ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター―   作:ガンダムラザーニャ

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第39話 角の力を宿す鋼鉄の従者

 要塞都市エリドゥ。

 

 その一角にある通路で、二つの影が向かい合っていた。

 

 一方は、両手に銃を構えた小柄な少女――美甘ネル。

 

 そしてもう一方は、メイド服に身を包んだ少女、飛鳥馬トキ。

 

 その背後では、C&Cの残る三人がそれぞれの武器を構えている。

 

「……トキ。もう一度聞くぞ」

 

 ネルは銃口を下げないまま、目の前の少女を睨みつけた。

 

「そこを通してくれ。アリスを連れ戻すだけだ」

 

「それはできません」

 

 トキは淡々と答えた。

 

「リオ会長の命令です。あなたたちをアリスのもとへ通すわけにはいきません」

 

「だからって、あいつを危険物扱いして閉じ込めるってのかよ!」

 

「アリスの力がキヴォトスに危害を及ぼす可能性がある以上、必要な措置です」

 

「……っ!」

 

 ネルの表情が険しくなる。

 

 トキの言葉には、挑発も侮辱もない。

 

 ただ、与えられた命令を正確に実行しようとする意思だけがあった。

 

 それが、かえってネルの怒りを募らせる。

 

「だったら、力ずくでも通らせてもらう!」

 

「交渉決裂、ということですね」

 

 トキは腰を落とし、戦闘態勢に移行した。

 

「では――排除を開始します」

 

 次の瞬間、トキの姿が消えた。

 

「速っ……!」

 

 ネルが反応するよりも早く、トキの蹴りが彼女の側頭部へと迫る。

 

 ネルは銃を持った腕を引き、かろうじて直撃を避けた。

 

 しかし、衝撃までは殺しきれない。

 

「ぐっ……!」

 

 身体が横へ流れる。

 

 追撃を仕掛けようとしたトキへ、横合いから銃弾が飛んだ。

 

「ネル! こっちは任せて!」

 

 アスナの射撃だった。

 

 トキは即座に身を翻し、弾丸をかわす。その隙にネルは体勢を立て直し、距離を取った。

 

「助かった、アスナ!」

 

「どういたしまして。でも、油断しないでね!」

 

 カリンも銃を構え、トキの移動先を狙う。

 

 アカネは周囲を確認しながら、ネルとトキの動きを注意深く観察していた。

 

「ネルさん。トキさんの動きは、以前と同じく非常に合理的です。こちらの攻撃を回避するだけでなく、次の行動に移りやすい位置を常に確保しています」

 

「分かってる!」

 

 ネルは銃を構え直した。

 

 トキの戦闘能力は、C&Cの面々もよく知っている。

 

 彼女は単純な速さだけで戦っているわけではない。敵の攻撃を見極め、必要最小限の動きで回避し、そのまま反撃へとつなげてくる。

 

 だからこそ、正面から撃ち合うだけでは押し切れない。

 

 だが――。

 

「今回は、こっちにも切り札があるんだよ!」

 

 ネルは懐から、角状の装飾を持つエゴルギアを取り出した。

 

 それをレプリカへ装填する。

 

 電子音が通路に響いた。

 

「角醒憑依せよ――鎖角!!」

 

 瞬間、黒い影のような力がネルの身体を包み込む。

 

 装甲が展開し、武装が変化する。

 

 ネルの手に現れたのは、長い鎖を備えた巨大な鎖付き武器だった。

 

 鎖角の力を宿したネルは、手首を軽く動かして鎖を鳴らす。

 

 ジャラリ、と金属音が響いた。

 

「さあ……ここからが本番だ!」

 

 ネルが踏み込む。

 

 鎖がうなり、巨大な武器がトキへと振り下ろされた。

 

 トキは後方へ跳び、攻撃を回避する。

 

 武器は床を叩き、鈍い音とともに破片を散らした。

 

 だが、ネルはそこで攻撃を止めなかった。

 

 手首を返す。

 

 鎖がしなり、床に叩きつけられた武器が弧を描いて跳ね上がる。

 

