『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
翌朝。
身体は、頗る調子が良かった。まだ気怠さは残っているけれど、起き上がるのにも苦労しない。久しく身体を動かしていなかった反動のような感じで、昨日と比べれば雲泥の差だった。無茶をしないことを条件に、朝の診察後にはすんなり退院の許可が出るほどだった。
その少し後に、五条悟が来た。昨日、病室に来ていたのは、渋谷で交わした約束のためだったらしい。ただ、俺が目を覚ましたばかりであったこと、家入さんから翌日に持ち越すよう判断があったことから、詳しい話は今日、ということになっていた。
「じゃあ、早速──」
俺とじいちゃんを前に椅子に腰掛けた五条悟が話し出したのは、じいちゃんにとっては聞いたこともない話ばかりだった。
呪霊と呪術師。渋谷で起きたことにそれらが関わっていたこと。俺が傷を治した力は呪術の一つで、俺には五条悟と同じ力があること。その証拠に、二人で《無限》も使ってみせ、じいちゃんはそれぞれに手を伸ばして確かめていた。
家系については、遠くまで辿れば五条家本家に繋がる可能性が高く、ただじいちゃん自身も知らないほど遠い分家筋だった。父親については分からないことが多く、引き続き調べている状態らしい。
じいちゃんは途中で口を挟まず、五条悟の話を聞いていた。昨日は、俺の腕と眼が戻るところを目の前で見ている。そのせいか、あり得ないと否定するより、どうにか理解しようとしているように見えた。
「そして、これからの話です」
五条悟が切り出すと、じいちゃんの表情が変わった。
俺が高専へ行くことになるのか。呪術師にならなければならないのか。それに、五条家本家として俺をどうするつもりなのか。そのあたりが気になっていたらしい。
けれど、高専への転校も、呪術師になることも強制されるものではないという。今の学校に通い続けるか、高専へ行くかは、俺自身が決めていい。
五条家についても、血筋の確認はするものの、当主は五条悟本人だ。五条家との関係がどういう形になるにせよ、それを理由に俺の暮らしや進路を変えさせるつもりはなく、俺やじいちゃんの意思を無視して何かを決めることもない。
じいちゃんの表情から、緊張の角が取れた。
「ただし──」
五条悟が指を一本立てる。
「君には、《無下限》の扱い方を覚えてもらう。あれだけの術式を、必要になるたびにぶっつけ本番で使うのは危険すぎる」
「……それは、俺もそう思います」
《蒼》も《赫》も《茈》も、使えると分かって使ったわけじゃない。必要だったから試して、使えた。その感覚に近い。
「だから、僕が教える。六眼がないから僕と全く同じやり方にはならないだろうけど、実際に《無下限》を使ってる人間の話は無駄にはならないだろうし、何より使えるのが僕しかいない。この条件だけは、呑んでもらうよ」
「はい、異論はないです。……むしろ、俺の方からお願いします」
そう答えた俺を見て、じいちゃんは五条悟に視線を移し、頭を下げた。
「……若菜のこと、よろしくお願いします」
「そこまでしなくていいですよ。教育者としての義務みたいなものですから」
五条悟は否定するように手を振った。
そのまま、今度は俺を見る。
「それで、若菜君はどうしたい?」
「俺、ですか?」
「うん。学校のことも、その先のことも。君自身は、これからどうしたい?」
どうしたい。
最初に浮かんだのは、今までの日常だった。
じいちゃんの店。作りかけの雛人形。毎日通っていた教室と、そこで一緒に過ごしてきた同級生たち。
初めて衣装を頼まれたこと。採寸をして、一緒に生地を選んだこと。間に合わないと勘違いして、必死になって縫い上げたこと。
初めて作った衣装で撮影に行ったこと。夏休みに出かけたこと。祭りで花火を見上げたこと。
そうやって、少しずつ増えてきたもの。
それから、毎日ここに来てくれている喜多川さん。
どれも、これまで当たり前にそこにあったものだ。
そして、今はそれがなくなるのは嫌だと、はっきりと思う。
ほんの少しだけ考えて、口を開く。
「俺は──」
◆
話が終わって少しして、俺が退院するまでに店と家を整えておくと言ってじいちゃんは先に帰ることになった。病室を出る前に一度だけ、じいちゃんの手が俺の肩に乗せられた。
その後扉が閉まり、残ったのは俺と五条悟だけになる。
「じゃ、もう一個だけいい?」
「はい」
さっきまでより、トーンが落ちた。
「渋谷の先。君が知ってることで、他にも起こるかもしれないことって、ある?」
ある。
原作通りなら、むしろここから先の方が長かった。
「……あります。ただ、もう大半は起こり得ないとは思いますけど」
「いいよ。それでも聞かせて」
俺は、覚えている限りのことを話した。
羂索という男の妄執と手札。
その男が始める死滅回游の想定されるルールや参加者、狙い。その参加者の中に伏黒恵の姉が巻き込まれること。ただし、その時点ですでに過去の術師に受肉され、身体の主導権を奪われていること。
五条悟封印後の呪術界の動きや、高専側の人間の生死。伏黒恵を器とした宿儺の受肉、帰還した五条悟の歩みと決戦での死。天元の行方と、羂索・宿儺の最期。
途中で昼食も挟んだ。俺が食べている間にも話は続き、思い出したことを口にしては、また箸を動かした。
