ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
要塞都市エリドゥ。
ミレニアムの郊外に建造されたその都市は、通常の研究施設とは比較にならないほど巨大な規模を誇っていた。
都市を囲む防衛設備。
複雑に入り組んだ通路。
建造物の各所に設置された監視装置。
そして、それらを一元的に管理する高度なシステム。
ここは単に研究を行うための場所ではない。
外部からの侵入者を想定し、必要とあれば都市そのものを防衛施設として機能させるための場所だった。
「……すごいね。街全体が要塞みたい」
モモイが周囲を見回しながら呟く。
「実際、そういう構造なんだと思うよ」
ハレは端末を操作しながら答えた。
「通路の配置と防衛設備が連動してる。侵入者を特定の場所へ誘導したり、退路を塞いだりできる仕組みみたいだね」
「つまり、適当に走り回っていると迷子になる可能性があるわけですね……」
ユズが不安そうに呟いた。
「うん。しかも、ここはリオ会長が使っていた施設。どんな仕掛けがあるか分からない」
「だからこそ、慎重に進もう」
先生が全員を見渡した。
「今回の目的は、アリスを救出することだ。施設の制圧そのものが目的じゃない。無理な戦闘は避け、必要な場所だけ突破する」
「了解!」
ネルが短く答える。
カナタも頷いた。
「アリスを見つけたら、まず話をしたいです」
彼の脳裏に浮かぶのは、ゲーム開発部で楽しそうに笑っていたアリスの姿だった。
ゲームの世界に目を輝かせ、光の剣を手にして勇者を名乗っていた少女。
あの時の彼女が、誰かを傷つけることを望んでいたとは思えない。
もちろん、あの機械が起動した時の現象を忘れたわけではない。
アリスの目は赤く変わり、普段とは違う言葉を口にした。
そして、カナタもモモイも負傷した。
あの力が危険である可能性は否定できない。
しかし、それがアリス自身の意思だったのかは、まだ分からない。
「……だから、本人に聞く必要があるんだ」
カナタは小さく呟いた。
隣に立つ炎角が、静かに頷く。
「うむ。御前様の考えは理解しておる」
「ありがとう、炎角」
「礼には及ばぬ。我も、あの娘が自ら望んであのような振る舞いをしたとは思えなんだ」
炎角は前方へ視線を向ける。
「だが、相手が危険な力を持つことも事実。救うためには、我らも備えねばならぬ」
「分かってる。だからこそ、みんなで行くんだ」
カナタは銃を握り直した。
その時だった。
「……待って。前方のシステムが動いてる」
ハレが足を止めた。
端末の画面に、複数の反応が表示される。
「こちらの接近を検知したみたい。防衛ユニットが動き始めてる」
「もう見つかったのか?」
ネルが眉をひそめた。
「侵入した時点で、ある程度は想定してたけどね。問題は……」
ハレが画面を拡大する。
「正面だけじゃない。後方の通路にも反応がある。こっちを挟み込むつもりかもしれない」
「なら、包囲される前に突破するしかないね」
カナタが言った。
先生はすぐに判断を下す。
「全員、戦闘態勢。ヴェリタスは敵の配置を確認。エンジニア部は通路の制御設備を調べてくれ。C&Cは前衛を頼む」
「了解!」
それぞれが持ち場へ動いた。
直後、通路の奥から無機質な駆動音が響き始めた。
ガシャン。
ガシャン。
暗がりから姿を現したのは、複数の戦闘用ロボットだった。
AMAS。
リオが運用する自律型の防衛ユニットである。
その機械的な視線が、一斉に侵入者たちを捉えた。
『警告。未登録の侵入者を確認』
『当該区域への立ち入りを禁止します』
『武装を解除し、速やかに退去してください』
「……武装を解除しろってさ」
ネルが口元を歪める。
「はい、そうですかって帰るわけにもいかねぇな」
『警告。退去勧告に従わない場合、排除行動へ移行します』
「交渉する気はないみたいだね」
ハレが肩をすくめた。
次の瞬間、AMASの銃口が一斉に火を噴いた。
「全員、散開!」
先生の指示が飛ぶ。
銃弾が壁面を削り、火花が散った。
ネルが前方へ飛び出し、二丁のサブマシンガンで反撃する。
「アスナ、アカネ、右側を頼む! カリンは後方の射撃を抑えろ!」
「了解です!」
「分かりました」
「任せてください」
C&Cの面々が、それぞれの役割に従って動いた。
