ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
「アリスを連れ戻そう」
カナタがそう告げると、その場にいた全員が彼に視線を向けた。
ミレニアムの一室。
そこには、ゲーム開発部のモモイ、ミドリ、ユズ。そして先生が集まっていた。
少し離れた場所では、ヴェリタスのマキ、ハレ、コタマが話を聞いている。
エンジニア部のウタハ、コトリ、ヒビキもいた。
そして――。
「話は聞いたぜ」
低い声が響いた。
腕を組んで立っていたのは、C&Cの部長、ネルだった。
その隣には、アスナ、アカネ、カリンの姿もある。
「ネル……」
モモイが驚いたように声を上げる。
ネルはモモイたちを一瞥すると、少しだけ視線を逸らした。
「……別に。今回は仕事じゃねぇ」
「それってつまり……」
「アリスを助けに来たってことだよ~」
アスナがにこりと笑う。
「そういうことだ」
ネルは短く答えた。
「リオ会長の判断には、私も疑問があります」
アカネが静かに続ける。
「アリスを危険な存在と判断すること自体は、理解できなくもありません。しかし、彼女自身の意思や現在の状態を確認せずに、取り返しのつかない処置を進めることには賛成できません」
カリンも頷いた。
「アリスは、私たちの仲間です。何が起きたのかも分からないまま、彼女を失うわけにはいきません」
その言葉を聞き、カナタは先生へと視線を向けた。
「先生」
「うん」
「俺はまだ、何が起きたのか全部分かってません」
カナタは一度、言葉を選んだ。
「あの機械にアリスが触れたこと。その直後に様子がおかしくなったこと。そして、リオに連れて行かれたこと……」
拳を握る。
「俺が気を失っている間に、何があったんですか?」
先生は少しの間、黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「……リオは、アリスについて独自に調査を進めていた」
「アリスのことを?」
モモイが眉を寄せる。
「うん。アリスがどこで発見されたのか。あの機械とどう関係しているのか。そして、彼女が何者なのか」
先生は言葉を続けた。
「その調査の中で、リオは一つの仮説にたどり着いたらしい」
「仮説……?」
カナタが聞き返す。
「アリスは、古代の遺物――OOPArtに関係する存在。そして……」
先生は一度、言葉を切った。
「『名もなき神々の王女』と呼ばれる存在なのではないか、と」
「……王女?」
カナタが呟く。
モモイたちも、互いに顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
モモイが声を上げる。
「アリスが王女って、どういうこと!? そもそも、名もなき神々って何なの!?」
「そこまでは、まだ分かっていない」
先生は首を横に振った。
「リオも、すべてを把握しているわけじゃない。古い記録や、今回の機械の反応から、そう推測しているんだ」
「……つまり、確定した話じゃないんですね」
ハレが確認する。
「そういうことだね」
先生は頷いた。
カナタは考え込む。
アリス。
AL-1S。
ATRAHASIS。
そして、あの謎の機械。
それらが、一本の線で繋がっているのかもしれない。
しかし、まだ何も確かなことは分からない。
「リオは、アリスがキヴォトスにとって危険な存在になる可能性を考えている」
先生が続けた。
「古代の記録には、彼女のような存在が、キヴォトスを滅ぼすことに繋がるかもしれないと解釈できる記述もあったらしい」
「そんな……」
ユズが小さく呟く。
「待ってよ!」
モモイは首を横に振った。
「アリスが世界を滅ぼすって……そんなの、急に言われても分かんないよ!」
「そもそも、アリス本人は何も知らないんですよ!」
ミドリも声を上げる。
