ペニー・パーカーに幼馴染を生やして曇ったり曇らせたりする話 作:血袋
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕の母さんは、僕が10歳の頃に亡くなった。病を患ったことが原因だ。
三十二世紀となっても未だに治せない難病があるという医学の限界を恨んだのと同時、その一年前に両親を喪っているペニーの痛みを半分でも理解できたことへの不謹慎な喜びを抱いてしまったことは、誰にも言わず墓まで持っていく所存である。
別に湿っぽい話がしたいんじゃない。何が言いたいかっていうと──僕にとって、ペニーと共有できるものは大切なものってことだ。例えば、機械の話なんかは特に。
「坊主、良いロボットだな! そんなもん何処の会社が売ってた!?」
「残念だけど非売品だよ。似たものが欲しければ、今後ともオズコープ社製品をよろしく」
今は何をしてるのかって? レスキューロボットを操作して、事件現場の災害救助ボランティアをしているところ。
双腕の油圧アームを備えたクローラー式の機体が、瓦礫をポイポイと撤去していく。僕のような子供にも持ち運べる程の小型だけど、パワーは人間の十倍。良い出来だ。
というのもコレ、実は前回のレスキューロボットコンテストで僕とペニーが作り上げた一品。
あの時間は楽しかった。爪の先ほどしかない大きさのパーツ一つのことで意見が分かれて口論になったことすら、かけがえのないひと時だったと思える。
機械をいじるのは好きだ。機械は無駄口を利かず何時間でも黙って付き合ってくれるのが良い。その時間をペニーと共有できるのが、とても良い。
そして、そんな機械いじりの趣味を他にも転用したくて考えたのが、こういう災害ボランティアへの参加ってワケだ。
あえて何度でも言うけれど、この街はカスだ。治安が悪すぎる。終わっている。そんなカスの街だけど……僕の愛する父や幼馴染が暮らす、特別な街でもあって。
街の平和のため、何かしたい。そう思って、僕は悪党が暴れた各地に赴き、こうしてロボットを駆り、警察や自警団だけでは手が届かないところの手助けをしている。
……もっとも、平凡な人間である僕にできるのは、こういう対症療法だけ。
災害を起こす
「しかし、今回も
「スパイダーのおかげで、この程度の被害で済んでる。感謝しないとな」
「何者なんだろうな、スパイダーって。正体を明かせば、企業からの支援も得られるだろうに」
僕と同じくボランティアに勤しむ人々の口に上る名前、スパイダー。
それは、このニューヨークで悪党が暴れた時に決まって現れる謎の機体。僕やペニーが生まれるよりも前から街の平和を守り続けているらしい、スーパーヒーローだ。
丸い胴体から細長い手足が伸びる、独特の形状をしたロボット。パイロットは未だ不明。
多種多様なガジェットを扱う他、まるでクモの糸のような物体を発射して空中を飛び回り、悪党を拘束する。その姿から、ニューヨーカーたちにスパイダーと名付けられた。
僕が今ボランティアに来ているここも、今朝からドンパチ派手に暴れていたギャングの一集団をスパイダーが制圧した地点らしい。
全く恐れ入る。最新の武装で固めたギャングどもを単身で一網打尽にしてしまうとは、それほど高性能な機体を操っているのか──
「──それとも、強大な敵にも一人で立ち向かえる勇気を持った、正真正銘のヒーローなのか」
きっと、その両方ってところなんだろう。未知のテクノロジーを武器に、孤独に悪と戦う勇猛なヒーロー……まさしく、これ以上ない特別な存在だ。憧れる。
「正体を突き止めたら、専属メカニックとして雇ってもらえたりしないかなぁ」
街を守って戦うヒーロー。その仲間になれたのなら、文句無しに僕も特別な存在だろう。
思い立ったが吉日。早速、これからスパイダーの痕跡を追い掛けたりしてみようか──
「──ん?」
要救助者探索のため倒壊したビルへ忍び込ませているマウスロボットから反応あり。逃げ遅れてしまった子供でも発見しただろうか。カメラ映像を携帯端末でモニターする。
「これ……まさか、爆弾ッ!?」
マズい。モニターに映ったのは、おそらくスパイダーに制圧されたギャングたちの置き土産。
この爆弾、遠隔操作で起爆できるタイプだ。まだ生きている。この場にギャングの残党はいないけど、爆発の危険性は大いにあるだろう。
無力化するためには、必要な信号を解析して作成、送信、停止させるしかない。
信号の作成は携帯端末からできるだろうが、問題は解析の方だ。向かわせてるマウスロボットに解析機能なんてものは搭載していない、爆弾まで直接向かう必要がある。
爆弾の存在に気付いたのは僕が最初だ。どうする。付近の大人に伝えて委ねるか?
