ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
――要塞都市エリドゥ、中心部へと続く防衛区画。
C&Cがトキと交戦を開始した頃、別の通路を進む一団もまた、アリス救出のために前進を続けていた。
先生を先頭に、ゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部。そして、砂原カナタと炎角が続く。
周囲には無機質な壁面が広がり、天井には無数の配管とケーブルが走っていた。
やがて一行の前に、巨大な隔壁が姿を現す。
その向こう側には、重機さえ通行できそうな広さを持つ戦闘区画が広がっていた。高い天井と頑丈な壁面は、大型兵器の運用を想定して設計されたものらしい。
「この先が中心部……ってことでいいんだよね?」
モモイが端末を確認しながら尋ねた。
「うん。施設の配置と電力の流れから考えても、この先に重要な制御区画がある可能性は高いよ」
ハレが答える。
「ただ、さっきから通信状態が不安定なんだよね。向こう側から何か仕掛けられているのか、それとも都市そのものの影響なのか……まだ判断できない」
「……つまり、何が起きてもおかしくないってことですね」
ユズが不安そうに呟いた。
「そういうこと。みんな、警戒を怠らないでね」
ハレが注意を促した、そのときだった。
戦闘区画の壁面に設置されたモニターが、一斉に点灯した。
『――やはり来たのね。アリスを助けに』
女性の声が響く。
一行が足を止めると、モニターに一人の少女が映し出された。
ミレニアムサイエンススクール、セミナー会長。
リオだった。
『ここまで辿り着いたことは認めましょう。でも、ここから先へは進ませないわ』
「リオ……!」
モモイが悔しそうに声を上げる。
「アリスを返してよ! アリスは、あんたの道具じゃないんだから!」
『……あなたたちがアリスを大切な仲間だと思っていることは理解しているわ』
リオは表情を変えずに答えた。
『でも、それだけで彼女の危険性がなくなるわけではない。私はキヴォトス全体の安全を考えて行動しているの』
「だからって、アリスを消すつもりなのか?」
先生が問いかけた。
リオは、ほんの一瞬だけ沈黙した。
『……必要なことよ』
短い返答だった。
『アリスの力がどのような結果をもたらすのか、あなたたちは十分に理解していない。危険性を確認しないまま、何もかも元どおりにできると思うべきではないわ』
「アリスは、そんなことを望んでいないよ!」
モモイが食い下がる。
『本人の意思だけで判断できる問題ではないの』
リオの声に、わずかな硬さが加わった。
『これ以上の議論に意味はないわ。あなたたちが進むというのなら、私も相応の手段を取るだけよ』
彼女が視線を横へ向ける。
その直後、隔壁の向こうから重々しい駆動音が響き始めた。
ガシャン。
ガシャン。
金属の脚が床を踏みしめる音が、少しずつ近づいてくる。
やがて、巨大な機械が隔壁の向こうから姿を現した。
角張った胴体。大きな頭部。太い腕と脚。
そのシルエットは、どこかちぐはぐだった。
巨大な機体は戦闘区画の中央まで進むと、一行の前に立ちはだかった。
「…………」
誰もが、一瞬だけ言葉を失った。
そして。
「うわっ、ダサっ!?」
モモイが思わず叫んだ。
「お、お姉ちゃん! いきなりそんなこと言わないの!」
ミドリが慌てて姉をたしなめる。
しかし、彼女も改めて機体を見上げると、困ったように目を泳がせた。
「た、確かに……もう少し、まとまりがあってもいいような……」
「ミドリもそう思ってるんじゃん!」
「そういう意味じゃないよ!」
「機能性を重視した設計なのかもしれませんが、外装の形状には改善の余地がありそうですね」
コトリが技術者らしい意見を口にする。
「いや、外見だけでは判断できないよ。内部構造が合理的なら、多少の不格好さは問題にならないからね」
ウタハも機体を観察した。
「……重心配置も独特。外装の形状にも、統一感があまり見られない……」
ヒビキはぼそぼそと呟きながら、各部の構造を目で追っていた。
