TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!! 作:燕目
恋愛における受動と能動。
人と人が出会うと関係というものが発生するが、これはヒロインや主人公においても例外ではない。どのような関係を構築するかは当人達の相性や出会い方によって異なるが、ヒロインや主人公と銘打たれている以上はなにがしかの関係がその間で構築されているはずである。そして関係が構築された以上はコミュニケーションというものが発生するものだ。日常的なものから恋愛的なものまで様々なコミュニケーションが二人の間で交わされるはずである。
ところで会話というものは聞き手と話し手がそれぞれ存在することで初めて成立する。どちらも相手の話を聞かずに話し続けたり、逆に相手に一切話しかけないような二人では一般的な意味での会話というものは成立し得ないだろう。会話というものがそうである以上、その会話を含む情報伝達の総称であるコミュニケーションもまた同じような性質を持つと言えるだろう。聞き手即ち受動的な存在と話し手即ち能動的な存在、どのような形式なものであれ基本的にこの構図が成立して初めてコミュニケーションというものが行われると言える。無論、これは固定化されるものではなく、コミュニケーションの中で入れ替わっていくものであるが。
さて、当然といえば当然だがこのような構図はヒロインや主人公の恋愛においても例外なく適用される。端的に言えば主人公が能動的に恋愛を展開する作品もあれば、その逆もまた然りということである。恋愛において攻める側、能動的な存在の優位性は言うまでもないだろう。無論、自分からアプローチを仕掛けて自爆し、あたふたするヒロインの姿を眺めることを楽しむラブコメというものも存在するが。多くの場合、異性から何らかのアプローチがあれば受けた側即ち受動的な存在というものは翻弄されドギマギさせられるものなのだ。まあ、攻めた側も攻めた側で精一杯の勇気を振り絞っていることもあるのだが、良いよね根性を見せるヒロインや主人公って……!
とまあ、このように絶対というわけでないが恋愛において自分からアクションを起こす側が有利なのは数多の恋愛をテーマとした作品を嗜んできた人間からすれば日月自明というものだろう。アクションを起こす側と起こされる側、両者の間には明確な力関係が存在し基本的にそれが覆ることはない。しかし、極稀にその力関係が逆転する瞬間というものが、恋愛物においては存在する。それは勇気を振り絞った末のものであったり、はたまた何気ないことの結果であったりするが。普段は攻める側が受ける側に回り翻弄されるという展開もまた確かに存在するのだ。そしてその後はいつもの三割増し位で受ける側が弄り倒されるのがお約束である。
ともあれだ言いたいことはただ一つ──いつもは余裕綽綽みたいな感じで攻めてる側が受け手に回って赤面したりする瞬間って男女問わずなんであんなに可愛い!!!ってなるんだろうねと言うことである。ギャップや緩急ってほんとに大事。
◇◇◇
園城寺千歳に引き寄せられた黒鎧の怪異、鬼哭。少年少女のいじらしい逢瀬にはあまりに無粋な存在。そんな無法者との戦いにもいよいよ終わりの時が近づいていた。
「~~~~~~~~~~!」
怪異が吠える。その叫びは空を震わせ、大地を揺らす。聞くものの魂にさえ届く、絶対的な死の宣告。手にした剣を振るえば山肌は抉れ、文字通り木が根こそぎに薙ぎ払われていく。
黒鎧を身に纏った巨人は今もってなお脅威であり続けている。だが。
「フッ───!」
そんな死の具現を打ち砕く存在がここには居た。
触れれば致命傷は避けられないであろう怪異の剣。並外れた身体を有するこの怪物から放たれる一撃はまさに嵐の如き密度と威力をもって少年に殺到する。その嵐を少年は至極当然のことのように貫き、怪異へと肉薄した。理性を失い、ただ対の気を求めるだけの存在へと成り果てたはずの怪異がまるで驚いたかのように呻く。最初の接敵では少年はこの嵐を超えられなかった。超えようと無理を重ねた結果があの始末。されど、もうあのような無様を少年が晒すことはないだろう。何故ならば、今この場には対たる少女が存在するが故に。