「自分が何者なのかも、あの機械が何なのかも分からない。そんな状態なのに、アリスだけに責任を負わせるなんておかしいです!」
「うん」
先生も頷いた。
「僕も、アリス本人の意思を確認する必要があると思っている」
カナタは黙って聞いていた。
脳裏に浮かぶのは、あの時の光景。
機械が起動した瞬間。
赤く染まったアリスの瞳。
無機質な声。
そして、スーパーノヴァを構えた姿。
あれは、本当にアリス自身が望んだことだったのだろうか。
「……アリスは、何も分かってなかったように見えました」
カナタが呟く。
先生が彼を見る。
「どういうこと?」
「俺が見た限りですけど……あの時のアリスは、自分の意思で動いているようには見えませんでした」
カナタは、あの瞬間を思い返す。
「機械が動き出して、アリスの様子が変わった。その直後に攻撃が起きて……」
言葉が途切れる。
あの時、カナタはモモイとユズを守るために動いた。
攻撃を仕掛ける余裕などなかった。
「俺は、みんなを守ろうとしただけです。でも……アリスが何をしていたのか、今でも分かりません」
「……そうだな」
ネルが低く呟いた。
「本人が何も分かってねぇなら、なおさら話を聞く必要がある」
炎角も静かに口を挟む。
「御前様の言う通りだ。我にも、あの娘が自らの意思で攻撃したようには見えなかった」
炎角は拳を握った。
「だが、リオという者は、そうは考えておらぬのだろう」
「……うん」
先生は頷いた。
「リオは、アリスの存在そのものが危険なのかもしれないと考えている」
そして、重い声で続けた。
「だからこそ、アリスの活動を停止させる方法まで検討している」
「活動を……停止?」
カナタが聞き返す。
先生は、慎重に言葉を選んだ。
「アリスのヘイローを破壊することだ」
「……っ!」
モモイの顔から血の気が引いた。
「ヘイローを破壊するって……それじゃあ……」
「アリスの存在そのものを失わせることになりかねない」
先生は目を伏せた。
「リオは、それがキヴォトスを守るために必要になる可能性があると考えている」
「そんなの……!」
ユズが俯く。
「絶対に嫌です……」
ミドリは拳を握り締めた。
「アリスは、私たちの仲間です」
モモイも立ち上がった。
「そうだよ!」
そして、強く言い切る。
「アリスは魔王なんかじゃない!」
一瞬、部屋が静まり返る。
モモイは顔を上げた。
「勇者だよ!」
その言葉に、カナタは少しだけ目を細めた。
――勇者。
かつて、アリスがそう呼ばれていたことを思い出す。
光の剣、スーパーノヴァ。
ゲームの中で勇者に憧れ、仲間と一緒に冒険することを楽しんでいた少女。
その彼女が今、自分でも知らない何かによって、危険な存在だと判断されている。
「……だったら」
カナタはゆっくりと立ち上がった。
「俺たちがアリスを取り戻せばいい」
「カナタくん……」
モモイが振り返る。
「アリスが本当に何者なのか。あの機械が何なのか」
カナタは拳を握る。
「それを確かめるのは、アリスを助けてからでも遅くない」
「……うむ」
炎角も頷いた。
「御前様の言う通りだ。分からぬことがあるからといって、目の前の者を見捨ててよい理由にはならぬ」
その時だった。
「……あたしも行く」
ネルが口を開いた。
カナタがネルを見る。
「ネルさんが?」
「前にアンタとはやり合ったけどな」
ネルは少し笑った。
「今回は敵じゃねぇ。あいつを勝手に危険物扱いされて、黙って見てられるかよ」
「……ありがとうございます」
「礼はいい。アリスを助けてからにしろ」
ネルはそう言って、腕を組み直した。
カナタはC&Cの面々を見回す。
ネル、アスナ、アカネ、カリン。
そこで、ふと気づいた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
アスナが首を傾げる。
「C&Cって、もう一人いるんじゃないんですか?」
