ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
砂漠の帰り道。
遺跡から戻ったカナタたちは、アビドス高等学校を目指して歩いていた。
照りつける太陽。
乾いた風。
足元を流れていく砂。
そして、その一行の中には、これまでアビドスに存在しなかった青年が一人いた。
赤みを帯びた髪。
鋭い眼差し。
額から伸びる大きな角。
炎角。
古代より長い眠りについていた角獣だった。
「しかし……」
炎角は周囲を見渡す。
「我が眠りにつく前とは、随分と様変わりしたものだ」
「そんなに昔なんだ?」
カナタが尋ねる。
「遥かにな」
炎角は砂丘の向こうを見つめる。
「長き時が流れれば、大地も変わる。かつて我が知っていた景色など、もはや残っておらぬ」
「そっか……」
カナタは頷いた。
「だから、俺についてくるんだよね」
「うむ」
炎角はカナタを見る。
「御前様から、この時代を教えてもらうためにな」
「……だから、その御前様っていうのは」
「ならぬ」
「まだ何も言ってないんだけど……」
炎角は堂々としている。
「御前様は御前様だ」
「……まあ、いいか」
カナタは諦めた。
その時だった。
「カナタ」
シロコが足を止める。
「どうしたの?」
「あれ」
シロコが砂丘の向こうを指差した。
そこには――
一人の男性が倒れていた。
「誰かいます!」
アヤネが駆け出す。
シロコ、セリカ、ノノミ、ホシノ、そしてカナタも後を追った。
「大丈夫ですか!?」
「……う」
男性が僅かに顔を上げる。
「水……」
「はい!」
ノノミがすぐに水筒を差し出した。
男性は受け取ると、ゆっくりと水を飲む。
「……助かった」
「よかった~」
ノノミが笑う。
しかし、セリカは腕を組んだまま男性を見ていた。
「ねえ」
「ん?」
「何でこんなところにいるの?」
「え?」
「ここ、アビドスの砂漠だよ?」
セリカは眉をひそめる。
「普通、こんなところまで歩いて来る?」
「それが……」
男性は苦笑する。
「アビドスに向かっていたんだけど、途中で砂嵐に巻き込まれてね。気づいたら迷ってた」
「……怪しい」
「セリカちゃん、厳しいですね~」
「だって怪しいじゃん」
セリカは男性から目を離さない。
「そもそも、本当にシャーレの先生なの?」
「うん。そうだよ」
男性は苦笑した。
「アヤネさんから連邦生徒会を通して、シャーレに依頼が来てたんだ。『ヘルメット団に学校を襲われているから助けてほしい』って」
「……!」
アヤネが目を見開く。
「では……!」
「うん」
男性は頷く。
「僕がシャーレの先生だよ」
「やっぱり!」
アヤネが安堵したように息を吐く。
「よかった……! 連絡を受けて来てくださったんですね!」
「そうなんだけど、途中で遭難しちゃって」
「それは……災難でしたね~」
ノノミが苦笑する。
セリカはまだ疑わしそうだった。
「……まあ、依頼を受けて来たなら一応納得」
「一応なんだ……」
先生は困ったように笑う。
「じゃあ、僕からも聞いていいかな?」
「何?」
「君たちは?」
シロコが答える。
「砂狼シロコ」
「黒見セリカ」
「奥空アヤネです」
「私はノノミです~」
「小鳥遊ホシノだよ~」
先生は最後にカナタを見る。
「君は?」
「砂原カナタです」
カナタは軽く頭を下げる。
「アビドスの一年生です」
「そっか。よろしく、カナタくん」
「よろしくお願いします」
そして。
先生の視線がカナタの隣へ移る。
「それで……君は?」
赤い角を持つ青年。
炎角だった。
「あ、この人は――」
「我は炎角」
カナタより先に、炎角が名乗った。
「古き時代より眠りし角獣なり」
「角獣……?」
「そうだ」
炎角は頷く。
「我は遺跡より目覚めた。今は御前様について、この人の世を知ろうとしている」
「御前様?」
先生がカナタを見る。
「……そこは後で説明します」
「分かった」
先生は炎角へ向き直る。
「よろしく、炎角」
「うむ」
炎角は頷いた。
「貴様がシャーレの先生か」
「そうだよ」
「ならば覚えておこう」
炎角は真剣な表情で言う。
「我は炎角だ」
「うん。よろしく」
こうして。
カナタたちはシャーレの先生と出会った。
*
先生を加え、一行はアビドスへ向かって歩き始めた。
「それで、遺跡で何があったの?」
先生が尋ねる。
カナタは腰に装着したオメガホーンを見る。
「これを見つけました」
「それが……オメガホーン?」
「はい」
カナタは頷く。
「遺跡の地下にあった装置です」
「炎角もそこで?」
「うん」
炎角が答える。
「我はそこで長き眠りから目覚めた」
「なるほど……」
先生はオメガホーンを興味深そうに眺める。
「普通の装備とは違うんだね」
「たぶん」
カナタは答える。
「俺もまだ、分かっていないことが多いです」
「オメガホーンって、現代にもあるの?」
先生が尋ねる。
「俺が知っている限りでは、似たような装置はあります」
「似たような?」
「ハンターが使う装備です」
カナタは説明する。
「ただ、俺が遺跡で見つけたものは、それとは明らかに違います」
「なるほど」
炎角が口を挟む。
「つまり、今の人の世には我ら角獣の力を扱う術が存在するということか」
「たぶん」
カナタは答える。
「俺もまだ調べてる途中だから」
「ならば、我も知らねばならぬな」
炎角は遠くを見る。
「この時代のことを」
「うん」
カナタは笑った。
「俺も炎角の時代のことを知りたい」
二人は顔を見合わせる。
古代を知る炎角。
現代を生きるカナタ。
互いに知らないものを持つ二人だった。
*
その時だった。
――ドドドドドドッ!!
