ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
次の21話も、すぐに投稿いたします。
ミレニアム郊外。
かつて何かの研究に使われていたと思われる施設の奥深くまで、先生たちは足を進めていた。
長い年月を経た施設は、静まり返っている。
壁には用途の分からない機械。
床には朽ちたケーブル。
そして、ところどころに残された古い資料。
その中に、角獣に関する記述が残されている可能性がある。
それが、ここまで来た理由だった。
「……この先みたいです」
ミドリが端末を確認する。
「気をつけて」
先生が周囲を見渡す。
カナタも銃を手にしていた。
炎角はその後ろを歩いている。
「静かすぎるな」
カナタが呟いた。
「確かに」
モモイも周囲を見回す。
「ここ、本当に研究施設だったのかな?」
「残っている資料を見る限り、何かを研究していたことは間違いなさそうです」
ミドリが答える。
「でも、何を研究していたのかまでは……」
「まだ分からない、か」
カナタが頷く。
そして、一行は大きな部屋へと辿り着いた。
「……?」
カナタが足を止める。
部屋の中央。
そこには、一台の巨大な機械が置かれていた。
人間一人を座らせるための椅子のようにも見える。
しかし、普通の椅子とは明らかに違っていた。
無数のケーブルが伸び、背もたれや足元には機械の部品が接続されている。
「何だ、これ……」
カナタが近づく。
その時だった。
「……待って」
ミドリが声を上げた。
「何かいる」
「え?」
全員が機械へ視線を向ける。
そして――。
「……女の子?」
モモイが呟いた。
機械の中央には、一人の少女が座っていた。
目を閉じている。
眠っているようにも見える。
「人が……ここに?」
カナタが驚く。
「まず、服を着せたほうがいいね」
先生が静かに言う。
「はい」
ミドリがすぐに荷物を確認した。
「……予備の制服があります」
「助かった!」
モモイが制服を受け取る。
「じゃあ、私が――」
「お姉ちゃん、慎重にね」
「分かってるって!」
二人で少女を機械から慎重に移動させる。
ミドリが予備のミレニアム制服を着せる。
少し大きかったが、今はそれで十分だった。
「……これで大丈夫」
ミドリが確認する。
「ありがとう、ミドリ」
先生が礼を言う。
カナタも少女を見つめる。
ミレニアムの制服を身につけた少女。
しかし、まだ目を覚ます気配はない。
「……この子、ずっとここにいたのかな」
「可能性はあるね」
先生が機械を調べる。
その時だった。
「あっ!」
モモイが機械の側面を指差した。
「何か書いてある!」
ミドリが近づく。
そこには、古びた文字が刻まれていた。
――AL-1S。
「AL-1S……」
ミドリが読み上げる。
「識別コードでしょうか」
「名前じゃないの?」
モモイが首を傾げる。
「分からないよ」
「うーん……」
モモイはしばらく考えた。
そして少女を見る。
「……アリス」
「え?」
ミドリが振り返る。
「この子、アリスって呼ぼう!」
「お姉ちゃん、まだ本人が起きてないよ」
「分かってるよ!」
モモイは少女を見つめる。
「でも、名前がないままなのは寂しいじゃん」
「……」
カナタも少女を見る。
「アリス……」
「うん!」
モモイが笑う。
「いい名前でしょ?」
「……そうだな」
その瞬間だった。
少女の指が、僅かに動いた。
「……!」
全員が振り返る。
少女の瞼がゆっくりと開いた。
「……ここは……?」
先生が穏やかに声をかける。
「大丈夫。僕たちは君を助けに来たんだ」
「助けに……?」
少女は周囲を見渡す。
先生。
モモイ。
ミドリ。
カナタ。
そして炎角。
「私は……ここにいたのですか?」
「そうみたい」
ミドリが答える。
「何か覚えてる?」
「……」
少女は目を閉じた。
しばらく考える。
しかし――。
「分かりません」
「この施設のことは?」
「……分かりません」
「自分がここで何をしていたのかは?」
「それも……分かりません」
モモイが不安そうな顔をする。
先生が尋ねる。
「君の名前は?」
「……」
少女は自分の手を見つめた。
「分かりません」
「名前も?」
「はい」
少女は小さく呟く。
「私は……何者なのでしょうか」
静かな声だった。
カナタは何も言わず、少女を見ていた。
やがて、モモイが一歩前に出る。
「じゃあ――」
少女を見る。
「あなたは、アリス!」
「……アリス?」
「うん!」
モモイは機械を指差す。
「そこに書いてあったAL-1Sを見て、思いついたの!」
「それが……私の名前ですか?」
「少なくとも、今はそう呼んでいいんじゃないかな」
ミドリが苦笑する。
「お姉ちゃんらしいけど……」
少女はしばらく黙っていた。
そして、小さく頷く。
「……分かりました」
「私は……アリスです」
こうして。
名もなかった少女に、初めて呼ばれるための名前ができた。
――アリス。
---
施設を出る準備を整え、一行は出口へ向かっていた。
アリスはモモイとミドリの間を歩いている。
「アリス、歩ける?」
「はい」
「疲れてない?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
「お姉ちゃん、心配しすぎ」
ミドリが苦笑する。
「だって、起きたばっかりなんだよ?」
「それはそうだけど……」
その様子を見ながら、カナタは小さく笑った。
「なんだか、アビドスにいた頃みたいだな」
「どういう意味?」
「何も分からない場所を調べて、少しずつ分かっていくところ」
「それ、冒険みたいでいいね!」
モモイが笑った。
「冒険……」
アリスがその言葉を繰り返す。
