TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!! 作:燕目
健気。
心の持ち方がよくしっかりしているさま。特に子供等の力の弱いものが困難なことに立ち向かっていくさまを指す言葉である。他にも勇ましく気丈なさまであったり、健康な様子を指す言葉であったりもするが、大体の人が健気と聞いて思い浮かべるのは一番最初に挙げたものだろう。
アンダードッグ効果や判官贔屓なんて言葉があることからも分かるように、弱者や敗者、持ちえぬ者の方を応援したいという心理は古今東西を問わず人間の中に存在する。そのためかこの健気という属性もまた創作物において根強い人気を誇る。健気なヒロインと聞いて好印象を持つ人はいても悪印象を持つ人は早々いないように思う。勿論、好みというものがあるもので一概に言うべきではないだろうが、様々な媒体の恋愛をテーマとした作品において健気なヒロインと呼ばれる存在が登場することが一つの答えであるように俺は思う。ちなみに健気という言葉の後には大抵一途なという言葉が続く気がする。誰だって自分のことを一心に思ってくれる子が好きだからね、仕方ないね。
健気という言葉は弱者という言葉と強く紐ついていることは先に挙げた意味を見ても分かるだろう。だが、この場合の弱者というのは何も能力や立場だけを指すことではない。例えば健気なヒロインが全て体が弱かったりするかというとそうではない。逆に健気と称されるヒロインの中には所謂スペックが高いキャラだって存在する。では、何をもって俺達のような存在はそのキャラ達を健気と評するのか、彼女達は何をもって健気なヒロインとなるのか。俺が思うに健気ヒロインを健気足らしめるのは、恋愛における弱さにこそあると思う。自分ではなく相手のことを想う、自分の幸せではなく相手の幸せを第一に思う。それは間違いなく美徳であり、称賛されてしかるべきことだ。しかし、こと恋愛のような他者との競争を含む物事においては弱さや敗因とされるものでもある。
相手のことを第一に考えるからこそ踏み込むべきところで踏み込めない、相手が望むのであれば自分の思いに蓋をして他者との恋を応援することさえある。ヒロインレースと称されることもある熾烈な戦いたる創作物の恋愛において、この利他の精神は致命的な弱点と言っても差し支えないだろう。しかし、それが分かっていてもなお彼女達は好きになった相手の幸せをただ思い、その中で苦悩し、時には嫉妬さえもする。だが、それでも彼女達は健気にも惚れた相手の笑顔のために全力を尽くすのだ。傷つくことになったとしても諦めずただ相手のことを想い続ける。それは弱さであると当時にそれを選ぶことが出来る強さの証明でもあるように俺には思える。
報われないかもしれないことに全力を尽くし、場合によっては自分で自分の首を絞めるようなことさえする。悪し様に言えば健気なヒロインというのは実に非効率的で非合理で愚かしい存在であると言えるだろう。しかし、だからこそその姿に俺達は感動し、そして好きにさせられるのだと俺は断言する。自分が傷つくことになったとしても、たとえ報われなかったとしても相手を思い続ける。言葉にするのは何と容易で、されど実行するのは余りにも難しい。誰だって傷つきたくない、自分の努力が無駄になって欲しくないそう思うのは当然のことだし、何も悪いことではない。しかし、彼女達はそんな当然を乗り越えて誰かを愛する。
人は自分にないものを求め、欲し、そして敬服する。彼女達は弱く、非効率で非合理で愚かだ。しかし、一体どれだけの人が愛のためにこれだけのことが出来るだろうか。ほとんどの人間はそんなことは出来ない、何度も言っているようにそれはおかしなことではなく当然のことだ。だからこそ、彼女達は強く俺達の心を打つのである。弱いのに強いそんな矛盾した存在こそが健気ヒロインであり、その矛盾に健気という言葉を俺達は敬意をこめて送るのである。
まあ、そんなどうでも良い話は置いておいて俺が叫びたいことはだ──敵わないと分かっているのに愛する人のために遥か格上の相手に決死の思いで立ち向かう的な展開って良いよね……ということである。その後にちゃんと救いがあれば完璧だ。
◇◇◇
天すら覆う鬱蒼とした森林。怪異によって一部が薙ぎ払われていなければ、太陽の光さえも遮るであろう深い森。そんな中で二つの黒影がぶつかり合う。
一つは木々の間を高速で飛び回り、天地を問わず四方八方から目標へと飛び掛かる千陽である。木々の間を目にも止まらぬほどの速度で駆ける姿は、さながら地上で瞬く雷光のごとく。
