『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
土曜。
昨夜、海凛さんに男装用の補正下着を着けてもらい、その状態で採寸をした。その寸法を確認しながら、朝から三面図で決めていた形を型紙へと落としていく。
注意しないといけないのは、寸法のまま単純に身体に沿わせればいいわけじゃない、ということ。補正下着をつけたとは言え、あまりにフィットしすぎるとどうしても女性らしいラインが残ってしまう。
男装であることはどこか分かりながらも、あからさますぎない。この塩梅を維持しながら、印象としては『痩身の男性』というものを残す。それが海凛さんがコスプレしようとしているキャラクターの特徴だった。
女性なら女性、男性なら男性、と明確に振り切らない分、今までのコスプレと方向性が違って、どう調整するのが正解なのか判断が難しい。
男らしさを出すため、一定程度肩や胸まわりに動けるだけの余裕を取ってジャケットの丈を決める。パンツも見た目を崩さない範囲で幅を調整する。迷ったところだけ三面図に戻り、また寸法を追う。
そうして紙の上に線を増やしているうちに、午前中はあっという間に過ぎていった。
まだ全部は終わっていないけれど、一度手を止める。頭師を目指す以上、衣装作りだけやっていればいいわけでもないのだ。
◆
午後には作業場に入り、いつものミシンの前に座った。糸を掛け直し、最後に先端を指先で整えて針穴に向ける。
外れた。
もう一度。
今度も、糸が針穴の縁を滑った。
「……ん?」
少し身体を引いて、針を見る。
穴は見えている。糸の先も見えている。傷痕だらけの手が震えているわけでもない。
けれど、二つを近づけると、見えているもの同士の位置が一瞬だけピタリとはまらない。視界がぼやけているわけでも、二重に見えているわけでもない。それなのに、穴の中心に糸を通そうとすると、ほんの僅かに感覚がずれる。
改めて位置を合わせる。
三度目で、ようやく通った。
通ってしまえば、何の問題もない。針穴も糸も、さっきと同じようにはっきり見えていた。少し手元が狂うことくらい、今までだってなかったわけじゃない。退院明けで鈍っていたというのもあるのだろうと、それほど考えずに作業を続けた。
しばらくして、仕立てていた雛人形の衣装を持ち上げた時、また引っかかった。
何かが気になる。そこまではすぐに分かった。
襟元を見る。左右の重なりを見て、縫い目を追う。一つずつ見れば、大きくずれているようには見えない。なのに全体に視線を戻すと、やっぱり何かが気になった。
いつもなら、こういう違和感は目についた時点で、どこを直せばいいのかほとんど同時に分かる。今日はいまいちピンとこない。
衣装を裏返す。表に戻す。近づけて、それから少し離す。前身頃を重ねる。
そこでようやく、縫い合わせた時に表に出る襟の幅が、気持ち広いことに気づいた。
「……ここか」
場所さえ分かれば、直すのは難しくなかった。
縫い目をほどいて位置を合わせ、もう一度ミシンをかける。改めて見れば、今度は気にならなかった。
◆
夕方には型紙の残りを進め、買い物のメモに漏れていたものを書き足していく。必要なものの候補自体は絞ってあるから、あとは海凛さんと買い出しに行く時に実物を見て決めればいい。
文化祭まで、時間はない。
それでも、こうして衣装が少しずつ形になっていく時間は、自然と夢中になれた。
◆
日曜。
朝食を終えて少しすると、店の前に黒い車が停まった。退院の時にも乗った車で、あの時と同じサングラスを掛けた黒服。でも一つ違うのは、今回乗り込むのは俺一人だけだということ。これから行く高専は海凛さんを連れて行くような場所でもないし、じいちゃんは仕事。
そのまま一人で乗り込むと、車はゆっくりと動き出した。
今日、五条悟から《無下限呪術》の手解きを受ける。
それだけを聞くと何か大きな話のように思えるけど、車の中で考えていたのは、そんなこととはてんで関係のない、月曜の買い出しのことだった。
◆
高専へ着いて案内された先には、五条悟のほかにもう一人いた。
見覚えなんていうレベルじゃない。渋谷で散々俺を刻んでくれた宿儺──その器、虎杖悠仁。
当然ながら、まじまじと本人を見るのは初めてだった。
『本来なら』と枕詞をつけるのには違和感があるけど、渋谷事変を終えた虎杖の顔には、本来なら両目の間と口元に傷が残っているはずだった。特に、渋谷事変直後は表情も重く沈み、深く深く思い悩むようなものだったはずだった。
それが、今の顔つきにはない。明るさに翳りがあるように見えるのは原作と変わらないけど、渋谷の広域を消し飛ばした事実がなければ、七海さんや釘崎の喪失もおそらく体験していない。どこか表情が固い、という程度の暗さだった。
「お、来た来た。若菜君、おはよ」
「おはようございます」
「こっちは悠仁。今日はちょっと付き合ってもらうから」
「ッス、虎杖悠仁です」
虎杖が頭を下げる。
俺も軽く会釈を返した。
「五条若菜です。よろしく」
虎杖の視線は、俺の頬で止まっていた。そこから首元に落ち、ジャージの袖では隠しきれない手の傷痕に移る。
何を見ているのかは、すぐに分かった。
「あのさ、渋谷の──」
「謝らなくていいよ」
先に言うと、虎杖の口が止まった。
「あれをやったのは宿儺であって、虎杖悠仁、君じゃない。渋谷の街を壊したのも、人を殺したのも、全部。
それに、何言ってんの?ってなるかもしれないけど、俺の知る最悪はこんなもんじゃなかったし、それから考えれば良い方に転がってる。何より、俺は生きてるし」
「ッ、でも、俺が抑えられなかったから──」
「畳み掛けることになるのは許して欲しいんだけど、車で事故を起こして、罰せられるのは車の方? 人の方? 安全機構に瑕疵があるなら、製造メーカーが責任を問われても仕方ないけど、それでも車そのものを罰することはないでしょ?
