ペニー・パーカーに幼馴染を生やして曇ったり曇らせたりする話 作:血袋
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怪人グリーンゴブリンが提示した地。ニューヨークはマンハッタン区の、アッパー・イースト・サイドとルーズベルト島を結ぶ索道。
SP//drのアームから射出されるクモ糸によって、都市に広がる摩天楼の合間を飛び回りながら、ペニーは目的地へ向かっていた。
「すごい数の小悪党が集まってきている……!」
道中、彼女の眼下に広がるのは、刃物や銃火器の類を振り回しながら路上で騒ぎを起こす者たちの姿だ。
品行方正とはまるで無縁の危険なオーラを放ちながら続々と登場。
金鉱を掘り当てた“ゴールド・ラッシュ”ならぬ、SP//drを誘い出すために群がる“スパイダー・ラッシュ”。
泣いて詫びている弱者に対して冷酷非情にぶちのめす精神が"強さ"だと信じている野蛮人たち。
「残念だけど、私は自分の意思で来ているの。5000万ドルはお預けよ!」
そんな野蛮人を捕捉しては、SP//drが糸を次々に撃ち込み、その身を拘束する。
こうすれば後の処理は警察に任せれば良い。ペニーは先を急ぐ。
「……見えた!」
真下にイースト川が流れるクイーンズボロ橋の北側、トラムウェイの途上となる鉄塔。果たしてそこに、グリーンゴブリンの姿はあった。
……否、グリーンゴブリンだけではない。奴は両の手に、ヒーローに対する武器を構えていた。
グリーンゴブリンの左手に胸倉を掴み上げられている、頭に紙袋を被らされて藻掻く男性。
グリーンゴブリンの右手に
奴が手を離せば、彼らは無情にも落下する──
その圧倒的なディスアドバンテージを理解しながら、SP//drは悪魔と対峙することになった。
「──怒らないで下さいね。本当にノコノコ現れるヒーローってバカみたいじゃないですか」
「──バカみたいなヒーローやるのも大変なのよ? もうちょっとリスペクトしてほしいわ」
互いの姿を視界に収め、挨拶代わりのジョークがぶつかる。
グリーンゴブリンの声からは、どこまでもヒーローという存在を愚弄するかのような悪意の色が滲み出ていた。
悪質な愉快犯だろうか、とペニーは推察する。
着ているフライトスーツのせいで体格までは分かりかねるが、背丈からしてグリーンゴブリンの正体はおそらく未成年だ。もっとも未成年なのはペニーも同様だが。
ヒーローに対する幼稚な悪感情で暴れる若年の犯罪者は少なくない。何にせよ、この相手に人質を取られたままなのは危険すぎる。それは明白だった。
「ハァイ、グリーンゴブリン・サン。お望み通りSP//drが来てあげたわよ。私と握手したいなら、まずは両手に持ってる人質さんたちを無事に解放してくれない?」
「いいや、余興を愉しむことになっている」
自分が現れたのだから人質はもう必要ないはずだ、そう諭すペニーに、しかしグリーンゴブリンは聞く耳を持たない。
そんな悪魔に味方するかのように、高所で吹き付ける突風が……奴の左手に持ち上げられている人質の、頭に被された紙袋を飛ばし去る。
「……ノ、ノーマンさん!?」
「紹介しよう、“ノーマン・オズボーン”だ。この御方は金儲けがしたくて社長をやっているんじゃない。科学が発展し人類が進歩することに喜びを感じるんだ」
被されていた紙袋から現れた、人質の正体。それはペニーにとって幼馴染ハリーの父親である、ノーマン・オズボーンだった。
口を医療用テープで塞がれているノーマンは、自身を掴み上げるグリーンゴブリンに何かを伝えようと必死に藻掻いているが、それが言葉になることはない。
