TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!! 作:燕目
不可能。
できないこと、可能でないことを示す言葉である。不治の病という重い設定を背負わされがちな病弱系ヒロインとは縁の深い言葉であり、治らないなどまだいい方で場合によっては明確に死が待っているという場合さえある。
避けられない苦しみや終わりがある中で、主人公やヒロインそしてそれを取り巻く人々がどのように日々を過ごし、そしてどのようにして終わりに受け入れるのかというのは、病弱系ヒロインという題材を描く上で避けては通れないものであると言えるだろう。
ハッピーエンドにしろバッドエンドにしろここをないがしろにしていると個人的には少し悲しくなる。特にヒロインのキャラデザが好みだと更なりである。
まあ、短く言うと──病弱系ヒロインのために不可能だと理解しながらも奔走する人達って良いよね…それが普段は冷静なキャラだったりするとなお良いよね……。
◇◇◇
「千歳様あと少し、あと少しですよ!」
「…………咲良ぁ」
「そ、そんな目を向けられましてもお助けはしません。これは千歳様のためのお薬なのですから」
「うえぇぇぇ……」
その端正な顔を歪ませながら、心底嫌そうに薬湯を飲む千歳ちゃんはただ風邪でも引いてしまった子供のように見える。それを真剣な顔で応援する咲良ちゃんは姉だろうか。この2人は出会ってからまだ一年と少し程度の関係だが、見ているとまるで仲の良い姉妹のようでこちらも温かい気持ちになる。
お薬を嫌がる妹とそんな妹を心配し応援する姉。そんなどこにだってある普通の、けれど穏やかで尊い光景。千歳ちゃんの髪が白く、その身から漏れ出るこの異常な陰の気さえなければそれで終わるのにと往診の度に思ってしまう私がいる。
千歳ちゃんは幼い頃からよく知っている子だ。私の師匠が千歳ちゃんの出産に立ち会ったという縁もあり、まだ見習いだった頃から師匠の助手という形で往診には何度も訪れていた。師匠から担当を引き継ぎ、正式に担当となってからはより一層縁が深まったように思う。単純に会う頻度も増えたし、何より千歳ちゃんについて考える時間も自分の中で増えたからだ。
だからだろうか、私の溜息が増えたのは。元から幼い頃というより赤子の頃から知っている子だ。情がわかないはずもない、まして千歳ちゃんは愛嬌のあるかわいい子である。
まだまだ見習いだった頃から私のことを『菖蒲先生、菖蒲先生』と舌足らずな声で呼んでくる姿にはとても癒されたものだった。他にも往診の際に師匠に怒られて凹んでいる私の頭を、必死に背を伸ばしながらその小さな手で撫でてくれたことは一生忘れないだろう。……その時の感じた手の冷たさも。
陰の気とは決して不浄のものではない。私だって治療の際に陰の術を使い止血や傷口の保護、苦痛の軽減などを行うことだってあるし、他にも食材の保存等など様々なことに使われている。千歳ちゃんに関して問題なのはその量と陽の気と均衡が取れていないことだ。気の制御を行えない人間が陰の気を持っていても普通に生活できているのは、それと釣り合うような陽の気を同じく持っているからだ。
陰の気の性質を陽の気が打ち消し、陽の気の性質を陰の気が静める。この均衡があるからこそ、多くの人々の体は正常に成長し、維持されそして老いていく。陰陽互根、陰と陽は互いに反発しながらも互いが互いに存在することでその存在を維持することができるのだ。
しかし、千歳ちゃんの場合はそれが成立していない。持って生まれた陽の気に対して陰の気が強すぎるためだ。体内の陽の気で打ち消しきれない膨大な陰の気によって、体内のありとあらゆる機能が阻害され、そして失われていく。
最も体が弱い赤子の頃を何とか乗り越えたこと、定期的に陽の気を外部から補充することで今現在は小康状態を保てているものの、その状態がいつまで保つのか私にだって分かりはしない。もしかしたらこの次の瞬間にもどこかの臓腑が停止する可能性だってある。それほどに致命的なのだ、ここまで破滅的に陰陽の均衡が崩れているということは。
「…!……ッ!…………!!!」
「千歳様!あとは飲み込むだけです千歳様!!」
泣きそうな顔で口に含んだ薬湯の最後の一口を飲み干そうとしている姿を見ると、とてもそんな風には思えない。けれど、この笑顔が一体どれほどか細い糸の上で成り立っているのかを私は知ってしまっている。そしてその糸から落ちた時、この少女がどうなるのかも。
この世の万物には陰陽の気が宿っている。その量や正常な比率はそれぞれに異なるが、どちらかだけを持つ存在というのは基本的には存在し得ない。人間だろうとその他の動物だろうと、妖だろうとそこに例外はない。
しかし、そんなこの世の理から外れた、まともではない存在というものもまた確かにいる。陰陽の理を外れ、和合を永遠に失ってしまった存在。陰と陽そのどちらかだけに染まり切った化生の類、私達はそれを怪異と呼ぶ。