「っ!」

 

 トキは横へ飛び退いた。

 

 直後、鎖付き武器が彼女のいた場所を薙ぎ払う。

 

 通常の打撃武器とは違う。

 

 振り下ろした軌道だけでなく、鎖の長さ、たわみ、振り回す角度によって攻撃の方向が変化する。

 

 しかも、ネル自身がその軌道を自在に操っている。

 

「なるほど……」

 

 トキは一度距離を取り、ネルの武器を観察した。

 

「攻撃軌道の予測が困難。通常装備での制圧は、想定より難しいようです」

 

「分析してる暇があるのかよ!」

 

 ネルは鎖を引き戻し、再び攻撃を仕掛ける。

 

 トキは銃撃を避けながら、武器の届く範囲から離れようとした。

 

 しかし、鎖角の攻撃は単純な直線では終わらない。

 

 ネルが鎖を引くと、武器は壁をかすめながら軌道を変え、逃げようとしたトキの進路へ回り込んだ。

 

 トキは腕を引き、身をひねる。

 

 直撃こそ避けたものの、装甲の一部をかすめられた。

 

「トキ!」

 

 アスナが声を上げる。

 

 ネルは追撃の手を緩めなかった。

 

「どうした! さっきまでの余裕はどこにいったんだよ!」

 

 鎖が伸びる。

 

 トキは後退を余儀なくされた。

 

 だが、ネルもまた、ただ力任せに攻めているわけではなかった。

 

 鎖を大きく振り回して相手の逃げ道を制限し、銃撃を交えて移動先を絞る。

 

 アスナが側面から牽制し、カリンが射撃で遠距離への逃走を防ぐ。

 

 アカネはトキの回避行動を見ながら、仲間たちへ指示を飛ばした。

 

「右側へ追い込んでください! トキさんは、鎖の攻撃範囲から離れようとしています!」

 

「了解!」

 

 C&Cの連携が、トキの選択肢を少しずつ狭めていく。

 

 やがてネルの一撃が、トキの防御を大きく崩した。

 

「これで――!」

 

 ネルが鎖を引き絞る。

 

 巨大な武器が、トキの正面へと迫った。

 

 しかし。

 

 トキは、その攻撃を紙一重でかわした。

 

 直後、彼女の視線がネルを捉える。

 

「……十分に確認できました」

 

「あぁ?」

 

「鎖角の攻撃は、軌道の変化によって回避先を制限するもの。厄介ですが、攻撃そのものが無秩序に変化しているわけではありません」

 

 トキは手元の端末を操作した。

 

「こちらトキ。リオ会長、応答願います」

 

『どうしたの、トキ』

 

 通信の向こうから、リオの声が聞こえた。

 

「対象の一人、ネルが角醒憑依を使用。鎖を利用した不規則な攻撃により、通常装備での制圧が困難です。戦闘記録の更新をお願いします」

 

『確認したわ』

 

 リオの声に、わずかな間が生じた。

 

『角醒憑依……。やはり、あの力は単純な身体能力の強化だけではないのね』

 

「はい。既存の戦闘予測では、対応しきれません」

 

『分かったわ。アビ・エシュフの使用を許可します』

 

 その言葉を聞き、トキは静かに目を閉じた。

 

「了解。アビ・エシュフ、起動します」

 

「……アビ・エシュフ?」

 

 ネルが眉をひそめた。

 

 次の瞬間、トキはメイド服を脱ぎ、レオタード型のスーツ姿となり、後ろから巨大な機械がせり上がる。

 

 重厚な装甲が展開し、彼女の身体を覆っていく。

 

 腕部、脚部、胸部、そして背部。

 

 各部の装甲が接続されるたび、駆動音と電子音が通路に響いた。

 

 やがて、トキの全身を包む強化装甲が完成する。

 

 その姿は、先ほどまでの身軽なメイドとはまるで違っていた。

 

 鋼鉄の従者。

 

 要塞都市エリドゥの機能を背負う、リオの切り札。

 

 アビ・エシュフ。

 

