ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター―   作:ガンダムラザーニャ

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第35話 夢の続きを

――数日後。

 

 暗い。

 

 何も見えない。

 

 何も聞こえない。

 

 ただ、遠くから誰かの声だけが聞こえてくる。

 

「……カナタくん」

 

 その声を聞いた瞬間、砂原カナタは目を開けた。

 

「……え?」

 

 そこに広がっていたのは、見慣れた病室ではなかった。

 

 どこまでも続く砂漠。

 

 その向こうには、どこまでも青い空が広がっている。

 

 そして、自分の前には――。

 

「……ユメ先輩?」

 

 そこに立っていたのは、かつてのアビドス生徒会長。

 

 ユメ先輩だった。

 

「久しぶりだね、カナタくん」

 

「どうして……」

 

 カナタは呆然とする。

 

 ユメはいつものように、優しい笑顔を浮かべていた。

 

「ここ……どこなんですか?」

 

「さあ?」

 

「さあって……」

 

「夢なんだから、細かいことは気にしなくていいんじゃないかな」

 

「……夢」

 

 カナタは周囲を見回した。

 

 どこか懐かしい。

 

 それでいて、現実ではありえない場所だった。

 

「……俺、何してたんだっけ」

 

「覚えてない?」

 

 ユメが少し首を傾げる。

 

 カナタはしばらく考えた。

 

 すると、少しずつ記憶が戻ってくる。

 

 ミレニアム。

 

 廃墟。

 

 謎の機械。

 

 アリス。

 

 そして――。

 

「……そうだ。俺、倒れて……」

 

「うん」

 

 ユメは静かに頷いた。

 

「大変だったね」

 

「……みんなは?」

 

「大丈夫だよ」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

 ユメは笑う。

 

「カナタくんが心配してるようなことにはなってないよ」

 

「……よかった」

 

 カナタは胸を撫で下ろした。

 

 だが、その表情はすぐに曇った。

 

「……俺、何も分かってないんです」

 

「何が?」

 

「角獣のことも、オメガホーンのことも」

 

 カナタは俯く。

 

「あの機械が何なのかも……アリスが何者なのかも」

 

 ユメは何も言わず、カナタを見つめていた。

 

「調べても調べても、分からないことばっかりです」

 

「……うん」

 

「もしかしたら、俺が調べても何も分からないんじゃないかって」

 

 カナタは拳を握る。

 

「俺がやってることって、本当に意味があるのかなって……」

 

 しばらく、砂漠に風が吹いた。

 

 ユメはカナタの隣まで歩いてくる。

 

「ねえ、カナタくん」

 

「はい」

 

「カナタくんは、前と変わったね」

 

「……俺が?」

 

「うん」

 

 ユメは微笑む。

 

「前のカナタくんだったら、分からないことがあったら、自分には無理だって思ってたんじゃないかな」

 

「……」

 

「でも、今は違う」

 

 カナタは顔を上げる。

 

「分からないなら、調べる」

 

 ユメが言う。

 

「知らないなら、探す」

 

 カナタは黙って聞いている。

 

「そして、自分で答えを見つける」

 

「……」

 

「カナタくんは、もうちゃんとそれができてるよ」

 

 その言葉に、カナタは目を見開いた。

 

「……そう、なのかな」

 

「うん」

 

 ユメは迷いなく頷く。

 

「私たちが見つけられなかったものも、カナタくんなら見つけられるかもしれない」

 

「……俺が」

 

「だって、カナタくんは今も旅を続けてるんだから」

 

 ユメの姿が、少しずつ遠くなっていく。

 

「……ユメ先輩?」

 

 カナタが振り返る。

 

「待ってください」

 

 ユメは立ち止まらない。

 

「まだ……話したいことが……」

 

 声が震える。

 

 カナタは手を伸ばす。

 

「まだ、聞きたいことがいっぱい――」

 

 ユメは振り返った。

 

 そして、昔と変わらない笑顔を見せる。

 

「カナタくん」

 

「……はい」

 

「私がいなくても、大丈夫だよ」

 

「……!」

 

「もう、カナタくんは自分で歩いていけるから」

 

 ユメの姿が、少しずつ光に溶けていく。

 

「だから――」

 

 ユメは最後に、静かに笑った。

 

「夢の続きを、一緒に見られたらいいね」

 

「……ユメ先輩」

 