もう一つはその雷光の如き猛攻を当然のように迎撃する鬼哭と呼ばれる黒き鎧を纏った怪異である。その身は対たる陰の気を取り込んだことで、怪異としての肉体が揺らぎ始めている。その力は間違いなく、往時と比べれば減じている。されど、その身はかつて英雄と呼ばれた誰か。縦横無尽に跳び回り死角を突いているはずの千陽の攻撃、それを当然のように一振りでもって叩き落す姿からはそのような様子は一切感じられない。如何に稲妻が降り注ごうとそれを受け止める大地が傷つくことはないように、太刀打ちできる道理がない。これは刹那の拮抗。自身の体を省みぬ特攻を仕掛けている千陽と平常運転の鬼哭、この一瞬に賭けているものの差があるからこそ起こりえている奇跡。
「はっ──!」
体力、技量、気。その三点において、鬼哭は千陽を明確に上回っている。いかに弱体化していようと彼我の間に横たわる差はそう易々と覆るものではない。むしろ、この齢でここまでの大立ち回りを演じられている千陽が異常とさえ言える。
「──!」
裂帛の気合と共に繰り出される何度目かも分からぬ一太刀。千陽は常に怪異に対して攻め立てて続けている。否、攻め続けなくてはならないのだ。攻め続けることによって怪異からの攻撃を防ぎ、それによってこの攻防は成立している。一瞬でも手を緩めれば、足を止めれば、攻勢に転じた怪異の一太刀でもって少年はその短い生涯を終えるだろう。故に、その果てにあるものが地上で剣を構え、自身の奇襲を苦も無く捌き続ける化け物と同じ存在へと成り果てることだと知りつつも少年は止まれない。それは先ほどの戦いの再現だ。その結末もまた変わらない。少年は生きるために守るために己の全てを振り絞り、そしてその身は陽の気に満たされるだろう。成り果てる。成り果てる。少年は少年だったものへと成り果てる。──少年が一人で戦っていればの話だが。
「千陽!」
「~~~~!」
背後から打ち込まれたものによって怪異の動きが明らかに鈍り、その呻き声が森に木霊する。その隙を少年は見逃さない。
「──シッ!」
怪異が己の剣によって形成していた剣の結界の如き守り、それを掻い潜り少年の一撃が怪異へ初めて到達した。小さく、浅い。それだけで怪異を屠ることなど到底できようもない傷。されど、少年によって怪異へと刻まれた確かな傷。少年一人では成し遂げられなかった確かな成果。そう太陽たる少年は一人で戦っているわけではない、その側には火車を駆る太陰たる少女が共に居た。
「ヒーさん!このまま怪異の背後を取り続けて。私が陰の気で抑え込み続けられれば、千陽の負担も減るわ」
「そこは火車の名に懸けても何とかしますがね。お嬢は大丈夫なんですかい?!」
「大丈夫。千陽の陽の気が私を助けてくれてるもの。その逆もね」
太陰と太陽。互いに対の気を持ちえぬが故に、その身を自身の気でもって蝕まれるという宿痾を背負った存在。この世界の理から外れかけた異物。普通ならばそれぞれが出会うことなどほぼあり得ない。太陰の多くは生まれてすぐにその命を失い、太陽の多くは人として生き続けることができない。
しかし今この瞬間、太陰と太陽が出会い。そしてそれぞれが手を取り、互いを相補しあうという奇跡がこの場では成立していた。
「千陽!」
「千歳!」
陰の気によって停止していくはずの少女の体は平生通りに鼓動を刻み。その身もまた常ならぬ速度で再生していく。対する少年もまた陽の気によって過剰なほどに過敏となるはずの肉体は鎮まり、未だその目には少年としての光を宿していた。
太陰、太陽。本来ならそうあって当たり前の陰陽の調和を成し得ぬ異端者。しかし、この場において少年と少女は見事に二人一対にて陰陽を調和させ、共に在った。対たる気をほとんど持ちえぬ存在、それが太陰と太陽。だが、少年と少女は対を得た。己が太陽、己が太陰を彼らは見つけた。
二人一対。それが園城寺千歳と千陽という存在。故に少年と少女は怪異の前へと並び立つ。己が対を失った怪異の前へ、己が対を伴って。
「怪異とは誰かの成れの果て、貴方にもそうなるだけの理由があったのかもしれません。けれど、だとしても私は貴方を止めます。終わることも出来なくった貴方を止めてみせます」
「俺はそういうのよく分からない。けど、千歳を守るためにお前を斬る!」
「~~~~~~~~~~!!!」
三者の気が高まっていく。片や互いを補い合うような陰陽の気、片やただ荒れ狂うだけの陽の気。対を伴った者達と対を失った者。今を生きる者達といつかを生きた者。
そんな二人と一体が、再び激突した。
◇◇◇