『虎杖悠仁』は車だよ。『両面宿儺』が運転手。今までセーフティがかかってて問題なかったのに、今回に限って運転手が悪くありません、は通じない。
たぶん、指を大量に呑まされたんだとは思うけど、それは君のせいじゃない。
むしろ、指増えてラッキーくらいに考えたらいいんじゃないかな? ここから一本、二本増えても、もう主導権を渡すことは君の耐性的にまずあり得ないと思うし。なら、犠牲を少なく効率よく指が集まったことを喜べばいい。
俺の知る限り、何でも背負い込もうとするところは君の美点だけど、それを周りがどう思うか、一度振り返ってもいいんじゃないかな? 何でもかんでも背負ってたら潰れるし、俺はあの時、自分の大切な人以外は見殺しにしたよ。俺にとって命は誰しも等価じゃない。だから、俺は迷わないよ」
捲し立てた俺に呆気に取られた虎杖は、それでも何か言おうとして、そして結局、口を閉じた。
「だから、俺に謝る必要はないよ。気にして悔やむくらいなら、宿儺の《御厨子》を自分のものにして、お前を使ってやる、くらい言ってやればいいんじゃないかな?
それで、今回犠牲になった倍以上を救えれば、それだけでお釣りは来るよ。宿儺も嫌がると思うし、意趣返しをしてやればいい。
君は呪術師になってそんなに経ってないでしょ? これからなんだから、人生の一瞬を悲観する必要はないよ。ただ、事実として何があったかを覚えておけばいい。経験こそ、人を育てるんだから」
他者を慮る心は、人になくてはならないものだと思う。でも、それが呪術師となるとそうではない、と思う。情に絆され、判断を誤る。結果として、守りたかった存在まで危険に晒す。
虎杖には人の心があるから、正直言うとそういうところは呪術師向きではないとは思うけれど、渋谷事変の経験でそれを割り切る強さ、あるいは諦める強さを得たように思う。とは言え、それは原作の話であって、ここにいる虎杖についてじゃない。
虎杖が抱えているものを、俺の一言でなくせるなんて思わない。ただ、少なくとも俺の傷を見て、俺にまで謝る必要はなかった。
「……そっか」
短く返ってきた声は、それで全てが軽くなったようには聞こえなかった。それでも、虎杖はもう一度だけ俺を見て、小さく頷いた。
「分かった」
隣で五条悟は何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ口元が緩んでいた気がする。
「じゃ、本題やろっか」
ぱん、と手を叩く。
「今日は、若菜君を最強の呪術師にする講座ではありません」
「なるつもりもないです」
「即答だねぇ」
五条悟が笑う。
「まずは、死なないための使い方から」
雛人形の着物ってパーツに分かれてて、それを縫い合わせるらしいっすよ。調べてなるほどってなった。
五条悟としては、若菜がめっちゃ割り切るタイプだというのは病院で話しててある程度把握しているので、ダメ元で虎杖と合わせた感じ。ダメならダメで、五条から若菜に謝罪するつもりはあった。
あと、若菜が虎杖の言葉を遮っているのは意図的です。捲し立てて処理を押し付けてもいる。無下限使いだから処理は押し付けてなんぼ。
また、大事な人が傷つけられてたらって話をしていないのも意図的。五条の意図を汲んだわけでもないけど、話がブレないようにしたため。
【⚠️caution⚠️】
プロットに肉付けしてたらとんでも原作改変の方向に舵切るのが自然かもってなっちゃったので、おそらく次話くらいから受け付けない人はマジで無理な展開になりそう。次投稿する時にアンチ・ヘイトタグも追加するやで。
一応答え合わせも入れる予定だけど、それに納得できるかは個々人の感性なんで、受け付けれんわ、ってなったらそっ閉じしてクレメンス。そんなニキネキたちは、またいずれ会おう。シャボンディ諸島で!