……いや。この爆弾を僕が無力化し、ここに居る皆を救うことができたなら……僕だって。
「皆さん、ここから離れて! あのビルの中に爆弾が残ってる! 僕が──」
──止めてみせます、と宣言する寸前だった。
爆弾をモニターしていた画面が真っ白に染まり、マウスロボットとの通信が途絶えたのは。
詰まる所、選択の猶予など残されていなかった。挑戦の機会など与えられていなかった。
僕のような平凡な人間が、特別な存在になるための舞台なんて、初めからどこにも用意されてはいなかったんだ。
一瞬の後、光と爆音が一帯を包み。
膨大な熱と衝撃の波が、僕の身を襲っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ここ、は?」
次に目を覚ました時、視界に映ったのは見知らぬ白い天井だった。
目線を下げれば、天井と同じく見知らぬ白いベッドが映る。ここでようやく、僕は病室のベッドで寝かされているらしいことを理解した。
あの爆発に巻き込まれた後、病院に運び込まれたというワケか。であれば、僕と同じくあの場に居た人たちも無事だろうか?
気になった僕は、次に視線を左手側に動かして──ベッド横に座るペニーと、目が絡んだ。
「っ、ハリー!!」
その瞬間、ペニーは弾かれたように声を上げ、寝ている僕の上半身に覆い被さる。
寸前まで握られていたらしい温かい感触が、まだ左手に残っている。もしかして、今さっき僕が目を覚ますまで傍に居続けてくれていたんだろうか。
「ペニー、僕は……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ハリー、ごめんなさい……私の、せいで……!」
心配を掛けて申し訳ないと謝るはずが、何故かペニーの方が僕に謝ってくる。何度も、何度も。
僕の胸に縋り付き、その両目からは涙を溢れさせながら、懺悔のように謝罪の言葉を零し続けるペニーの姿を見て……僕は今の状況がまるでわからなくなった。
「目が覚めたようだな、ハリー。安心したよ」
そこで助け舟を出してくれたのが、ペニーの背後に立っている初老の男性──彼女の叔父、ベン叔父さんだった。
泣きじゃくるペニーほどじゃないけど、ベン叔父さんも沈痛な顔を僕に向けている。
「ベン叔父さんまで……あの、ペニーのやつ、どうしちゃったんです?」
「……街で起きた爆発に巻き込まれ、倒れているきみを最初に発見したのが、ペニーだったんだ」
その言葉を聞いて、再びペニーの顔を見やる。自責の念に駆られるように涙を零しているのは、それが理由らしい。
「あの爆弾は、スパイダーに制圧されたギャングが最後の悪あがきに……言わば八つ当たりで起爆させたものだった。ハリー、きみはそれに巻き込まれてしまったんだ」
「ごめんなさい、ハリー……私が、もっと早かったら……」
「よしてくれ、自分を責めないでくれよペニー。この通り、僕は──」
僕にしがみ付くペニーをそっと引きはがし、何ともないんだと上体を起こそうとして。
「──あ、れ?」
違和感がある。いつもみたく下半身に力が入らない。どうにも感覚が鈍い。
上体を起こすこと自体はできたが、その緩慢な僕の動きを見て、ベン叔父さんは伏し目がちに。
「……脊髄に損傷が見られると、医者は言っていた」
「……マジで?」
そう告げられて、流石に血の気が引いた。ようやく事態の悪さを理解し始めた。
爆風に吹き飛ばされた際、当たり所でも悪かったのだろうか。思い出そうにも、その時の記憶は光と轟音に塗りつぶされていて判然としない──いや、それよりも。
「ペニー、ベン叔父さん。あの場には僕以外にもボランティアの参加者が大勢いたはずだ。その人たちの被害状況は? みんな、ちゃんと僕みたく病院に運ばれてる?」
僕よりも爆弾の至近距離に立っていた人は多かった。どうか無事であってほしい。
そんな想いで問い掛けた僕の淡い希望は──溢れそうな感情で唇を噛み締めるペニーと、悔しさで顔を歪めるベン叔父さんを見たことで、打ち砕かれる。
「あの爆発に巻き込まれた中で、奇跡的に一命を取り留めたのは──きみだけだったよ、ハリー。きみは……運が良かった」
……ベン叔父さんが発した言葉を、上手く吞み込めない。
「僕、だけ……? 運が……良かった? 僕だけの、運が……良かった、だって?」
多くの人間が死んだ中で、唯一、僕だけが生き残った。それだけを聞けば、なるほど確かに僕は運が良かったんだろう。
それで? ──そんな僕は、ただ一人だけ助かるほどに価値のある、特別な人間なのか?
