ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
ミレニアム郊外の廃墟から回収された謎の機械。
それは現在、ヴェリタスの部室へと運び込まれていた。
円形の本体から伸びる、複数の管。
金属とも生体組織ともつかない奇妙な質感を持つそれは、見た目だけでは何のために作られたものなのかさえ分からない。
その周囲には、ヴェリタスのマキ、ハレ、コタマ。
そして先生、モモイ、ミドリ、ユズ、アリス。
さらに砂原カナタと炎角も集まっていた。
「それで、この機械について分かったことは?」
先生が尋ねる。
マキは端末を操作しながら答えた。
「今のところ、製造元も型式も不明。ミレニアムのデータベースにも、該当する記録はないよ」
「内部構造も、現在のミレニアム製品とはかなり違います」
ハレが続ける。
「電源らしいものも見当たりません。それなのに、完全に停止しているのかどうかも分からなくて……」
「それって、つまり……」
モモイが機械を見る。
「今でも動く可能性があるってこと?」
「可能性だけならあります」
ハレは慎重に答えた。
「ただ、どういう原理で動くのかさえ分からないので……」
「しかも、この機械が見つかった場所は、アリスが発見された場所とは別なんですよね?」
ユズが確認する。
「ああ」
答えたのはカナタだった。
「場所は違う。でも、アリスが座っていた機械も、これと同じで、誰が作ったのか分からなかった」
カナタは機械を見つめる。
「だから、何か関係があるんじゃないかと思ってる」
「なるほど……」
先生が頷く。
その横で、炎角も機械をじっと見ていた。
「……我にも、この機械が何のために造られたものなのかは分からぬ」
「炎角にも分からないの?」
モモイが驚く。
「うむ」
炎角は静かに答えた。
「少なくとも、我が知る角獣の力とは異なるものだ。似た力を感じるわけでもない」
「じゃあ、角獣とは関係ないのかな?」
「それも、まだ分からぬ」
炎角は首を横に振る。
「分からぬからこそ、調べる必要があるのであろう」
「……そうだな」
カナタも頷いた。
角獣について調べている自分たちにとって、この機械が何なのかは重要な手掛かりになるかもしれない。
だが、今の段階では何も分からない。
製造者も。
用途も。
作られた時代すら。
そして――。
「…………」
アリスが、機械を見つめていた。
「アリス?」
ミドリが声を掛ける。
アリスは返事をしなかった。
ただ、ゆっくりと機械へ近づいていく。
「アリス?」
今度はモモイが呼ぶ。
それでもアリスは止まらない。
「……どうした?」
カナタも警戒しながら声を掛ける。
アリスは機械の前で立ち止まった。
「……分かりません」
「え?」
「ですが……」
アリスは自分の胸に手を当てる。
「これを……知っているような気がします」
その言葉に、部室にいた全員が黙り込んだ。
「知っている?」
先生が尋ねる。
「はい」
アリスは機械を見つめたまま答える。
「どこで見たのかも、どうして知っているのかも分かりません」
そして、ほんの少しだけ首を傾げた。
「でも……初めて見るものではない気がします」
カナタが一歩前へ出る。
「アリス。無理に触らなくてもいい」
「大丈夫です、カナタさん」
アリスが振り返る。
その表情は、まだいつもの穏やかなものだった。
「怖くはありません」
「でも――」
カナタが言いかける。
その時だった。
アリスが、ゆっくりと手を伸ばした。
「待っ――」
カナタの制止よりも早く。
アリスの指先が、機械に触れた。
――ピコン。
「……え?」
モモイが手元のゲーム機を見る。
「今、何か鳴らなかった?」
誰も触れていないはずのゲーム機の画面が、突然点滅していた。
「お姉ちゃん?」
ミドリが振り返る。
「いや、あたし何もしてないよ?」
ピ……。
ピ……。
ゲーム機から、一定間隔で電子音が響く。
「これ……」
ユズが不安そうに画面を見る。
「勝手に起動してる……?」
その瞬間だった。
――ゴォン。
低い音が、部室全体を震わせた。
「なっ……!?」
謎の機械の内部が突然発光する。
円形の本体に沿って光が走り、伸びていた管の一本がゆっくりと動き始めた。
「全員、離れて!」
マキが叫ぶ。
ハレもすぐに端末を確認する。
「待ってください! 内部でエネルギー反応が――!」
次の瞬間。
機械から、光の塊が放たれた。
――ドォン!!
「うわっ!」
「きゃあっ!」
壁の一部が吹き飛ぶ。
「全員、下がって!」
先生が叫ぶ。
だが、機械は止まらない。
複数の管が次々と展開し、周囲へ向けられていく。
「なんなんですか、これ!?」
ハレが叫ぶ。
「分からない!」
マキが端末を操作する。
「でも、明らかに攻撃出力が上がってる! このままだと――!」
再び光が収束する。
次の攻撃が放たれる。
その瞬間。
「危ない!」
カナタが叫んだ。
考える時間などなかった。
カナタは近くにいたモモイとユズを咄嗟に押し退ける。
「えっ――」
二人の身体が床へ倒れ込む。
その直後。
閃光がカナタの目の前を覆った。
「御前様!」
炎角が叫ぶ。
――ドォン!!