「いつか、きっとね」

 

「ユメ先輩!」

 

 カナタが手を伸ばす。

 

 だが――。

 

 その姿は、光の中へ消えていった。

 

「ユメ先輩……!」

 

 カナタの声だけが、砂漠に響く。

 

 そして――。

 

「ようやく目が覚めたか、御前様よ」

 

「――!」

 

 聞き慣れた声。

 

 カナタの意識が、一気に現実へ引き戻される。

 

 ゆっくりと目を開ける。

 

 白い天井。

 

 ベッド。

 

 そして、その傍らに立つ炎角。

 

「……炎角?」

 

「うむ」

 

 炎角は腕を組みながら、カナタを見下ろしていた。

 

「全く、無茶しおって」

 

「……ごめん」

 

「謝れば済むと思っておるのか?」

 

「……」

 

 炎角は呆れたように息を吐く。

 

 しかし、その表情には明らかな安堵があった。

 

「御前様が突然、我らの眼前で倒れたのだぞ。あの時は肝を冷やした」

 

「……そんなに?」

 

「そんなに、だ」

 

 炎角は即答した。

 

「もう少し自分の身を大切にせよ」

 

「……分かってる」

 

 カナタは苦笑する。

 

 そして、ゆっくりと周囲を見回した。

 

「……みんなは?」

 

「無事だ」

 

 炎角はすぐに答えた。

 

「ミレニアムの者たちも、ゲーム開発部の者たちも、先生も無事だ」

 

「……そっか」

 

 カナタは胸を撫で下ろす。

 

 そして、少し間を置いて尋ねた。

 

「モモイは?」

 

「モモイも目を覚ました」

 

「……よかった」

 

 その言葉とともに、カナタの表情から少しだけ緊張が抜ける。

 

 しかし――。

 

 炎角の表情は晴れなかった。

 

「……しかし、御前様よ」

 

「えっ?」

 

「事態は悪化した」

 

 カナタの顔から笑みが消える。

 

「……何があった?」

 

 炎角は少しだけ目を伏せた。

 

「アリスが――リオに連れて行かれた」

 

「……え?」

 

 カナタは言葉を失った。

 

「アリスが……?」

 

「うむ」

 

「リオに……?」

 

「そうだ」

 

 カナタはゆっくりと身体を起こそうとする。

 

「……痛っ」

 

 脇腹に走った痛みに、思わず顔をしかめる。

 

「まだ無理をするな」

 

「大丈夫」

 

 カナタは痛みを堪えながら身体を起こす。

 

「どうして……」

 

「我も詳しい事情までは聞いておらぬ」

 

 炎角は首を横に振る。

 

「ただ、先生から聞いた話では、あの後リオが現れたそうだ」

 

「リオが……」

 

「アリスが見せた異常な反応。謎の機械。そして、あの『ATRAHASIS』という言葉」

 

 炎角が続ける。

 

「それらを確認したリオは、アリス殿を危険な状態にあると判断したらしい」

 

「……」

 

「アリス自身を悪と決めつけたわけではない」

 

「……そうなのか」

 

「うむ」

 

 炎角は頷く。

 

「今のアリスをそのままにしておくことが危険だと判断し、自分の管理下で安全を確保する――そういうことらしい」

 

 カナタは黙り込む。

 

 脳裏に、あの時の光景が蘇る。

 

 赤く染まった瞳。

 

 無機質な声。

 

 スーパーノヴァを構えるアリス。

 

 そして――。

 

『プロトコル――ATRAHASIS』

 

『実行します』

 

「……ATRAHASISは?」

 

 カナタが尋ねる。

 

「それについては、我にも分からぬ」

 

「実行されたの?」

 

「いや」

 

 炎角は首を横に振る。

 

「少なくとも、あの機械が何かを実行する前に、事態は収束したようだ」

 

「……そうか」

 

 カナタは少しだけ息を吐く。

 

「でも……」

 

 カナタの脳裏に、アリスの赤い瞳が浮かぶ。

 

「あの時のアリスは……いつものアリスじゃなかった」

 

「我にも、そう見えた」

 

 炎角は静かに答える。

 

「御前様はどう思う?」

 

「……アリスが、自分の意思でやったようには思えない」

 

「ならば?」

 

 炎角が尋ねる。

 

「何をする、御前様よ?」

 