剣を切り結ぶ少年と怪異の頭上。怪異によって木々がなぎ倒されたことで生じた隙間から差し込む日光に照らされながら、白い少女が火車の背にて空を駆ける。光を弾くような白髪も今はくすみ、今日のために喜び勇んで用意した衣服は血や土に汚れている。ここまでの連戦、少なくない負傷。少女の身でなくとも満身創痍になるであろうこの状況、それでも白い少女は少女らしからぬ力強さで眼下の怪異を見つめていた。片割れには絶対の信頼を置く黒い少女、そんな少女に支えられながら園城寺千歳はもはや幾たび唱えたかもわからぬ言葉を紡ぐ。
一つ言葉を重ねるたびに少女から漏れ出るにはあまりに悍ましい黒が、その深さを増していく。それは少女が生まれた瞬間から背負った宿痾、死の象徴それ即ち陰である。太陰たる少女が静かにされど明確な敵意を持って、怪異へと死を贈る。
「~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
怪異とは対の気を求める。しかし、彼らは対の気を失ったが故に軛から逃れ、不滅を手にした存在。そんな存在が対たる気を、自身が持つだけの気と釣り合うだけのそれを送り込まれればどうなるか。理から一度外れたものに、もはや陰陽の内側に居場所はない。そも彼らの肉体は怪異になった時点で限界などとうに超えている。陽の怪異であれば陽の気でもって、陰の怪異であれば陰の気でもってその崩壊を押しとどめているだけにすぎない。ならば、その末路は決まっている。
よろめいた怪異に少年からの痛撃が突き刺さる。陽の気の権化たる存在にとって、この程度の攻撃は本来何ら意味を持たない。与えられた傷は即座に塞がり、飛ばされた首はその端から繋がり、朽ちた腕は瞬きの内に再生する。これが怪異、妖が存在するこの世界においてなお怪物と称される者達。されど、それは今この瞬間にその原則は適用されない。
少年によってつけられた傷は塞がらず、むしろその数を増していく。不滅のはずの肉体はその機能を失い、その肉体は端から朽ち始めていた。
戦いは終わりの時を迎えようとしていた。少年少女の勝利という形で。
「これで──!」
必殺の念を込めて少年が剣を振るう。通れば今の怪異にとっては致命となりうるであろう鋭さと重さを兼ね備えた少年渾身の一太刀。しかし、怪異に抗う術は既にない怪異としての身体は既に崩壊を始めている。もはや何の感情も示すことのないがらんどうの目が己に向かう剣を映す。怪異とはいつかの誰かの成れの果て、己を屠る最後の一撃にさえ本能的な防御以上のことを感じることはない。だから、まるでその一刀を迎え入れるかのように待ち受ける怪異の姿はただの偶然でしかなく。かくて、少年と少女の手によって怪異は──滅すること未だ叶わず。
なぜ怪異は未だに切り捨てられていないのか、その答えは単純だ。少年の手にしていた剣が、彼の師ともいえる園城寺衛嗣から贈られた剣が振り切られる中で砕け散っていた。衛嗣が粗悪品を贈ったわけでは当然なく、千陽が贈られたものを粗末に扱っていたわけでもない。単純に怪異との戦いが、何より使い手たる少年の身体能力が剣の許容値を不運にも上回ってしまったというだけのこと。ここにきてもなお世界はこの世界に生まれ落ちた時と同じように太陽の少年と太陰の少女に優しくはなかった。
目前に迫っていた勝利と己の武器の喪失、未だ経験の浅い少年の意識に一瞬の空白が生まれる。生まれてしまう。それを怪異は見逃さない。もはや消えることしかない身だとしても、本能に突き動かされるその躯体は対たる気を追い求める。最後の力を振り絞るかのような大跳躍、怪異と少女の間にあった空間があっという間に塗りつぶされた。虚を突かれた火車の離脱は間に合わない、少年もまだ空白の中にいた。