「ぐっ……!」
カナタの身体が吹き飛ばされた。
「カナタさん!」
ユズが叫ぶ。
床を転がったカナタは、そのまま壁際へ叩きつけられる。
「御前様!」
炎角が駆け寄り、カナタの身体を支える。
「無理をするな!」
「……炎角……」
カナタは苦しそうに目を開ける。
「御前様、何故あのような無茶を……!」
「……急だったから……」
カナタは息を整えながら答える。
「攻撃に移るより……庇った方が早かった……」
「だが――!」
「……みんなは?」
「無事だ!」
炎角が即答する。
「モモイも、ユズも、他の者たちも無事だ!」
「……そっか」
それだけを確認すると、カナタの身体から力が抜けた。
「御前様!?」
炎角が慌てて呼び掛ける。
だが、カナタは目を閉じたまま動かない。
「御前様! 目を開けよ!」
炎角の声が部室に響く。
「カナタ!」
先生が駆け寄ろうとする。
しかし――。
再び、機械が動いた。
「先生、危ない!」
ミドリが叫ぶ。
複数の管が一斉に向きを変える。
先生が身を伏せる。
その横で、モモイがゆっくりと身体を起こした。
「……カナタ……?」
まだ意識が朦朧としている。
「カナタ、大丈夫!?」
モモイが立ち上がろうとする。
「お姉ちゃん、待って!」
ミドリが止める。
「まだ危ない!」
「でも……!」
モモイがカナタを見る。
その瞬間だった。
機械から放たれた光が、モモイの近くを薙ぎ払った。
「モモイ!」
先生が叫ぶ。
「きゃっ――!」
モモイの身体が吹き飛ばされる。
「お姉ちゃん!」
ミドリが駆け寄る。
床に倒れたモモイは、目を閉じたまま動かない。
「嘘……」
ミドリの顔が青ざめる。
「お姉ちゃん……?」
ハレが駆け寄り、モモイの状態を確認する。
「呼吸はあります。気を失っているだけです!」
「よかった……」
ミドリが胸を撫で下ろす。
だが――。
「…………」
アリスが、ゆっくりと顔を上げた。
「アリス……?」
先生が呼び掛ける。
返事はない。
その瞳から、いつもの明るさが消えていた。
そして――。
赤い。
アリスの両目が、鮮やかな赤色に染まっていた。
「……アリス?」
ミドリが不安そうに呼ぶ。
アリスは答えない。
ただ、赤く光る瞳で、目の前の機械を見つめている。
「アリス!」
先生が声を張る。
それでも反応はない。
やがて、アリスの口がゆっくりと開いた。
「コードネーム――AL-1S」
「……!」
全員が息を呑む。
その声は、いつものアリスのものとは明らかに違っていた。
感情がない。
ただ、何かを確認するためだけの機械的な声。
「起動完了」
赤い瞳が、静かに輝く。
「アリス……」
先生が呟く。
アリスは、ゆっくりと背中へ手を伸ばした。
そこにあるのは――。
光の剣:スーパーノヴァ。
いつも背負っている巨大な光の剣を、アリスは無言で手に取る。
そして。
ゆっくりと構えた。
「……お姉ちゃん?」
ミドリが怯えた声を漏らす。
アリスは答えない。
ただ、スーパーノヴァを構えたまま、機械の前に立っている。
「プロトコル――ATRAHASIS」
無機質な声が、部室に響く。
謎の機械が呼応するように、低い駆動音を響かせる。
――ゴォォォン……。
「実行します」
その瞬間。
機械の複数の管が、一斉に展開した。
「まずい……!」
マキが叫ぶ。
「このままだと、また出力が上がります!」
先生がアリスを見る。
その手にはスーパーノヴァ。
その瞳は赤く染まっている。
そして、その背後には謎の機械。
「アリス……」
先生が静かに呼び掛ける。
「君は……何をしようとしているんだ?」
アリスは答えない。
ただ、赤い瞳で前を見つめている。
その時だった。
モモイのゲーム機から、再び電子音が響いた。
ピ――。
ピ――。
「……なんだ?」
マキがゲーム機を見る。
「信号が出てる……?」
コタマが画面を覗き込む。
「ゲーム機から?」
「違う」
マキが首を振る。
「ゲーム機が……何かを受信してる」
ハレが機械を見る。
「まさか……この機械から?」
直後。
謎の機械が、さらに大きな音を立てた。
――ゴォォォン……。
部室の空気が震える。
円形の本体に走る光が、次第に強くなっていく。
床に倒れたカナタ。
その傍らで彼を支える炎角。
意識を失ったモモイ。
そして、スーパーノヴァを構えるアリス。
誰も、この機械が何なのか分からない。
なぜアリスが反応したのかも。
なぜモモイのゲーム機が起動したのかも。
なぜアリスが「AL-1S」と名乗ったのかも。
そして――。
なぜ「ATRAHASIS」というプロトコルが、この場所で実行されようとしているのかも。
ただ一つ確かなのは。
この機械は、偶然ここで眠っていたわけではない。
アリスが触れたことで、何かが目を覚ました。
そして今。
ミレニアムで起きた事件は、これまで彼らが追ってきた「角獣」や「古代遺物」という謎だけでは説明できない、全く新しい領域へと踏み込もうとしていた。