眼下では千陽と鎧武者の怪異が剣を交えている。千陽の姿を私は目で追うことすらできない、辛うじて認識できるのは地面や木を蹴った時に起こる揺れと音が精々だ。
千陽の縦横無尽の猛攻を、怪異は対照的に泰然と構え受ける。千陽の四方八方からの攻撃を一つ一つ迎撃していく姿には、戦いや武術など欠片も知り得ない私が見ても感嘆とさせられる凄みがあった。しかし、その防御にも先程から綻びが見え始めている。
その最たる要因は私の主である園城寺千歳様だろう。常に怪異の背後へと回り込み続ける火車の背中から、幾たびも怪異に己が陰の気を打ち込み続けている。今この瞬間にも。
陽の怪異とは陽の気だけを持ちえるがゆえに不滅。そんな存在にとって陰の気とは追い求めるものであると同時に己を滅ぼす毒でもある。それをこれだけ打ち込まれれば、怪異にとっては紛れもなく致命傷だ。本来なら単独でここまでの陰の気を放てるものではない。陽の怪異と釣り合うだけの陰の気を個人で賄おうとすれば先ずもって体が無事では済まない。しかし、太陰という千歳様の体質、それを補う千陽という太陽の存在がこの状況を成立させているのだろう。火車であるヒーちゃん様の存在も当然だが大きい。ヒーちゃん様の機動力があるからこそ、怪異も簡単に千歳様へと攻撃を仕掛けてこれないのだから。千陽の存在は言わずもがなだ。
それに対して私はどうだ。私は一体何をした。精々が不格好な止血を施しただけではないか。今この瞬間だって、千歳様の手を握っているだけでなんの役にも立っていない。……先ほど千陽が千歳様に襲い掛かった時もそうだ。あの時、私は身を挺して庇わなければならなかった。それなのに私はあろうことか千歳様に庇われた……!衛嗣様の持たせていた式神があったから良かったものの、もしそうでなければ千歳様のお命は失われていた。その前の治療もそうだ。千歳様を助けたのは菖蒲先生の薬であって、私の治療ではない。私はただ側にいるだけだ。私は側仕えなのに、私は……。
「咲良ありがとう」
「……何を仰いますか。私は何も……」
「そんなことはないわ。今もこうして手を握ってくれているじゃない。私がどこかに行ってしまわないように、ずっと側でこんなにも力強く」
「そんなこと……私はただ側にいることだけしか」
「……こんなこと今言うことではないかもしれないけれど。私はそんなことだなんて思わないわ。だって、私は今こんなにも咲良のおかげで助けられているもの。咲良は側にいるだけと言うけれど、そんなことだなんて言ってしまうけれど。私にとってはそんなことがとってもとっても嬉しいわ。初めて会ったあの時からずっとずっとよ」
「千歳様……」
「だからね咲良。お願いがあるの。手を握って、もっと強くもっともっと強く握って。私が強くなれるように、私が千陽を助けてあげられるように。咲良が私のことを助けて、いつもみたいに」
……馬鹿か私は。自分が未熟な人間であるなど、特別な人間でないことなど理解していたはずだ。それなのに何を思い上がって、他人と比べて役に立てないなどと勝手に落ち込んで。全くもって愚か者にも程がある。
私は鳳条咲良。鳳条家の末の娘にして、園城寺千歳様の側仕え。ならば成すべきことを成せ。出来ないことを悔いるのでは無く、出来ることを考えろ。下を向くことなど私には求められてはいない……!
「承りました。千歳様、私は常に貴方の側に」
「ありがとう咲良。本当に心強いわ」
千歳様の手を握る。しっかりとしっかりと間違っても離れてしまわないように。強く強く何があっても離さないように。
この敬愛すべき主人の手を私は両の手で包み込んだ。
◇◇◇
園城寺千歳と千陽、二人の連携によって怪異は徐々にされど確実に追い込まれていく。しかし、二人の消耗も決して無視できるものではない、どんな結末にしろ決着がつくのはそう遠い未来ではない。
戦いはいよいよ最終局面へと移ろうとしていた。
(あぁ~~~~~!尊すぎますわー!!!無力感に打ちひしがれている咲良ちゃん可愛い!それにも負けず千歳ちゃんの手を握る咲良ちゃんマジ親友!!良いんだよ咲良ちゃん。特別な何かで役に立つことが全てじゃないんだ。例え今この瞬間、直接的には役に立っていなくても君は間違いなく千歳ちゃんに必要な存在なんだよ!!!)
………………戦いはいよいよ最終局面へと移ろうとしていた!!!
おかしいな…今回でサクッとバトル展開終わらせて、次回で締めのつもりだったのになんかズレたぞ…?
ま、まあどうせ次回で締められるしええやろの精神。
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