怪異の腕が振り上げられる。朽ちかけていると言えど園城寺千歳の痩躯を両断することなど怪異にとっては造作もないことだ。少女の抵抗もこの間合いでは間に合わない、その身を守る術はもはや存在しない。確定した死が白い少女へと迫る中、その間に黒い少女が躍り出る。
「咲良!?」
少女だけはこの一瞬に反応していた。それは側仕えという存在としての覚悟か、それとも愛する主人への愛ゆえか。怪異と主人の間にその身を滑り込ませ、庇うように前に立つ。しかし、少女の肉一つで止まるほど怪異の一撃は軽くない。真っ赤に弾ける少女が一人から二人に増えるだけで結末は変わらない。
それでも鳳条咲良に迷いはなく、躊躇うそぶりもなく必死の間合いに飛び込んだ。せめてもの抵抗と構えたのは実家を出る際に護身用にと贈られた短刀である。陰陽師である彼女の父から贈られただけはあり、そこには娘への愛を示すように守護の術が込められていた。怪異の攻撃に反応し発動する父からの愛。それでも怪異を前にしては余りにも頼りなく、精々が娘の命を数瞬長引かせる程度でしかない。鳳条咲良に向けた父からの愛。それが稼いだほんの僅かな時間。
されど、その愛が全てを繋いだ。
「あまりに無謀な行動だ。しかし、今はただ感謝を。ありがとう、君が千歳の側仕えで本当に良かった」
怪異の一撃を受け止めるのは少女達がよく知る腕だ。太く、硬く、大きく、そして温かいそんな腕。
「間に合ったとはいえないが、どうやら何とか最悪だけは避けられたようだな」
「お父様!」
「………よく頑張ったな千歳。千陽もよくぞ戦ってくれた。あとは私に全て任せなさい」
鳳条咲良への愛が稼いだこの数瞬。それを受け取り、少女達を救ったのは園城寺清嗣。園城寺千歳の父にして、園城寺家最強の男であった。
このあとの戦いにもはや語ることはない。既に死に体の怪異に園城寺清嗣ほどの術師に抗う術はなく、余りにもあっけなく決着がつくこととなる。
消え行く最中、怪異はただ少年と少女を見つめていた。少女を守るように前に立つ少年を見つめて、そして消えていった。怪異とは理から外れたいつかの誰かの成れの果て。理性も矜持もなく、ただ己が失った対を求めその果てにいつかは滅びるだけの現象のようなものでしかない。彼らが何かを感じることはなく、彼らが何かを思うこともない。故に最後の瞬間もそう見えているだけでしかない。少年を見つめているように偶々見えただけでしかない。だが、もし本当に何かの奇跡が起きて怪異が意思をもって少年を見つめていたとしたら。鬼哭は一体どのような気持ちで見つめていたのだろうか。己とは違い守るべきものを守った少年を彼は──それを知る者も知る術ももはやない。鬼哭の元となった英雄も彼が守ろうとしたものも全ては歴史の波の中へと消えていった。かの英雄は結局、何も残せなかった。彼の生涯は何の意味も成さなかった。
(こんなんじゃ駄目だ………俺はもっともっと強くなる。千歳を守れるくらいに……!)
(今回の件で痛感した。私には足りないものが多すぎる。側仕えとして、あの方を支える人間として足りないものが……!……学ばなくてはならない医学を筆頭に様々な学問をあの方の隣に立ち続けるために、お役に立つために)
案外そうでもないかもしれない。ともあれ、かくて風雲急を告げたお花見は終わり、少年少女は無事にその日常へと帰っていく。それぞれがそれぞれの思いを胸にして、明日へと進んでいく。
(あぁ~~~~~!!!えがっだぁぁぁ、咲良ちゃんが怪我とかしなくて本当に良かったあぁぁ。やっぱりファンタジー要素があるとこういう突発のバトル展開が怖いよね!まあ、かなり予想外の展開だったが、これはこれで美味しい展開を多数摂取出来たしヨシ!千陽君に切られたところ、これ多分傷跡残るよなぁ……。キャッ!傷物にされちゃった!体の傷を気にしてる系ムーブまで出来るなんて、やったね千歳ちゃん!ムーブの選択肢が増えたよ!)