『動力接続、正常。演算処理系、起動。エリドゥ統合システムとの接続を確認』

 

 トキの視界に、無数の情報が流れ込む。

 

 周囲の地形、敵味方の位置、武器の射程、攻撃速度。

 

 エリドゥの電力と演算資源を利用し、膨大な情報を処理する。

 

 それによって導き出されるのは、敵の次の行動を先読みするかのような予測だった。

 

 さらに、リオは角醒憑依に関する戦闘記録を解析補助に組み込んでいた。

 

 角の力がもたらす変化を完全に理解したわけではない。

 

 それでも、記録から攻撃の傾向を抽出し、既存の予測モデルを補強することはできる。

 

『解析補助機能、接続。戦闘予測を更新します』

 

 トキは静かに目を開いた。

 

「これで、対応できます」

 

「……へえ。ずいぶん大層なもんを着込んだじゃねえか」

 

 ネルは鎖を構え直す。

 

「けど、装甲が増えたくらいで止められると思うなよ!」

 

 鎖が走った。

 

 先ほどと同じく、武器は床を叩き、予想外の角度からトキへ襲いかかる。

 

 だが――。

 

 トキは、動かなかった。

 

 正確には、攻撃が届く直前まで動かなかった。

 

 そして、ほんのわずかに身体を傾ける。

 

 巨大な武器が、彼女の装甲をかすめて通り過ぎた。

 

「なっ……!」

 

 ネルが目を見開く。

 

 トキは、その隙を逃さない。

 

 踏み込むと同時に、ネルの懐へ接近。

 

 鋼鉄の拳が、鎖を握る腕へと叩き込まれた。

 

「ぐっ!」

 

 ネルの身体が揺らぐ。

 

 トキは間髪入れずに追撃を仕掛けた。

 

 ネルは鎖を振り回して距離を取ろうとするが、トキは武器が届く直前に進路を変え、攻撃の外側へと滑り込む。

 

 まるで、ネルの動きを先に知っているかのようだった。

 

「ネル、下がって!」

 

 アスナが援護射撃を放つ。

 

 トキはその弾道まで計算に入れていたかのように身を翻し、銃弾をかわしながらネルへの追撃を続けた。

 

「くそっ……!」

 

 ネルは鎖を引き戻し、横薙ぎに振るう。

 

 トキは跳躍。

 

 鎖が足元を通過した直後、彼女は空中で姿勢を整え、着地と同時にネルへと反撃した。

 

 ネルは腕を交差させて受け止めたものの、衝撃に押されて後退する。

 

「ネルさん!」

 

「大丈夫だ!」

 

 ネルは歯を食いしばり、再び鎖を構えた。

 

 先ほどまでは、攻撃の軌道を変化させることでトキの予測を崩せていた。

 

 しかし今は、その変化さえも計算されているように見える。

 

 鎖を大きく振れば、その動きに合わせて回避される。

 

 軌道を途中で変えれば、変化する瞬間を見切られる。

 

 力を込めて振り下ろしても、当たらない。

 

「……どうなってやがる?」

 

「攻撃予測の精度が上がっています」

 

 アカネが険しい表情で答えた。

 

「単純に反応速度が上がっただけではありません。トキさんはこちらの動きを観察しながら、回避と反撃を最適化しているようです」

 

「つまり、こっちの手の内が読まれてるってこと?」

 

 アスナが距離を取りながら尋ねる。

 

「完全に読まれているわけではないでしょう。しかし、このまま同じ攻撃を繰り返せば、対応され続けます」

 

 カリンは銃を構えたまま、トキの動きを追った。

 

「なら、攻撃を変えるしかないわね」

 

「……ああ。分かってる」

 

 ネルは鎖を握り直した。

 

 目の前の敵は、確かに強い。

 

 鎖角を手に入れた今なら押し切れると思っていた。

 

 だが、アビ・エシュフはその力を真正面から受け止めるのではなく、力の使い方そのものを読み取ろうとしている。

 

 このままでは、いずれネルのほうが先に消耗する。

 

 それでも、ネルは退かなかった。

 