AMASは単純に正面から撃ち続けているわけではなかった。
前衛の機体が通路を塞ぎ、その後方から別の機体が射撃を行う。さらに、側面へ回り込む機体が、こちらの動きを制限しようとしていた。
「敵の配置が変わった! 前衛で足止めして、後ろから撃つつもりだ!」
ハレが叫ぶ。
「このまま撃ち合うと、こっちの弾薬が先に尽きるかもしれないね」
「なら、正面を崩す!」
カナタは銃を構え、敵の陣形を観察した。
前衛の機体は頑丈で、後衛の射撃を受けながら突破するのは難しい。
しかし、前衛が崩れれば、後方の機体は射線を維持できなくなる。
必要なのは、敵をすべて破壊することではない。
突破口を作ることだ。
「炎角!」
「心得ておる、御前様!」
カナタは猛角のエゴルギアを取り出した。
「角醒憑依せよ――猛角!!」
猛角の力がカナタに宿る。
全身に力が満ち、カナタは地面を蹴った。
「ここを突破する!」
正面を塞ぐAMASへ突進する。
激しい衝撃音が響き、前衛の機体が体勢を崩した。
一体が後退し、その隙間へ別の機体が割り込もうとする。
だが、カナタはそこで足を止めなかった。
猛角の力を活かし、敵の陣形を押し崩していく。
「今だ! ネルさん!」
「おう!」
ネルが前進し、アスナたちが左右から射撃を加える。
前衛が崩れたことで、AMASの射線が乱れ始めた。
しかし、後方の機体はすぐに配置を変更した。
『迎撃位置を変更』
『射撃対象を再設定します』
AMASの一部が通路の側面へ移動し、カナタたちの進行方向を狙う。
さらに後方からも銃撃が飛んできた。
「御前様、後方からの射撃に注意せよ!」
炎角が警告する。
「分かってる!」
カナタは猛角の力を解除し、弾角のエゴルギアを取り出した。
「次はこっちだ!」
「角醒憑依せよ――弾角!!」
弾角の力がカナタに宿る。
彼は銃を構え、後方のAMASへ狙いを定めた。
一発目の弾丸が敵の射撃姿勢を崩す。
続けて二発目、三発目。
破壊そのものを狙うのではなく、敵の銃口を逸らし、こちらへの射撃を止める。
敵が体勢を立て直す前に、カナタは別の機体へ狙いを切り替えた。
「よし、後方の射撃が弱まった!」
ハレが端末を確認する。
「前衛の配置も乱れてる。今なら抜けられるよ!」
「みんな、前進!」
先生の指示で、一行は一気に動き出した。
C&Cが左右を警戒し、先生が後方の安全を確認する。
ヴェリタスは端末を操作しながら、敵の動きと通路の情報を集めていた。
そして、前方ではエンジニア部が制御設備を調べていた。
「この先の扉、防衛システムと接続されてるよ!」
ウタハが叫ぶ。
「無理に破壊すると、別の区画まで警報が広がる可能性があるね」
「制御系統を切り離せば、開けられるかもしれません!」
コトリが端末を操作する。
「ヒビキ、そっちの配線を確認して!」
「了解!」
三人が連携して操作を進める。
数秒後、扉のロックが解除された。
「開いたよ!」
「よし、急いで!」
一行は開いた扉を抜け、AMASの包囲から脱出した。
直後、背後で扉が閉じる。
『侵入者を見失いました』
『警備区域の再設定を開始します』
機械音声が遠ざかっていく。
ようやく銃撃が止まった。
「……ふう。何とか突破できたね」
モモイが息を吐く。
「でも、ここからが本番だろうな」
カナタは周囲を確認した。
通路の先には、さらに巨大な都市の内部が広がっている。
整然と並ぶ建造物。
複雑に交差する通路。
そして、都市の奥へ続く道。
ここが要塞都市エリドゥ。
リオがアリスを連れてきた場所だ。
「ハレ、現在地は分かる?」
先生が尋ねる。
「大まかな位置は把握できてるよ。ただ、内部の詳細な地図はまだ不完全。これ以上進むなら、情報を集めながら行く必要があるね」
「分かった。無理に進まず、確認を怠らないようにしよう」
先生が頷いた。
「アリスを見つけたら、まずは彼女の状態を確認する。リオ会長との話し合いも、可能なら試みたい」
「……話し合いに応じてくれるかな」
ミドリが不安そうに呟く。
「分からない」
先生は正直に答えた。
「でも、最初から諦めるつもりはないよ」
カナタも頷く。
「俺も同じです。アリスが何をしたのか、何が起きたのか。分からないことが多すぎる」
彼は銃を下ろし、息を整えた。
「だから、本人の話を聞きたいんです」