………………それぞれがそれぞれの思いを胸にして、明日へと進んでいく。
◇◇◇
「ちとせ、こんなよるにそとにでてからだはだいじょうぶ?」
「ありがとう千陽。けど、これくらいは大丈夫よ。というかお父様や兄様が心配しすぎなの。あのお花見以来ね」
園城寺家。その一角にある庭に向かって少年と少女が連れ立って進んでいく。
「それにしても千陽は喋り方もとに戻っちゃったのね。いや、今のも可愛らしくて好きだけども。あの時のも素敵だったわ。男の人って感じで」
「?」
「ふふっ、千陽はどんな喋り方でも素敵ねってことよ」
淡い月明かりにさらされた少女の肌には止血や傷の保清のためであろうかあちこちに白い布が巻かれている。そうでない部分にも小さな傷が見え、父兄が心配するもの無理からぬ有様であった。
「血は止まっているのだし、屋敷の中を歩く位は許して欲しいものだわ。今だってこうしてコソコソと抜け出してきているわけだもの」
「さくらがあとでこわい」
「…バレないようにさっと帰りましょうね」
あの怪異との戦いから早数日。自身の対たる千陽の存在、そして蛇田菖蒲の献身的な治療によって園城寺千歳は順調に回復し、こうして少し歩く程度ならば支障がない程度には持ち直していた。まあ、それでも未だ内外問わず体には陰の気を使い過ぎたことによる弊害が残っており、蛇田菖蒲を筆頭に関係者は胃を痛めているのだが。
「なんでわざわざここまでする?」
「……だって、折角千陽と一緒に桜を見に行ったのにあの時は全然見れなかったもの。私は気が付いたら家に帰っていたし。だから、どうしても一緒に見たかったの。流石にあの山まではいけないから、こうして家の庭の桜だけども」
少年と少女の目の前に見慣れた桜が現れる。柔らかな月の光の下で美しく咲き誇るその姿は昨年と何も変わらない。
「うん。今年も立派に咲いてくれたわね。新鮮味にかけるのが、少しだけ残念だけれど」
「そうかな。おれはこのさくらすごくすきだけど」
「別に私も嫌いではないのよ?ただやっぱり山で一緒に千陽と見たかったなって、そう思っただけ」
「だったら、らいねんまたいけばいい。そうでしょ?」
「………………そうね。そうよね」
来年の約束を当たり前のようにする少年に少女の目の端に涙が浮かぶ。怒りや悲しみによるものではない、嬉しくって、その優しさがどうしようもない程に嬉しくって。
「ちとせ!?どこかいたい?」
「ううん。違うの少し風がね」
枝から花弁が舞い散り、地面から花弁が舞い上がる。桜色の風に包まれているかのような錯覚さえ覚える光景。吹き荒れる風によって雲も散り、空には何に邪魔されることのない満点の月が淡い光を湛えていた。
「今日も月が綺麗。……ねぇ、千陽。去年話したこと覚えているかしら?」
「つきがきれいってやつ?」
「そう、あれには定番の返し文句があるの。あの言葉を贈られた人はね、私は太陽の方が好きですって返すんですって」
「???」
「ふふっ、千陽にはまだまだ早かったかしら。そうね、いつか千陽がこの言葉の意味を分かる時が来たら、その時は私に言ってくれるととっても嬉しいわ。……約束よ?」
「わかった。けど、自信ない」
「……どうして?」
「だっておれはたいようよりつきがすきだから。つきはちとせみたいにやさしくてやわらかくて、だからすき」
「───」
「ちとせ?かおがあかいけどほんとうにだいじょうぶ?」
「えぇ、本当に心の底から大丈夫。だから、心配しないで。それと補足をしておくとね、去年も言ったけど月が綺麗ですねは男性から女性への文句なの。だから、それに対する返答の太陽の方が好きは主に女性が言うのよ」
「なるほど!それならだいじょうぶ!つきはすきだから、けどいみってなに?」
「さぁ、何かしらね」
少女が月明かりの下、桜吹雪の中で舞う。傷だらけの痛々しいその姿にそれでも少年は去年と同じように、いやそれ以上に綺麗だなと思うのだった。どうして、去年以上に綺麗だなと思うのかはまだ少年にはわかり得ぬことではあったが。
これは少年少女の恋物語。宿痾を背負った少年少女のどこにでもあるありふれた恋のお話。
(ンオッ!今の良過ぎてイグッ!!!)
………………これは少年少女の恋物語。宿痾を背負った少年少女のどこにでもあるありふれた恋のお話。
そしてとある阿呆が病弱系ヒロインになるまでの物語だ。
第一巻カン! ヨシ!!!
さて、これにて一旦一区切りということにさせていただきます。
ぶっちゃけると続けようと思えばここからなんぼでも書けます。
ただそうなるとどうしても内容が薄くなりそうだしなあということや、これ以上はノリと勢いだけだとエタるなという予感がビンビンにしたんですよね………。
そのため文字数的にも区切りが良かったこともあり、ここで打ち止めということにさせていただきます。
完全にノリと勢いだけで始めた本作でしたが、思った以上に好評を賜り日間ランキング入り等々素晴らしい経験をさせていただきました。
どれだけの方がここまで読んでくださるかは分かりませんが、改めまして読者の皆様の優しさと寛大な心に感謝を。
本当にありがとうございました!
少しでも楽しい、可愛い、面白い、気持ち悪いと思っていただけたなら幸いです。
また、何か気が向いた時や思いついた時は書こうとは思っているのでその時も温かく見守ってくださると幸いです。
それではとある阿呆の怪奇譚は一旦ここまで。お読みくださり本当にありがとうございました!