『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
「止めたいなら、止めてくれても構わないよ?」
羂索は事もなげに言い放った。
その顔には相変わらず薄い笑みが浮かんでいる。俺がどう動くのか、待ち構えているかのようだった。
俺は手にした買い物袋の持ち手を握り直した。
ほんの数歩先にいる羂索は、こちらから目を離さない。俺のすぐ背後には海凛さんがいて、通りには今も雑踏が溢れている。
「ただ、始める前に一つ。君は自分の出自に私が関わったと知っても、ずいぶん冷静だったね。母親が巻き込まれていたというのに、ね」
「……それが?」
「いや、つい先日も似たようなことがあってね。その時とは大違いだと感心しているんだよ。アレとは正反対と言っていい。取り乱すこともなければ、激昂することもない。実に呪術師向きだ。つい、比べてしまったよ」
「……そうですか」
母さんが実験に巻き込まれていたからといって、何を感じ取れば良いと言うのか。正直、父親だけでなく母さんのこともほとんど覚えていない。交通事故以前の記憶は曖昧で、知っているのは遺影にあるその顔だけ。
だから、俺にとっての肉親はじいちゃんただ一人。二人のことは気にはなるけど、あくまで知的好奇心に近い。
それに仮に、時期的にその『似たようなこと』が脹相のことを指しているのなら、兄弟もなく一人で生まれてきた俺と、九人全員が死産を繰り返した脹相とでは、捉え方も変わるだろう。母親に強いる負担が全く違う。
真相を聞いた時の感情がどうなるかは、想像できなくはなかった。特に兄弟愛の強い脹相なら、母親に向けても相応の愛情があって然るべきだろう。
そして原作通りの渋谷事変となっていないはずなのに、脹相は離反したのか。羂索の人望がなさすぎると笑えばいいのか、それとも手駒足り得ないと切り捨てたと判断していいのか。イメージ的にどちらもありそうだった。
そんな俺の反応が気に入ったのか、羂索は小さく笑った。
「どうだい? 私とともに来るかい?」
「行きませんよ。俺の大事な人たちが、天元とごちゃ混ぜの何か分からないものになる可能性があるのに。頷くわけがないでしょう」
「だろうね。君ならそういうと思ったよ」
まるで他愛のない世間話でもしているようだった。
羂索の視線が、俺の背後へ移る。
「それで、君自身が誰かを傷つける立場になったとして、同じように冷静でいられるかな?」
「は? 何を突然……」
「私を止めようとして、君の《無下限呪術》の余波で私以外を害することに、君は何も感じずにいられるだろうか?
愛しの彼女の目の前で起こったこととして、君の彼女はどう思うだろうか?
そして何より、私を相手に果たして彼女まで無事でいられるだろうか?」
「っ……」
海凛さんが、俺の制服を強く掴む。
さっきから一言も口を挟まずにいたけれど、突然自分に話が向けられたことで戸惑っているのが伝わってきた。
「大丈夫ですよ、海凛さん」
俺は羂索から目を離さず、海凛さんを庇う位置を確かめる。《無限》は既に俺たち二人を包んでいる。少なくとも、普通の攻撃なら防げるはずだ。
ただ、羂索がどう仕掛けてくるかが、分からない。領域展延は当然のように使えるだろう。羂索本人は《呪霊操術》を、呪霊本体は領域展延を、と分担できるような手があるのなら厄介極まりない。
そして、海夢さんの前で再び血を見せることになるのも、避けたかった。それが通行人であれ、羂索であれ、渋谷の惨状を想起させたくはない。
だから、俺がするのは《呪霊操術》を使う暇もないほどの速度で制圧すること。引き寄せ、死なない程度に《無限》で押さえつける。最悪、血を見せてでもその両腕だけは千切り落とす。
口振りからして、真人は既に取り込んでいる。そこから《無為転変》を抽出したとしても、手で触れることが条件である以上、肝心の基点がなければ発動はできない。さらに反転術式で不完全な状態で傷を塞げば、その状態で肉体が固定化されて完全再生はひどく困難になるはずだ。
羂索との距離はほんの数歩。直接取り押さえるだけなら、そう難しくもない。
「さて、それじゃあ始めようか」
「させるわけがないでしょう……!」
羂索が片手を持ち上げるのと同時に、俺は買い物袋を手放した。即座に羂索に指を向け、手繰り寄せるように翻す。
「おっと」
それだけでその身体はこちらへ引き寄せられる。足元で袋が音を立てる。同時に靴底が舗装を滑ったかと思えばすぐに離れ、一気に袈裟を靡かせて近づいてきた。
このまま《無限》で押さえ込んで──。
「ほら、ばぁっ」
子どもをあやすように口を開いた。