 カナタは少しだけ俯いた。

 

 頭の中には、さっきの夢が残っている。

 

 ユメ。

 

 そして――。

 

『夢の続きを、一緒に見られたらいいね』

 

 カナタは目を閉じる。

 

「……俺は、まだ何も分かってない」

 

 ゆっくりとベッドから足を下ろす。

 

「角獣のことも」

 

 立ち上がる。

 

「オメガホーンのことも」

 

 一歩、歩く。

 

「あの機械が何なのかも」

 

 そして、顔を上げる。

 

「アリスの中で、何が起きたのかも」

 

 カナタは拳を握る。

 

「でも……」

 

 その瞳に、決意が宿った。

 

「分からないからって、放っておくわけにはいかない」

 

 炎角は黙ってカナタを見つめる。

 

「アリスを連れ戻そう」

 

「……うむ」

 

 炎角は力強く頷いた。

 

「それでこそ、我が仕える御前様よ」

 

 その時――。

 

 病室の扉が開いた。

 

「カナタくん!」

 

 先生が入ってくる。

 

 その後ろには、モモイ、ミドリ、ユズたちの姿もあった。

 

「起きたんだね!」

 

「カナタ……大丈夫?」

 

「無理しないでくださいね」

 

「……みんな」

 

 カナタは安心したように笑う。

 

「モモイも、大丈夫?」

 

「うん! ちょっと頭が痛かったけど、もう大丈夫!」

 

 モモイが笑う。

 

「それよりカナタ!」

 

「ん?」

 

「あの時、助けてくれてありがとね」

 

「……別に」

 

「別にじゃないよ!」

 

 モモイは少しだけ怒ったような顔をする。

 

「カナタがいなかったら、私たち……」

 

「もういいって」

 

 カナタは苦笑する。

 

「みんなが無事なら、それでいいから」

 

 先生はそんな二人を見た後、静かに尋ねた。

 

「カナタくん。身体は?」

 

「まだ少し痛いですけど……動けます」

 

「そうか」

 

 先生が頷く。

 

「じゃあ、アリスのことを話そう」

 

「はい」

 

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 

 モモイたちの表情からも笑顔が消える。

 

「リオは、アリスをミレニアムのセミナーが管理する施設へ移した」

 

 先生が説明する。

 

「今はそこで安全確保と、あの機械やアリスの状態について調べている」

 

「……アリスは?」

 

「今のところ、大きな異常はないらしい」

 

「よかった……」

 

 カナタが安堵する。

 

「でも、アリス本人と話す必要がある」

 

 先生が続ける。

 

「そして、あの機械についても調べなければならない」

 

「……俺も行きます」

 

「カナタくん」

 

「まだ本調子じゃないのは分かってます」

 

 カナタは先生を見る。

 

「でも、あの機械を最初に調べていたのは俺たちです」

 

「……そうだね」

 

「それに――」

 

 カナタは少しだけ目を伏せる。

 

「アリスは、俺たちの仲間だから」

 

 モモイが頷く。

 

「うん!」

 

 ミドリも続く。

 

「私たちも行きます」

 

「私も……行きたいです」

 

 先生は三人を見る。

 

「分かった」

 

 そして、炎角を見る。

 

「炎角も?」

 

「当然だ」

 

 炎角は即答した。

 

「我が御前様を一人で行かせると思うか?」

 

「……ありがとう、炎角」

 

 カナタが笑う。

 

 炎角も、わずかに口元を緩めた。

 

 こうして――。

 

 アリスを巡る新たな事件が、動き始めようとしていた。

 

 カナタはまだ知らない。

 

 アリスの中で目覚めた「何か」が、ミレニアムに残された古い謎と繋がっていることを。

 

 そして、廃墟で見つかった謎の機械が、なぜアリスに反応したのかということも。

 

 だが、今のカナタには一つだけ分かっていることがあった。

 

 分からないなら、探せばいい。

 

 知らないなら、調べればいい。

 

 そして――。

 

 失いたくないものがあるなら、自分の足でそこへ向かえばいい。

 

 カナタは窓の外を見る。

 

 ミレニアムの空が、静かに広がっていた。

 

「……夢の続きを」

 

 小さく呟く。

 

 ユメの声を思い出しながら。

 

 砂原カナタの旅は――。

 

 また一つ、新たな謎へと進もうとしていた。

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