その時だった。
「――そこまでです」
冷静な少女の声が、通路に響いた。
全員が一斉に振り返る。
進行方向に、一人の少女が立っていた。
黒を基調としたメイド服。
整った姿勢。
そして、感情を表に出さない静かな眼差し。
その姿を見た瞬間、C&Cの面々の表情が変わった。
「……トキ!」
ネルが声を上げる。
アスナも目を見開いた。
「やっぱり、ここにいたんだね……」
アカネは警戒を強め、カリンも銃を構え直した。
目の前にいるのは、リオの専属エージェントとして動いていた少女。
C&Cの正式なメンバーでありながら、普段の活動にはほとんど姿を見せず、リオの命令を優先してきた相手だった。
そして、アリスが連れ去られた時、ネルたちの前に立ちはだかった少女でもある。
「……あんた、また邪魔する気か」
ネルが低い声で言った。
「はい」
トキは淡々と答えた。
「あなたたちがここへ来ることは、リオ会長も想定していました」
「リオの命令ってわけか」
「その通りです」
「アリスを返してもらう。こっちはそのために来たんだ」
ネルの言葉に、トキはわずかに視線を動かした。
「アリスさんの安全を確保することが、リオ会長の判断です」
「安全だと?」
ネルの眉が動く。
「本人の意思も聞かずに連れていって、それが安全だって言うのかよ」
「アリスさんの力は、キヴォトス全体に影響を及ぼす可能性があります」
トキは表情を変えずに続けた。
「その危険性を無視することはできません」
「だからって、あいつを勝手に処分していい理由にはならねぇだろ」
ネルが一歩前へ出る。
「アリスは、あたしたちの大事な仲間だ。危険だからって理由で、本人の気持ちまで無視されてたまるかよ」
トキはしばらくネルを見つめていた。
「……あなたの主張は理解しました」
「だったら、そこをどけ」
「ですが、任務を変更する理由にはなりません」
トキが静かに構えを取った。
「これ以上の進行は認められません。あなたたちを排除します」
「……そうかよ」
ネルが不敵に笑う。
「だったら、もう話し合う必要はねぇな」
C&Cの面々が戦闘態勢を取った。
カナタは銃を構えながら、トキの動きを観察する。
AMASとは違う。
機械的に命令を実行する防衛ユニットではない。
目の前にいるのは、自ら判断し、自らの意思で戦う少女だ。
しかも、ネルたちが警戒している様子からして、相当な実力者なのだろう。
「御前様。あの者は、他の防衛ユニットとは違うようだ」
炎角が静かに告げる。
「ああ。俺もそう思う」
カナタは視線を逸らさない。
しかし、ここで自分が前に出れば、ネルたちがトキと向き合う機会を奪ってしまうかもしれない。
この戦いは、C&Cにとっても意味のある戦いなのだ。
「ネルさん」
カナタが声をかける。
「俺たちは先へ進みます。アリスを助けるために」
「……ああ、任せろ」
ネルは振り返らずに答えた。
「こいつは、あたしたちが引き受ける」
先生が頷く。
「分かった。みんな、別ルートから先へ進もう。ヴェリタスとエンジニア部は引き続き情報収集を。ゲーム開発部は、アリスの救出を最優先にするんだ」
「うん!」
モモイが強く頷く。
「絶対にアリスを助けるから!」
ミドリとユズも頷いた。
一行は別の通路へ向かって走り出す。
カナタは最後に一度だけ振り返った。
ネルとトキ。
かつて同じ組織に所属していた二人が、今は互いに武器を構えている。
その光景に思うところはあったが、立ち止まるわけにはいかなかった。
アリスを救い出す。
その目的は、まだ果たされていない。
「行こう、炎角」
「うむ、御前様」
二人は先生たちの後を追い、エリドゥの奥へと進んでいった。
背後では、ネルとトキが静かに向かい合っている。
「……久しぶりだな、トキ」
ネルが言った。
「そうですね、ネル先輩」
トキは淡々と答える。
「ですが、再会を喜んでいる余裕はありません」
「奇遇だな。あたしもだよ」
ネルが銃を構える。
「アリスを返してもらうために、ここを通らせてもらうぜ!」
トキもまた、戦闘態勢を整えた。
「任務を続行します」
要塞都市エリドゥの一角で、C&Cとトキの戦いが始まろうとしていた。
そして、カナタたちもまた、アリスが待つ場所へと歩みを進める。
救出作戦は、まだ始まったばかりだった。