「ハァ、ハァ!……しぶといな……ッ」
「はぁ、はぁ!……こちらの……台詞だっ」
互いが互いに、一瞬に全力を掛けたが故に生まれた、奇妙な空白。
息を整えつつ討つべき敵を睨みつけながら。
「……ふっ」
ふと、禪院扇から笑みが溢れる。
「貴様……何を笑っている」
「いや何……命が掛かっている、油断すれば死する、それは分かっているのだがな……」
「腹の底から、心尽きるまで誰かや何かを呪うというのはーー思いの外楽しいのだと、気付いてしまってな」
思わず、きょとんと一つしかない目を見開く漏瑚。
「……貴様、人間などで居るより、呪霊のほうが向いているのではないか?」
「かも、しれんな」
自嘲気味に笑う禪院扇に対して、あくまで警戒は緩めず、隙を見せれば遠慮なく殺す意思は途切れないながらも、漏瑚は禪院扇との談笑に耽る。
「くくっ、いっそ本当にこちらへ来るか?」
「……本気か?」
「あぁ、貴様の言が、本当に心の底から出た言葉ならな」
そう言えば、人間に対して自らの理想の語ったことは、あの額に縫い目のある人間を除けば一度もなかったなと思いおこしながら、呪霊・漏瑚はつらつらと語りだす。
「滑稽とは思わんか?腹の底に己の心を押し込め、虚偽・虚飾に塗れた社会を”現実”と呼び、ただそこにあっただけの過去を美化し、ハリボテの現在を維持し、何も変わらない未来へ何も考えず歩くだけの今の人類は」
「……」
「我ら呪霊は人の感情の現れ。即ち我々こそが人類があるべき本来の姿……そう、我々呪霊こそが、本来霊長として世界に存在するべきなのだ!」
「それは、違うな」
「……何が違う?」
「私は貴様よりも弱い。だが、貴様と戦えている。それは、私が『人間』だからだ」
「なんだと?」
目の前の男が自分よりも弱い。
それは確かに、漏瑚自身も感じていたことだった。
呪力量、呪力出力、共に自分のほうが上回っている。呪力制御は向こうの方が業腹ながら上であることを認めざるを得ないがそれも誤差の範囲内。奴の操る氷結ならば自分の炎にも対抗出来るようだがそれも呪力効率の悪い術式反転を用いた結果辛うじてというもの。
それでも何故か自分は目の前の男を焼き殺しきれない。感覚と現実の錯誤を言語化出来ない違和感が、確かに漏瑚の中にもあった。
「私は人間であるが故に、過去の先人たちが築いた歴史から学ぶことで戦い方を研ぎ澄ますことが出来た。私が今こうしてここで戦っているのは、ここより先の未来で生きる人々の暮らしを尊いものだと思うからだ」
禪院扇の頭に真っ先に浮かぶのは、自らの血を引いた、願わくば呪術師になどならずに済めばと思いながらも、結局は呪術師としての道を歩むと決めてしまった娘たちの姿。
長く自分を支えてくれる妻、自らに呪術の教授をねだる若人、友人、知人、血縁……。
「人が人たる所以は、呪いではない繋がりを持てること。
心を持ち、心を尽くし、心を伝え、心で応える。
過去から未来に、遍く
……湧き上がる衝動もまた心ではある。その心に従って生きることは確かに楽しいだろう。
だがその心を押し殺してでも、守りたいものがこの世には溢れているのだ」
「……下らん。聞けば聞くほど反吐が出る話だ」
「貴様らとてそうではないのか?」
「何?」
「貴様ら呪霊も、徒党を組んだと聞いている。それがたとえ、五条悟という『例外』に対処するために始まったものだったとしても、そうして同じ目的のために集い、言葉を交わし、力を合わせ……心を通わせることに、喜びは本当になかったのか?」
「ーーーーー」
「……『なかった』、とは言わんか。