「そうだよ」
カナタが答える。
「知らない場所を見て、知らないものを知っていくんだ」
「……」
アリスは少しだけ考えた。
「それは……楽しそうです」
「うん」
カナタは笑った。
「きっと、これからいろいろ知っていけるよ」
その時だった。
施設の奥から、金属音が響いた。
「……!」
カナタが振り返る。
「来るぞ」
砂煙の向こうから、複数のロボットが姿を現した。
「まだ残ってたの!?」
モモイが銃を構える。
ミドリも続く。
しかし、二人の表情が曇った。
「弾がほとんどありません」
「私も……」
施設内を調べる途中で、何度か遭遇した警備ロボット。
その戦闘で弾薬をかなり消費していた。
この数を相手にすれば、長くは持たない。
カナタは敵の数を確認する。
そして、一歩前へ出た。
「先生」
「カナタ?」
「アリスを連れて、先に行ってください」
「でも――」
「ここは俺たちが抑えます」
炎角もカナタの隣に並ぶ。
「御前様」
「ああ」
「道を開けばよいのだな?」
「そうだ」
先生はカナタを見る。
少しだけ迷った後、頷いた。
「分かった。アリスを連れて先へ進む」
「先生!?」
モモイが驚く。
「カナタを信じよう」
先生はそう言った。
アリスだけが、その場から動かなかった。
「アリス?」
カナタが呼びかける。
「……カナタさん」
「先に行って」
「でも……」
「俺たちは後から行く」
カナタは笑った。
「大丈夫」
「……分かりました」
アリスは先生たちと共に走り出した。
しかし、一度だけ振り返る。
「カナタさん」
「ん?」
「……待っています」
そう言って、アリスは走っていった。
カナタは小さく頷く。
「……行くぞ、炎角」
「承知した」
ロボットが一斉に襲いかかる。
カナタはクロスボウを構えた。
「そこだ!」
矢が敵のセンサーを正確に撃ち抜く。
一体が停止する。
その隙を突き、炎角が突進する。
「おおおおおっ!」
炎を纏った拳がロボットを吹き飛ばす。
しかし、まだ敵は多い。
「炎角!」
「御前様!」
「鼓膜に力を入れろ!」
炎角が身構える。
「角醒せよ、角獣王・炎角!!」
【炎角獣!】
炎が荒れ狂う。
巨大な角獣となった炎角が、ロボットの群れへ突撃する。
その背後から、カナタが確実に敵を撃ち抜いていく。
「あと少し……!」
炎角が敵陣を押し開く。
カナタも最後の一体を撃ち抜いた。
「今だ!」
「うむ!」
二人は開いた道を駆け抜ける。
---
しばらくして。
先へ進んでいた先生たちと合流した。
「カナタ!」
先生が振り返る。
「無事だったか!」
「ああ。炎角も問題ありません」
炎角も人間態へ戻る。
「我らに問題はない」
アリスがカナタを見る。
「カナタさん」
「アリス」
「無事だったのですね」
「ああ」
カナタは笑った。
「後から行くって言っただろ?」
「……はい」
アリスは小さく頷いた。
その表情には、ほんの少しだけ安心した様子があった。
---
その後、一行はミレニアムへ戻ることになった。
移動中の車内。
アリスは窓の外を眺めていた。
高層ビル。
巨大なディスプレイ。
行き交う生徒たち。
研究施設とは、まるで違う世界だった。
「……」
「どうした?」
カナタが尋ねる。
「知らないものが……たくさんあります」
「そうだな」
「私は、何も知りません」
アリスは自分の手を見る。
「自分が誰なのかも」
カナタは少し考えた。
そして――。
「だったら、これから知っていけばいい」
「これから……」
「ああ」
カナタは窓の外を見る。
「キヴォトスには、まだまだ色んな場所がある」
「色んな場所……」
「俺だって、まだ知らないことばかりだよ」
アリスがカナタを見る。
「カナタさんも?」
「うん」
カナタは笑った。
「だから俺も旅をしてる」
「……旅」
その言葉を聞いた炎角が口を開く。
「御前様」
「ん?」
「それなら、我らの旅と彼女の歩みは似ているのかもしれぬな」
「……そうかもな」
カナタは頷いた。
「俺たちは知らない場所を探す」
そしてアリスを見る。
「アリスは、自分のことを知っていく」
「……」
アリスはしばらく黙っていた。
やがて――。
「では」
小さく呟く。
「私も……旅をするのでしょうか」
「きっとね」
先生が微笑んだ。
「これから色んな人と出会って、色んなものを見ていくことになると思う」
「……分かりました」
アリスは窓の外を見る。
初めて見る街。
初めて見る空。
初めて見る人々。
何も知らない。
自分が何者なのかも分からない。
それでも――。
「……楽しみです」
アリスは、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔を見て、モモイも笑う。
「じゃあ、これからいっぱい遊ぼうね!」
「お姉ちゃん、いきなりそれは……」
「だってアリス、まだ知らないことだらけなんだよ!」
「それはそうだけど……」
ミドリが苦笑する。
車はミレニアムの街を進んでいく。
名もなかった少女は、今日初めて「アリス」という名前を得た。
そして――。
未知の世界へ、一歩を踏み出した。
自分が何者なのか。
なぜ、あの施設にいたのか。
なぜ、AL-1Sという識別コードを持っていたのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
カナタも知らない。
炎角も知らない。
先生も知らない。
モモイも、ミドリも知らない。
ただ一つ分かっているのは――。
この日。
砂原カナタの旅と、アリスの物語が交わり始めたこと。
そして二人は、これからそれぞれの「未知」を追いかけることになる。
――アリス。
その名前が、これから彼女自身の物語になっていく。