『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
待っている間、改めてみんなの様子を見回す。
改造人間の襲撃は、かなり尾を引いていた。
喜多川さんはさっきから俺の横に座ったまま、着ぐるみの腕の部分を握って離れず、時々、高架下の方へ視線を戻している。森田君も、軽傷だったとはいえ治ったはずの傷を時折確かめるようにさすり、八尋さんは、喜多川さんを支える時についた血を手から拭ったあとも、何度もそこに視線を落としていた。
ほかのみんなも、立ったり座り込んだりの違いはあるものの、似たようなものだった。誰も高架を抜ける前までの調子には戻っていない。
俺も、何も感じていないわけではなかった。
高架下で襲ってきたものは、見た目だけなら化け物だった。けれど、俺だけはそれが元々人間だったと知っている。
真人に魂を弄られ、形を変えられただけの人間。
マンガで読んでいた時には、『改造人間』という一言で処理ができた。実際に目にすると、その歪んだ身体と、少し前までは普通の人間だったという事実を重ねて、胃のあたりが重くなる。
あれにも名前があって、家族がいて、日常があったはずだ。それが真人に触れられただけで、全部壊された。
考えれば考えるほど、胸の奥に嫌なものが溜まっていく。
その一方で、あの二体を俺が殺したということには、妙なほど実感が湧かなかった。
元は人間だった。俺はそれを知ったうえで、《蒼》を使った。そして、二体とも死んだ。
その事実は分かっている。
けれど、殴ったわけでも、刃物を突き立てたわけでもない。触れもしないまま、《蒼》の中に消えていった。だからなのかもしれない。
やったことが変わるわけじゃない。それでも、自分が人を殺したという実感だけが、どこか遠いままだった。
でも今は、その実感の薄さに助けられていた。
ここで立ち止まるわけにはいかない。俺にはまだ、守らなければならないみんながいる。次に同じものが現れた時に備えて、できることは今のうちに確かめておきたかった。
そこで、高架下を抜ける時に拾っておいたウサギ頭を使って、《無下限呪術》をどこまで自分の意思で扱えるのか確かめていた。
片手でウサギ頭を支え、その底へもう片方の掌を近づける。《無限》を意識している間は、ほんの僅かな隙間を残して触れられない。意識を解けば、そのまま掌に重みが乗る。
試行回数を重ねても結果は変わらない。傍から見れば、ウサギ頭を持ち直している程度にしか見えないだろう。喜多川さんたちの視線も俺の手元に向いたが、誰も何も言わなかった。
《無限》は、俺の意識に合わせて発動し、解除できた。少なくとも、その切り替え自体は自分の意思で制御できるようだった。
なら、離れた八尋さんたちにまで《無限》が届いたあの時、あれは、どうだろうか。
懐玉・玉折では、触れている対象には作用していたように思う。離れている対象に作用できるのかどうかは、原作を覚えている範囲では見たことがなかった。
でも、一度はできた。二度目ができない道理もない。
あの時の感覚をなぞって、今度は俺たち全員をまとめて囲い、外からは近づけさせないつもりで《無限》を広げる。
しばらくして、こちらへ歩いてきた人が妙なところで足を鈍らせた。進もうとしているのに距離だけが縮まらず、怪訝そうに横へ逸れていく。
偶然かと思ったが、その後も似たようなことが何度か続いた。
どうやら、《無限》の拡大も再現できているらしい。
どこまで広げられるのか、どこまで離れたら維持できなくなるのかまでは分からない。今は、再現できると分かっただけでも収穫だった。
ひとまず、急ぎ確かめておきたかったことは確認できた。ウサギ頭を抱え直して、みんなを見る。
喜多川さんは変わらず俺のすぐ横にいて、ほかのみんなもこの場に留まっている。俺がウサギ頭を使ってあれこれ試している間も、誰一人として急かすことはなかった。
ここまで、みんなには俺の判断に何も言わずについてきてもらった。そして、俺に宿る術式の確認も優先させてもらった。そろそろ、どうするつもりでここまで来たのかを話しておいた方がいいだろう。
「みなさん、ちょっといいですか?」
全員の視線がこちらへ向いた。
「さっき、『呪霊』ってものがいるって話をしましたよね?」
「……そうだな」
柏木君が頷く。
「そういうものを倒したり、今みたいな異常に対処したりする人で、『呪術師』と呼ばれる人たちがいます。その人に会うために、みなさんにはここまでついてきてもらいました」
「……それが、さっき言ってた『アテ』って奴?」
「はい、『七海さん』という男性です。この異常を調査するために来るはずです。その人に、協力を仰ぎます」
何の因果か、《無下限呪術》を扱えるようになった。
だけど、《無下限呪術》が使えるようになったからといって、今日初めて術式を持った俺が、急にこの渋谷で一番頼りになる人間になったわけじゃない。
俺一人で全部何とかなると考えるほどの自惚れはなく、誰かに頼ることで喜多川さんたちがより安全になるのなら、頼れるものには頼る。そうすべきだ。
だから、俺に《無下限呪術》があるとわかる前も、わかった後も、七海さんに力を借りるべく移動してきた。
そんな俺の言葉に、森田君が「なるほど」と小さく声を漏らした。ほかのみんなも、ひとまず話は飲み込んでくれたようだった。
「なので、もう少しだけここで待とうと思います」
異論は返ってこなかった。
「それとは別に──いや、別ってこともないのかな? ……とにかく、みんなに伝えておきたいことがあります」
頼るべきは頼る。
だけど、みんなを守れる力が降ってわいた以上、俺自身も行動することに変わりはない。
俺が最も優先すべきは、ここにいるみんなだ。
高架下で喜多川さんたちが傷つくのを見た。一番大事な人を危険に晒した。ほんの少し前のことなのに、もう二度と見たくないと思うには十分だった。
だから、これは決意表明みたいなものだ。
「何があっても、俺がこの力でみんなを守ります。絶対に危険を近づけませんし、もう二度と誰も傷つけさせません」
一度言葉を切って、みんなの顔を見る。
「だから、みんなでまた、日常に戻りましょう」
しばらく、誰も口を開かなかった。
喜多川さんは俺の横で、着ぐるみの腕を握ったまま俺を見上げている。
「……うん。帰ろ、みんなで」
小さな声だった。
それでも、さっきまでよりはっきりしていた。
森田君たちも、それぞれ小さく頷いてくれた。
◆
決意。
そう、決意だ。
五条若菜は、ただ、自らの意志を口にしたつもりだった。
だが、呪力を持つ者の言葉は、時として言葉だけでは終わらない。
五条若菜が自らに課した縛りは、三つ。
一、《無下限呪術》の使用は、保護対象を守護する場合に限る。
二、保護対象が直接・間接を問わず敵対者に害された時、《無下限呪術》は永久に機能を失う。
三、保護対象が術師の規定する危機から脱した時、これらの縛りは効力を失う。
なお、《空想置換》により規定されたこの縛りは、術師本人には開示されない。
そして、五条若菜の言う『みんな』の中に、「五条若菜」当人は含まれていない。
《空想置換》は若菜の空想を現実へと置換するため、オートマチックに作用する。
ただし、その作用が必ずしもプラスに働くとは限らない。
若菜が自分を優先しすぎている感じがするので、もしかしたら後ほど書き直すかもしれません。
追記。縛り一について、《無限》はあくまで若菜を中心に広げている形です。若菜を《無限》で包まず、喜多川さんたちだけを包む、ということはできないので、みんなを守っている時には、若菜も同時に《無限》に包まれています。
誤解を招きそうだったので、補足でした。