『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
死滅回游本編はたぶんずっとこんな感じになるので、こんなん嫌や!ってなったら我慢して目かっ開いて読んでね。
はい、それでは追跡開始です。
……と、その前に、ちょっと妙な光景ですね。
通りを、大勢の人が歩いています。スーツ姿の会社員。部活帰りらしい肩に大きなバッグを掛けた高校生。小さな子どもの手を引いた、食材の入った買い物袋を提げた人。などなど。
いかにも平日の夕方らしい顔ぶれですが、どうにも様子がおかしいです。
走る人がいません。騒ぎ立てる人もいない。目は開いているのに、どこか焦点が合っておらず、周囲を気にする様子もありません。
それぞれ帰る場所は違うはずなのに、みんな同じような足取りで、結界の外へ向かっています。
原作では、最初から結界の内側にいた一般人は、夢とも現実ともつかない場所で羂索から退出の意思を確認されていました。そこで退出を選べば目が覚めた時には結界の外にいる、という流れでしたが、今回の死滅回游は夕方の開始。まだ起きて活動している人が大半のはずです。が、状況から察するに、皆一様に夢と現実の狭間へ引き込まれていますね。
この辺りは推測でしかありませんが、少なくとも最初から結界内にいた非泳者への退出措置は、原作同様に機能しているようです。
……おや? 呪霊もいますね。それも、一体や二体ではありません。
交差点には車をまたぐほど大きな呪霊がうずくまり、ビルの壁面には四肢の長い別の呪霊が張り付いています。路地の奥にも何体か見えますね。なかなかの数です。
おっと、買い物袋を提げた人が、その一体のすぐそばを通り過ぎました。
おぉっ……、襲いませんね。後ろから歩いてくる学生たちにも、まったく関心を示していません。
ですが、少し離れた路地では様子が違います。大きな呪霊が何かを噛み砕いています。足元には、血に染まった上着と靴が片方だけ落ちています。
退出を選ばずに残った一般人でしょうか。少なくとも、呪霊が人間を襲わなくなったわけではなさそうです。となると、出口へ向かっている人たちには、原作同様に何らかの保護が働いているのかもしれませんね。
若菜くんはそうしたものを目にしますが、足は止めません。自らの進路を邪魔する存在だけを踏み潰して進んでいきます。その度にコガネが加算点数を報せて来ますが、無視だ無視!
今のところ、退避中の人たちは襲われていませんし、この数を相手にしていては羂索を取り逃がしかねませんから、初志貫徹。メロンパン狩りに勤しみましょう。
さて、そんな人々の流れに逆らって、若菜くんは結界の奥へ進んでいきます。さすがに人混みの中を高速移動するわけにもいかないので、進路は上方に移してそのまま建物の間を抜けていきます。
羂索の気配との距離がぐんがん縮まりますが、不思議なことに向こうはほとんど移動していません。逃げる気がないのか、逃げられない事情があるのか。いずれにせよ、好都合です。
羂索がこちらに向き直りました。若菜くんが残りの距離を詰めると、羂索はわずかに眉を上げます。
「……おや、もう戻ってきたのかい? ずいぶん早かったね」
「あなたこそ、まだいたんですね」
「少しばかり用事が残っていてね。それより、彼女はどうしたのかな?」
「安全なところにいますよ」
「それは何より。てっきりしばらくは、彼女のそばについているものだと思っていたよ」
メロンパンが心なしかしょぼくれている気がしますね。読み違えたのかな?
まぁね、若菜くんの前で海凛ちゃんを傷つけなければ、羂索の想像通り、今も五条人形店にいましたよ。ですが、《無限》を破って脅威であると示してもらっちゃあ、若菜くんも気が気でないのでね。悪い虫は懲らしめておくに限るわけです。
「五条悟と一緒ではないようだね。彼には知らせたのかい?」
「知らせましたよ。あなたと遭遇したことも、死滅回游が始まったことも」
「へぇ。だったら、君一人で来る必要はなかったんじゃないかな?」
「待っている間に逃げられるかもしれないでしょう」
言い終わるより早く、若菜くんが地面を蹴りました。踏み込みに呪力を乗せ、羂索までの距離を一気に詰めます。
最初の邂逅と違って、周囲に人影は見当たりません。周りに気を遣う必要はないでしょうが、わざわざ通りを吹き飛ばすこともありません。まずは接近して殴り倒す。実に分かりやすい方針です。
「やれやれ、せっかちはいけないよ」
うるせぇ! せっかちは男の子の特権! 手前ェを殴るんだよォーーーーッ!