グリーンゴブリンはノーマンの足掻きを気に留めようともせず、右手側のトラムに目を向ける。
「紹介しよう、“通勤途中の一般市民”だ。彼らは決して軽んじられて良い命じゃない。彼らが汗水を垂らし毎日働くことで街は成り立つんだ」
その右手に握られているのは、断ち切られた索道のケーブル。そのケーブル上に辛うじて吊るされているのは、一台のトラム。中には当然ながら乗客が居て、口々に助けを求めている。
「今からこの両手を同時に開いてやねぇ? 人類の宝である科学者を見殺しにするのもええけど、罪無き大勢の一般市民を神の御許に送るのもウマいで!」
このグリーンゴブリンを名乗る怪人が余興と称して何をするつもりかは、もはや明確だ。
大企業の社長にして科学者という重要人物一人と、無辜の市民複数。その二者を天秤に乗せて、ヒーローがどちらを選ぶかで愉しむという。
ペニーにとってノーマンはオズコープの社長である以上に、大切な幼馴染の父親だ。彼から家族を失わせるなんて、とんでもない。
しかし、ヒーローとして市民を見捨てる選択肢などあるはずは無く──
「──やめなさい、ゴブリンッ!」
「──んかあっ!!」
ペニーの声は虚しく、グリーンゴブリンの両掌が開かれる。
必然、無力に落下していくノーマンと乗客満載のトラム。
対するペニーの選択は既に決まっている──諦めない。両方を救う。
「GO,SP//dr!」
出力最大、全速力。まずは落下するノーマンを追って右アームで捕まえ、左アームからクモ糸を鉄塔に伸ばしてスイング。
落ち行くトラムのケーブルを同じく右アームで掴み取り、どうにかクモ糸で支える。
「OK! 後は、このまま……」
SP//drをホバリングさせ、トラムの乗客たちとノーマンを橋下の船上にお邪魔させるだけだ。
……このままグリーンゴブリンが、それを妨害しなかったらの話だが。
「しゃあっ!」
「くッ!?」
人命のために両腕が塞がれ無防備なSP//drの機体へ、グリーンゴブリンが騎乗したグライダーで体当たりを見舞う。
硬く重い大質量同士の激突に、大きく体勢を崩されるSP//dr。その右アームは辛うじてケーブルを離さなかったものの──衝撃の余波で、アームからノーマンの体が滑り落ちる。
「ぁ、ダメ!!」
両のアームはケーブルとクモ糸を掴んでいるため、空きは無い。
それは即ち、今まさにイースト川へ落ちて行くノーマンを救い上げる手が無いということ。
人体が高所から水面へ落下した時、たとえ足から着水した場合であっても15m以上の落下高度で膝を損傷する恐れがあるという。それが30mの落下高度であったなら、頭部からの着水であったなら……命への危険性は言うに及ばず。
「ダメッ、ノーマンさん──!!」
ダメだ。これ以上ハリーを傷付けたくないのに。ハリーから失わせたくないのに。
そんなペニーの叫びはコックピットの中に響くばかりで、無情にもノーマンの体がイースト川へと吸い込まれていく──
「ほーら、ヒーローさんが役立たずの姿になった」
──寸前、落胆と愚弄を込めた言葉を零しながら。
他ならぬグリーンゴブリンが、滑空するグライダーの上でノーマンを拾い上げていた。
「えっ……?」
本格的に敵の目的が理解できなくなり、ペニーは呆気に取られる。
ふざけ切った安定しない口調だけでも、このグリーンゴブリンが正気を失った狂人だということは把握できる。だが、その支離滅裂な行動の目的は何なのかはまるでわからない。
何にせよ、助けなければならないものが一つ減ったことで支障は無くなる。
ホバリングを継続し、やがて乗客を乗せたトラムが無事に水上の船へ降ろされる──
「しゃあっ!」
「うわッ!?」
