『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
第一話 術式の開示
振り返った先に、一人の男が立っていた。
長い黒髪を後ろでまとめ、袈裟を纏っている。細い目元には柔らかな笑み。数歩離れたところから、待ち合わせの相手を見つけたようにこちらを眺めていた。
その額を横切る、異様な縫い目。
「ッ、羂索……!」
俺は即座に海凛さんを背後に庇った。渋谷の時と同じように《無限》に収め、目の前の男との距離を保つ。
互いの買い物袋がぶつかって、かさりと音を立てた。
「えっ、ごじょー君?」
「俺のそばから離れないでください」
「え? う、うん……?」
羂索は俺から視線を外さず、わずかに目を細める。
「へぇ、私の名前まで知っているとは。
……でも、別に邪魔をしに来たわけじゃないよ。たまたま居合わせたものだから、ついね。おめでとう、いい告白だったよ」
「……白々しいですね。何の用ですか」
「そんな邪険にしなくてもいいだろう? 私はただ、君と話してみたかったんだ。渋谷では随分と掻き回してくれたみたいだからね」
くすりと笑った。
すぐ脇を誰かが通り過ぎていく。足音も話し声も聞こえているのに、そちらへ目を向ける余裕はなかった。
羂索が僅かに指を動かす。それだけなのに、俺の視線はその微かな動きに釘付けだった。
「ごじょー君……この人、知ってる人?」
「……はい、少しは」
背中のあたりで、制服が小さく引かれた。海凛さんの声は、状況をよく飲み込めていないように小さくなっている。
心配させまいと思うものの、どうしたらいいのか分からない。俺は羂索から目を離さずに答えた。
「渋谷の件に関わっていた、『諸悪の根源』と言っていい人です。この人っていうより、あの頭の中にある存在が、ですけど」
「え……?」
「ふふっ、『諸悪の根源』か。随分な言われようだね」
羂索は愉快そうに笑うと、自分の額に指を添えた。
「しかし、そこまで知っているか。この身体と、中にいる『私』をきちんと分けて考えているわけだ。
……ならせっかくだし、君のことも少し聞かせてもらおうかな、五条若菜君」
「なんで俺の名前を……」
「君が目覚めるまでの間にいろいろ調べたからね。六眼も持たない《無下限呪術》使い。実に興味深い。あれだけの術を扱える人間が、五条悟以外にいるとは思わなかった」
羂索は額から指を離した。
そのまま俺の顔を眺め、何かを確かめるようにしばらく黙っていた。
「……何ですか」
「いや、偶然にしては出来すぎだと思っていたんだけど……なるほど、少し昔のことを思い出したよ。かつてしていた実験と、その失敗作──と思っていたもの。まさか君がそれだったとは。やはり会ってみるものだね、おかげでうまくことが運びそうだ」
「……何かはよくわかりませんが、人を『失敗作』呼ばわりとは嫌な言い方ですね」
「ああ、気を悪くしたのなら謝るよ。ただ、実際は成功例だったわけだから、気に病む必要はない。誇りなよ、君は私の想像を超えた唯一の実験体だ。
……やはり、九相図との違いは父親だったのかな? なら、惜しいことをしたな。契約でもしとくんだった」
「ぶつぶつと独り言が多いですね。その言い振りだと、俺の父親が呪霊だったみたいじゃないですか」
「ああ……、そこまで解るのか。ますます予想外だ。……不思議だね、君は」
羂索はひとつ頷いた。俺の反応を楽しんでいるのか、腕を組んでこちらの顔を覗き込むように僅かに身を傾ける。
間合いを詰めてきたわけじゃない。それでも、俺は羂索の一挙手一投足を見逃さないよう《無限》の範囲を意識し直した。
何より気になるのは、俺の父親が呪霊かもしれないということ。人間として産まれて何不自由なく生活できている以上、父親が呪霊だからなんだという話ではあるけれど、それは別にして聞き捨てならない話だった。
俺に父親の記憶はない。たぶん、物心がつく以前からいなかったのだろうし、じいちゃんからも聞いたことはなく、仏間にあるのも母さんの遺影だけ。『着せ恋』で両親のことがほぼ出てこないから、深く考えるまでもなくそんなものだろうと納得はしていたけど、完全に寝耳に水だった。
羂索の話をそっくりそのまま信じるのは、危険なように思う。だけど、全くの嘘という訳でもおそらくない。
現に、《無下限呪術》の行使、その処理をどこが担っているのかということは、内心疑問だった。それが呪霊に起因する肉体、もっと言えばその脳機能というのであれば、よく分からないけど納得できる気はする。使えてるからいいじゃん、っていうのが嘘偽りない本音ではあるけれど。
それより、この話をじいちゃんは知っているのだろうか? そもそもとして、母さんは呪霊と認識していたのだろうか? というか、羂索により呪霊を使って孕まされた?