さて、羂索はどう動くか。
若菜くんの突進を前にしても、羂索は退きません。正面からその動きを捉えたまま、あろうことか掌印を結んでいます。
オイオイオイ、せっかちはお前じゃい!
「領域展開──《胎蔵遍野》」
「ッ──!」
羂索に届こうとしていた拳が、その寸前で引きずり落とされました。
若菜くんの身体が地面に叩きつけられます。咄嗟についた腕が堪らず折れ、膝が舗装を砕きました。そのままべちゃっと胴体まで。冷たいアスファルトに頬っぺたも押し付けられて、……く、屈辱だぜぇ……!
突進の勢いはそこで完全に殺され、さらに上から押さえつけられた身体が、陥没した路面へ沈んでいきます。
……あのォ……さっき食らった重力よりキツイ気がするんですけどぉ、領域展開だから、ですかね? 九十九由基がぐちゃぐちゃになった理由が分かります。とはいえ、若菜くんは五体大満足なんですけどね、初見さん。
同時に、気配が一変しました。
通りの中央に、無数の異形が絡み合った巨大な柱がイキリ立っています。その禍々しさとは裏腹に、周囲の景色に変わりはありません。遠くの建物も、ほとんど夜に近い夕暮れの空も、そのまま見えています。
宿儺の《伏魔御厨子》と同様、開放型の領域。結界を閉じずに成立させる離れ業。そして、若菜くんを押し潰しているのは、そこに付与された必中効果ですね。防御を固めようが距離を取ろうが、効果範囲にいる限り攻撃から逃れることはできません。
一度《無限》を突破されている以上、羂索が重力という択を選ぶのは不思議じゃありません。短期決戦を狙っているのか。小手調べもなく領域展開まで即刻持ち出して……お前、高校生相手に恥ずかしくないのかよ!
「ぐぅぅ……!」
「些か丈夫すぎやしないかい? その身体」
我らが若菜くんの肉体は特別製。殺したいのなら、なるべく初撃で殺し切らないとね。
魔虚羅が法陣の回転に合わせて適応するように、こちらは反転術式で適応する。普通なら自然治癒に合わせてゆっくり組み替えていくところを、反転術式を使えるばかりに異常な速度で組み変わっちゃうの、笑っちゃうんすよねぇ……。
なので、渋谷の時のような制約がないのなら、得た経験は即座に肉体に反映されます。傷つけられれば傷つけられるほどに強化されるので、敵からしたらクソキャラ以外の何ものでもないんですけど、……悲しいけど、これ殺し合いなのよね。卑怯もクソもねぇんですことよ!
それにしても、《無限》は今も維持されていますが、身体にかかる重さは少しも和らぎませんね。時折出力を変えているのか、局所的に信じられないくらいに荷重がかかります。万力で頭締め付けられたみたいに脳漿ぶちまけて砕けそう。
いやぁ、初手から容赦がありません。羂索としても悠長に構えていられる状況ではない、ということの裏付けでしょう。
若菜くんが素直に五条先生にチクった、って言ったことが効いているんでしょうか? お前ェ、小学生みてぇだな。
原作と違って呪術界上層部はメロンパン一色に染められていないですし、高専側もみんな生きてるっぽいですし、それもあって五条先生は指示とかの関係で直ぐ本人が自由に動ける状態ではないのは、電話をしていて感じましたけど。
やっぱ啖呵を切っておきながら、一つ読み違えたって経験が怖いんすねぇ! だから、最初から潰しにかかる。実に合理的な選択です。クソがよォ!
