『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
あと、感想ありがとナス。個別には返信しないけど好きに書いていってね。考察するほどの厚みはないと思うけど、ぜひぜひ。
俺たちは《帳》を確認した交差点から、東へ歩き始めた。進行方向には、高架橋が見えている。合流できるかはわからないけど、その下を抜ければ七海さんの待機場所のごく近いところまでいけるはずだ。
人の流れは、出口を探すように《帳》の境界側に片寄っていた。スマートフォンを何度も確認する者。黒い膜の向こうを覗き込もうとする者。連れ立って心細そうに歩く者。《帳》の拒絶を感じたであろう誰もが、少なくない不安を滲ませていた。
まだ、大きな混乱には至っていない。それでも、スクランブル交差点付近の浮ついた空気とは明らかに違っていた。
「うぉっ──!?」
「え、なになにっ!?」
その時、高架橋の《帳》の向こうから甲高い音が響いた。森田君や喜多川さんたち、他の人たちが驚いたように悲鳴に近い声をあげる。
その音が近づいたかと思えば、電車の先頭が黒い膜を突き抜けるように現れる。
《帳》を異変と感じで減速したものの止まりきれず、そのまま内側へ入ってきた形なのだろう。何かにぶつかった様子もなく、速度を落としながら車輌は走り抜けていった。
「び、びっくりしたぁ……!」
「……電車は普通に通れるんだな」
首を縮めた森田君とは対照的に、柏木君が走り去っていく電車を目で追う。
「たぶん、人の移動だけが制限されてるんだと思う」
「え……、え? 何で二人とも動じてないの? この状況なのに何で?」
「それはほら、森田君は素直だから……」
「ナマやさしい目で見るなよぉっ!」
「五条、まるで俺が薄汚れたみたいじゃねぇか」
おっと、薮からスティックだったぜ。
「まぁまぁ。──でも、五条君はさっき通り抜けられてなかった?」
「それは……、俺に呪力があるからなんだと思います」
なだめる山内さんにそう言ったところで、喜多川さんが首を傾げた。
「さっきも言ってたけど、その『じゅりょく』って何? 磁力みたいな?」
「いえ、かなり大雑把に言えば『ドラゴンボール』の気とか『NARUTO』のチャクラ、『カードキャプターさくら』の魔力に近いと思います。技や術、カードを使うためのエネルギーというか。あの黒いのは、それの有る無しに反応して弾いてる気がします。あ、あるいは『FF』のMPとかですね」
厳密には一般人にも多少の呪力はあるみたいで、呪力の有無だけではないのだろうけど、わかりやすく説明するなら言い切ってしまった方が良いだろう。
すると、森田君がバッとこっちを向き、喜多川さんが抱えたウサギの頭越しに目を輝かせた。
いや、喜多川さん可愛すぎかよ。
「えっ!? じゃあ五条、かめはめ波撃てんの!?」
「クロウカード使える!?」
「メテオぶちこもうぜ」
「え……、たぶん無理じゃないかな? てかメテオはダメでしょ」
「なんだできねぇのかよー!」
「ごじょー君夢がない!」
「ちょっとワクワクした俺の気持ちを返せ」
「えぇ……、なんで俺が責められるの」
森田君と喜多川さん、それに柏木君まで乗っかってきたのを見て、菅谷さんが吹き出した。山内さんたちも、釣られるように笑みを浮かべる。
こんな状況でも、いつもの調子で言葉を交わせるのはありがたい。
もちろん、何も解決してはいない。喜多川さんたちは《帳》から出られず、その《帳》の外側からは今も五条悟の足枷となる一般人が渋谷駅に集まり続けている。
それでも、先に気が参ってしまうよりは断然良かった。
そうして歩いているうちに、目の前まで高架橋が近づいてきた。
俺の左隣には喜多川さん、その向こうには森田君が並んでいる。柏木君は森田君の少し後ろを歩き、菅谷さんと山内さん、八尋さんも俺たちのすぐ後ろに続いていた。
「こういうところってさ、ホラー映画の定番だよな。橋の裏からなんか出てきそう」
下を通りながら、森田君が何気なく頭上を見上げた。
高架橋に頭上を塞がれた途端、車や人の声が少し籠もって聞こえる。足音まで妙に近くで響く気がした。