遠くから砂煙が迫ってくる。
「……何?」
シロコが銃を構える。
「敵です!」
アヤネが叫ぶ。
砂煙の向こうから、ヘルメットを被った少女たちが現れた。
「アビドスの奴らだ!」
「学校を奪っちゃえ!」
「全員追い出せ!」
「ヘルメット団……!」
セリカが銃を構える。
先生はすぐに周囲を確認した。
「みんな、落ち着いて」
「先生」
アヤネが振り返る。
「指示をお願いします」
「まずは学校から引き離そう」
先生は敵の位置とアビドスの校舎までの距離を確認する。
「シロコ、右側から回り込んで」
「了解」
「セリカは正面から牽制」
「分かった!」
「ノノミは後方から援護」
「はい~」
「アヤネは全員の状況を見て」
「了解です!」
「ホシノは前衛をお願い」
「はいはい。おじさんに任せて~」
アビドスの生徒たちが一斉に動き出す。
カナタはその光景を見ていた。
「……すごい」
「何が?」
炎角が尋ねる。
「先生の指揮」
初対面の生徒たちを、迷いなく動かしている。
「なるほど」
炎角は先生を見る。
「戦場を操る者か」
「そうみたい」
その時。
「リーダー!」
ヘルメット団の少女が叫ぶ。
「切り札を使うよ!」
「分かった!」
一人の少女が装置を取り出した。
カナタの目が見開かれる。
「……あれは」
形状がオメガホーンに似ている。
「レプリカ……」
「れぷりか?」
炎角が聞き返す。
「オメガホーンに似せて作られた模造品だと思う」
「なるほど」
炎角は装置を見る。
「人の世も、随分と進んだものだ」
ヘルメット団のリーダーが笑う。
「そして、これが切り札!」
彼女は一本のエゴルギアを取り出した。
「エゴルギア!?」
カナタの表情が変わる。
「それまで……!」
エゴルギアがレプリカへ装填される。
「角醒せよ! 猛角!!」
――ドンッ!!
大地が震えた。
砂が吹き上がる。
「【猛角獣!】」
砂煙の中から、巨大な角獣が姿を現した。
「モオオオオオオッ!!」
「……!」
カナタが息を呑む。
猛角。
巨大な身体。
太く鋭い角。
そして圧倒的な力。
猛角が地面を踏み鳴らす。
そして――
アビドス高等学校へ向かって走り始めた。
「まずい!」
先生が叫ぶ。
「シロコ!」
「分かった!」
シロコが猛角の前へ回り込む。
「こっち!」
銃撃。
猛角がシロコを追う。
「セリカ!」
「分かってる!」
セリカが側面から射撃する。
ノノミも後方から援護。
ホシノが盾を構える。
「ほらほら、こっちだよ~!」
アビドスの生徒たちは猛角を校舎から引き離していく。
「よし……」
先生が呟く。
「そのまま――」
だが。
猛角が突然、立ち止まった。
「……?」
猛角は校舎を見る。
そして。
「まずい!」
アヤネが叫ぶ。
「戻ってきます!」
猛角が再び校舎へ向かって走り出した。
「全員、止めて!」
先生が叫ぶ。
銃弾が飛ぶ。
しかし、猛角は止まらない。
「くっ……!」
ホシノが盾を構える。
「ここは通さないよ!」
猛角が突進する。
――ドゴォン!!
