『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
《無限》は、あくまで《無下限呪術》の核たる若菜が起点です。若菜を《無限》で包まず、喜多川さんたちだけを包む、ということはできないので、みんなを守っている時には若菜も同時に《無限》に包まれています。
誤解を招きそうだったので、補足でした。
一般高校生が剥き出しのまま渋谷事変とか、問答無用で死ゾ。
話を終え、俺たちは再びその場で七海さんの到着を待った。
周囲のざわめきが耳に戻ってくる。その頃には、さっきまで疎らだった人影が、いつの間にか増え始めていた。
最初は数人だった。けれど、気づけば次から次へと流れ込んでくる。走ってくる人。何度も後ろを振り返る人。繋がらないスマートフォンを何度も耳に当てる人。
行き先があるようには見えない。ただ何かから逃げるように、人の流れだけがこちらへ押し寄せてきていた。
「……ごじょー君、人、増えてない?」
喜多川さんが声を落とす。着ぐるみを握る手に力が込められ、みんなの表情にもさっきとは別の不安が広がっている。
俺も、増えていく人の流れに目を向けた。
原作どおりなら、スクランブル交差点の方で何かが起きた。それは、駅構内に人が文字通り吸い込まれていく異常事態。彼らは非現実的な光景を目の当たりにして、巻き込まれまいとここまで逃げてきた。そんなところに違いなかった。
だけど、当然そんな事情を喜多川さんたちは知る由もない。渋谷のどこかで起きた異変が、少しずつこちらへ近づいてきている。そのようにしか見えていないはずだ。
そして俺には、この人の流れすらまだ始まりに過ぎないことだけは分かっていた。
「五条悟を連れてこい!」
突然、《帳》の境界近くから怒鳴り声が上がった。周囲にいた人たちが、一斉にそちらを見る。
喜多川さんがびくりと肩を揺らした。
ほとんど間を置かず、今度は別の場所から声が重なる。
「五条悟を呼べ!」
「五条悟!」
喜多川さんたちが揃って周囲を見回す。
「……五条悟って、誰? ごじょー君の知り合いだったり?」
喜多川さんが小さく聞いた。
「全然関係ないですよ。ただ、おそらくその人も呪術師です」
喜多川さんの視線が、再び声の上がった方へ向く。
一人だけじゃない。互いに示し合わせているようにも見えないのに、離れた場所にいる人たちが同じ名前を叫んでいる。
五条悟。
その名を知っているはずのない人たちが、あちこちで同じ名前を口にしていた。
声は一度きりでは終わらない。少し場所を変えてはまた上がり、それに重なるように別の声が続く。
その間にも人は流れ込んで、周囲のざわめきは少しずつ大きくなっていった。
「……何なの、これ」
菅谷さんが小さく呟いた。
誰も答えない。
喜多川さんたちは、ただ戸惑ったように辺りを見ていた。
◆
それからも、人の流れは途切れなかった。五条悟を求める声も、場所を変えながら幾度となく上がる。
最初のうちは、そのたびに喜多川さんたちも反応していた。けれど、同じことが繰り返されるうちに、やがて誰もそちらを振り返らなくなった。
慣れたわけじゃない。次々に起きることへ、いちいち反応している余裕がなくなったのだ。
俺も周囲を警戒しながら、時折《帳》へ目を向ける。
また改造人間が現れないか。
人の流れに妙な変化はないか。
そして、待っている相手が来ていないか。
黒い膜は変わらずそこに垂れ下がっていて、向こう側の様子は伺えない。
そうしているうちにも、時間だけが過ぎていった。人のざわめきも、五条悟を求める声も消えない。
そんな中、不意に、今までとはまったく別のものが感覚に引っかかった。
《帳》の向こう側だ。
呪力そのものを感じた、というのとは少し違う。誰かが呪力を動かした。その時に生じた呪力操作の感触だけが、周囲の雑音から抜け落ちるように妙にはっきりと伝わってくる。
俺が自分の中で呪力を動かした時とは、まるで違う。引っかかりがない。意識して力を押し流しているような俺の感覚とは違って、呼吸でもするように自然だった。
そして、その感触は一つだけではない。少しずつ異なるものが、続けていくつか重なる。
《帳》の向こうに、呪力を扱える人間が複数いる。
おそらく、待ち望んでいた術師だ。
「……来た」
「え?」
喜多川さんが俺を見る。
俺はスマートフォンを取り出して時間を確認した。
二十時十四分。
俺が覚えている「午後八時前後」という時刻には、もう十分入っている。七海さんたちがこの辺りに来ていてもいい頃合いだ。
確かめるためには、外へ出る必要がある。そしてもし出会えたのなら、顔だけ確認して戻るつもりもない。何としてでも俺の話を聞いてもらう。五条悟のこと。真人たちのこと。俺が知っている、この先起こり得ること。
どこまで話せるか、どれだけ信じてもらえるかも分からない。それでも、せっかく術師と接触できるのなら、この機会を逃すわけにはいかなかった。
「境界まで行きます。一緒に来てもらっていいですか?」
喜多川さんたちは一度顔を見合わせたものの、すぐについてきてくれた。
歩くにつれて、黒い膜が目の前へ迫ってきた。さっき喜多川さんたちの手を拒んだものと同じ《帳》。そのすぐ手前まで来たところで、みんなに足を止めてもらう。