──それと同時、待っていたかのようにグライダーは急接近し、グリーンゴブリンの右腕がSP//drを豪快に持ち上げてみせた。
凄まじい速度と怪力。思考の隙を突かれたペニーは咄嗟に反応できない。
なされるがまま、二つの機体は宙を舞い……クイーンズボロ橋の中央部に不時着した。
橋上の車両から市民たちが逃げ惑う中、体勢を直したSP//drと、ノーマンを右脇に抱えたままのグリーンゴブリンが再び睨み合う。
「……あなたは、いったい何がしたいの!?」
「こんなもん、テメェに無力を思い知らせるための余興やんけ。なにムキになっとんねん」
怒るペニーの言葉を、グリーンゴブリンの嘲笑が一蹴する。
全ては余興。全てはSP//drを愚弄するためであり、本当に人質を殺めるつもりは無かったと。
それを証拠にグリーンゴブリンは、抱えていたノーマンの身柄をSP//drへあっさりと投げ渡す。
「っ、ノーマンさん!」
敵の目的が何であろうと、それを拒めるはずもなく。放り投げられたノーマンを慌ててSP//drのアームが受け取る。
口を塞がれた状態で空中を振り回されたせいか、ノーマンは酷く疲弊している。SP//drはすぐに彼の口からテープを剥がした──剥がしてしまった。
「待ってくれ……傷付けるな……あれは、私の……息子なんだ……」
「──。────。────────え?」
弱々しく発されたノーマンの言葉を、ペニーは上手く呑み込めなかった。
ノーマン・オズボーンの息子。ハリー・オズボーン。ペニーにとって大切な幼馴染。
そんな彼が、アレ? あのグリーンゴブリン? ワケの分からないイカレた口調で喋り散らかす正気でない怪人が、ハリーだって?
自分が守るべき街の人々、その象徴。そんなハリーが……自分と戦うヴィランだって?
「私の、せいなんだ……未完成の、新薬を……与えてしまったがために……ハリーは、何も悪くないんだ。あの子を、傷付けないでくれ……」
「あかんやん、大企業の社長やってる人間がそんな我儘なこと言うたら。ヒーローも困っとるで」
ノーマンの言葉はすぐ傍のペニーにしか聞こえないほどの掠れ声だが、それでも聴き取れる聴力を持っているのか、グリーンゴブリンが割って入る。
己を想う父すら揶揄うようなその声色に、ペニーが知るハリーの面影は無い。
「俺はヴィラン……そしてヒーローが目の前にいる。やっぱり闘ってみたいよねパパ」
「ハリー、やめるんだ……私が必ず、おまえに解毒薬を……」
「ゴングを鳴らせっ! 戦闘開始だっ!」
もはや父の言葉も耳に入らない。突貫してくるグリーンゴブリンの拳を、ノーマンを押し退けてSP//drが受け止める。
膂力は互角。三十二世紀の油圧制御技術が誇るロボットアームのパワーに、薬から生まれた悪魔の腕力は真っ向から対抗していた。
「……っ」
拮抗勝負の只中、ペニーは考える。眼前のグリーンゴブリンに──ハリーに何と呼び掛けるか。
その天才と言って過言でない頭脳をフル稼働させて……しかし、思い付かない。
自分の手が届かない所で大怪我を負ったことに続き、自分の与り知らない所で怪人になっていたハリー。今の彼を止めることができるに足る言葉の弾丸が、ペニーには見つからなかった。
そんなペニーの思いなど知らず、ハリーは──グリーンゴブリンは容赦なく攻め込む。
「なにがニューヨークのヒーロー“スパイダー”だ! ぽっと出のヴィランに好き放題遊ばれるなんて、実質は最低のポンコツロボットだ!」
SP//drの機体を容易く揺らす剛拳と併せて放たれるのは、ヒーローへの愚弄の言葉。
それは憎悪を、そして怒りを乗せて、拳打と共にペニーを襲う。
「人質も満足に助けられずにヒーローだと!? 認められるわけねぇだろうが!」
