『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
人影が、消えた。
来る。
分かっていた。身構えてもいた。それでも、何をされたのか理解するより先に、甲高い音が炸裂した。
「ッ──!」
反射的に肩が跳ねた。
金属同士を無理やり擦り合わせたような、耳の奥まで突き刺さる音。
反応できなかった。腕を上げることすらできていない。なのに、俺たちの前で何かが止まっている。見えない刃が、《無限》の表面を削るように震えていた。
宿儺が消える直前、立っていた場所から放たれたもの。不可視の斬撃──《解》。
もし、《無限》がなかったら──。
その先を考える暇もなく、背筋を撫でていた気配が一気に膨らむ。あの異様な存在感は、すでに距離を詰めていた。詰め切っていた。
目の前。
虎杖悠仁の顔。その肌に刻まれた黒い紋様。そこに浮かぶ表情は、『主人公像』からかけ離れている。
予想は、最悪の形で当たっていた。
宿儺の掌がこちらを向く。ほとんど目と鼻の先。
二発目の《解》。
また、あの音が弾けた。
一発目より近い。けれど、結果は同じだった。届く寸前で《無限》に食い込み、止まっている。
効いていない。そう思った。
けれど、宿儺は止まらない。震える空間の向こうから、耳障りな音に重なるように、拳。顔でも腹でもない。低い軌道で、俺へ向かってくる。
《無限》がある。頭のどこかで、そう決めつけていた。
「ィギッ──!!??」
その確信を裏切るように、鋭い衝撃が脇腹へ突き刺さった。
殴られた感触じゃない。狭い一点から、身体の奥へ無理やり何かをねじ込まれたような痛み。息が詰まり、身体が横へ流れる。何が起きたのか理解するより先に両足が浮きかけ、咄嗟に靴底を地面へ押しつけた。
アスファルトが擦れる。二歩、三歩とそれでも止まりきれず、膝を落としてようやく踏みとどまった。
脇腹を押さえ、顔を上げる。掌の下で、ぬるいものが滲んだ。脇腹が熱を持ち、指の隙間を伝って血が手首へ流れていく。
そこで初めて、宿儺の手が開かれていることに気づいた。揃えられた指先。拳だと思っていたものは、肋骨の隙間へ抉り込むように突き入れられた貫手だった。
《無限》を、抜けた? 浮かんだ疑問に、すぐ別の記憶が蘇った。
俺自身が口にしていた言葉。術式を中和し、《無限》を越えて術師に触れるその技術──《領域展延》。
遠くから斬る。駄目なら、近くから斬る。それでも届かないなら、《領域展延》で直接こちらへ攻撃を通す。
切り替えが、早すぎる。
「ごじょー君!」
「五条!」
喜多川さんと柏木君の声が重なった。
その声に反応して、宿儺の目が動く。殴り飛ばされた俺のいた背後。喜多川さんに、落ちる。
一瞬、最悪の光景が脳裏を過った。
宿儺は、もう俺を見ていなかった。その口元が、僅かに歪む。歯列が覗いたかと思えば、腰が低く沈んだ。膝が撓み、爪先が喜多川さんへ向く。
次に何をするつもりかなんて、考えるまでもなかった。
大きく一歩もあれば、届く距離。
そう理解した時には、宿儺の足が地を蹴っていた。
「やめろォッ──!!」
身体を差し込む猶予はない。踏み出しても、届かない。
駄目だ。そっちだけは駄目だ。
行かせるな。
近づけるな。
遠ざけろ。
反射的に、右手を突き出した。
◆
術式反転《赫》。
《無下限呪術》の術式順転《蒼》が空間を収束させ、周囲を引き寄せる術であるのに対し、《赫》はその作用を反転させる。
