『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
その日の授業を終えた帰りのホームルームで、朝に話題に挙がっていたミスコンの代表を決めることになった。
クラスから出す代表は一人。候補を募ると、教室のあちこちから海凛さんを推す声が上がった。当初は他に出たい人がいないかを気にして海凛さんは控えめに、けれど男子なら女装、女子なら男装と分かった途端、その遠慮はどこかへ飛んでいった。一転して目を輝かせ、自ら立候補。他に名乗り出る人もいなかったことで、代表の座にすんなりおさまった。
そのまま何の格好で出るのかという話になって、海凛さんが選んだのは、少女マンガの男装ホストヒロイン。
そのチョイスに、今度は教室が一時騒然。ドラマのあのシーンがよかっただの、誰が一番好きだの、あちこちで作品の話が持ち上がる。
そして代表が決まると同時に、海凛さんから衣装をお願いされ、『着せ恋』でも大きなイベントだったこの時がついに来た。そうと思うと、やけに感慨深かった。
とはいえ、この俺に手抜かりはない。
原作のマンガは履修済み。選んだキャラクターにも異論はなく、海凛さんがやるならどうするかと、すでに三面図までこさえている。
高校に入学して、当初は海凛さんからゲームやマンガを借りて衣装製作に移ることが多かった。それも何着かこなすうちに、好きだと聞いた作品は自分でも買うようになっていた。今回のマンガもその一つで、単行本は手元にあるし、読んだあとには海凛さんと感想を話したこともある。キャラクター造形にも一定理解が及んでいて、いつこの時が来ても良いように準備していた。
頭の中で、衣装の形を思い出す。
細身の白スーツ。一見すると派手な装飾は少ないシンプルな作り。その分、衣装ラインがキャラクターの印象としてダイレクトに表に出る。同じような色の既製品を揃えれば終わり、という感じではなかった。
そして何より問題なのは、作れるかどうかより時間だった。
文化祭が十一月下旬の三連休。ハロウィンの翌日から一週間寝込んでいたことを考えると、あと二週間ほど。採寸から型紙、縫製、仮合わせと修正までを頭の中で逆算する。そこにマンガの復習と素材の買い出し、普段どおりの授業と店の手伝い、そしてこの日曜には五条悟からの手解きを追加でドン。決して余裕があるとは言いにくい。今日だけでもやることが山積みだ。
帰ったらまず単行本を開いて、以前付箋で印付けしたコマを見直す。そこから同様に以前起こしていた三面図を見返し、必要な生地と副資材を再度確認。細かい修正は土曜に回す。
ドラマのまま真似するのもいいけど、やはり原作マンガの雰囲気に合った素材を選別するのがマストだ。でないと、学芸会感が強くなってしまうから妥協できない。『着せ恋』原作の知識がなかったなら、たぶん普通に間に合いそうになかった。
いや、その前に夕飯の準備か。腹が減っては何とやら。じいちゃんの分と、海凛さんの分。海凛さんが来るついでに、今日中に採寸は一通り済ませておいた方が良いかもしれない。となると、食事の前に終わらせないと。食べたあとだと海凛さん気にしそうだし。
忙しくなりそうなのに、この感覚は嫌いじゃなかった。
そんなことを考えているうちに終礼も終わり、俺たちは教室の掃除に取りかかった。
普段なら当番だけで済ませるところが、今日は違った。文化祭の準備を少しでも早く始めたいのか、誰に言われるでもなくクラス全員が動き出す。
机を運ぶ人、箒を持つ人、黒板を消す人、ゴミ出しする人。あちこちで勝手に役割が決まっていって、掃除はあっという間に終わった。
そこから先は、もう完全に文化祭の時間だった。
教室の後ろでは何人かが床に新聞紙を敷き、その上に看板用らしい大きなベニヤ板を寝かせている。
赤い提灯の下に、大きなたこ焼き。ソースの照りや鰹節まで細かく描き込まれていて、絵の方はすでにかなり仕上がっていた。
「うわ、めっちゃ進んでる!」
隣で海凛さんが声を上げる。
その反応を見る限り、ここまで出来ているのを見るのは海凛さんも初めてらしい。放課後に毎日お見舞いに来てくれていたから、海凛さんも手伝いの方にはなかなか参加できていなかったのだろう。
「これ、ウチの美術部大先生が描いたんだよ? すげぇでしょ」
ベニヤ板の端にしゃがんでいた子が教えてくれる。
「はい! 遠くからでも何の店かすぐ分かりそうです!」
「たこ焼きめちゃ売れそう!」
「へへ、よせやい、照れる〜」
筆を動かしていた美術部の子が照れくさそうに笑うと、またベニヤ板へ向き直った。細い筆を取り、たこ焼きの縁に残っていた細かなところを塗り足していく。
