TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!! 作:燕目
曇らせ。
曇らせの定義は人によって微妙に異なるだろうが、ざっくりといえばキャラクターを苦しませたり、悲しませたりすることであると言えるだろう。この曇らせの対象とされるのは感情表現が豊かで明るく、優しいキャラクターであることが多い。無論、そうでないキャラも漏れなく曇らされる作品というのはあるが、やはり普段の様子との落差も相まってこのようなキャラクター達の曇らせが人気がある傾向にあると思う。平時はニコニコとしているからこそ、そんなキャラの苦しみ、悲しみ、のたうち回る姿を見たいという層は確実に存在しているのである。昨今の創作界隈での曇らせというジャンルの膾炙ぶりを見ていると、古今東西に関わらず人は人が苦しんでいる様を見たいものなのだなあと実感する。まあ、俺もなんだが。
さて、あくまで限られた範囲の中ではあるが、もはや定番のジャンルとさえ呼べる曇らせ。しかし、これが中々に扱いというのは難しいものなのである。先ずもって曇らせとバッドエンドは違う。バッドエンドはその言葉の通り結末であり終わりであるのに対し、曇らせというのはあくまで過程だからである。つまりは曇った後には必ず晴らせ、即ちそのキャラクターが報われる展開がなければ曇らせとは呼べないのだ。それがなかったらただのバッドエンドである。曇らせたいがあまりにその後に晴らせ展開を用意できないほどに追い詰めてしまうのは本末転倒であると言えるだろう。
また、どうやって曇らせるかというのも重要になってくる。例えば道行く人にいきなり殴られたキャラがいたとする。そのキャラは当然悲しむだろうし、苦しむだろう。しかし、これをもって曇らせといえるだろうか?いや、言えない。あまりにも理不尽でそのキャラに責任の一端もないものは、曇らせではなく胸糞展開という別のジャンルになってしまっているからだ。完全に自己責任ではないにしろ間違いなくその結果に対して責任の一端はあり、それに苦しむからこそ曇らせというものは映えるのである。勿論、ここに関しても人によっては異なるだろうが。俺にとってはこうなのだ。理不尽かつ安易な曇らせは駄目!絶対!である。
このように曇らせというものは感情を剝き出しすることでキャラを魅力的にするために有用な表現方法の一つではあるが、その塩梅や描き方を過不足なく行うというのはそれなり以上に難しいものと言えるだろう。安易な曇らせは萎えるなんて感想がたびたび見られるのも、それを裏付けているように思う。
前世では一般病弱系ヒロインスキーとして極々普通に生きていた俺もこの曇らせというジャンルに触れる機会は多かった。病弱系ヒロインと曇らせという組み合わせは一見相性がよさそうに見えて、実はそうでもない。曇らせというものは晴らせを前提としていると先ほども述べたように、病弱系ヒロイン自身もしくはその周囲を曇らせるのならば何らかの救いを用意しておかないといけないからだ。しかし、病弱系ヒロインとなるとこれが難しい。あまりにも難病にしてしまうと、よほどうまく話を運ばないとご都合主義的に見えてしまうし。普通に治ったりするような病気だと、周りの反応も含めて全てが陳腐になるからだ。
曇らせ。ここ数年で一気に脚光を浴びたワード、ジャンルであるが、その扱いは難しく上質な曇らせとなると書くのは至難の業であると言えるだろう。一流の悲劇より三流の悲劇という言葉があるが、読むのにストレスが発生する悲劇というものは一流ではなくては先ず読んでもらうことさえ難しいことの証明であるように俺は思う。
まあ、長々と語ったが俺はこう思うのだ──ぐちゃぐちゃになった人間の顔ってなんであんなに綺麗なんだろうねと。その後に笑顔があるのが前提だけどさ!