グリーンゴブリンが発する憎悪と怒りは、他でもない、己に容易く翻弄されたヒーローの不甲斐なさへ向けたもの。
糸を出す暇も無く防戦一方となってしまうSP//drへ重い蹴りを見舞い、愚弄は続く。
「結局ヒーローってのはなあ、とんでもないエゴイストなんだ! 誰を助けるのかを選んで、それ以外は切り捨てるんだ! 命を取捨選択できる力を持った特権階級がヒーローの正体なんだ!」
その憎悪と怒りは、果たしてハリーの本音か。命の危機にヒーローは現れず、大勢が死んだ中で自分だけが生き残ってしまった、ハリーの慟哭か。
それはわからない。しかし言葉の数々は、SP//drを操るペニーから闘志を奪っていく。
動きがぎこちなくなっていくSP//drの隙が見逃されるはずもなく、グリーンゴブリンの攻撃の手は加速する。
「ぶちのめされる気分はどうだ!? ヒーローに選ばれなかった無力な凡人の気持ちになるんだ! “どうして自分のところにはヒーローが来ないんだ”ってなあ!」
強烈な殴打や蹴撃を無防備に受ける度、SP//drの身動きは鈍くなっていく。
そんな有様を見て、グリーンゴブリンの言い放つ愚弄には落胆の色が強まった。
「大いなる力には大いなる責任が伴う、って言われるじゃないスか。俺……全然元気なんスけど、いいんスかこれで……」
グリーンゴブリンはまだまだ万全の状態だ。もしもこの怪人が、これから更なる破壊行為に手を染めようとする悪魔を超えた悪魔であったなら……ヒーローはそれを阻止しなくてはならない。
ヒーローにはそのための力があるのだから、それを正しく使わなければならない。
『SP//dr……損傷、甚大……』
しかし、もはやSP//drは満身創痍。外装は激しく傷付き、一部からは火花が散っている。
これでは眼前の悪党を止められない。責任を果たすことができない。
何という無様。責任に見合わない弱さ。正しくない。正しくない。正しくない。
「……大いなる責任はどうした、ヒーロー」
ありったけの憎悪と怒りを込めた悪魔の拳が、固く握りしめられ。
「テメェの力が──伴ってなかったなァ!!」
最大の愚弄と共に、振るい放たれた一撃がSP//drを打ち据える。
異音を立てて倒れ伏したSP//drに、身動き一つもできる余力は残されていない。
「最後にテメェの素顔を拝んでやるよっ! “S”だ、“S”が正体を現すぞ!」
ダメ押しに、グリーンゴブリンはその掌をコックピットのハッチに伸ばす。
晒し者にしてやるつもりだったのだ。自分のような悪党なんかに負けた、無様すぎて哀れな、いっそ殺してやった方が良いくらいなSP//drの正体を。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「──。────。────────ペニー?」
強引にハッチを引き剥がした先、SP//drのコックピットにいるのは。
当然、感情のダムが決壊してぐしゃぐしゃの顔で泣き濡れる、ペニー・パーカーで。
悪魔の肉体には、最悪なタイミングで、少年ハリーの心が引き戻されていた。
ハリー・オズボーン
▪身体能力増強薬の副作用によって、第二の人格グライダーの達人グリーンゴブリンが誕生。
▪グリーンゴブリンに意識を乗っ取られ、ひたすらヒーローを愚弄する傍迷惑ヴィランに。
▪ボロクソに愚弄してやったヒーローの正体が大好きな幼馴染だと判明、脳を破壊される。
ペニー・パーカー
▪今回は良いところ無し。本来ならネームドヴィランをタイマンで倒す程度わけはない。
▪皆を守るヒーローなのに大切な幼馴染は守れなかった、という精神デバフが尾を引いた結果。
▪その幼馴染はまたもや知らないところでヴィラン堕ちしていたことが判明、脳を破壊される。