くくっ、皮肉なものだな。呪霊としての本能を持ちながらも、自我を得て、知性を得て、その先にある姿がーー今いる人類と、同じカタチを象るとは。
私からすれば、貴様らの姿の方こそ……滑稽に見えるな」
「っ!!!」
胸の内に湧き上がった『何か』を振り払うようにーー呪霊・漏瑚は掌印を結ぶ。
「ならば話は終わりだ!!呪霊としての儂の力と!貴様の人間であるが故だという力!どちらが上かコレではっきりとさせようではないか!!!」
「領域展開・蓋棺鉄囲山」
領域展開。
呪術を扱うもの達が術を極めた果てに辿り着く奥義の一つ。
それを会得できるものはほんの一握りである希少性、また行使には莫大な呪力の消費と一定時間術式の仕様が不可能になるという危険性を内包するものである。
だがその効果は絶大。
領域内において、所有者は自らの実力を一時的に全力以上に引き上げることが可能となり、更に領域内における呪術を『必中』とすることが出来る。
「貴様が大仰に語った『縁の和』とやらで、コレを防いでみせるがいい!!!」
「極ノ番・隕」
極ノ番。
領域展開に準ずる、術式に刻まれた奥義をそう呼ぶ。
術式の理解と扱いを極めた結果辿り着く、その術式における最大出力、あるいは最大の効果を発揮する状態が極ノ番の称号を冠する。
領域を以て自らの一撃を『必中』となる前提を敷き、極ノ番を以て『必殺』とする。
火山の呪霊、漏瑚が強いる『必中・必殺』。
これを破るあるいは凌ぐことが出来る術師など、現代の異能・五条悟を除けば、その数は極僅かであろう。
「凄まじい力だ」
禪院扇を覆っていた炎が潰える。
眼前の圧倒的な力を前に、現実を受け入れ、ただ死するのを是としたか。
否。
「だが、この程度で私を……人の紡いできた『歴史』を殺しきれると思うなら、やはりそれは傲りだぞ、呪霊」
呪力の強化を抑えたことで、皮膚は焼け、身につけていた衣服にも火が移り始める。
「領域の必中効果……それは裏を返せば、呪いは必ず
焼け付き爛れる自らの肉体を一切意に介することなく、手にした刃ーーその
「極ノ番・残火の太刀」
激突した炎が爆発し、内側から領域を破界した。
「………………」
「………………馬鹿な」
信じられない。
自らの、正真正銘全身全霊を受け止めた、人間。
その存在を目の前にして、体の力抜けそうになるのをどうにか押さえつける。
だが何ができようというのか。
領域を使ったことで術式は焼け付き、加えて極ノ番を重ねたことで完全に呪力は空。
どうにか戦いの構えだけは取っているが、まともに腕を振ることすら叶わない体たらく。
「…………?」
一太刀でも振るわれればそれで終い……しかし、その時が一向に来ないことで流石に漏瑚も不審を抱く。
辛うじて余裕を取り戻した漏瑚が件の人間に目を向ければ、向こうは向こうで、刃を構えては居るものの、それを振るうべく近づいてきすらしない。
よくよく注視してみれば、刀を握る手も、肉体を支える脚も、僅かに震えているのが見て取れた。
「……ちっ。お互い、限界か……」
「……誤魔化すのは、無理があったな」
互いに、一歩動くことすら難しい疲弊の中で、矜持だけでこうして立っている状態。
不思議な気分だった。
忌々しいようでいて、同時に壊れない人形で思う存分遊んでいるような楽しさがあり、とっととくたばれと思ってはいるが、同じくらいもう少しだけ続いてくれればとも思う。
「……漏瑚だ」
だからかもしれない。そんな気まぐれを起こしたのは。
「……何?」
「儂の名だ」
「……何故?」
「ふん、意味などない。強いて言うなら、己を殺す者の名くらい知らせておいてもいいか、と……そう思っただけだ」
「……そうか」
次回!次回で本当に終わります!