まとめればそれほどの量とは思えないのに、話し終えるのにかなりの時間が経過していた。
もちろん、俺が一方的に喋り続けていたわけじゃない。五条悟も途中で何度も相槌を打ち、気になったところでは話を止めて質問してきた。それは実際に起きたことなのか。俺がそう考えているだけなのか。いつ、誰が、何をきっかけに動いたのか。術式の条件は。結界の場所は。どの時点で誰が死んで、誰が生き残ったのか。
聞かれるたびに記憶を辿った。思い出したことを付け足して、曖昧なところは曖昧だと答える。五条悟が宿儺に殺されるところまで話した時も、少し間を置いただけだった。
「それ、どうやって?」
そこも覚えている範囲で説明した。
一通り聞き終えると、しばらく何も言わなかった。
「……ま、同じようにはならないだろうね」
「俺も、そう思います」
というより、そうなる方が難しいと思う。
五条悟は封印されなかった。渋谷で起きたことも、俺の知っている話とはかなり違う。あれだけ最初から崩れてしまえば、その先まで同じ順番で転がっていくはずがない。
「でも、羂索が持ってた手札ではある」
五条悟が言った。
「だから、こっちはこっちで覚えとくよ」
「はい」
それなら、それでいいと思った。
◆
夕方。
いつもの作務衣に着替えてロビーに降りると、制服姿の喜多川さんが待っていた。
「ごじょー君!」
俺を見つけた時から満面の笑みを浮かべていた顔が、俺の格好を見てさらに明るくなった。
「ほんとに帰れるんだね!」
「はい! 家入さんからも大丈夫だって」
「よかったぁ……!」
そのまま二人で病院を出る。
自動扉を抜けた途端、消毒液の匂いが薄れて外の冷たい空気が頬に触れた。病院の前の街路樹はところどころ色づき、足元には乾いた葉が何枚か転がっていた。俺が眠っている間にも、秋は少しずつ深まっていた。
病院の前には、家入さんが手配してくれた、運転手(補助監督)付きの黒塗りセダン。喜多川さんにはよく似合うけど、サングラスをかけた黒服が物々しく、道ゆく人の注目の的になっていた。一般病棟の方からも、かなりの視線を感じる。
けど、乗らないわけにはいかないし、久しぶりの家だと思うと厳つさも然程気にならなかった。
俺と喜多川さんは、後部座席に並んで座る。車が動き出し、病院の建物が窓の端へ流れていった。
「明日、学校来るんだよね?」
「はい、そのつもりです」
「無理、してない?」
「大丈夫ですよ。家入さんにも、無理なら帰れって言われましたし」
「そっか。じゃあ、ほんとに無理しないでね」
「はい」
そう答えると、喜多川さんが笑った。
窓の外を見る。信号。コンビニ。歩道を歩く人。どこにでもある街だった。建物が崩れているわけでも、誰かが逃げ惑っているわけでもない。
渋谷へ行く前なら、たぶん気にも留めなかった風景だ。
「……海凛さん」
「え?」
海凛さんが勢いよくこっちを向いた。
何度か瞬きをしてから、目が大きく開く。
「今、海凛って呼んだ?」
「はい」
「もう一回!」
「海凛さん」
今度は、ぱっと笑顔になった。
「なに、ごじょー君!」
「いえ。呼んでみただけです」
「なにそれ!」
そう言いながらも、海凛さんは嬉しそうに笑っていた。
喜多川さんじゃなく、海凛さん。
口にしただけなのに、少しだけ距離が変わった気がした。
◆
しばらく走ると、窓の外に見慣れた景色が増えてきた。何度も通った道。見覚えのある店。いつもの交差点。次に何が見えるのかまで分かる景色を、一つずつ通り過ぎていく。
やがて、その先に五条人形店が見えた。たった一週間、意識がある日数だけを数えるなら二、三日しか離れていなかったはずなのに、妙に懐かしく感じる。見慣れた入口も、店先も、出ていった時のままだった。
車がゆっくりと速度を落としていく。
その店の前に、じいちゃんが立っているのが見えた。向こうも気づいたらしく、車が止まるまでその場を動かずに待っていた。
ドアを開けて、外に出る。足の裏に、地面の感触が返ってきた。
改めて店を見ると、ここに戻ってくるまで、ずいぶん長かったように思えた。
じいちゃんと目が合う。
口を開きかけて、一度だけ息を呑んだ。何度も口にしてきたはずの言葉が、今日は少しだけ出てくるのが遅かった。
「じいちゃん、ただいま……!」
じいちゃんは俺の顔を見た。
ほんの少しだけ間を置いて、いつもと変わらない声で返す。
「ああ。若菜、おかえり」
聞き慣れているはずの声だった。なのに、その一言が妙にゆっくりと胸の奥へ落ちていく。
肩から、ふっと力が抜けた。渋谷からずっと続いていた何かが、ようやくここで終わったような気がした。
ここでネタバラシというか、なんというか。
当初、あと五話くらいで締めて、クソデカ風呂敷だけおっぴろげーして盛大に何も始まらないエンドを敢行しようかと思っていたのですが、そうすると流石にないわ〜、って良心がなったので、続きのプロットを考えつつ、本文も執筆して、おまけに秋祭りの練習が始まって、ってなったので時間かかったンゴ。
特に秋祭りの練習がしばらくあるので、最短で二日に一回投稿で、最悪それ以上あきそうです。許せ。肩がバラバラになりそうだぜ。
あと、チェンソーマンのレゼ編を映画で見た影響で、レゼ編だけの原作改変クソ雑魚オリジナル悪魔コンビの話もそのうち出せたらなと思っています。プロットだけはできた。本文はいつになるかわからんが、熱は熱いうちに……だ!(HKR)