ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
要塞都市エリドゥ。
その一角にある通路で、二つの影が向かい合っていた。
一方は、両手に銃を構えた小柄な少女――美甘ネル。
そしてもう一方は、メイド服に身を包んだ少女、飛鳥馬トキ。
その背後では、C&Cの残る三人がそれぞれの武器を構えている。
「……トキ。もう一度聞くぞ」
ネルは銃口を下げないまま、目の前の少女を睨みつけた。
「そこを通してくれ。アリスを連れ戻すだけだ」
「それはできません」
トキは淡々と答えた。
「リオ会長の命令です。あなたたちをアリスのもとへ通すわけにはいきません」
「だからって、あいつを危険物扱いして閉じ込めるってのかよ!」
「アリスの力がキヴォトスに危害を及ぼす可能性がある以上、必要な措置です」
「……っ!」
ネルの表情が険しくなる。
トキの言葉には、挑発も侮辱もない。
ただ、与えられた命令を正確に実行しようとする意思だけがあった。
それが、かえってネルの怒りを募らせる。
「だったら、力ずくでも通らせてもらう!」
「交渉決裂、ということですね」
トキは腰を落とし、戦闘態勢に移行した。
「では――排除を開始します」
次の瞬間、トキの姿が消えた。
「速っ……!」
ネルが反応するよりも早く、トキの蹴りが彼女の側頭部へと迫る。
ネルは銃を持った腕を引き、かろうじて直撃を避けた。
しかし、衝撃までは殺しきれない。
「ぐっ……!」
身体が横へ流れる。
追撃を仕掛けようとしたトキへ、横合いから銃弾が飛んだ。
「ネル! こっちは任せて!」
アスナの射撃だった。
トキは即座に身を翻し、弾丸をかわす。その隙にネルは体勢を立て直し、距離を取った。
「助かった、アスナ!」
「どういたしまして。でも、油断しないでね!」
カリンも銃を構え、トキの移動先を狙う。
アカネは周囲を確認しながら、ネルとトキの動きを注意深く観察していた。
「ネルさん。トキさんの動きは、以前と同じく非常に合理的です。こちらの攻撃を回避するだけでなく、次の行動に移りやすい位置を常に確保しています」
「分かってる!」
ネルは銃を構え直した。
トキの戦闘能力は、C&Cの面々もよく知っている。
彼女は単純な速さだけで戦っているわけではない。敵の攻撃を見極め、必要最小限の動きで回避し、そのまま反撃へとつなげてくる。
だからこそ、正面から撃ち合うだけでは押し切れない。
だが――。
「今回は、こっちにも切り札があるんだよ!」
ネルは懐から、角状の装飾を持つエゴルギアを取り出した。
それをレプリカへ装填する。
電子音が通路に響いた。
「角醒憑依せよ――鎖角!!」
瞬間、黒い影のような力がネルの身体を包み込む。
装甲が展開し、武装が変化する。
ネルの手に現れたのは、長い鎖を備えた巨大な鎖付き武器だった。
鎖角の力を宿したネルは、手首を軽く動かして鎖を鳴らす。
ジャラリ、と金属音が響いた。
「さあ……ここからが本番だ!」
ネルが踏み込む。
鎖がうなり、巨大な武器がトキへと振り下ろされた。
トキは後方へ跳び、攻撃を回避する。
武器は床を叩き、鈍い音とともに破片を散らした。
だが、ネルはそこで攻撃を止めなかった。
手首を返す。
鎖がしなり、床に叩きつけられた武器が弧を描いて跳ね上がる。
「っ!」
トキは横へ飛び退いた。
直後、鎖付き武器が彼女のいた場所を薙ぎ払う。
通常の打撃武器とは違う。
振り下ろした軌道だけでなく、鎖の長さ、たわみ、振り回す角度によって攻撃の方向が変化する。
しかも、ネル自身がその軌道を自在に操っている。
「なるほど……」
トキは一度距離を取り、ネルの武器を観察した。
「攻撃軌道の予測が困難。通常装備での制圧は、想定より難しいようです」
「分析してる暇があるのかよ!」
ネルは鎖を引き戻し、再び攻撃を仕掛ける。
トキは銃撃を避けながら、武器の届く範囲から離れようとした。
しかし、鎖角の攻撃は単純な直線では終わらない。
ネルが鎖を引くと、武器は壁をかすめながら軌道を変え、逃げようとしたトキの進路へ回り込んだ。
トキは腕を引き、身をひねる。
直撃こそ避けたものの、装甲の一部をかすめられた。
「トキ!」
アスナが声を上げる。
ネルは追撃の手を緩めなかった。
「どうした! さっきまでの余裕はどこにいったんだよ!」
鎖が伸びる。
トキは後退を余儀なくされた。
