角醒ハンター オメガホーン ―砂塵の向こうに眠る角― 作:ガンダムラザーニャ
翌朝。
「……眠い」
砂原カナタは、机に突っ伏していた。
机の上には、古びた地図と文献。
その隣には、昨夜遺跡から持ち帰った金属製の箱が置かれている。
二年前。
ユメ先輩から託された、一枚の地図。
そこに記された場所がどこなのか。
カナタは昨夜、遅くまで古文献と地図を照らし合わせていた。
「あと少しなんだけどな……」
最後の部分だけが、どうしても分からない。
カナタは地図の端へ目を向けた。
そこに描かれているのは、奇妙な生物の姿。
大きな身体。
四本の脚。
そして、頭部から伸びる一本の角。
「……これも、何なんだろうな」
古文献を何度読み返しても、この生物についての記述は見つからなかった。
ただの古代生物なのか。
それとも、何か別の意味があるのか。
まだ分からない。
カナタは地図を見つめたまま、再び考え込む。
その時だった。
「カナタ!」
廊下から声が響いた。
「ん……?」
顔を上げる。
扉のところに立っていたのは、黒見セリカだった。
「何やってんのよ。もう朝よ」
「……分かってる」
「絶対分かってない顔してるでしょ」
セリカは呆れたようにため息をつく。
そして、机の上に広げられた地図を見る。
「また遺跡のこと考えてたの?」
「うん」
「ほんっと好きね、あんた」
「まあね」
「褒めてないわよ」
「分かってる」
カナタは苦笑する。
セリカが部屋へ入ってきた。
「アヤネが探してたわよ。今日の仕事について確認するって」
「分かった。すぐ行く」
カナタは立ち上がろうとする。
しかし、セリカはその顔を見て眉をひそめた。
「……その前に顔洗ってきなさい」
「そんなにひどい?」
「ひどい」
「……分かった」
「あと、ちゃんと寝なさいよ」
「善処する」
「それ、やらない人の返事だから!」
カナタは小さく笑った。
こういうやり取りも、アビドスでは珍しくない。
カナタにとってセリカは同級生。
遠慮なく注意してくれる、気の置けない仲間の一人だった。
*
朝のアビドス高等学校。
広い校舎。
しかし、その中を歩く生徒の姿は少ない。
かつてはもっと多くの生徒がいたらしい。
今では、長い廊下を歩いても誰ともすれ違わないことが珍しくなかった。
カナタは、この静けさにも慣れている。
そんな中。
「カナタ君」
廊下の向こうからアヤネが歩いてきた。
「おはようございます」
「おはよう、アヤネ」
「昨日の遺跡探索の記録、見せてもらってもいいですか?」
「もちろん」
カナタは端末を取り出した。
昨日の探索記録を表示する。
「探索範囲はここからここまで」
「なるほど」
「崩落の危険があった場所は避けてる。石板が三枚と、金属部品がいくつか。あと、これ」
カナタは昨日発掘した金属製の箱を見せた。
「これは?」
「昨日見つけた」
アヤネが箱を確認する。
「古代の機械部品でしょうか?」
「たぶん。まだ開けてない」
「どうしてですか?」
「無理に開けて壊したら、価値がなくなるかもしれないから」
「……確かに」
カナタは箱をしまう。
「状態を確認してから開けるつもり」
「そういう慎重なところは、カナタ君らしいですね」
セリカが横から口を挟む。
「遺跡のことになると、ほんと細かいのよね」
「遺跡は慎重なくらいでちょうどいいよ」
「それはそうだけど」
カナタは端末を操作する。
「遺跡って、崩れるだけじゃないから」
「罠とか?」
「うん。足場が崩れたり、空気が悪かったり、古い機械が突然動いたり」
「……よくそんなところに行くわね」
「だから準備するんだよ」
カナタは当たり前のように答えた。
「危険だからこそ、ちゃんと調べてから進む」
アヤネは少しだけ笑った。
「カナタ君らしいですね」
*
昼前。
カナタは対策委員会の部屋へ向かった。
カナタ自身は、対策委員会の正式なメンバーではない。
あくまでアビドス高等学校の一般生徒。
ただし、遺跡探索や発掘品の調査については、対策委員会にも協力している。
砂漠に囲まれたアビドスでは、遺跡は貴重な資源でもある。
発掘した機械部品や装飾品を売れば、学園の借金返済にも役立つ。