その質問に、ネルたちの表情がわずかに変わった。
「……トキのことか」
ネルが答える。
「トキ?」
カナタが聞き返す。
「それが名前ですか?」
「そうだ。C&Cの一員だ」
ネルは短く答えた。
「ただ、あいつは特殊な任務を担当することが多くてな。普段、あたしたちと一緒に行動することは少ない」
アカネが補足する。
「所属は同じですが、任務の性質上、別行動が基本です。直接顔を合わせる機会は限られていました」
「そうなんですね……」
カナタは頷いた。
トキという少女がいること。
彼女がC&Cの一員であること。
そして、今は――。
「今のトキは、リオの側にいる」
ネルの言葉に、カナタは沈黙した。
「……リオの側に?」
「ああ。あいつは今、リオの護衛を務めている」
ネルは表情を引き締めた。
「だから、今回の相手にはリオだけじゃなく、トキもいると思っておけ」
カナタは静かに頷いた。
アリスを連れて行ったリオ。
そして、その傍らにいるトキ。
救出が簡単ではないことは、十分に理解できた。
炎角がカナタの隣に立つ。
「容易な道ではなさそうだな、御前様」
「……そうだな」
カナタはオメガホーンに手を添えた。
「でも、行くしかない」
「もちろん!」
モモイが一歩前に出る。
「アリスを助けるよ!」
「私たちも行きます」
ミドリが頷く。
ユズも、少し震えながら顔を上げた。
「……私も、アリスを助けたいです」
マキが端末を操作しながら口を開く。
「機械の解析は、こっちで続ける。アリスの状態に関する情報が見つかれば、すぐに共有するよ」
「こちらも、あの機械の構造を調べます」
ハレが続ける。
「現地で新たな装置やデータが見つかった場合に備えて、解析環境を整えておきます」
「エンジニア部も協力するよ!」
ウタハが頷いた。
「スーパーノヴァや、あの機械に関係する技術が見つかれば、こちらで調べよう」
「ぼ、僕たちもできる限りの準備をします!」
コトリが慌てて手を挙げる。
「装備や通信機器の調整なら任せてください!」
ヒビキも頷いた。
先生は、その場にいる全員を見渡した。
「みんな……ありがとう」
そして、静かに言った。
「アリスを助けよう。ただし、相手が何を考えているのか分からない以上、無理な突入は避ける。まずは情報を集めて、アリスのいる場所と状況を確認する」
「了解」
ネルが答える。
「カナタくんも、まだ完全に回復したわけじゃないんだからね」
先生の言葉に、カナタは少しだけ顔をしかめた。
「……分かってます」
「本当に?」
「本当です」
炎角が横から口を挟む。
「御前様は、分かっていても無茶をする」
「炎角……」
「事実であろう」
カナタは反論できず、苦笑した。
それを見て、モモイが少しだけ笑う。
「じゃあ、無茶しないように、あたしたちが見張っておくね!」
「それは心強いな」
先生も微笑んだ。
だが、すぐに全員の表情が引き締まる。
アリスは今、リオの管理下にいる。
その身には、本人さえ知らない秘密が隠されているのかもしれない。
そして、その秘密を恐れたリオは、アリスの存在そのものを失わせる危険な手段まで検討している。
それでも――。
カナタは前を向いた。
「行こう」
静かな声だった。
「アリスを取り戻しに」
炎角が頷く。
「うむ。御前様と共に」
ネルが口元を吊り上げる。
「久しぶりに、派手な仕事になりそうだな」
「だから、今回は仕事じゃないんじゃなかったの?」
アスナが笑う。
「うるせぇ!」
そんなやり取りに、わずかな笑いが生まれた。
けれど、誰も忘れてはいなかった。
これから向かうのは、仲間を取り戻すための場所。
そして、アリス自身も知らない謎が待ち受ける場所だ。
ゲーム開発部。
ヴェリタス。
エンジニア部。
C&C。
先生。
砂原カナタと炎角。
それぞれの得意分野と、それぞれの想いを胸に、彼らは動き始めた。
――天童アリスを取り戻すために。