「おそらく、この向こうに呪術師が来ています。今から会ってきます」
「一人で?」
喜多川さんがすぐに聞き返した。声には隠しきれない不安が混じっている。
彼女の視線が、俺と《帳》の間を行き来する。現状、《帳》を越えられるのは俺だけだと理解はしている。だが、それを納得できるかは別なのだろう。
「大丈夫です。呪術師の気配はすぐそこにあるので、本当にこの一歩先に行くだけです。それ以上、離れるつもりはありません。七海さんがいたら話しますし、違っていても俺の知り得る情報を渡してどうにかしてもらいます」
喜多川さんは、まだ不安そうに俺を見上げていた。
さっき試した《無限》が、《帳》越しにまで同じように働く保証はない。でも、外にある呪力を感じ取れたことから、一般人を閉じ込めるこの《帳》に呪力の遮断効果がないのはわかりきっている。先ほどと同じ感覚で《無限》を広げていても、問題なく喜多川さんたちを包み込めるはずだ。
「見えなくても俺が守っています。必ず戻ります。話が終わるまで、待っててくれませんか?」
喜多川さんは俺を見上げたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく頷く。
「……うん。待ってる」
柏木君も頷き、森田君たちもそれに続いた。
俺の袖を掴んでいた指が、ゆっくりと離れる。
俺は一度みんなの顔を確かめてから、目の前の黒い膜へ向き直った。
◆
《帳》へ踏み込む。
一瞬だけ視界が塗り潰され、そのまま一歩進む。
次の瞬間、夜の渋谷が視界いっぱいに戻ってきた。
街灯に照らされた歩道と車道。その向こうにはビルの明かりが並び、信号の光がアスファルトを照らしている。ほんの一歩前まで黒い膜に視界を塞がれていたせいか、それだけの景色が妙に広く感じられる。
でも、広く感じる理由はそれだけではなさそうだった。
ハロウィンの夜なら人で溢れているはずの通りに、人影はほとんどない。車道を走る車もなく、少し離れた場所で赤色灯だけが明滅していた。
きっと、警察が《帳》の周辺から人を遠ざけているのだ。人が押し寄せていた内側とは、黒い膜一枚を隔てただけとは思えない静かさだった。
「君」
不意に、声が飛んできた。
そちらへ顔を向けると、《帳》からそう離れていない車道側に四人の人影がまとまっていた。
黒いスーツ姿の男。ニット帽を被った青年と、ツンツンした黒髪の少年。
そして。
「そこで止まってください」
薄いベージュのスーツ。
額を出した七三分けの金髪に、フィンチ型の眼鏡。
間違えようがない。
──七海建人。
「……七海さん」
いた。本当にいた。この一時間近く、ずっと当てにしていた人物が、ようやく俺の目の前に現れた。
言葉に従い、足を止めた。胸の奥に詰まっていたものが少しだけ軽くなって──すぐに後悔した。
七海さんの表情が変わった。眼鏡の奥の目が、口をついて出てしまった俺の言葉に、明らかに警戒を示している。
同時に、黒髪の少年──伏黒が僅かに位置をずらす。反対側では、ニット帽の青年──猪野さんもこちらを見たまま重心を落とした。黒いスーツ姿の男──伊地知さんだけが、明確に一歩後ろへ下がっていた。
「なぜ、私の名前を知っているんですか?」
当然だ。いきなり《帳》から出てきたピンク色の着ぐるみ男。顔を出しているとはいえ、怪しいことこの上ない。
しかも、そいつが自分の名前を知っている。外見に対してはハロウィンであることを差し引いても、一般的な感性を持つなら引っかからないはずがなかった。
「……先に名乗ります。五条若菜です」
「五条?」
伏黒が反応した。
七海さんも片眉をあげ、猪野さんは視線だけで七海さんと俺を見比べている。伊地知さんに至っては露骨に困惑した表情を浮かべていた。
東京にいて、呪力があって、《帳》を抜けてきたことから暫定術師で、七海さんの名前を知り、五条姓を名乗る。呪術界に近い人ほど、おそらく五条悟との関連性を疑う。
警戒を強めるだけかもしれない。けれど、無視していい存在だとは思われないはずだ。
「これが、俺の名前の証明になりませんか?」
着ぐるみの中から学生証を取り出し、伏黒に投げて寄越す。
「……七海さん、隣県の高校です」
「伊地知さん、調べてみてください」
「は、はいっ」
その学生証は七海さんの目に入って、すぐに伊地知さんに渡された。
「確認されている間に、要件を話させてください。俺を信じるか信じないかは、正味重要じゃありません。正体についても、今はそんな話をしていられないというのが本音です。俺の話を聞いて、信じるに足るかを判断してください。時間がありません」
七海さんはすぐには答えなかった。
俺を見たまま、僅かに間を置く。
伏黒も猪野さんも位置を戻さない。
「……要点だけ、話してください」
許された。
信用されたわけじゃない。
名前を証明したところで、俺の知っていることまで正しくなるわけじゃない。
そんなことは分かっている。
それでも、聞いてもらえるなら十分だ。
まず伝えるべきことは、決まっている。
ようやっとナナミンたちの登場になります。
ここから原作改変ルートになる予定です。
ナナミン達の警戒がザルな気もしますが、話を進めるためなので多めに見てね!見ろ!(豹変)