はっはっは!死ぬほど血が出てて草ですよ。いやぁ、やっぱりこの太陰って体質クソだと思う。ちょっと気を高めて術を使ったらこれだもの。息もしづらいし、そもそもそれに対して苦しいって感覚を感じられないのもヤバい。そこら辺の感覚も陰の気のせいで緩慢になってるんだろうけど、その上こうして怪異とかも引き寄せちゃうんだから人生ハードモード過ぎない?まあ、病弱系ヒロインとしてはむしろバッチコイだったので、神様ありがとう案件なんだけどさ。さて、滅茶苦茶ナイスタイミングで助けに来てくれたのは嬉しいんだけどさ千陽君。その……抱えてる咲良ちゃん大丈夫?なんか凄い顔してるけど。
「千陽……なんで……」
「ちとせのことならどれだけとおくはなれててもわかる!さいしょにあったときもそうだったでしょ?」
「……そうではなくて。なんで来たのって話だったのだけど、こんな危ないところに」
「たすけるため!さくらもそういってた!」
「その通りだが、耳元で大声で叫ぶな馬鹿者……」
「咲良はその本当に大丈夫?」
「おいかけるまえにだいじょうぶってきいたとき、もんだいないってさくらいったよ?きにせずはしれって」
「当然だ。我が身可愛さに千歳様の元へ到着することを遅らせるなど側仕えの名折れだからな。千歳様もご心配なさらずに、このように何の問題もありませんので」
「……とてもそうは見えないのだけど?」
「大丈夫です。私は側仕えですので」
「だから側仕えってそんな便利な言葉じゃ……コフッ……!」
「……。千歳様これ以上はお体に障ります、とりあえずは安静になられてください。これでも鳳条の娘、多少の治療の心得はあります。拙い腕ではありますが、何もしないよりは良いはずです」
「ありがとう咲良。けど、それは全部が終わってからよ。私のところに一直線で駆けてきた千陽が追い付いたってことは、恐らくお父様が来るのも時間の問題。それ位ならまだ持つわ、あの怪異には私がいないと」
「お言葉を返すようですが、もう千歳様は限界です。これ以上の無茶をされるなら、側仕えとしてお停めさせていただきます。どのような手を使っても」
「咲良……それでも私は……」
「……ヒーさん様、出してください」
「だからあっしはヒーさんじゃねえっての!良いのかい?」
「構いません。……千陽、任せるぞ」
「うん!まかせて!」
「千陽…だ……め……」
いかん、二人の好感度を上げすぎたかもしれん。千歳ちゃんのことを守るためなら、自分の身なんてお構いなしのムーブじゃんこれ。いや、それ自体はとても嬉しいし、ヒロインという存在としてもありがたいんだけどさ。今の千陽君だと、いくらあの怪異が千歳ちゃんの陰の気をしこたま叩き込まれてそれなりに弱ってるとはいえ分が悪すぎる。まあ、千陽君の体質的に死ぬ可能性は低いだろうけど、頑張り過ぎちゃうとよろしくない展開になる可能性があるんだよなぁ。お父様!早く来てお父様!今のあの怪異なら多分、お父様なら簡単に滅せられるから!!
◇◇◇
空を足場とするがゆえに足音も残すことなく、火車が二人の少女を乗せて遠ざかっていく。鬱蒼としていたはずの森林は怪異によって切り開かれ、残った少年の周囲はまるで山の中の広場のようになっていた。そんな場所に立っているのは片や太陽として生まれ、今は千陽と呼ばれる少年。片や英雄として生き、今は鬼哭と呼ばれる怪異。共に陽の気によって人生を捻じ曲げられた。ある種の同類とも呼べる、そんな存在。
そんな一人と一匹が激突した。
遠ざかっていく対の気配を感じ取った怪異はそれを追おうとし、少年はそうはさせじと立ちふさがる。その手に握るのは自分の師であり、大切な少女の兄でもある男から贈られた剣。かつて一人で痛みと苦しみの中で生きるためだけに力を振るっていた名もなき少年はもういない。今、少年は守りたいもののために、多くの人々の優しさに支えられながら、千陽はその力を振るう。
「ガァ……!」
「いかせない!」
対となる陰の気を多量に送り込まれたことによって、怪異という存在の根底がぐらついている。膂力も身体の再生力も、通常時の半分程度が精々だろう。陽の気による身体の活性があろうと、上背で大きく劣る少年の一撃でたたらを踏んでいることからもそれは明らかだ。
白い少女の決死は決して無駄ではなかった。少女の覚悟は怪異を確かに理から外れた無敵の怪物から、少女達と同じ理の中に在る打倒可能な怪物へと引き戻しかけていた。このまま少女の父である清嗣や兄である衛嗣、その他の陰陽師が到着すればこの怪異は討払われることだろう。少女の献身によって、それほどまでこの怪異は力を弱めていた。
しかし、それは。この鬼哭という怪異に、千陽という少年が勝利できることを意味しない。