反転術式によって生み出した正のエネルギーを《無下限呪術》へ流し込み、術式の性質を反転。収束ではなく、発散。引き寄せる《蒼》とは正反対に、術式の作用点から対象を強烈に弾き飛ばす。
五条若菜が求めたのは、ただ一つ。
喜多川海凛から、目前の脅威を遠ざけること。
その要求に応えるように、突き出した右手の先で、赤い光が小さく灯った。
◆
次の瞬間、《赫》が炸裂した。
喜多川さんへ伸びかけていた宿儺の腕が、横殴りの衝撃を受けたように弾かれる。踏み出しかけていた足が地面を離れ、そのまま数メートルを一息に吹き飛んだ。
一度、アスファルトへ叩きつけられる。
だが、それでも勢いは止まらない。宿儺の身体は路面を跳ね、そのまま通りの先へ押し流されていく。
そして、建物の外壁へ叩き込まれた。
轟音。
壁面が大きく陥没し、砕けたコンクリートとガラスが降り注ぐ。立ち上った粉塵が、宿儺の姿を呑み込んだ。
耳の奥に、轟音の余韻だけが残っている。俺は右手を突き出したまま、灰色に閉ざされた先をじっと見つめた。
何も、見えない。
数秒。
その僅かな間を裂くように、嗤い声がした。
粉塵の向こうで、瓦礫が動く。外壁にめり込んでいたコンクリート片が崩れ落ち、その奥から宿儺が歩いて出てきた。
口元から血が流れている。制服も破けて、頬にも身体にも細かな傷がある。効いてはいる。少なくとも、まるで無傷というわけじゃない。
なのに、宿儺は、さっきより楽しそうに笑っていた。
「五条悟以外の《無下限呪術》使い。それも六眼もなく、《赫》まで使うか」
声には苛立ちも警戒もない。ただ、面白いものを見つけた時のような響きだけがある。
嫌な予感しかしない。
「楽しませろ」
宿儺の姿が、また視界から消えた。
さっきと同じ。でも、まったく同じじゃない。
足元の砕け方。踏み込む直前の肩の沈み方。呪力の動き方。どれも目で追えなかったはずなのに、今度は辛うじて追える。
喜多川さんを庇うように、前に出る。
跳ねるアスファルト片が、《無限》で止まる。
宿儺の拳だけは、《無限》を抜ける。《領域展延》による術式の中和。今度はわかっている。止まるとは思わない。
腕を差し込む。
「ぐっ!」
打撃が前腕に叩き込まれた。上体が大きく傾き、続けざまに拳と蹴り、肘まで織り交ぜた連撃が押し寄せる。
受ける。躱す。また受ける。
最初の一撃では崩された姿勢が、次では踏みとどまれた。さらに次は、正面から受け止めても動じない。打ち込まれた拳と俺の腕が、ぶつかった位置でそのまま止まる。
それを外へ流す。開いた脇へ、殴り返した。宿儺の肘が落ち、防がれる。
それでも、初めてこちらから打ち返せた。
そこからは、さらに早かった。宿儺の拳を外し、蹴りを受け、こちらも打ち返す。防がれれば次を出す。まともに打撃を受けても、もう押し負けない。数合前まで一方的だった攻防が、いつの間にか打ち合いに変わっていた。
宿儺の口角が、さらに吊り上がる。腕が伸びる。
流そうと手を上げた瞬間、その拳が引かれた。フェイントだった。
空いた腹へ、宿儺の蹴りが突き刺さる。
「がッ──!?」
衝撃に身体が浮き、そのまま後方へ押し出された。手をつき体勢を戻した時には、宿儺との間に距離が開いている。
宿儺は追ってこない。その視線が、俺から外れた。喜多川さんたちへ向く。
俺は片手を伸ばす。《蒼》ほど攻撃的ではなく、ただ、俺の傍へ引き寄せるように。六人の身体が、まとめてこちらへ引かれた。
「わっ!?」
「きゃっ!」
そのまま前へ出て、宿儺との間に入り直す。
宿儺は笑ったまま、また距離を詰めてくる。
打ち合える。けれど、それだけじゃ駄目だ。《赫》で飛ばしても戻ってくる。近づけば、《領域展延》で《無限》を貫く。