まぁ、問題はここからですね。
若菜くんは地面に伏したまま、ほとんど身動きが取れません。
腕を引き寄せようにも、肩から先が満遍なく路面に押しつけられています。胸が圧迫され、息を吸おうとするたびに肋骨が軋む。どうにか頭を持ち上げようとしたところで、押し戻されました。
歯茎剥き出しの口元から血がこぼれ、砕けた舗装の隙間へ流れていきます。
呪力による身体強化も働いているはずですが、これだけの重圧を受け続けるのは、……いやぁ、キツいっす。
呪力強化と反転術式のフル回転、両方しなくちゃあならないってのが、若菜くんのつらいところ。そして、両方ぶん回している影響で適応の進みが遅いことが、何より辛い。
羂索は崩れた路面から距離を取り、こちらを見下ろしています。
領域の必中効果が続く限り、若菜くんは勝手に消耗していくわけで、近づいてとどめを刺す必要は薄いと判断しているんでしょうか? 生憎と若菜くんボディは普通じゃないので、時間はこちらの味方ですが。
さて、どうしましょう。
真っ先に思いつくのは、こちらも領域を展開すること。若菜くんには、その直感がありますからね。
ですが、領域の押し合いとなるとどうでしょう。渋谷でもそうですが、人外魔境新宿決戦でも五条先生と宿儺の領域勝負は見ていますけど、結界術が得意な羂索相手ならちょっと分が悪そうな気も。
下手に領域を破られれば術式が焼き切れるので、悩みどころさん!?ですね。《無限》で《うずまき》の火力を無効化できるのは確認済みなので、《無限》が切れるかもしれない手を取るのは悪手です。
なら、最初から近づかずに《蒼》とか《赫》とかを使っておけばって話なんですけど、海凛ちゃんを傷つけられて相当にお冠で殴ることしか頭になかったっぽいですね。理性的な言葉を交わしてた割に、頭の中では海凛ちゃんのことしか考えてないの、ほんと好きなんすねぇ。
まぁ無難に、反転術式のスキルツリーを伸ばす方向で進めましょう。ぶん回しているおかげで、水面下では《空想置換》によってあり得ん速度で効率化が進んでいます。
押し潰された身体の内側で、呪力が絶えず蠢いています。
胸にかかる重圧は依然として常軌を逸しているものの、呼吸を繰り返すたびに軋んでいた肋骨は、以前ほど深く沈み込んではいません。
そして、舗装に押しつけられていた腕が動きます。指先が砕けた路面を引っ掻き、掌が少しずつ身体に引き寄せられ、両手が地面を押し返し始めました。地面に押しつけられていた胸が、ゆっくりと持ち上がります。
「そんな生半な重力じゃないはずなんだけど、ね!」
「んッ──!」
また、大きさの異なる重力が追加で襲ってきました。領域に付与されているものと、マニュアル操作のものと、二重で来てますね、クォレハ。
肘が軋み、肩の筋肉が震えます。一度は押し戻されかけましたが、肘はもう折れません。GANTZの百鬼夜行の天狗みたいな感じですね。馬鹿みたいに重力押し付けやがって! 仏の若菜くんもキレちまうぜ!
とはいえ、背中は大きく曲がったままで、とても立ち上がれる姿勢ではありません。ですが、若菜くんは間違いなく両腕で身体を支えています。先ほどまで腕を引き寄せることすらできなかったんですから、これはなかなかの進歩ですよ。
さらに力が込められると、上半身がもう一段持ち上がりました。そのまま姿勢を維持しているところを見るに、重力に対抗するだけの力は着実についてきているようです。
いやぁ、よかったよかった。なんて、喜んでばかりもいられませんが。
若菜くんが顔を上げると、少し離れたところに立つ羂索の姿が見えました。
「ッ──!?」
ヒェ……、キンタマ縮み上がるくらい若菜くんの眼光が鋭いんですが、これは一体……。羂索が一瞬気圧されてますぜ。
相変わらず、領域の必中効果は健在です。上半身を持ち上げられたからといって、自由に動けるようになったわけではなく、羂索優勢なのは変わりません。ですが、唯ならぬ雰囲気は感じたのでしょう。
若菜くんは腕で身体を支えたまま、今度は脚に力を込めていきます。舗装に押しつけられていた膝が離れ、立てようとした途端、再び重圧を押し込まれます。路面に亀裂が広がりましたが、若菜くんの体勢は崩れませんでした。
両手と膝で身体を支えたまま、じりじりと背中を起こしていきます。
いやぁ、すごいですね。羂索の領域を真正面から食らい続けて、ここまで動けるとは。
もっとも、反転術式をぶん回している以上、呪力の消耗も相当なものです。いくら適応できるからといって、いつまでも付き合っていられるわけではありません。が、そっちも適応していっているので、消費した分回復も速まっています。これ、羂索はどうやって処するつもりなんでしょうか?
羂索は、若菜くんを見て苦々しげに目を細めています。これほどまで異常な光景を目にしてしまえば、気にもなるでしょうね。圧殺するつもりで展開した領域の中で、潰したはずの相手が起き上がろうとしている。ホラー以外の何ものでもないでしょう。
さてさて、若菜くんがこの状態でも姿を隠さないということは、本格的にこちらに伝えていない縛りがあるんでしょうね。
五条先生とかみんなが老衰して死んだ後に事を起こせばよかったのに、何で早まっちゃったんですかね? これまで1000年も辛抱強く我慢してたのに。それなら若菜くんも特に関与も邪魔もしなかったのに、不思議ですね。