その身すら苛む陽の気は人の限界を超えてその身体を強化し、単純な身体能力だけで見れば同年代では比較にすらならず、術師だとしても並み程度の腕前であれば凌駕するだろう。少年は強い、齢を考えれば十分すぎるというほどに。だが、それがなんだというのか。
怪異とは理性も知性も失って、対となる気を求めるだけの現状に成り果てたいつかの誰かの成れの果て。しかし、狂い果てようともその全てが失われたわけではない。その身に沁みついた、例えすべてを失ったとしても残った何か。かつて英雄と呼ばれた怪異、鬼哭の場合それは武術であった。
「ぐっ!」
陰の気によって弱体化したことで身体能力に決定的な差は既にない、差があるのはむしろ身体ではなく技の方。流麗にして俊敏、理性がないなどと信じられぬほどに美しい動きで怪異は少年を圧倒する。身体が互角であるならば、技を持つ方が分があるのは当然の帰結だ。少年は強い、強くなるだけの可能性もある。その恵まれた身体に追いつくだけの技が備われば、この鬼哭にさえ勝利し得るだけの可能性がある。
しかし、それは今ではない。──今ではない。
「たりない……」
少年がどれほど早く動こうと、どれほど力強く腕を振るおうと、怪異はそれを技でもって上回る。もはやなんのために鍛えたのか当の怪異にすら分からぬ空っぽの技、それでもその威力に陰りはなく。かつて英雄と呼ばれた戦士の面影だけが、そこにはあった。
「たりない……!」
少年は彼我の差を既に理解していた。今の自分では届かないということを把握していた。しかし、それで素直に諦められるような状況ではなく。少年は己が身を投げうつことを選択した。
「があっ……!」
かつて一人で生きていた頃のように過剰に強化された身体が激痛に包まれる。しかし、それでも少年は止まらない。吹き付ける風さえも痛みに代わる体を更に前へ、前へと進めていく。瞬く間に怪異によって傷が塞がっていく、踏みこまれた地面が爆ぜ、振るわれた一撃を受けた怪異が今度は吹き飛ばされた。
「……!…………!」
少年は今を求めた。今、勝てる強さを求めた。少女を守るための強さを求めた。そのためならかつては恐ろしかった痛みも苦しみも何も怖くなかった。むしろ、こうして守れることが嬉しくさえあった。
「─────!」
少年は強さを求め、己の中に在る陽の気を引きずり出す。かつて一人だった時と同じように、成り果てかけたあの夜と同じように。そうあの夜と同じように。
身体を貫く激痛、一瞬飛んだ少年の意識。それを浮かび上がらせたのは大好きな少女が好きだと語っていた九里香の香り。痛みに寸断される思考の中で少年は疑問に思う。今は春、九里香は秋の花だ。こんな時期に香りがするわけがないのにと。
目の端で捉えた見覚えのある白い少女が大切にしていた香袋の存在が、その疑問を氷解させる。しかし、それに納得する暇もなく、怒涛のように少年の思考に疑問符が続く。何故、今これがここにあるのか、どうして切り裂かれ中身が飛び出ているのか、なぜ白い少女が血に染まり、その前に己が立っているのか。
血に染まる白に九里香の香り、それを前に少年の思考が冷えていく。
あの夜と同じように少年は少女によって救われた。あの夜と同じように、少女の存在によって少年は怪異へと成り果てることはなかった。少年はまたも少女に救われた。
少年の叫びが木霊する。走り続ける火車の上で、喉から血が噴き出さんばかりに少年は叫ぶ。その様を怪異はただ見ていた。もはやその怪異には何もない、少年のその様を見たところで感じるものなど何もない。憐憫も同情も嘲笑もないはずである。それでもその瞬間、怪異は見つめていた。
(ざっけんな!安易な曇らせじゃねえか!そりゃあね!こう暴走した結果としてヒロインを切っちゃう的な展開は定番ですよ。俺だって好きですよ。けど、やるならもっと綺麗にやりたいんだよ!そもそも千陽君はまだまだ子供なの、こういうハードな展開はやるにしても心身ともにもうちょい成長してからにするつもりだったのに!……いや、正直興奮はしたけれども。現在進行形で千陽君の泣き顔で興奮はしているんだけれども!……それはともかく、こうなったからには仕方ない。ここから晴らしてやるよ!バッドエンドなんかで終わらせねぇ、病弱系ヒロイン千歳ちゃんを舐めるなよ!!!)
……守ると誓い、そのために力を求めた存在をただ見つめていた。
なんか書けたのでシュート!
ストックとかなしでも意外と二日や三日に一回くらいならやれるもんですね。
やってみないと分からないものだなぁ、そういう意味でもいい経験させてもらってますね。
それといつも感想、評価、お気に入りありがとうございます!本当にめっさ嬉しいので、出来れば今後ともよろしくお願いいたします。
ちなみに次回は旅行とか行くので流石にちょっと間が空きます。