「……でも、見た目だけで性能は判断できない。実際に動くところを確認しないと」
技術者としての冷静な結論だった。
もっとも、それは結果的に機体の外見に対する一同の評価を補強する形になっていた。
画面の向こうで、リオの眉がぴくりと動いた。
『……見た目は関係ないわよ』
少しだけ不機嫌そうな声だった。
『この機体の価値は、外見で決まるものではない。必要な機能を備え、目的を果たす。それで十分よ』
リオは小さく息をつき、再び一行を見据えた。
『私は、私の正しいと思ったことをするだけ。――アバンギャルド君、お願い』
呼びかけに応じるように、巨大な機体の各部が駆動を開始した。
低い作動音が戦闘区画を震わせ、両腕がゆっくりと持ち上がる。
『出撃して頂戴』
リオの声が響いた。
『ここから先へは、一歩も進ませないわ』
通信が切れる。
残されたのは、行く手を塞ぐ鋼鉄の巨人だけだった。
◇
「……あれ、ただの警備用ロボットって感じじゃなさそうだね」
ハレが端末を操作しながら呟いた。
「この場所で待ち構えていたことを考えると、戦闘用の機体……かな?」
「だったら、ここで倒して先に進むしかないってことだね!」
モモイが銃を構えた。
「待って、お姉ちゃん。相手の性能が分からないんだから、いきなり突っ込むのは危険だよ」
「分かってるって、ミドリ! でも、アリスが待ってるんだよ!」
「……それは、そうだけど」
ミドリも表情を引き締める。
その間、カナタはアバンギャルド君から目を離さなかった。
そして、隣に立つ炎角がふと眉をひそめた。
「……む?」
「どうした、炎角?」
カナタが小声で尋ねる。
炎角は答える前に、もう一度アバンギャルド君を見た。
「いや……妙だ。あの機械、ただ命令を受けて動いているだけのようには思えぬ」
「どういうことだ?」
「我らを見ている……いや、見定めている、とでも言うべきか」
炎角の表情は険しい。
「我にも、何が引っかかっているのかは分からぬ。だが、ただの番人と考えるのは危ういだろう」
カナタは機体の頭部を見つめた。
確かに、その視線は一行を捉えているように見える。
しかし、それだけでは何も判断できない。
「……分かった。無理はしない」
「うむ。御前様、くれぐれも油断なさるな」
炎角がそう告げた直後だった。
アバンギャルド君の腕が動いた。
「来るぞ!」
カナタが叫ぶ。
次の瞬間、機体の腕から放たれた攻撃が戦闘区画を薙いだ。
「みんな、散開!」
先生の指示と同時に、一行は左右へ飛び退く。
攻撃が床を削り、破片が飛び散った。
「うわっ! いきなり何なの!?」
「文句は後! 次が来るよ!」
ハレが叫ぶ。
アバンギャルド君は間を置かず、二撃目を繰り出した。
今度は攻撃範囲が広い。
カナタは身を低くしてかわし、先生たちもそれぞれ遮蔽物の陰へ飛び込んだ。
「このままじゃ、まともに近づけない……!」
カナタは即座に判断した。
「ここは俺が出る! みんな、援護を頼む!」
オメガホーンを構える。
カナタの身体を装甲が包み込み、腕部、脚部、胸部、そして頭部へと次々に固定されていく。
起動音が響き、装着が完了した。
カナタはオメガホーンを掲げ、正面の巨人を睨みつけた。
「……行くぞ!」
アバンギャルド君が迫る。
カナタはその動きを見極め、オメガホーンに力を込めた。
「鼓膜に力を入れろ! 角醒せよ、角獣王・炎角!!」
オメガホーンから眩い光が放たれる。
【炎角獣!】
轟音とともに、巨大な角獣が姿を現した。
炎角は咆哮を上げ、アバンギャルド君と正面から対峙する。
その巨体が一歩踏み出すだけで、戦闘区画の空気が震えた。
アバンギャルド君も迎撃態勢を取る。
鋼鉄の巨人と角獣王。
二つの巨体が、ついに激突した。
◇
最初に優勢となったのは、炎角だった。
アバンギャルド君が繰り出した腕の一撃を受け止め、強靭な身体で押し返す。
相手の体勢が崩れた瞬間、炎角は角を突き出した。
巨体が宙を浮き、アバンギャルド君は後方の壁へと叩きつけられた。
激しい金属音が響く。
「すごい……!」
モモイが目を見開いた。
「炎角、押してる!」
「このまま一気に畳みかけられれば……!」
ミドリも希望を見いだしたように声を上げる。