陽虚すれば陰実し、陰虚すれば陽実す。また、その逆も同じである。陰陽は本来なら、そんな風に互いが互いにつり合いが取れるように増減を繰り返していくもの。しかし、千歳ちゃんのような特殊な事例の場合それが正しく行われず、どちらか一方の気だけが際限なく大きくなっていってしまう場合がある。……その果てに待っているのがただ死ぬだけならばまだ良い。しかし、もしただ死ぬことも出来なかったら?千歳ちゃんが怪異と呼ばれるような存在となった時、私はこの子を……私は……。
「菖蒲先生!」
「……ッ!何かしら?!」
「その薬湯が飲めたからお伝えしようと思ったのだけど……先生大丈夫?」
「え、えぇ。もちろん大丈夫よ。ごめんなさいね、急に大きな声を出してしまって」
「大丈夫なら良いのですが……。そうだ!咲良、先生に甘いものをお出ししましょう!疲れた時には甘いものが一番だもの」
「千歳様がお口直しされたいだけでは?」
「そ、そういう言い方もあるかしら?!」
「……承知いたしました。薬湯も何とか飲んでくださいましたしね」
困ったような笑みを浮かべながら咲良ちゃんが部屋から出ていく、その背を見送る千歳ちゃんの目には眩いばかりの光が見えた。よほど口直しのお菓子を食べられるのが嬉しいのだろう。幼い頃からずっと飲んでいるのにまったく薬湯に慣れない子だなと思いながら、往診の度に見る光景につい吹き出してしまいそうになる
「良かった」
「そうね。お菓子食べられて──」
「いえ、そのそうではなくて!いや、それも嬉しいのだけれど!その……先生が笑ってくれてよかったなって」
なんだかお疲れのようだったからといつものように微笑みながら話す千歳ちゃんの姿に、私は言葉が出そうになかった。医師が先に諦めてどうすると、師匠に怒られてしまうところだ。
そうだ最悪だけを考えてどうなるというのか。この子は既に一度奇跡を起こしている。だったら、もう一度がないなんてことがあるはずがない。あっていいはずがない。
「先生?」
何も言わずその小さい、あまりにも小さい体をひしと抱く。やはり冷たい、普通の子供の体よりずっとずっと冷たい。けれど、僅かにそれでも確かにそこには千歳ちゃんの温もりがあった。冷たさではなくこの温かさを刻み込もう。忘れないように、失くしてしまわないようにしっかりと刻み込もう。また迷ってしまった時、しっかりと思い出せるように。ただこの温かさだけを思い出せるように。
「千歳ちゃんは何か夢とかあるかしら?」
「……笑いませんか?」
「勿論」
私に抱きしめられて縮こまった体が更に小さくなる。普段は白い顔を真っ赤に染めながら、千歳ちゃんは先を語る。
「素敵なお方と……その夫婦になりたいなと」
「そう、それは……それはとてもいい夢ね」
それから私と千歳ちゃんはこれからの話をした。来るかどうか分からないではない、私が来させる未来の話をそれはもうたくさん。
溜息はもう出なかった。
(担当の先生との親密度アップイベント来た!これ絶対イベントCG!イベントCGあるやつ!やっぱり病弱系ヒロインやるならこの手のイベントは外せないよなぁ!!!)
感想、お気に入り登録ありがとうございます。
こんなに貰ったことがないので驚いておりますが、とてもうれしいです。
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怪異
この世界の存在なら両方持っているはずの陰陽の気、そのどちらかを完全に失ってしまった場合になり果てる存在。逸理や理離の存在などともよばれることもある。
妖等も普通に存在している世界において、化け物と称される存在であり、気を持つ存在なら誰だろうとなんだろうと成りえる。
陰陽のつり合いが完全になくなったことで全うな生物としての知性や理性は失われ、ただ己にない片割れの気を求め彷徨い続ける。
本来ならその性質を打ち消し合う片割れの気がなくなったことで残った片割れの気の力が高まる傾向にあり、それ故の強さもあって厄介な存在としてこの世界では恐れられている。
まあ、多くの場合片方の気が完全に失われるまでに死ねるので滅多に産まれるようなものではない。
陽極まれば生に縛られ、陰極まれば死を奪われる。この世界の普通とは異なる存在。
ゆえに怪異。怪しく異なる化生のものである。
蛇田 菖蒲
千歳ちゃんの担当医。またの名を被害者その3
非常に優秀な人物であり、若くして医師としての試験を突破し施薬府に登用された。
幼い頃から千歳ちゃんを知っていることもあり妹のように思っており、このまま健やかに育ってほしいと心の底から願い、そのために努力も惜しまない聖人。
千歳ちゃんは本気で土下座した方が良いと思う。
女医さんだからというわけではないが、中々のナイスバディであり千歳ちゃんからはそういう点も含めてグッド病弱系ヒロイン賞サブヒロイン部門を授与されている。
本当に謝った方が良いと思う。