教室のほかの場所でも、紙を切ったり、段ボールを運んだり、何人かで飾りを作ったりと、それぞれの作業が始まっていた。
そんな中、紙を切っていた子がふいに手を止め、顔の近くを払った。その手が届く前に、小さな黒い点は向きを変え、机の上を横切っていく。
「え、ハエいるんだけど……。誰かあれどうにかして〜!」
「俺に任せろぉ!」
健成がすぐに声を上げる。
「森田、そういう時だけ動くの早ェ」
「うるせぇ、見とけって!」
他の男子も笑いながら混ざり、何人かが一匹のハエを追い始めた。
机の間を飛び回るたびに手が空を切り、そのたびに笑いが上がる。朝は俺をどう迎えればいいのか迷っていた教室が、今はハエ一匹で騒がしい。
そのことが、なんだか妙に嬉しかった。渋谷なら、視線の先にあるものが、次の瞬間には誰かを殺すかもしれなかった。
今は違う。誰かがハエを追って、逃げられて、それを見て笑っている。気づけば、俺も笑っていた。
「そっち行った!」
健成の手を余裕を持って抜けた黒い点が、机の間を縫ってこちらへ向く。
視界の端で軌道を追った──
「あっ」
と思った時には、閉じた掌の中で微かな羽音がしていた。
手の中で、小さく動く感触がある。潰してはいない。
「取れた」
「え?」
健成たちの声が止まる。
俺自身も少し驚きながら窓を開け、掌を外へ向けた。黒い点はすぐに飛び出し、そのまま校庭の方へ消えていく。
「五条すっげ!」
「今のどうやったん」
「ただ何となく手をヒョイって」
「ヒョイで取れるもんじゃねぇだろ」
「やっば」
口々に言われて、思わず右手を見る。
けれど、開いたり閉じたりしてみても、特に違和感はない。
「ごじょー君、今めっちゃ速かったよ!」
「そうでした?」
「そうだよ! ヒュンって来たのを、パッて取った!」
速かったと言われても、あまりそんな感じはしなかった。
ああいう小さな虫は、目で追っても細かく飛ばれるうちにふっと見失う。近くを飛ばれるとかえって追いづらい、というのは、今までの経験則として確かにあった。今ならなおさらそのはずだった。
眼が治ってから、まだ日が浅い。今日だって、ものを見る時には左右が微妙に噛み合わないような瞬間が何度かあった。
それなのに、さっきは目を向けた時にはもう黒い点を捉えていた。あれだけ細かく飛び回っていたのに、その動きははっきり追えていて、近くまで来たところに手を出しただけだった。
「なんか、できちゃいましたね」
「できちゃいましたね、じゃねぇよ……!」
「近くまで来たから、つい」
「つい、で取れんだろ」
その返しに、近くから笑い声が上がった。
「じゃあ、次ハエ出たら五条な」
「え、また俺?」
「取れたんだからいいだろ」
「次も取れるとは限らないよ」
そう返しながら、何となく右手を開く。さっきまで掌の中で動いていた小さな感触は、もうどこにも残っていない。
そのうち、周りでは紙を切る音や段ボールを動かす音がまた聞こえ始めた。途切れていた作業の声も戻ってきて、教室はいつの間にかさっきまでの騒がしさに戻っていた。
俺と海凛さんは、衣装準備のために早々に上がらせてもらった。
ハロウィン以降の同級生たちの動きについて。
2018年11月カレンダーを参考。
11月1日・2日 全員欠席
11月3日または4日 迷惑をかけられないと、原作『着せ恋』同様海凛はモデルの仕事(ただし一人)、同日雫たん誕生日(独自設定)であるが、祝わず若菜のお見舞いに
11月5日 海凛のみ出席(ただし心ここに在らず)、ほか五人は引き続き欠席
11月7日頃から 精神的に安定し、ほか五人も順次復帰
11月9日 若菜復帰、クラスの雰囲気もお通夜から戻る
11月24日前後 文化祭(独自設定)
アニメ見返したら、新菜が男子を苗字で呼び捨てにしてたので、ここまでの森田とか柏木のところも全部呼び捨てに変えました。書いてるうちに混乱してごっちゃになってた。残ってたら誤字報告にぶち込んでくれや。
あと、前話後書の『もう一度反転術式を回せば傷痕も治るけど、できていないため、大量の傷痕は現状定着しかけ』というのは、シンプルに若菜が反転術式を追加で使っていないというだけです。呪力が回復した段階でもう一度使えば傷痕も元通り。ただし、《理想収斂》の性質で肉体が固定化されていないうちに限る、って感じ。
また、前話のドキッとするよねは、あくまで海凛個人の感想。原作でも海夢→新菜ビジョンは欲目200%超なんである意味原作準拠?
普通の人の印象は、やべー見た目の奴が来た、っていうのと、傷フェチの人はリアル塩顔スカーフェイス!? お゛っ、えっちじゃん……、てなってる。