ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
ミレニアムサイエンススクールの校舎。
カナタと炎角は、ゲーム開発部の部室を出てから、校舎の中を歩いていた。
「それにしても……」
カナタは廊下を見回す。
「本当に色々あるな」
廊下を歩く生徒たちの中には、端末を片手に何かを確認している者もいれば、実験器具のようなものを運んでいる者もいる。
少し先では、小型のロボットが廊下を走っていた。
「学校というより、研究施設のようだな」
炎角が呟く。
「俺も最初はそう思った」
カナタは苦笑する。
「でも、教室では普通に授業もやってる。ちゃんと学校なんだよ」
「学びながら研究する……か」
「ああ。アビドスとは全然違うけどな」
二人はしばらく歩き続ける。
すると、前方から一人の少女が歩いてきた。
黒い髪。
整った身なり。
落ち着いた雰囲気を纏っている。
少女はカナタたちの姿を確認すると、足を止めた。
「……あなたたち」
カナタも立ち止まる。
「俺たち?」
「ええ。少し、いいかしら?」
炎角が僅かに身構える。
だが、少女は敵意を見せることなく、まず自分から名乗った。
「私はリオ。ミレニアムサイエンススクールのセミナー会長を務めているわ」
「セミナー……?」
カナタが首を傾げる。
リオはその反応を見て、淡々と説明する。
「ミレニアムの生徒会に相当する組織よ」
「なるほど」
カナタは頷く。
「俺はカナタ。アビドスの生徒だ」
「知っているわ」
「え?」
「先生から少し話を聞いているもの」
リオは続ける。
「それに、あなたたちがゲーム開発部と行動していることも把握しているわ」
「そこまで知ってるのか?」
「ええ」
リオは視線を炎角へ移す。
「そして、そちらが炎角ね」
「そうだ」
炎角が答える。
「我が炎角だ」
リオの目が僅かに細くなる。
「……本当に意思疎通ができるのね」
「当然だ」
「興味深いわ」
「何がだ?」
「あなたよ」
炎角が首を傾げる。
「我が?」
「ええ」
リオは淡々と答えた。
「ミレニアムでは角獣についても研究されている。エゴルギアを持つ角獣そのものは、決して珍しい存在ではないわ」
「ならば、何故我に興味を持つ?」
「あなたが単なる角獣ではないからよ」
カナタが口を挟む。
「炎角は俺と一緒に旅をしてる。人間の言葉も話せるし、俺たちと普通に会話もする」
「その点が気になっているのよ」
リオは答えた。
「既存の角獣に関する資料だけでは、あなたを十分に説明できない可能性があるわ」
炎角は少しだけリオを見る。
「随分と我を調べたいようだな」
「研究者として興味があるもの」
リオは即答した。
「でも、今すぐあなたを研究施設へ連れて行こうとは思っていないわ」
「……」
「あなたたちはミレニアムの生徒ではないもの。無理に干渉する理由もないでしょう?」
カナタは少し安心した。
「それならよかった」
「ただし、一つだけ聞いておきたいことがあるわ」
「何だ?」
リオの表情が少し変わる。
「あなたたちは、ゲーム開発部と一緒にいるのよね?」
「ああ」
「そこにいる少女についてよ」
カナタの表情が変わった。
「……アリスか?」
「ええ」
リオは頷いた。
「私は、まだ彼女本人には会っていないわ」
「じゃあ、何でアリスを知ってるんだ?」
カナタは疑問を隠さなかった。
「先生から聞いたのか?」
「それもあるわ」
リオは一度言葉を切る。
「でも、それだけではない」
「……?」
リオは端末を取り出した。
「これを見て」
画面に、一つの映像が表示される。
薄暗い施設の内部。
崩れた壁。
瓦礫。
そして――。
巨大な機械の前に立つカナタたちの姿が映っていた。
「……これ」
カナタが目を見開く。
「俺たち?」
「そう」
炎角も画面を覗き込む。
「この小さな機械は何だ?」
「監視用ドローンよ」
リオが答える。
「ミレニアムでは、危険性のある旧研究施設や未使用施設の一部を、無人機で定期的に監視しているの」
「じゃあ……」
「ええ」
リオは映像を切り替える。
そこには、巨大な機械に座った少女の姿が映っていた。
「あなたたちが施設に入るより前から、私はこの子の存在を把握していた」
「アリス……」
カナタは画面を見つめる。
「でも、どうして今まで助けに来なかったんだ?」
リオは静かに答えた。
「存在は確認できても、施設の内部まで安全に進入できる状態ではなかったからよ」
「……」
「建物は老朽化していた。内部には崩落の危険もあったし、旧式の防衛設備が残っている可能性もあった」
リオは映像を停止する。
「それに、監視ドローンだけでは、あの子が何者なのかまでは判断できなかった」
「だから、ずっと見ていた?」
「正確には、定期的に確認していたのよ」
リオは訂正する。
「施設の監視が目的だったから」
カナタは黙り込む。
それなら、リオがアリスの存在を知っていたことにも説明がつく。
「じゃあ、俺たちがアリスを見つけたことも……」
「把握しているわ」
「……なるほど」
炎角が口を開く。
「つまり、我らは最初から見られていたということか」