「そういうのやめてよー! 今は普通に怖いって!」
「でもド定番じゃん。上から髪の長い女が逆さに──」
「わーわー! 聞こえなーい!」
「森田、今それ言う?」
「いや、ちょっと雰囲気あるなって」
「自分で言っといて怖くなってんじゃん」
柏木君の指摘に、森田君がもう一度高架の裏を見上げる。山内さんが呆れたように笑った。
冗談として聞けば、いつものやり取りだ。
けれど、『呪術廻戦』の原作を知る者としては、「何か出てきそう」という今の言葉を笑い飛ばせない。呪霊なら見えない人間のすぐそばにいても不思議ではないし、今まで俺自身も呪霊を見たことがないから見落とす可能性は高い気がする。
俺もつられて歩きながら頭上へ視線を向ける。道路の上を構造物が覆い、その裏側には梁や配線の影が重なっている。見える範囲に妙なものはなさそうだった。
「……森田のせいで上が気になるんだけど」
「菅谷まで?」
「だって、あんなこと言うから」
「ごめんって。ほら、何も──」
言葉が途切れた。森田君の視線が俺たちの頭上で止まる。
そこで、何かが擦れるような音がした。
反射的に見上げる──それよりも早く、影が降ってくる。
高架橋の裏側から滑り落ちるように現れたそれが、俺と喜多川さんの少し前へ着地したかと思うと、異様に長い腕が横薙ぎに振るわれた。
「え──!?」
「大丈──うわっ!?」
「きゃっ──!?」
森田君が咄嗟に身を引く。けれど避けきれず、振り抜かれた腕が肩口を掠める。体勢を崩した身体がすぐ後ろの柏木君へぶつかり、二人がもつれるように倒れ込んだ。喜多川さんにも鋭い爪が迫り、身体が俺の脇を抜けて後方へ大きく弾かれる。
「喜多川さ──!?」
彼女を弾き飛ばした腕は、それでも止まらない。勢いのまま、俺に迫っていた。
──マズっ──!!
喜多川さんの腕から投げ出されたウサギ頭の軌道が、やけにゆっくりに見える。
迫る腕は青白く、およそ生気と呼べるものを感じられない。その腕には異様に伸びた爪だけでなく、骨が変質したような黒い突起が、膨れた前腕の中から無数に飛び出していた。そこにピンク色の毛と黒い繊維、何か白っぽい薄いもの、赤い液体が付着している。
それが俺の首を狙う軌道で視界いっぱいに迫っていた。
咄嗟に身を引こうにも、もう遅かった。
──来るッ!
顔と首を守るように身構えた。
「っ……?」
けれど、衝撃はなかった。
無数の突起が、俺の身体の直前で止まっている。
異形はそのまま腕を押し込もうとして、しかし俺とのわずかな間を縮められずに力んでいた。
何が起きて──。
考える間もなく、背後で重い音が響いた。
「うわっ!?」
振り返る。
八尋さんたちの背後へ、高架橋の裏側からもう一体が落ちてきていた。どこに隠れていたのかなんて考える暇もない。
そいつが着地と同時にアスファルトを蹴る。
「危な──」
声を上げるより早く、その体も八尋さんたちへ届く寸前で止まった。
同じだ。
何もないはずの空間で、それ以上先へ進めなくなっている。
「何だよ、あれ……!」
近くにいた人たちが悲鳴を上げた。来た方へ引き返す者、そのまま駆け出す者。人の流れが一気に裂け、俺たちの周囲から遠ざかっていく。
二体の異形は俺たちへ腕を伸ばしている。それなのに、どちらも最後のわずかな距離を詰められない。
この事象を、俺は知っている。
収束する無限級数を現実に持ち出し、接近するものを永遠に到達させない力。五条悟が、常に自分と他者の間に置いていたもの。
──《無限》。
ならば、俺の身体に刻まれている術式は──
「《無下限呪術》……?」
ありえない。
俺の目は六眼ではない。六眼がなければ、《無下限呪術》はまともに扱えない。燃費が悪すぎてほぼ実現不可能、そのはずだ。
それなのに、なぜか使えている。
目の前の異形へ、改めて視線を向ける。
前腕の膨れた腕は地面につくほど異様に伸び、爪は人間にあるまじき鋭さに見える。首から上は肥大化し、目鼻も本来あるべき位置から大きくずれていた。
人の形をなしていない。
「ッ……!?」
瞬間、脳裏によぎる一体の呪霊。それも特級と名のつくほどの存在──真人。