答えは否だ。僕が特別な人間だったなら、そもそも爆発は起きていない。特別な僕が、特別な力で爆弾を停止させていたはずだ。
どうして、あの場に居合わせたのが僕だったんだろう。僕のような平凡な人間ではなく、特別な人間だったら──ヒーローだったら。スパイダーだったら、皆は助かったに違いないのに。
……そうだよ。どうして、あの場にヒーローは居てくれなかったんだ? どうしてスパイダーは駆け付けてくれなかったんだ?
ダメじゃないか。ヒーローなんだから、皆を救ってくれなくちゃ。その責任があるはずだろ?
「ごめん、なさい……ごめんなさいハリー。ごめんなさい……」
……ぐちゃぐちゃになりそうな僕の正気を呼び戻したのは、ペニーのすすり泣く声だった。
僕が目覚めてから、何故かペニーは泣き続けている。僕を心配して泣いてくれているなら嬉しいけれど、これじゃ可愛らしい顔も鈴音のような声も台無しだ。
彼女がそうしてくれていたように……今度は、僕が彼女の震える手を握る。
「ペニー、そろそろ泣き止んで。僕なら大丈夫さ、こうして生きてるんだから。今は西暦3145年だぞ? 脊髄の再生医療なんて幾らでも受けられる。怪我はすぐ元通りになるさ……だから、何も悪くないのに謝らないでくれよ」
ペニーの手を優しく包む。それでも、彼女の両目からはらはらと流れる涙は止まってくれない。
「私が悪いの。私が、皆を……ハリーを守らなくちゃ、いけなかったのに」
「変なこと言わないでくれ、ペニーは何も悪くないよ。悪いのは……」
……悪いのは、何だろう。次の言葉が出てこない。僕は今、何を言おうとしたんだろうか。
悪党? 平凡な僕? 助けに来なかったヒーロー? それとも──
「──ハリー!」
病室のドアが勢い良く開け放たれたのは、その時だった。
思わず顔を向ければ、そこには僕の父ノーマン・オズボーンが立っている。
「父さん?」
「ハリー、良かった。意識は戻っているようだな」
父さんは僕が横たわるベッドへ足早に歩み寄り、ベン叔父さんと向かい合う。
「パーカーさん、それにペニー君も。息子の見舞いに駆け付けてくれて、感謝するよ……しかし、すまない。息子と二人きりにしてくれないだろうか」
何やら父さんは僕に話があるらしい。こう言われてはベン叔父さんは了承する他ないだろう。
問題は、未だ瞼に涙を滲ませて俯いているペニーの方だけど……。
「ペニー。暇になった時で良いから、またお見舞いに来てよ。僕はそれで十分だ……いつものアレも、君には必要だろうしね」
「……また来るから。どんなに忙しくても」
良かった。フラストレーションを抱えた面持ちではあるけれど、この場は収めてくれるようだ。
どうか、僕のことは気にし過ぎず、ペニー自身のやるべきことに集中してくれると嬉しい。
握り合っていた手を離し、ベン叔父さんに連れられて、名残惜しそうにペニーは病室を去った。この場には、僕と父さんの二人だけになる。
「父さん、ごめんなさい。忙しいのに、心配まで掛けさせちゃって」
「気にしなくていい……おまえは運が悪かった、ただそれだけだ。他に何も考えなくていい」
「……運が悪かった、か」
笑ってしまう。父さんとベン叔父さんで、言うことが真逆になるなんて。案外、運なんてものは関係ないのかもしれない。
しかし、だとすれば猶更、僕だけが生き残ったのは何のために……なんて考えるのは後か。
「あー、それで? 父さん、僕に何か話があるんじゃないの?」
「移動しながら話そう。車椅子を用意してある」
「移動? 病院を出るってこと? どうしてさ」
訳が分からないと疑問を投げる僕に、父さんは真剣な眼差しで答えた。
「入院も手術も必要ない。おまえの体は──我が社の
“特別”へのコンプレックス。身体機能を失う大怪我。軽度のサバイバーズギルト。自分たちを救ってくれなかったヒーローへの失望。変なクスリ。
……ツーアウトってところか?