だからカナタの探索は、趣味であると同時に、アビドスを支えるための仕事でもあった。
「お、カナタくん」
部屋に入ると、ノノミが振り返った。
「お昼ですよ~」
「ありがとう、ノノミ先輩」
「どういたしまして~」
テーブルには簡単な昼食が並んでいる。
その横では、シロコが何かをしていた。
「……シロコ先輩、それ何?」
「トレーニング」
「昼休みに?」
「うん」
「……元気だな」
「カナタもやる?」
「遠慮する」
「そう」
シロコは特に気にした様子もなく、トレーニングを続ける。
「シロコはいつもあんな感じだからね~」
ノノミが笑う。
カナタも席についた。
すると。
「……ふわぁ~」
部屋の隅から、大きな欠伸が聞こえた。
カナタが振り返る。
「ホシノ先輩、また寝てたんですか?」
「うん。おじさん、ちょっと疲れててね~」
小鳥遊ホシノ。
アビドスの先輩。
そして、かつてユメ先輩と共にアビドスを支えていた人物。
「カナタくんも座りなよ」
「はい」
カナタはホシノの向かいに座る。
「そういえばカナタくん、昨日も遺跡に行ってたんだって?」
「はい」
「好きだねぇ」
「まあ」
「ユメ先輩も、カナタくんのこと結構気に入ってたっけ」
その名前を聞いた瞬間。
カナタの手が止まった。
「……はい」
ホシノも、すぐには言葉を続けなかった。
少しの沈黙。
やがて、ホシノが尋ねる。
「まだ、あの地図を持ってるの?」
「……持ってます」
「そっか」
カナタは頷いた。
「ユメ先輩からもらったものなので」
「うん」
ホシノは地図のことを知っていた。
あの日。
ユメ先輩が楽しそうにカナタへ話しかけていたことも。
いつか二人で遺跡へ行こうと約束していたことも。
そして、その約束が果たされなかったことも。
「カナタくん」
「はい?」
「無理はしないでね」
カナタは少し驚いた。
「……分かってます」
「ならいいんだけどねぇ」
ホシノはいつもの眠そうな笑顔を浮かべた。
*
昼食を終えたあと。
カナタは対策委員会の机を借りて、地図を広げた。
セリカ、アヤネ、シロコ、ノノミも自然と集まってくる。
「これがユメ先輩からもらった地図?」
セリカが尋ねる。
「そう」
「かなり古いわね」
「たぶん、今のアビドスができるよりずっと前のもの」
アヤネが地図を覗き込む。
「古代アビドスの地形でしょうか?」
「たぶん」
「何が書いてあるんですか?」
「全部はまだ分からない」
カナタは古文献を開く。
「でも、昨日から調べてて、いくつか分かってきた」
地図上の記号を指差す。
「この記号が方角」
次の記号を指す。
「こっちは距離を示してる」
そして、地図全体を見渡す。
「これを現在の地形に合わせると……」
端末に現在の地図を表示する。
古い地図と現在の地図を重ねる。
少しずつ位置を調整していく。
「……ここだ」
カナタの指が止まった。
「何?」
シロコが尋ねる。
「たぶん、ここに遺跡がある」
「たぶん?」
「まだ確定じゃない」
カナタは地図を見る。
「でも、地形と記号がほぼ一致してる」
アヤネが現在の地図を確認する。
「……この場所、かなり奥ですね」
「うん」
「調査記録もほとんどありません」
「だから、調べてみたい」
カナタは即答した。
セリカが腕を組む。
「やっぱりそうなるのね」
「だって、二年間ずっと分からなかった場所だよ」
カナタは地図を見る。
「それが、ようやく手が届くところまで来たんだから」
セリカは少し黙った。
やがて、ため息をつく。
「……一人では行かないでよ」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
シロコが口を開く。
「私も行く」
「え?」
「護衛が必要」
「でも――」
「危険なんでしょ?」
「……うん」
「なら行く」
迷いのない返事だった。
ノノミも笑う。
「じゃあ、私も行きましょうか~」
「ノノミ先輩まで?」
「未知の遺跡って、ちょっとワクワクしませんか?」
「……否定はできない」
「ふふっ」
セリカが呆れたように言う。
「私は反対」
「セリカ?」