炎角は追撃へ移った。
口元に炎が集まり、灼熱の奔流がアバンギャルド君を包み込む。
炎が晴れたとき、機体の外装には焼け焦げた跡が残っていた。
確かな損傷。
炎角の攻撃は、間違いなく通用している。
しかし――。
「……ん?」
ハレが端末の表示に目を留めた。
「ちょっと待って。今の攻撃のあと、あいつの姿勢が変わった?」
「どういうことだ?」
先生が尋ねる。
「さっきまで、正面から攻撃を受け止めていたよね。でも今は、損傷した部分をかばうように重心をずらしているように見える」
ハレは画面を確認しながら続けた。
「まだ断定できないけど……攻撃を受けた後の動きが変化している」
その間にも、炎角は再び突進していた。
先ほどと同じように角を突き出し、正面から押し切ろうとする。
だが、今度は違った。
アバンギャルド君は、炎角が接近する直前に身体をわずかに傾けた。
角の軌道から外れ、その側面へと回り込む。
「!?」
炎角が体勢を立て直すよりも早く、鋼鉄の腕が振り下ろされた。
重い一撃が炎角の肩口を打つ。
炎角の巨体が大きく揺らいだ。
「炎角!」
カナタが叫ぶ。
炎角は踏みとどまり、すぐさま反撃を試みた。
今度は角を使わず、腕を振るって打撃を繰り出す。
しかし、アバンギャルド君は正面から受け止めなかった。
半歩だけ後ろへ下がり、攻撃の勢いを逸らす。
そして、炎角の腕が伸びきった瞬間を狙い、反撃を叩き込んだ。
炎角の巨体が、再び大きく揺れた。
「……そんな」
ミドリが息を呑む。
「さっきは当たったのに……!」
炎角は攻撃の手を緩めない。
角による突進。腕による打撃。炎をまとった攻撃。
だが、アバンギャルド君は少しずつ対応を変えていった。
一度目には正面から受け止めていた突進を、二度目には重心をずらして回避する。
二度目には避けきれなかった打撃を、三度目には腕で受け流す。
そして、炎角が攻撃を終えた直後の隙を狙い、反撃を繰り出す。
まるで、炎角の戦い方を一つひとつ覚えているかのようだった。
「……これは、どういうことだ?」
先生が険しい表情を浮かべる。
カナタもまた、攻撃の変化を見逃さなかった。
最初は炎角が圧倒していた。
しかし、戦いが続くほど、アバンギャルド君の対応は正確になっている。
「炎角! 無理に同じ攻撃を繰り返すな!」
カナタの声に、炎角が反応する。
炎角は攻撃の角度を変え、これまでとは異なる動きで相手に迫った。
アバンギャルド君は一瞬だけ反応が遅れた。
炎角の攻撃が肩部をかすめ、装甲に新たな亀裂が走る。
しかし、次の瞬間には機体が体勢を立て直し、反撃に移っていた。
攻撃が通じなくなったわけではない。
ただ、同じ攻撃を繰り返すほど、相手が対応しやすくなっている。
カナタはそう判断した。
「くそっ……!」
炎角が再び突進する。
アバンギャルド君は角の軌道を外し、側面から腕を叩きつけた。
炎角の巨体が、今度は床を滑るように後退した。
鋼鉄の巨人は、もはや一方的に押されてはいなかった。
◇
「……おかしい」
ヒビキが、ぼそりと呟いた。
彼女は戦闘の様子を目で追いながら、端末に記録された映像を確認していた。
「……最初の接触時と、回避行動が違う。炎角の攻撃を受けた後、対応の仕方が変化している……」
「つまり、どういうこと?」
コトリが尋ねる。
「……同じ攻撃に対して、同じ反応を繰り返していない。攻撃の角度や、攻撃後の隙への対応が変わっている」
ヒビキは映像を巻き戻した。
「……戦闘中に、行動を修正している可能性がある」
「単に反応速度が高いだけじゃないってことか……」
ウタハが険しい顔をする。
「だとしたら、厄介だね」
「うん。炎角の攻撃が通じなくなったわけじゃない。でも、最初と同じやり方では当たりにくくなっている」
ハレも端末を操作しながら答えた。
「外部から機体の情報を引き出そうとしているけど、通信が制限されている。内部の仕組みまでは分からないよ」
「じゃあ、あいつは本当に学習しているの?」
モモイが尋ねた。
「……まだ断定はできない」
ヒビキは慎重に答えた。
「でも、少なくとも戦闘中に対応を変えている。それは確か」
そのとき、アバンギャルド君が炎角へと突進した。