だが、ネルもまた、ただ力任せに攻めているわけではなかった。
鎖を大きく振り回して相手の逃げ道を制限し、銃撃を交えて移動先を絞る。
アスナが側面から牽制し、カリンが射撃で遠距離への逃走を防ぐ。
アカネはトキの回避行動を見ながら、仲間たちへ指示を飛ばした。
「右側へ追い込んでください! トキさんは、鎖の攻撃範囲から離れようとしています!」
「了解!」
C&Cの連携が、トキの選択肢を少しずつ狭めていく。
やがてネルの一撃が、トキの防御を大きく崩した。
「これで――!」
ネルが鎖を引き絞る。
巨大な武器が、トキの正面へと迫った。
しかし。
トキは、その攻撃を紙一重でかわした。
直後、彼女の視線がネルを捉える。
「……十分に確認できました」
「あぁ?」
「鎖角の攻撃は、軌道の変化によって回避先を制限するもの。厄介ですが、攻撃そのものが無秩序に変化しているわけではありません」
トキは手元の端末を操作した。
「こちらトキ。リオ会長、応答願います」
『どうしたの、トキ』
通信の向こうから、リオの声が聞こえた。
「対象の一人、ネルが角醒憑依を使用。鎖を利用した不規則な攻撃により、通常装備での制圧が困難です。戦闘記録の更新をお願いします」
『確認したわ』
リオの声に、わずかな間が生じた。
『角醒憑依……。やはり、あの力は単純な身体能力の強化だけではないのね』
「はい。既存の戦闘予測では、対応しきれません」
『分かったわ。アビ・エシュフの使用を許可します』
その言葉を聞き、トキは静かに目を閉じた。
「了解。アビ・エシュフ、起動します」
「……アビ・エシュフ?」
ネルが眉をひそめた。
次の瞬間、トキはメイド服を脱ぎ、レオタード型のスーツ姿となり、後ろから巨大な機械がせり上がる。
重厚な装甲が展開し、彼女の身体を覆っていく。
腕部、脚部、胸部、そして背部。
各部の装甲が接続されるたび、駆動音と電子音が通路に響いた。
やがて、トキの全身を包む強化装甲が完成する。
その姿は、先ほどまでの身軽なメイドとはまるで違っていた。
鋼鉄の従者。
要塞都市エリドゥの機能を背負う、リオの切り札。
アビ・エシュフ。
『動力接続、正常。演算処理系、起動。エリドゥ統合システムとの接続を確認』
トキの視界に、無数の情報が流れ込む。
周囲の地形、敵味方の位置、武器の射程、攻撃速度。
エリドゥの電力と演算資源を利用し、膨大な情報を処理する。
それによって導き出されるのは、敵の次の行動を先読みするかのような予測だった。
さらに、リオは角醒憑依に関する戦闘記録を解析補助に組み込んでいた。
角の力がもたらす変化を完全に理解したわけではない。
それでも、記録から攻撃の傾向を抽出し、既存の予測モデルを補強することはできる。
『解析補助機能、接続。戦闘予測を更新します』
トキは静かに目を開いた。
「これで、対応できます」
「……へえ。ずいぶん大層なもんを着込んだじゃねえか」
ネルは鎖を構え直す。
「けど、装甲が増えたくらいで止められると思うなよ!」
鎖が走った。
先ほどと同じく、武器は床を叩き、予想外の角度からトキへ襲いかかる。
だが――。
トキは、動かなかった。
正確には、攻撃が届く直前まで動かなかった。
そして、ほんのわずかに身体を傾ける。
巨大な武器が、彼女の装甲をかすめて通り過ぎた。
「なっ……!」
ネルが目を見開く。
トキは、その隙を逃さない。
踏み込むと同時に、ネルの懐へ接近。
鋼鉄の拳が、鎖を握る腕へと叩き込まれた。
「ぐっ!」
ネルの身体が揺らぐ。
トキは間髪入れずに追撃を仕掛けた。
ネルは鎖を振り回して距離を取ろうとするが、トキは武器が届く直前に進路を変え、攻撃の外側へと滑り込む。
まるで、ネルの動きを先に知っているかのようだった。
「ネル、下がって!」
アスナが援護射撃を放つ。
トキはその弾道まで計算に入れていたかのように身を翻し、銃弾をかわしながらネルへの追撃を続けた。
「くそっ……!」
ネルは鎖を引き戻し、横薙ぎに振るう。
トキは跳躍。
鎖が足元を通過した直後、彼女は空中で姿勢を整え、着地と同時にネルへと反撃した。
ネルは腕を交差させて受け止めたものの、衝撃に押されて後退する。
「ネルさん!」
「大丈夫だ!」
ネルは歯を食いしばり、再び鎖を構えた。
先ほどまでは、攻撃の軌道を変化させることでトキの予測を崩せていた。
しかし今は、その変化さえも計算されているように見える。
鎖を大きく振れば、その動きに合わせて回避される。
