TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!! 作:燕目
出会い。
主人公とヒロインが出会うシーンというのは言うまでもなく重要である。劇的なものであれ、平凡なものであれ、鮮烈なものであれ、退屈なものであれ、どんな形だろうとこの出会いがなければ二人の物語は始まらない。
日常の一ページの中で偶然出会うも良し、一生涯にわたって忘れられないような非日常の中で運命に引き寄せられるように出会うも良し、出会いのシーンに個人個人による好みはあったとしても正解、不正解というものはない。そういった前提は理解しているし、心の底から俺だってその通りだと思っている。
しかし、あえてそれを理解した上で俺の好みを叫んでもいいのならば──病弱系ヒロインと主人公の出会いとはとびっきり運命的で、鮮烈で、劇的で、決定的で、それこそ互いにとって人生を変えるようなそんな出会いが良いと思うのだ。
◇◇◇
その赤子は捨て子だった。親が死んだのか、それとも何かの理由があって捨てられたのか。当人たる赤子さえ知らぬ以上もはや真実は誰にも分からぬことだが、確かなのは彼は乳飲み子と呼ばれるような齢の頃に捨てられたということである。未だ己の名すら口にできぬような存在が生きていけるほどこの世界は甘くない。不運なことに彼を助けるような優しい誰かもいなかった。
普通ならば彼はそのまま名も知れぬ赤子として、誰にも気づかれぬまま朽ちていく。その筈だった。しかし、幸運なことに……いや不運なことに赤子は──普通の存在ではなかった。
泣き叫ぶ赤子の周囲に満ちるのは夥しいまでの陽の気であった。死を象徴する陰の対極、すなわち陽とは生の象徴に他ならない。であるならば、それと釣り合うような陰の気を持たぬ赤子が死なぬのは……死ねぬのはこの世界において当然のことであった。
陰の気は負のエネルギー。ありとあらゆるもの例外なく、過剰な陰の気はその持ち主の生命や身体活動さえも緩慢にし、衰退させ、停滞させ、結果として死に至らしめる。
その対極たる陽の気とは正のエネルギー。ありとあらゆるもの例外なく、過剰な陽の気はその持ち主の生命や身体活動を際限なく鋭敏にし、活性化させ、加速させ、結果として生を与え続ける。
赤子の泣き声がより強く、より激しくなっていく。陽の気によって強化された五感が、それによって捉えられる全てが彼を苛んでいるのだ。光が、風が、熱がありとあらゆるものが、幼い身では受け止めきれぬ程の量と質で与えられ続けている。
しかし、死ねない。その身は正の象徴たる陽の気によって覆いつくされているがゆえに。生まれ落ちた瞬間に死を与える陰の気とはまさに真逆、正の気は生を与え続けるのだ。例えそれを彼が望んでいなかったのだとしても。
泣き声が響き続ける。しかし、それに応えるものは終ぞ現れることはなかった。
生まれた瞬間からその身を生によって蝕まれながら、赤子は生き続けた。光に眩み、風に震え、音に怯え、感じるこの世の全てが彼を苛んだ。しかし、それでも身を守るように襤褸を纏い、泥水を啜り、土を舐め、雑草を食みながら赤子は生き続けた。
いつしか赤子は少年と呼ばれるような齢へと成長を遂げていた。その身は溢れんばかりの陽の気でもって、年齢に見合わぬほどに強靭であり、俊敏であり、堅牢であった。
自身の身の丈を超えるような獣の首を容易くへし折り、空を飛ぶ鳥を礫でもって撃ち落とし、時には妖とさえことを構えることもあった。それでも赤子の時と同じように少年は死ななかった。赤子の時と変わらず、彼はただ生き続けた。その身をこの世界でもって灼かれながらも、彼は赤子の時と同様に死のうとだけはしなかった。それは死ねないと既に諦めていたからか、それとも死にたくなかったからのか。少年にも分からぬことであった。
生きて、生きて、少年はただ一人で生き続けた。その身を包む陽の気が、その力によって蝕まれた体が、少年に誰かと歩むことを許さなかったのだ。
たった一人で誰に名を呼ばれることもなく、ただただ苦痛の中で過ごす日々。そんな日々を過ごす中で少年は自身の異変に気付き始めた。何かが、自分には足りない何かが欲しいという欲求がとめどなく溢れてくるようになったのだ。
少年は知らぬことであるが、それは怪異になり果てる前兆であった。ただ己が失った対の気を求め続けるこの世の異物。理の中で死ねなかった者たちの成れの果て。普通ならばこうなるまでに死ぬ。どれほど陽の気に溢れていようとも飯を食わぬば死ぬ。呼吸が出来なければ死ぬ。再生不可能なほどの傷を受ければ死ぬ。老いれば死ぬ。
三才、気は肉体と魂と共に生物を構成する一要素に過ぎない。気とは夢や魔法の力ではない。夢のような力であっても、夢そのものではなく。魔法のような力であっても、魔法そのものではない。故に死ぬ、死ぬはずであった。しかし、少年は生き続けてしまった。それは偶然か、それとも執念か。どちらにしろ、結末は変わらない。
少年は本能のままに育った山を下り、自分の中にある何かが求めるものがある方向へとただひたすらに駆けた。
こうして一人の少年は成り果てる。ただ自身にないもの、陰の気を求め続ける怪異へと成り果てる。苦しみの中、ただ懸命に生き続けた果てに待っているのはあまりに惨い結末である。
しかし、赤子の時と同じように少年の叫びに応えるものがいるはずもない──はずであった。
「あなた大丈夫?凄く辛そうだけれど」
少年が飛び込んだ先には白があった。これまでの人生に溢れていた彼の身を焼くような強烈なものではなく、生まれて初めて彼を包み込んでくれるような優しい白。
この瞬間を少年は例え理性なき怪異に成り果てようと忘れないだろう。
「先ずは自己紹介よね。初めまして、私は園城寺千歳というの」
その日、少年は──対とであう。
毎回投稿する度にドキドキが止まらない。
それと皆さん拙作に過分なご評価ありがとうございます。本当に嬉しいです。
※今回は副音声を切っています。