炎角は迎え撃とうとしたが、相手は直前で進路を変え、攻撃を避ける。
直後、鋼鉄の腕が炎角の胴体へと叩き込まれた。
炎角が咆哮を上げ、後方へと吹き飛ばされる。
「炎角!!」
カナタは駆け出しかけたが、炎角はどうにか踏みとどまった。
それでも、その動きには明らかな鈍りが見える。
最初の激突で負った損傷に、負担が蓄積しているのだ。
対するアバンギャルド君にも損傷は残っていた。
外装の一部は焼け焦げ、装甲には亀裂が走っている。
だが、その動きは衰えるどころか、戦闘開始時よりも洗練されていた。
炎角が一歩踏み出す。
アバンギャルド君は、その動きを見てから姿勢を変えた。
次の攻撃を予測しているかのように、適切な位置へと移動する。
「……っ!」
カナタは奥歯を噛みしめた。
炎角が弱いわけではない。
むしろ、最初の攻防では圧倒していた。
それなのに、戦況は少しずつ、確実に傾いている。
相手が炎角の動きを把握し、それに合わせて対処を変えているのだとしたら――。
このまま戦い続けるのは危険だった。
「御前様……!」
炎角の咆哮が響く。
再び攻撃を受けた炎角の巨体が、大きくよろめいた。
カナタは即座に決断した。
「全員、下がれ!」
その声に、一行が反応する。
「カナタくん!?」
モモイが振り返った。
「これ以上は危険だ! 今は退く!」
「でも、アリスが……!」
「分かってる!」
カナタは、モモイの言葉を遮るように叫んだ。
「アリスを助けるためにも、ここで全員が倒れるわけにはいかない!」
モモイは唇を噛んだ。
助けたい。
今すぐにでも、アリスのところへ行きたい。
それでも、目の前の敵を突破できないまま無理をすれば、誰かが傷つくかもしれない。
そのことは、モモイにも理解できた。
先生も周囲を見渡し、決断を下す。
「カナタくんの判断に従おう。全員、撤退だ!」
「了解!」
ハレたちは退路を確認し、ユズたちも互いに声を掛け合いながら後退を始めた。
しかし、アバンギャルド君は逃がすつもりがないらしい。
鋼鉄の巨人が、撤退する一行へと向き直る。
その腕が再び持ち上がった。
「……させるものか!」
炎角は最後の力を振り絞り、口元に炎を集めた。
そして、通路を埋め尽くすほどの炎を放つ。
灼熱の奔流がアバンギャルド君の視界を覆い、戦闘区画を赤く染め上げた。
炎が遮蔽物となった隙に、カナタは仲間たちの後を追う。
「炎角、戻るぞ!」
炎角は咆哮を上げ、炎の向こうから身を翻した。
カナタたちは戦闘区画を離れ、来た道を戻っていく。
背後では、炎が少しずつ消え始めていた。
それでも、誰一人として足を止めなかった。
◇
しばらくして。
炎が消えた戦闘区画には、アバンギャルド君だけが残されていた。
機体の外装には焼け焦げた跡があり、装甲の一部にも亀裂が走っている。
しかし、機体は停止していなかった。
アバンギャルド君は、カナタたちが逃げていった方向を見つめていた。
その内部では、戦闘中に記録された情報が整理されていく。
炎角の突進。攻撃の角度。炎の放射。相手が攻撃を切り替えるタイミング。
そして、カナタたちが撤退を決断した瞬間。
蓄積されたデータをもとに、機体の応答プログラムが更新されていく。
同じ相手と再び対峙した際、より適切な対応を選べるように。
もちろん、それがどこまで機体自身の学習によるものなのか、あるいは戦闘記録を用いた自動的な調整なのかは、まだ分からない。
だが、少なくとも先ほどの戦闘を経て、アバンギャルド君の対応能力は変化していた。
やがて、アバンギャルド君は再び姿勢を正した。
そして、エリドゥの中心部へと続く戦闘区画に立ち、侵入者を待ち構えるように静止した。
まるで、次の戦闘に備えているかのように。
鋼鉄の巨人は、沈黙したまま動かなかった。
だが、その内部ではすでに、次の戦いに向けた準備が始まっていた。
カナタたちは、まだ知らない。
先ほどの戦闘で、自分たちの攻撃がどれほど詳細に記録されていたのかを。
そして、再びあの巨人と相まみえたとき、同じ戦い方が通用するとは限らないことを。
要塞都市エリドゥの中心部は、なおも彼らの前に立ちはだかっていた。