開いていく。北側の気配だけは、意識の端で追い続けていた。
だからこそ、気づいた。最初に感じた場所から、明らかに位置が変わっている。
──近く、ないか?
「ッ──!?」
反射的に振り返った。
遠くにあったはずの呪力が、一気に距離を詰めている。漠然と方角が分かる程度だったものが、今は違う。どこか遠くにいるという感覚じゃない。こちらに向かって迫ってくる圧が、肌で分かるほど近い。
速い。想像していたより、ずっと。
背筋が粟立った。
考えるより先に、身体が動いた。みんなの前へ出る。その勢いで、袖を掴んでいた喜多川さんの手が離れた。ウサギの頭も、こぼれ落ちた。
「え、どうしたの!?」
答える暇もなく、両腕を前へ突き出した。見えない何かを押し返すように、左右へ大きく開く。広く。もっと広く。細かく加減している余裕なんて、ない。
《無限》の広がる感触に合わせて、すぐそばを走っていた人たちが突然進路を塞がれたように大きく外へ押し退けられた。悲鳴が上がった。よろめく人。肩をぶつけ合う人。何人もがたたらを踏みながら、俺たちの周囲から押し出されていく。
何が来るのかなんて見えていない。空気が揺れたわけでもない。音が聞こえたわけでもない。
なのに、来ると分かった。
直後。
俺たちの少し前に立っていた街灯が、何の前触れもなく途中からずれた。一瞬遅れて、切断された上半分が傾く。金属がアスファルトを叩き、甲高い音が響いた。その音に重なるように、道路沿いの建物へ一直線の亀裂が走る。
外壁が滑る。窓ガラスが砕ける。
悲鳴が、上がった。
さらに、その先。外へ逃げようとしていた人たちが何人も、走っていた勢いのまま崩れ落ちた。何が起きたのか理解できないまま、一拍遅れて血が散る。
斬られた。刃なんて、どこにもない。何かが飛んできたようにも見えなかった。にも関わらず、建物も、街灯も、人間も、同じ線の上で断ち切られている。
そして同時に、維持していた《無限》へ、今までとは違う感触が走った。何かが触れた。外から俺たちへ届こうとして、止まった。金属同士を無理やり擦り合わせたような甲高い音が、辺り一帯をつんざいた。
背後で、喜多川さんたちが短く悲鳴を上げた。
耳の奥まで刺さるような、ひどく耳障りな音だった。
人波を分けた時とは、まるで違う。人間なんか比較にならない。今まで感じたこともない何かが、《無限》に食い止められていた。
「……っ」
真っ先に振り返る。
喜多川さんは、すぐ後ろでしゃがみ込んでいた。腕で頭を庇い、固く目をつぶっている。森田君たちも身を低くしたまま、何が起きたのか分からない様子で周囲を見ていた。
全員いる。血も出ていない。誰にも、新しい傷はない。
そこでようやく、周囲の惨状が目に入ってきた。
ほんの少し離れた道路には深い亀裂が入り、街灯は途中から断ち切られている。建物の外壁は崩れ、その下では、さっきまで外へ逃れようと走っていた人たちが倒れていた。
悲鳴が続いている。倒れた人の名前を呼びながら駆け寄る人もいる。
なのに、俺たちの後ろは無傷だった。何人もの人が立ち、あるいは縮こまり、呆然と周囲を見回している。でも、誰も斬られてはいない。
俺たちのところで止まった斬撃が、その先まで抜けなかった。結果として、この場だけが破壊から取り残されるように浮いていた。
周囲で、ざわめきが広がり始めた。
今し方の甲高い音について話す声。壊れた街と、何も起きていないこちらを見比べる人。俺たちの後ろに立っている無傷の人たちを指差す人もいる。
幾つもの視線が、少しずつこちらへ集まってきた。