「アリスを連れ戻すまで、引き下がれるかよ……!」

 

 トキはネルを見据えた。

 

「あなたたちの行動は、アリスの安全を脅かします。これ以上の抵抗は推奨しません」

 

「うるせえ!」

 

 ネルは吠えた。

 

「アリスは危険物なんかじゃねえ! あいつは、あたしたちの仲間だ!」

 

 鎖が再びうなりを上げる。

 

 トキもまた、アビ・エシュフの出力を調整した。

 

「……ならば、これ以上の接近を阻止します」

 

 鋼鉄の装甲が駆動音を響かせる。

 

 次の攻撃に備え、トキの視線がネルの動きを追った。

 

 その表情に、迷いはない。

 

 しかし、ネルたちもまた、諦めてはいなかった。

 

 敵の力が強いのなら、四人で知恵を絞り、突破口を探す。

 

 それがC&Cの戦い方だった。

 

     ◇

 

 一方、その頃。

 

 別の通路を進むカナタたちの耳にも、遠くから戦闘音が届いていた。

 

「……始まったみたいだな」

 

 カナタは足を止め、背後を振り返った。

 

 先ほどまでいた場所から、断続的な銃声と重い衝撃音が響いている。

 

「ネルたちがトキを引き受けてくれたんだ。今は、俺たちがアリスのところへ向かわないと」

 

 先生が頷く。

 

「そうだ。ネルたちを信じよう。私たちには、私たちにしかできないことがある」

 

 その言葉に、カナタは前を向き直った。

 

 隣を歩く炎角もまた、戦闘音の方向へ一度だけ視線を向ける。

 

「……鋼鉄の装甲に、あの演算能力。なるほど、ただの武装ではないようだな」

 

「炎角、何か分かるのか?」

 

「いや。あの装甲そのものについては、我にも分からぬ。だが――」

 

 炎角は低く唸るように言った。

 

「力を扱うための知識が、使い方次第で誰かを守ることも、傷つけることもある。それは、角獣の力も変わらぬ」

 

 カナタは、以前の戦いを思い出した。

 

 カイザーが角獣を兵器として扱い、エゴルギアを利用していたこと。

 

 そして今、ミレニアムの技術とエリドゥのシステムが、角醒憑依への対抗手段として使われていること。

 

 それらがすべて同じ目的のために用いられているとは限らない。

 

 それでも、角獣の力を誰が、何のために使おうとしているのか。

 

 その問いは、今もカナタの胸に残っていた。

 

「……急ごう」

 

 カナタは銃を握り直した。

 

「アリスを連れ戻して、それから確かめる。あの機械が何なのかも、リオが何をしようとしているのかも」

 

「うむ。御前様の望む道を、我も共に進もう」

 

 炎角は静かに頷いた。

 

 先生たちも歩みを速める。

 

 彼らの目的は、エリドゥを破壊することではない。

 

 アリスを取り戻すこと。

 

 そのためには、リオが築いたこの要塞都市の奥へ進まなければならなかった。

 

     ◇

 

 そして、C&Cとトキの戦いは続いていた。

 

 鎖角の力を宿したネル。

 

 エリドゥの電力と演算能力を駆使するアビ・エシュフ。

 

 予測を崩す攻撃と、攻撃を予測する装甲。

 

 どちらか一方の力だけでは、勝敗は決まらない。

 

 ネルはまだ、アビ・エシュフの仕組みを知らない。

 

 トキもまた、鎖角の力を完全に把握したわけではない。

 

 だが、C&Cは四人で戦っている。

 

 仲間の動きを見て、敵の癖を読み、失敗から次の一手を探す。

 

 その積み重ねこそが、彼女たちの強さだった。

 

「……次で決めるぞ!」

 

 ネルが鎖を構える。

 

 トキの装甲が、低い駆動音を響かせた。

 

 両者が同時に踏み込む。

 

 火花が散り、銃声が通路にこだまする。

 

 決着は、まだ遠い。

 

 しかし、ネルたちは少しずつ、鋼鉄の従者を攻略するための手がかりをつかみ始めていた。

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