軌道を途中で変えれば、変化する瞬間を見切られる。
力を込めて振り下ろしても、当たらない。
「……どうなってやがる?」
「攻撃予測の精度が上がっています」
アカネが険しい表情で答えた。
「単純に反応速度が上がっただけではありません。トキさんはこちらの動きを観察しながら、回避と反撃を最適化しているようです」
「つまり、こっちの手の内が読まれてるってこと?」
アスナが距離を取りながら尋ねる。
「完全に読まれているわけではないでしょう。しかし、このまま同じ攻撃を繰り返せば、対応され続けます」
カリンは銃を構えたまま、トキの動きを追った。
「なら、攻撃を変えるしかないわね」
「……ああ。分かってる」
ネルは鎖を握り直した。
目の前の敵は、確かに強い。
鎖角を手に入れた今なら押し切れると思っていた。
だが、アビ・エシュフはその力を真正面から受け止めるのではなく、力の使い方そのものを読み取ろうとしている。
このままでは、いずれネルのほうが先に消耗する。
それでも、ネルは退かなかった。
「アリスを連れ戻すまで、引き下がれるかよ……!」
トキはネルを見据えた。
「あなたたちの行動は、アリスの安全を脅かします。これ以上の抵抗は推奨しません」
「うるせえ!」
ネルは吠えた。
「アリスは危険物なんかじゃねえ! あいつは、あたしたちの仲間だ!」
鎖が再びうなりを上げる。
トキもまた、アビ・エシュフの出力を調整した。
「……ならば、これ以上の接近を阻止します」
鋼鉄の装甲が駆動音を響かせる。
次の攻撃に備え、トキの視線がネルの動きを追った。
その表情に、迷いはない。
しかし、ネルたちもまた、諦めてはいなかった。
敵の力が強いのなら、四人で知恵を絞り、突破口を探す。
それがC&Cの戦い方だった。
◇
一方、その頃。
別の通路を進むカナタたちの耳にも、遠くから戦闘音が届いていた。
「……始まったみたいだな」
カナタは足を止め、背後を振り返った。
先ほどまでいた場所から、断続的な銃声と重い衝撃音が響いている。
「ネルたちがトキを引き受けてくれたんだ。今は、俺たちがアリスのところへ向かわないと」
先生が頷く。
「そうだ。ネルたちを信じよう。私たちには、私たちにしかできないことがある」
その言葉に、カナタは前を向き直った。
隣を歩く炎角もまた、戦闘音の方向へ一度だけ視線を向ける。
「……鋼鉄の装甲に、あの演算能力。なるほど、ただの武装ではないようだな」
「炎角、何か分かるのか?」
「いや。あの装甲そのものについては、我にも分からぬ。だが――」
炎角は低く唸るように言った。
「力を扱うための知識が、使い方次第で誰かを守ることも、傷つけることもある。それは、角獣の力も変わらぬ」
カナタは、以前の戦いを思い出した。
カイザーが角獣を兵器として扱い、エゴルギアを利用していたこと。
そして今、ミレニアムの技術とエリドゥのシステムが、角醒憑依への対抗手段として使われていること。
それらがすべて同じ目的のために用いられているとは限らない。
それでも、角獣の力を誰が、何のために使おうとしているのか。
その問いは、今もカナタの胸に残っていた。
「……急ごう」
カナタは銃を握り直した。
「アリスを連れ戻して、それから確かめる。あの機械が何なのかも、リオが何をしようとしているのかも」
「うむ。御前様の望む道を、我も共に進もう」
炎角は静かに頷いた。
先生たちも歩みを速める。
彼らの目的は、エリドゥを破壊することではない。
アリスを取り戻すこと。
そのためには、リオが築いたこの要塞都市の奥へ進まなければならなかった。
◇
そして、C&Cとトキの戦いは続いていた。
鎖角の力を宿したネル。
エリドゥの電力と演算能力を駆使するアビ・エシュフ。
予測を崩す攻撃と、攻撃を予測する装甲。
どちらか一方の力だけでは、勝敗は決まらない。
ネルはまだ、アビ・エシュフの仕組みを知らない。
トキもまた、鎖角の力を完全に把握したわけではない。
だが、C&Cは四人で戦っている。
仲間の動きを見て、敵の癖を読み、失敗から次の一手を探す。
その積み重ねこそが、彼女たちの強さだった。
「……次で決めるぞ!」
ネルが鎖を構える。
トキの装甲が、低い駆動音を響かせた。
両者が同時に踏み込む。
火花が散り、銃声が通路にこだまする。
決着は、まだ遠い。
しかし、ネルたちは少しずつ、鋼鉄の従者を攻略するための手がかりをつかみ始めていた。