ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
ミレニアムサイエンススクール。
その一角にある、ヴェリタスの部室。
大量の端末やモニターが並ぶ室内に、今日はゲーム開発部のメンバーとカナタ、炎角が集まっていた。
「それじゃあ、これを調べてもらえるんだね?」
モモイがゲーム機を差し出す。
「はい。廃墟から持ち帰ったデータについて、可能な限り調べてみます」
答えたのはコタマだった。
その隣ではハレがカナタの端末を確認している。
マキは興味津々といった様子で、二つの端末を覗き込んでいた。
「なんかすごいねー!」
「マキ、ちゃんと仕事して」
「してるよー!」
ハレが小さくため息をつく。
「まずはデータの復旧から。カナタの端末から削除されたデータと、ゲーム機側の消去されたデータを調べてみるね」
「頼む」
カナタが頷く。
第26話。
廃研究施設に残されていたデータを保存するため、カナタは自分の端末に入っていたデータの一部を削除していた。
中には、できれば失いたくなかったものもある。
だからこそ――。
復旧できるのなら、してほしかった。
「……」
ハレが端末を操作する。
しばらくして、彼女は小さく首を横に振った。
「……駄目だね」
「復旧できない?」
「うん」
ハレは画面を見つめたまま答える。
「削除されたデータそのものを復元できるだけの情報が残ってない。上書きされた部分もあるし……通常の方法じゃ、完全な復元は無理だね」
「つまり?」
「完全に消えてしまった部分は、もう戻せない」
「……そうか」
カナタは短く答えた。
少し残念ではあった。
だが――。
「仕方ないな」
「ごめんね、カナタくん」
ミドリが申し訳なさそうに言う。
「いや」
カナタは首を横に振った。
「アリスの情報を残すためだったんだ。後悔はしてない」
「……ありがとうございます」
アリスが静かに頭を下げる。
「アリスのために、大切なデータを消してしまったんですよね」
「気にするな」
カナタはそう答えた。
その時だった。
「……あれ?」
マキの声が響いた。
「ハレ、これ見て!」
「何?」
「なんか、すっごい変なデータが残ってる!」
ハレがマキの画面を覗き込む。
コタマも席を立って確認する。
「これは……」
「何か分かった?」
モモイが駆け寄る。
コタマは画面を確認した。
そして――。
「……G.Bibleです」
「!」
モモイの顔が一気に明るくなる。
「本当に!?」
「間違いありません」
コタマが頷く。
「廃墟から保存されたデータの中に、G.Bibleに該当するデータが存在しています」
「やったぁ!」
モモイが両手を上げる。
「これでゲーム開発部は救われ――」
「待って」
ハレが止める。
「まだ読めないよ」
「……え?」
ハレが画面を拡大する。
そこには、複雑な暗号化が施されたデータが表示されていた。
「データそのものは存在してる。でも、かなり特殊な暗号化が掛かってる」
「解析できないの?」
ユズが尋ねる。
「普通の暗号なら、時間を掛ければ何とかなるかもしれない。でも、これは違う」
ハレは画面を操作する。
「暗号を解くというより、データそのものを別の環境に映して解析することを前提に作られてるみたい」
「映す……?」
カナタが尋ねる。
「うん」
ハレが頷く。
「データの構造を別の場所にそのまま『映す』ことで、元のデータに触れずに内部を調べるための特殊な解析装置が必要みたいなんだ」
マキが画面を指差す。
「その装置の名前が――」
そこに一つの文字が表示されていた。
『鏡』
「……鏡?」
カナタが呟く。
「そう」
ハレが説明する。
「正式名称というより、ヴェリタス内で使われていた呼び名だけどね。対象のデータ構造を別の環境へ『映す』ことから、そう呼ばれてる」
モモイが身を乗り出す。
「それを使えば、G.Bibleを読めるの?」
「可能性は高いよ」
ハレは答える。
「少なくとも、今の私たちだけでこの暗号を正面から突破するよりは現実的」
「じゃあ、その『鏡』はどこにあるの?」
モモイが尋ねる。
その問いに、マキが少しだけ気まずそうな顔をした。
「……今は、ないんだよね」
「え?」
コタマが説明する。
「以前はヴェリタスが保有していました」
「じゃあ、今は?」
「セミナーです」
空気が少し変わった。
「……セミナー?」
モモイが聞き返す。
「はい」
コタマは淡々と続ける。
「現在、『鏡』はセミナーの管理下にあります」
「どうして?」