やがて、近くにいた一人が迷うように足を止めたあと、俺たちの後ろに駆け込んだ。それを見てもう一人、さらに一人と、俺たちの背後に集まり始める。駆けてくる足音が、増えていく。
守れる保証なんてない。けど、今は止めている余裕もなかった。
視線を、斬撃が飛んできた先へ戻す。
見えない斬撃。人も建物も区別なく切り裂く力。そして、そちらから迫る、この馬鹿みたいに巨大で禍々しい呪力。
崩れた建物と舞い上がる粉塵の向こうから、こちらへ歩いてくる人影が見えた。
◆
地上に出てから、宿儺は幾度となく腕を振るった。そのたびに見えない斬撃が通りを走り、あらゆるものが一閃される。店先の看板や路肩の車、果てにはビルそのものまで。
平等に降り注ぐ破壊に、例外はなく。
血が散り、血に濡れ、地を染める。
やがてどこかで炎が上がった。膨れ上がった橙が、血と瓦礫に塗れた街を揺らめきながら照らしていた。
目についたものへ、気の赴くままに腕を振るう。それだけで街は端から形を失い、そのたびに新しい悲鳴が生まれる。
崩落の轟音。爆ぜる破裂音。助けを乞う声。我先に逃げる足音。それらが入り混じって絶えず耳に届く喧騒は、宿儺にとって存外に悪くなかった。
そんな騒音の中にあっても、見失いようのない気配が一つあった。一度は足元近くまで迫り、そのまま背後へ抜けていった巨大な呪力。それが不意に、地下から地上へと浮かび上がった。
「遅いぞ、五条悟」
五条悟が、とうとう地上へ出たらしい。
それでも、宿儺は振り返らない。歩調が変わることすらなかった。背後から迫り始めた呪力を意識の隅に置き、変わらぬ足取りで先へ進む。
その足が、不意に止まった。
通りの先で、人の流れがおかしな形をしている。
ある一点を除けば、誰もが宿儺から逃れようと我先に遠ざかっている。散り散りになりながら、一歩でも遠くへ逃れようとしている。
にもかかわらず、その一点だけは違った。
先ほど腕を振るった時、その一帯も確かに斬撃の軌道にあった。しかし、全員が五体満足で留まっている。周囲だけが壊れ、そこだけが不自然に取り残され、あたかも安全地帯であるかのように周囲からも人が集まり始めている。
宿儺の視線が、その先頭を捉えた。
一人の、少年がいた。
呪力はある。背後から迫る《最強》ほど目立つものではないにしても、ただの人間として見過ごすには妙な存在感があった。
宿儺の興味が、少年へと集まっていく。
その視線の先で、少年もまた、宿儺を見ていた。
逃げる様子はない。背後にいる人間を庇うように、真っ直ぐ視線を向けていた。
「ほう」
自然と声が漏れた。
宿儺の口角が、ゆっくりと持ち上がる。
背後の《最強》はいずれ追いつく。それまでの僅かな時間で、目の前の存在が何であるかを確かめる程度なら、悪くない。
宿儺は再び足を踏み出した。
通りから、その姿が掻き消えた。
《空想置換》が機能して、かつ縛りの影響もあって、若菜の《無下限呪術》の《無限》の基本仕様は、若菜と喜多川さんたち六人をまとめて包むようになってます。各個人を別個で包んでいるわけではないので、後ろは《無下限呪術》の恩恵を受けられる安地。
また、五条悟も宿儺と同様に地上までブチ抜けばすぐ合流できるけど、周りに配慮しないといけない五条としては、その手は取れないのが自然だよね?ってことで明治神宮前駅まで行ってから、宿儺のあけた大穴を通って地上に出てます。たぶん五条の方が移動速度は速いけど、原作でもいた冥冥たちにしばかれた呪詛師や、羂索が大型呪霊で移動する際に放った呪霊による遅延工作(なお当人たちは即死な模様)で宿儺の渋谷駅までの南下速度とトントンくらいに落ちてる想定。それでも普通なら十二分に速い。