なら、切る札は一つ。
《蒼》と《赫》。その二つが使えるなら、残っているのは一つしかない。
宿儺が迫る。
踏み込む直前、俺は右手を振り上げた。
「ハッ、器用なことを……!」
宿儺の頭上に、《蒼》が生まれた。
収束する範囲は、宿儺の身体を拾えるぎりぎりまで。出した足が地面に着くその前に、頭上の青がその身体を拾っていく。《領域展延》に吸引を削られながらも、着地するはずだった軌道が上へ逸れた。
その先にふたつ、みっつ、よっつとさらに上へ。夜空に続くように、青い収束点が次々と線を繋いでいく。
ひとつの《蒼》が宿儺の身体を引き切る前に消え、その先のものがまた拾う。青から青へ。宿儺がビルの屋上に向かって一気に運ばれていく。
その途中、《領域展延》が消えた。上へ引かれながら、腕が動いた。
直後、空から斬撃が降り注ぐ。一つじゃない。甲高い音が立て続けに炸裂した。俺たちへ向かったそれらは《無限》に阻まれる。けれど、その外は違う。
道路が裂ける。街路樹が両断される。建物の外壁が削ぎ落ちる。さっきまで俺の後ろにいた群衆が、腕を、足を、胴体を、バラバラに解体されて転がっている。悲鳴が上がる。
けれど、それだけじゃない。《解》のいくつかが、明らかに別の方向へ飛ばされていた。その先にあるのは、《蒼》。
「位相、黄昏、智慧の瞳」
刃が届くより先に、祝詞を重ねる。
青が、一段深く色づいた。空間の収束が増す。飛び込んだ《解》に輪郭を揺らされても、《蒼》は消えない。
次の点が、宿儺を拾う。さらにその次。《領域展延》が消えたことで、吸引はより強く宿儺の身体を捉えていた。
高度が、ビルの屋上を越える。
最後に、一際大きな《蒼》を夜空に残した。その傍に引きつけながら、反対の手を上げる。赤が灯った。
狙うのは、宿儺じゃない。上空に残した《蒼》。
原作での、五条悟の再現。
放つ。
《赫》が夜空を駆け上がった。
宿儺の視線が軌道を追う。そして、その先の青を見た。
口元から、笑みが消える。腕が振られた。
「位相、波羅蜜、光の柱」
今度の狙いは地上じゃない。《蒼》。そして、そこへ向かう《赫》。けれど、後追いの呪詞を受けたそれらは、《解》を受けても多少揺れるだけ。
収束する無限。
発散する無限。
相反するものが近づき──
「……覚えたぞ」
また、笑った。
一瞬。
夜空から、音が消えた。
青も赤も、その境界から生まれた色に呑まれていく。二色の衝突した一点から、力の奔流があらゆる方向へ膨れ上がった。
◆
五条若菜が放ったのは、《蒼》でも《赫》でもない、二つの無限が重なった先に生まれるもの。
五条家の中でも、その存在を知る者はごく一部。相伝の術式、そのさらに奥に秘された、まさに奥義と呼べるもの。
その術の名は、虚式《茈》。
五条悟の手札を勝手に見せたようなものなので、普通に悪手という。
宿儺が知っちゃったもの
①《蒼》と《赫》の祝詞。
②外部でがっちゃんこしても虚式《茈》はつくれる?できらぁっ!
???「そりゃ悪手だろ、蟻んコ」
あと若菜が宿儺を上空に運んだのは、地上でブッパしたらどこまで被害が広がるがわからなかったため。上空に放つ分には被害は小さいだろうという、若菜のエゴから来るもの。地上で素直に撃っていれば、少なくとも若菜の周りに逃げ込んでいた一般人はそれほど死ななかった。テンポが悪くなるため、描写としては入れ込めなかったス。
また、術式への適応は《空想置換》で、肉弾戦への適応は《理想収斂》の残滓で。若菜の成長曲線が異常なのは、主にこの二つの影響。