「……って言いたいところだけど」
カナタを見る。
「一人で行かせる方が危ないわね」
「じゃあ――」
「私も行く」
アヤネが頷いた。
「当然です。未知の遺跡なら、事前に計画を立てる必要があります」
カナタは目を丸くした。
「みんな来るの?」
「カナタ君だけに任せるわけにはいきませんから」
アヤネが微笑む。
「それに、発掘品を持ち帰るなら、運搬や記録をする人も必要です」
「なるほど」
「それに――」
ノノミが続ける。
「もし危険なものが出てきたら、カナタさん一人じゃ大変ですから」
カナタは仲間たちを見渡した。
シロコ。
セリカ。
ノノミ。
アヤネ。
いつも一緒にいる仲間たち。
「……ありがとう」
カナタは小さく笑った。
*
その日の夕方。
対策委員会の部屋に、ホシノが戻ってきた。
「みんな、まだいたんだ」
「ホシノ先輩」
カナタが振り返る。
机の上には、探索計画が広げられていた。
「カナタくん、もう計画立ててるの?」
「はい」
「どれくらいかかるの?」
「往復で半日以上。遺跡の規模が分からないから、余裕を見て一日」
カナタは資料を指差す。
「水は多めに持っていく。通信機も予備を用意する。帰還時間を決めて、それまでに戻れなかったら捜索に切り替える」
「へぇ~」
ホシノが少し目を丸くする。
「ずいぶんちゃんとしてるねぇ」
「遺跡探索は準備が大事なので」
「そっか」
ホシノは地図を見る。
「これが、ユメ先輩の地図なんだね」
「はい」
カナタは頷いた。
「二年前に、ユメ先輩と一緒に行く予定だった場所です」
ホシノは何も言わなかった。
しばらく地図を見つめる。
「……そっか」
それだけだった。
やがて、ホシノはカナタを見る。
「カナタくん」
「はい?」
「帰ってきてね」
その声だけは、いつもの眠そうなものではなかった。
カナタは少しだけ驚いた。
そして、しっかりと頷く。
「はい」
「約束だよ」
「……約束します」
ホシノは微笑んだ。
*
夜。
カナタは自分の部屋へ戻っていた。
机の上には、明日の探索に必要な道具が並んでいる。
水、食料、発掘道具、予備の通信機、ライト、簡易救急用品。
そして――
昨日発掘した金属製の箱。
カナタはそれを手に取った。
「……」
側面に刻まれた古代文字。
昼間に調べた地図の記号と、どこか似ている。
「まさかな」
カナタは箱を地図の隣へ置いた。
その瞬間。
「……え?」
カナタの目が止まった。
箱の側面に刻まれた小さな紋様。
それを地図の隅にある記号と重ねる。
「……同じだ」
偶然とは思えない。
カナタは古文献を開き、該当するページを探す。
しかし、やはり答えは出ない。
「……明日、持っていくか」
箱をバックパックへ入れる。
もし地図と関係しているなら。
現地で何か分かるかもしれない。
カナタは最後に、地図を丁寧に畳んだ。
二年前。
ユメ先輩と交わした約束。
その場所へ。
今度は一人ではない。
「シロコ先輩たちと一緒なら……大丈夫かな」
カナタは小さく笑った。
そして、地図を大切にバックパックへしまう。
「ユメ先輩」
静かな部屋で、カナタは呟いた。
「……行ってきます」
窓の外。
夕暮れの砂漠が、夜の闇へ変わっていく。
その遥か彼方、誰も訪れない砂漠の奥。
何千年もの間、砂に埋もれていた遺跡がある。
その最深部。
巨大な空間の中央で、何かが眠っていた。
巨大な身体、硬い外殻。
そして、頭部から伸びる一本の角。
長い眠りの中。
それは、何も知らない。
少年のことも。
地図のことも。
失われた約束のことも。
ただ、静かに眠り続けていた。
だが――。
少年が地図と、古代の箱を手に取った瞬間。
「――」
角の先に、淡い光が灯った。
一瞬、ほんの一瞬だけ。
そして、再び闇へ沈む。
まだ誰も知らない。
あの遺跡に眠るものが何なのか。
なぜ、古代人はその存在を地図に残したのか。
そして。
なぜ、二年前にユメ先輩がその地図を見つけたのか。
――明日。
砂原カナタとアビドスの仲間たちは、砂漠の彼方へ向かう。
その先で待っているものが、彼らの運命を大きく変えることも知らずに。
物語は、静かに動き始めていた。