その背後で、黒い影が渦を巻いた。幾重にも折り重なったそれは、瞬く間に小さな塊へと凝縮する。
極ノ番《うずまき》。
想像以上に形成が速い──速すぎる。黒い塊が間髪入れずに放たれた。
「ッ!」
「きゃっ!?」
甲高い音が弾けた。眼前で黒い渦が激しく震え、歪みながら薄れていく。周囲では悲鳴が上がり、人々が一斉に逃げ出した。
視界が開けると、羂索が俺に頭を垂れるように腰を落としていた。地面へ伸びる手。本来の渋谷事変で《無為転変》を遠隔発動した時と同じ動きだった。
「海凛さん、少し離れます!」
「っ──いや……!」
背中の制服が強く引かれた。それに構わず、俺はありったけの呪力強化で地を蹴った。
背中の布地がぴんと張り、海凛さんに引き留められる感触が強まる。でも、それも一瞬。羂索との距離が一息に詰まる。
羂索の手は今にも地面へ届こうとしている。ここで躊躇している暇はなかった。
地面へ伸ばされた腕を押さえ込もうと、手を伸ばした。指が肩に届きかけ──
「ッ──!? 重ッ……!?」
身体に強烈な重さが伸し掛かった。
「ふはっ!」
羂索が堪らず吹き出した。
間合いに踏み込むなり膝が折れ、羂索を中心に足元の舗装が盛大に砕ける。
羂索が掌をつくより先に、両手がひび割れた地面を叩いていた。体感何倍、何十倍にもなった自重を支えんと、肘の関節が鈍い音を立てる。今まで感じたことのない異音が、ゴリゴリと身体の内側を削って響いていた。
肋骨が折れる嫌な感触とともに、胸の奥に熱が走る。反転術式を全力で回すものの、折れた骨は繋ぐそばから軋みを上げていた。
喉の奥から、迫り上がるように血の味が広がる。押し潰されまいと腕に力を込める最中、背後から痛みに耐えるような悲鳴が上がった。
「ぅぅぅぅっ────!!??」
「海夢、さん……!?」
地面に手をついたまま、どうにか首を捻って肩越しに覗く。海夢さんが苦痛に顔を歪めていた。さっきまで俺に伸びていた腕は力なく垂れ、肘があり得ない方向に折れ曲がっている。
海夢さんは足元から崩れ落ち、持っていた買い物袋が通りに転がった。
「ク、ソッ……!」
身体にかかり続けるこの重さは、《反重力機構》による過重力。先ほどの笑い声は羂索自身、《無限》を貫通できるとは思っていなかったに違いない。
空気と同じで日常生活に不可欠なものとして、《無限》の選別対象から外れていた。それとも、もともとの対象として含まれていなかったか。いずれにせよ、何でも防げる絶対の盾として術式を信じすぎていた。
重力から抜け出そうと身体を捩る。
「ッ……!」
直後、全身を押し潰していた重さが消えた。
俺は地面についた手で身体を弾き、すぐさま後方へ跳ぶ。その一瞬、羂索の掌がひび割れた舗装に触れるのが見えた。
「──《無為転変》」
嫌味ったらしく告げられた言葉が、耳に滑り込んでくる。
俺はそのまま海夢さんのもとへ飛び込み、反転術式を流し込む。崩れた身体を支えながら折れ曲がった腕に手を添えた。
「すみません、俺がついていながら……!」
掌から伝わる熱とともに、折れ曲がった肘が元の形へ戻っていく。
海夢さんの身体がびくりと震え、苦痛に引き攣っていた表情が僅かに緩んだ。
「っ、あ……ごじょー君……?」
まだ呼吸は荒い。涙の浮かんだ目が、治ったばかりの腕と俺の顔を行き来する。
俺はその身体を抱き上げた。
「……最初から、こうしておけばよかった」
「えっ……?」
海夢さんは目を見開いたまま、俺を見上げていた。俺はその身体を抱える腕に力を込め、空間を収束させた。
身体が一気に引き寄せられ、砕けた舗装も、そこに残された二つの買い物袋も、瞬く間に彼方へ流れていった。
独自解釈として、
メロンパンが原作で五条のいるあの時点で死滅回游を始めた理由として、
・乗り移った肉体は加齢する
→肉体的なタイムリミットがある
・術式保有は3つまで
→次の肉体に移る時に、呪霊操術か反重力機構のどちらかは捨てないといけない(次の肉体の方の術式を破棄して、そのまま三つを引き継ぐこともできるかもしれない?)
・同じ時代に呪霊操術と無為転変が揃う
→呪霊操術をお役御免にするには早期に無為転変の抽出が必要。でも、反重力機構のインターバル6秒を埋めるために呪霊操術は現状最適(東堂を乗っ取ればその限りでははいとは思うけど)
・反重力機構が無下限の対抗策として有効?(五条が甚爾とやり合った時にふわふわ浮いてたのでうーん……て気もするけど。フィールド効果みたいな感じで、無限を貫通できるんじゃないかという考察)
→これまでの経験から六眼+無下限のセットに煮湯を飲まされてきたので、保険的に反重力機構は捨てづらいんじゃないか。