人間の魂を変形させ、その形に合わせて肉体まで作り替える、悪魔のような術式──無為転変。その被害者である改造人間が、俺たちを襲っているものの正体だった。
原作で、こんな早い段階から《帳》内部に改造人間が放たれていた覚えはない。
けれど、描かれていなかったことと、存在しなかったことは等号で結ばれない。それこそ俺たちみたいにスクランブル交差点から離れる人間を追い返すため、最初から外周を徘徊していた可能性だってある。むしろ、その方が合理的だろう。
肩越しに、倒れた喜多川さんを見る。
黒い衣装の肩口は大きく裂け、その下の傷も一目で浅くないと分かるほど開いていた。押さえた指の隙間から血が溢れ、腕を伝い、路面へ滴り続けている。
喜多川さんは身体を丸めるように肩を押さえていた。口を開いても悲鳴は出ず、喉の奥から呻きをあげるのが精一杯に見えた。
今は、《無限》が俺たちへの攻撃を止めてくれている。止めてくれているだけで、脅威が去ったわけじゃない。このままこうしているだけでは、何も好転しない。
「八尋さん、喜多川さんをお願いします」
「う、うん!」
八尋さんがすぐに駆け寄って膝をつき、喜多川さんの身体を支えた。喜多川さんは何か言おうと唇を動かしたが、漏れたのは短い呻きだけだった。
「俺が、守ります……!」
自分でも、何を根拠に言っているのか分からなかった。
改造人間は、元は人間だ。それは分かっている。けれど、その凶爪がみんなを、喜多川さんを傷つけるなら何をしてでも排除する。
そう、何をしてでも──。
──たとえ、殺してでも。
《無下限呪術》が使えるなら、五条悟が使っていた引き寄せる力──《蒼》も使えるはずだ。
頭の中で思い描く。
あの残酷なまでに鮮やかで、暴力的な蒼色。
全てを飲み込み、圧殺する《力》。
突風が高架下を吹き抜ける。荒れ狂う嵐を閉じ込めたかのように、異形に向けた指の先で猛る奔流が集い出す。
それは人智を超えた密度に高まり、呪力のないものにも視認できるほどに空間を歪ませていた。
俺の視界に、青白い光が出現する。
──術式順転・《蒼》──!!
次の瞬間、前方の改造人間の身体が一点へ引き込まれるように大きく崩れた。肉片らしい肉片を残さず、その場で赤黒い染みとなる。
息を吐く暇もなく、背後の改造人間も処理をする。
指先でわだかまる《蒼》を振りかざし、指の軌道に沿ってアスファルトが抉られていく。みんなの外側を回り込んだ《蒼》により、後方の異形が消し飛んだ。
「喜多川さん!」
俺はすぐに喜多川さんのもとへ駆け寄り、その傍らへ膝をついた。
八尋さんに支えられた喜多川さんは、肩口を押さえたまま浅く息を繰り返していた。黒い衣装は肩から胸元にかけて血で濡れ、押さえる手まで赤く染まっている。
血はまだ止まらない。指の隙間から滲んでは腕を伝い、路面へ落ち続けていた。呼びかけても、返ってくるのは掠れた呻きだけだ。
このまま放っておける傷ではない。
救急車は呼べない。病院へ連れていくにも《帳》の外へ出られない。残された手は、一つしかない。
反転術式。呪力から正のエネルギーを生み出し、傷を治す技術。
使える保証なんてない。まして、他人を治すのは自分を治療するより難しかったはずだ。
それでも、試さないという選択肢はなかった。
「喜多川さん、傷を見せてください」
喜多川さんが小さく頷く。八尋さんに身体を支えてもらいながら、肩口を押さえていた手をゆっくりと離した。
塞き止められていた血が、また傷口から流れ出す。
裂けた衣装の下では、斜めに走った傷が大きく口を開いていた。鮮烈な赤と生々しいピンク。さっき見た時よりも、ずっと酷く見える。
一瞬、息が詰まった。
これを、本当に俺が治せるのか。
けれど、迷っている間にも血は流れ続けている。俺は着ぐるみから上半身を引き抜いて、傷口へ手を添えた。掌がすぐに血で濡れた。
「少し、我慢してください」
どうすればいいのか、具体的な操作なんて分からない。
けど、考えるのは結果だけでいい。直感で、そう感じた。
苗字が五条というだけで決まった《無下限呪術》。