「きゃっ!」
ホシノの身体が吹き飛ばされる。
「ホシノ!」
シロコが叫ぶ。
猛角は止まらない。
校舎まで、あと僅か。
カナタはその光景を見つめていた。
アビドス高等学校。
自分たちが暮らしている場所。
そして。
ユメ先輩が守ろうとした場所。
「……駄目だ」
カナタが呟く。
「ここを壊させちゃ駄目だ」
炎角がカナタを見る。
「御前様」
「炎角」
カナタはオメガホーンを握りしめる。
「俺は……」
カナタは校舎を見る。
「アビドスを守りたい」
炎角の目に炎が宿る。
「ならば」
炎角の身体から、炎が噴き上がった。
「我を使え」
「炎角……!」
「恐れるな」
炎が炎角の身体を包み込んでいく。
「我を信じよ」
炎が一つのエゴルギアへと収束する。
カナタはそれを受け取った。
「これが……炎角の力」
「我と共に戦え、御前様」
「……分かった」
カナタはエゴルギアを握る。
そしてオメガホーンへ装填した。
――カチッ。
装置が起動する。
炎がカナタの身体を包み込む。
カナタは大きく息を吸った。
そして。
――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
巨大な炎柱が砂漠を貫いた。
炎が渦を巻く。
砂塵が吹き飛ばされる。
炎の中から――
巨大な角獣が姿を現した。
燃え盛る赤い毛並み。
巨大な角。
全身から噴き上がる炎。
「【炎角獣!】」
炎角が咆哮する。
「グオオオオオオオオッ!!」
猛角が振り返る。
「モオオオオオオッ!!」
二体の角獣が互いを見据える。
カナタは拳を握った。
「炎角……!」
炎角が地面を蹴る。
猛角もまた走り出した。
――ドドドドドドドッ!!
二体の巨獣が迫る。
そして。
――ドゴォォォン!!
巨大な角同士が激突した。
砂漠が震える。
「……!」
先生も。
シロコも。
セリカも。
ノノミも。
アヤネも。
そしてヘルメット団も。
誰もが、その光景を見つめていた。
古代から蘇った角獣。
現代の技術によって呼び出された角獣。
二つの時代を繋ぐように、二体の角獣が激突している。
「炎角!」
カナタが叫ぶ。
『御前様!』
頭の中に炎角の声が響いた。
「俺たちなら……!」
『うむ!』
「勝てる!」
『ならば、行くぞ!!』
炎角が猛角を押し返す。
その瞬間。
――ピピッ。
オメガホーンから電子音が響いた。
「……?」
カナタの視界に、見慣れない表示が浮かび上がる。
――OMEGA HORN FIGHTER
「オメガホーン・ファイター……?」
カナタが呟く。
空を見上げる。
遠くから、小型の飛行艇がこちらへ向かってきていた。
「何、あれ?」
セリカが空を見上げる。
「飛行船……?」
アヤネも目を凝らす。
飛行艇は炎角の上空を通過する。
そして。
――ガキン!
――ガシャン!!
機体が変形を始めた。
翼が折り畳まれる。
船体が展開する。
内部から巨大な砲身がせり出した。
「飛行艇が……変形してる!?」
ノノミが驚く。
変形した機体が炎角の背中へ移動する。
――ガシャンッ!!
炎角の背中へ装着された。
「……何だ、あれ?」
カナタ自身にも分からない。
「オメガホーン・ファイター……」
オメガホーンに表示された名前だけが、その存在を示していた。
炎角が身体を揺らす。
「何だ、この武具は!?」
「分からない!」
カナタが叫ぶ。
しかし。
炎角の背中に装着された砲身が、ゆっくりと猛角へ向いた。
カナタはオメガホーンを確認する。
新たな表示。
――FIRE.
「……撃てる?」
炎角が猛角を見る。
「御前様」
「うん」
「使ってみよ」
カナタは頷いた。
「分かった!」
カナタが操作する。
――ゴォォォォン!!
炎角の背中から巨大な砲撃が放たれた。
猛角の足元で爆発が起こる。
「モオオオッ!」
猛角が怯んだ。
「今だ、炎角!」
『応!!』
炎角が猛角へ突進する。
――ドゴォォォン!!
二体の角獣が再び激突した。
炎が砂漠を赤く染める。
砂塵が舞い上がる。
カナタは拳を握りしめた。
「炎角……!」
その声に応えるように。
「グオオオオオオオッ!!」
炎角が咆哮する。
砂漠に、二体の角獣の咆哮が響き渡る。
そして誰も知らなかった。
この戦いが、アビドスに眠る古代の秘密を呼び起こす最初の一歩になることを。
オメガホーン・ファイター。
なぜ、オメガホーンにこの機能が存在するのか。
誰が作ったのか。
そして。
なぜ現代に、角獣の力を再現するレプリカが存在しているのか。
答えはまだ、砂の下に眠っていた。
――砂原カナタと炎角。
彼らの戦いは、今始まったばかりだった。