「正確には、施設そのものを監視していた結果、あなたたちも映っていたということね」
「ふむ」
炎角は納得したように頷いた。
「ならば、仕方あるまい」
カナタは苦笑する。
「炎角、そこは気にするところじゃないのか?」
「我らも旅先で周囲を観察する。向こうも同じことをしていただけだろう」
「……確かに」
リオは二人のやり取りを見ていた。
「あなたたちは、本当に変わった組み合わせね」
「よく言われる」
カナタは苦笑する。
「それで……アリスは危険なのか?」
リオの表情が少し変わった。
「私は、彼女自身が危険な子だと言っているわけではないわ」
「じゃあ、何が危険なんだ?」
「彼女という存在が持っている可能性よ」
カナタは眉を寄せる。
「可能性?」
「ええ」
リオは淡々と説明する。
「自分が何者なのかも分からない。しかも、旧研究施設の特殊な装置に接続されていた」
「……」
「さらに、その施設には角獣や古代技術に関係する資料が残されていた」
カナタはアリスの姿を思い出す。
「でも、アリスは普通の女の子みたいだった」
「それは否定しないわ」
リオは静かに答える。
「だからこそ、慎重になる必要があるのよ」
「本人に悪意がなくても、その力を利用しようとする人間が現れるかもしれない」
カナタは黙って聞いている。
「本人が望んでいなくても、何かを引き起こしてしまう可能性だってある」
「だから、危険だと?」
「正確には違うわ」
リオは首を横に振る。
「『危険かもしれない』。今の私が言えるのは、それだけよ」
カナタは少し考えた。
「……それなら、俺はアリスを危険なものとして扱うつもりはない」
「でしょうね」
リオは驚かなかった。
「あなたならそう言うと思ったわ」
「アリス自身が何も分からないなら、まずは本人が自分のことを知っていけばいい」
「そういう考えなのね」
「ああ」
「否定はしないわ」
リオは言った。
「ただ、何かが起きてからでは遅いこともある」
「……それは分かる」
カナタは頷いた。
「だから俺も、知らないままでいいとは思ってない」
「なら、話は早いわ」
リオは僅かに表情を和らげた。
「調べること自体を否定するつもりはないわ」
「そうなのか?」
「ええ。知らないものを知ろうとすることは必要でしょう」
そしてリオは炎角を見る。
「あなたのことも含めてね」
「我もか」
「ええ」
炎角は少しだけ笑った。
「ならば、互いに知ればよい」
「その通りよ」
リオは頷く。
「ところで、あなたたちは角獣について調べているのでしょう?」
「ああ」
「なら、ちょうどいい情報があるわ」
リオは端末にミレニアム郊外の地図を表示する。
「あなたたちが先ほどいた施設には、角獣に関する資料が残っていたわね?」
「知ってるのか?」
「ドローンの映像から確認しているわ」
「なるほど」
「その施設について、過去の記録を調べれば、何か分かるかもしれない」
「……やっぱり」
カナタの目が変わる。
「もっと調べたい」
「そう言うと思ったわ」
リオは地図を拡大する。
「ただし、勝手に再調査するのはやめて頂戴」
「分かってる」
「あなたたちはミレニアムの生徒ではないもの。正式に許可を取る必要があるわ」
「先生に相談する」
「それがいいわ」
リオは端末を閉じる。
そして、その場を離れようとする。
「リオ」
カナタが呼び止める。
「何?」
「アリスのこと……本当に危険だと思ってるのか?」
リオは少しだけ振り返る。
「……今の段階では、何も断定できないわ」
そして静かに続ける。
「でも、知らないということ自体が危険なのよ」
「……」
「だから私は、調べるの」
それだけ言って、リオは歩き去っていった。
カナタはその背中を見つめる。
「……変わった人だったな」
「だが、悪意は感じなかった」
炎角が言う。
「ああ」
カナタは頷いた。
「アリスを敵だって決めつけてるわけでもなかった」
「ただ、警戒している」
「そういうことなんだろうな」
二人はしばらく黙っていた。
やがてカナタが歩き出す。
「戻るか」
「うむ」
「先生に話してみよう」
ミレニアムの廊下を歩きながら、カナタは先ほどのリオの言葉を思い返していた。
――知らないということ自体が危険。
確かに、その通りなのかもしれない。
アリスのことも。
炎角のことも。
そして――角獣という存在そのものも。
まだ、自分たちは知らないことが多すぎる。
「……だからこそ、調べるしかないな」
カナタは呟いた。
炎角が頷く。
「御前様の言う通りだ」
二人はゲーム開発部の部室へと戻っていく。
その頃、部室では――。
「アリス! そこは回復アイテムじゃなくて攻撃アイテム!」
「ですが、回復アイテムの方が必要だと思います」
「違うって!」
「理解不能です」
「また!?」
そんな声が廊下まで響いていた。
カナタは思わず苦笑する。
「……やっぱり、あっちはあっちで大変そうだな」
炎角も静かに頷いた。
「我々には理解できぬ戦場だ」
二人は顔を見合わせる。
そして、ミレニアム郊外にある廃研究施設へ向けて――新たな調査が始まろうとしていた。