考えても分からない疑問だけが頭の中を巡っていく。
それでも、目の前の男から意識を逸らすわけにはなかった。
「……結局、何が目的なんですか」
「そうだね、本題を話そうか。《呪霊操術》は知っているかな?」
「……呪霊を取り込んで使役する術式、ですよね」
「そう。そして《呪霊操術》にも、いわゆる奥義のようなものがある。聞いたことは?」
「……極ノ番《うずまき》」
「正解。博識だね」
満足そうに頷く。
「取り込んだ呪霊を一つにまとめ、呪力を凝縮して放つ。ただそれだけじゃなく、準一級以上の呪霊を使えば術式を抽出することも可能だ。……今の私には、どうしても欲しい術式が一つあってね。《無為転変》っていうんだけど」
「…………、……一般的な生得術式と違って、一度取り出してしまえばそれ以上の成長は見込めないはずです。真人はまず間違いなく渋谷で成長できていない。仮に天元との同化、その下準備を始めるつもりなら、不可能だ。できっこない」
「……なるほど、そこまで知っているのか。……ふふっ、とんとん拍子過ぎて怖くなるね」
羂索は肩をすくめた。けれど、そこに浮かぶ笑みは先ほどよりも深い。
言葉通り、思い通りに事が進んでいて堪らないといった表情だ。
「何を考えているのかは分かりませんが、五条悟が健在な時点で破綻するのは目に見えている。手を引くなら今のうちなんじゃないですか?」
「確かに、そういった考えもある。今の真人では少々足りないというのもね。私にとっても厄介な問題だよ」
その口ぶりに、焦りは感じられなかった。
「ただ、如何せん彼には守るべきものが多すぎる。多くなってしまった。
「それでも、《
「そうだね。ところで、《無為転変》がどういう術式かは、知っているかな?」
話を逸らすような問い返しに、思わず眉をひそめた。
「……魂の形を変えて、それに伴って肉体も変化させる術式、ですか」
「うん、何でも知ってるね。その通り。真人は人間の姿を変えることが多かったけど、変えられるのは外見だけじゃない。例えば、脳の構造だって変えられる。生まれながらに術式を持っていても、それを扱える脳になっていない人間がいる。そういう者の脳を、術師のものに作り替えることもできるわけだ。便利だよね。私の計画にお誂え向きだ」
「……できることと、実際やれることは別ですよ。死滅回游を始めるほどの人数を確保するのは、まず無理だ。コツコツ1000年前から用意していようが、それは変わらない」
「おやおや、その名前も私の行動も知っているのかい? 逆に何なら知らないのか教えてほしいよ。
──まぁいいや。ほかにも、呪物を取り込んだ人間の肉体を、受肉に適した器へ変えることもできる。封印を解いてやれば、中に宿る術師が目覚めるというわけだね。
そして君も言ったように、私はそういった人間を以前から用意してある。一斉に目覚めさせることができれば、術師の数は一気に増える。呪術全盛の平安の世の再演だ。
だが、数を増やすだけでは意味がない。術師たちを結界の中で争わせ、そこで生じる呪力を蓄積する。それが、天元と同化させるための下準備になるわけだね」
「その『一斉に』ができないなら無意味では?」
「ふふっ、君の指摘はもっともだよ。今の真人から《無為転変》を取り出したところで、私が用意した対象すべてに作用させるには足りない」
「……だったら、どうするつもりなんですか」
「だから、こうして君の前にいるんだよ」
羂索は変わらず笑っていた。
「どういう意味ですか」
「術式は、手の内を明かすことで効果を高められる。それは君も知っているだろう? 術式の開示というやつだ。もっとも、今回はそれだけでは足りない。真人を取り込み、《無為転変》を抽出したところで、私の思い描く通りにはおそらくならないだろうね」
「なら──」
「でもね、都合の良いことに君がいる」
その言葉は、確信に満ちていた。
「これは私自らに課した縛りだ。全てを君に明かしたうえで、実行する。渋谷で私の計画を乱し、宿儺と渡り合い、あの化け物たちに届き得る潜在能力を持つ君になら、私を止められる可能性は、十二分にある」
「……随分と、俺を買ってくれているんですね」
「過小評価して、計画を潰されるよりはましだろう?
……いやぁ、気にも留めていなかった昔の実験を掘り起こすのは骨が折れたよ。もう金輪際こういうドッキリはやめて欲しいな」
羂索はわざとらしく肩を回し、ひとつ息を吐いた。
「ただまぁ、君は事が始まるのを、指を咥えて見てくれればそれでいいんだよ」
独自設定として、共通認識によって情報の開示とかが効率的に行える、というようにしてます。
今回の羂索のように、若菜の持つ知識を利用して説明の大部分を省略しても出力を上げることができるって感じで。若菜が相槌とか打たずにいれば、長々と説明しないといけなかった。
あと、原作だと抽出する術式の底上げまではできないと思うけど、本作では可能に。ただし、説明する意思がないといけない。