カナタが尋ねる。
ハレが答えた。
「解析能力が高すぎるから」
「高すぎる?」
「うん。『鏡』は普通の解析装置と違って、アクセス制限の掛かったデータを別環境に映して解析できる」
ハレは少し考える。
「使い方を間違えれば、学校の重要な情報や機密データまで覗けちゃう可能性がある」
「だからセミナーが管理しているのか」
「そういうこと」
コタマも頷く。
「無許可で使用すれば、ミレニアムの情報管理そのものに関わる問題になります」
「なるほど……」
カナタは納得した。
少なくとも、セミナーが理由もなくヴェリタスから取り上げたわけではない。
ミレニアム全体の安全を考えれば、危険性のある装置を管理下に置くという判断にも理由がある。
そして、その考え方には――。
どこか、あの少女と共通するものがあった。
「……リオ」
カナタが呟く。
「えっ?」
モモイが振り返る。
「カナタくん、リオ会長を知ってるの?」
「ああ」
カナタは頷いた。
「少し前に、校舎で会った」
炎角も思い出すように腕を組む。
「ミレニアムの生徒会を統べる者だったな」
「そう」
カナタは端末を見る。
そこには、まだ開くことのできないG.Bibleのデータが残っている。
そして、その鍵となる装置はセミナーが管理している。
「……そういうことか」
「どういうこと?」
モモイが尋ねる。
「第22話で、リオが言ってたんだ」
カナタは思い返す。
――知らないということ自体が危険なのよ。
「危険なものだからこそ、セミナーが管理してるんだろうな」
ハレが頷く。
「たぶんね」
「じゃあ、どうする?」
ミドリが尋ねる。
モモイは拳を握った。
「決まってる!」
「……嫌な予感がする」
ミドリが呟く。
「セミナーに行って、『鏡』を貸してもらう!」
「そんな簡単にいくかなぁ……」
ハレが苦笑する。
「勝手に持ち出すのは絶対ダメだよ」
「分かってるって!」
モモイが頬を膨らませる。
「ちゃんとお願いするよ!」
ユズが不安そうに尋ねる。
「……貸してもらえるでしょうか」
「それは……」
コタマが少し考える。
「交渉次第でしょうね」
アリスが口を開いた。
「アリスも行きます」
「もちろん!」
モモイが頷く。
「アリスのことも関係してるしね!」
カナタは黙って端末を見つめる。
G.Bible。
そして――。
鏡。
どちらも、廃研究施設で見つかった。
そして今、その二つが再びセミナーへと繋がっている。
「……まずは話をしてみるか」
カナタが言った。
「セミナーと?」
「ああ」
カナタは端末をしまう。
「G.Bibleが本当にゲーム開発部を救うための手掛かりになるなら、なおさらだ」
そして、少しだけ間を置いて続ける。
「それに、俺たちには角獣の資料を探してるっていう別の目的もある」
モモイが目を丸くする。
「あっ、そうだった!」
「忘れてたのかよ」
カナタが苦笑する。
「だってG.Bibleが見つかったんだもん!」
「まあ、それは分かるけどな」
炎角が頷く。
「目的は違えど、進む先は同じということか」
「ああ」
カナタは答えた。
「だったら、一緒に行けばいい」
アリスが頷く。
「アリスも行きます」
「私も……」
ユズが小さく手を上げる。
「ゲーム開発部の部長だから……ちゃんと話をしたいです」
モモイとミドリが顔を見合わせる。
「ユズ……」
「……頑張ります」
ユズは小さく頷いた。
「よし!」
モモイが拳を突き上げる。
「ゲーム開発部、全員でセミナーに乗り込むよ!」
「『乗り込む』って言い方はやめようよ、お姉ちゃん……」
ミドリが呆れる。
「では、正確には『交渉に行く』です」
アリスが訂正する。
「そう、それ!」
モモイが頷く。
「交渉!」
ハレが小さく笑う。
「……ちゃんと交渉になればいいけどね」
コタマも頷いた。
「G.Bibleの解析はヴェリタスとしても興味深い案件です。私たちも可能な範囲で協力します」
カナタは改めて端末を見る。
そこには、まだ開くことのできないデータが眠っている。
G.Bible。
そして――。
鏡。
次に向かう場所は決まった。
ミレニアムサイエンススクール生徒会――セミナー。
そこで待っているのは、果たしてどんな交渉になるのか。
カナタには、まだ分からない。
ただ一つ分かっているのは――。
G.Bibleを読むためには、セミナーの協力が必要だということ。
そして、角獣の謎を追う自分たちにとっても、セミナーが管理する情報は決して無関係ではないということだった。
カナタたちは、次なる目的地へ向けて歩き出した。