ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
アビドス高等学校。
放課後の教室。
机の上に広げられた資料を前に、アヤネは頭を抱えていた。
「……9億6235万円」
あまりにも大きな数字。
何度確認しても、その金額が変わることはない。
「何度見ても、とんでもない金額だねぇ……」
ホシノが机に突っ伏す。
「笑い事じゃありませんよ、ホシノ先輩」
「分かってるって~」
アヤネはため息をついた。
アビドス高等学校が抱える莫大な借金。
それを返済するため、アビドスの生徒たちは日々アルバイトや仕事に追われている。
その中でも特に熱心なのが、セリカだった。
彼女は学校に通いながら、柴関ラーメンでも働いている。
それでも――。
「……もっと稼げる仕事があれば」
セリカは求人誌を睨んでいた。
「セリカちゃん?」
ノノミが声をかける。
「またアルバイトを探してるんですか~?」
「うん」
「でも、柴関ラーメンでも働いてますよね?」
「それだけじゃ足りないでしょ」
セリカは求人誌をめくる。
「9億6235万円よ?」
「……」
「私たちが少しくらい頑張ったところで、簡単に返せる金額じゃない」
その時だった。
求人誌の間から、一枚のチラシが落ちる。
「ん?」
セリカが拾い上げる。
そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『アルバイト募集中!』
『時給1500円!』
『アビドス生、大歓迎!』
「……1500円!?」
セリカの目が輝いた。
カナタが横からチラシを覗き込む。
「……高くない?」
「でしょ?」
セリカが嬉しそうにチラシを見せる。
「今のバイトよりずっと稼げる」
「でも……」
カナタはチラシに書かれた住所を見る。
「場所、アビドス管区の外れだ」
「それがどうしたのよ」
「店の名前がない」
「……」
「電話番号もない」
アヤネもチラシを確認する。
「確かに……求人広告としては、少し不自然ですね」
シロコもチラシを見る。
「罠かもしれない」
「まだ罠って決まったわけじゃないでしょ!」
セリカがチラシを握りしめる。
「とにかく、一度見に行ってみる」
「セリカ」
カナタが呼び止める。
「やめた方がいいと思う」
「カナタまで……」
「条件が良すぎるよ」
「じゃあ、どうしろっていうのよ!」
セリカの声が教室に響いた。
「借金は減らない!」
「セリカ……」
「アビドスの状況だって、何も変わらない!」
セリカは拳を握りしめる。
「私は、何もしないで見てるなんて嫌なの!」
先生が口を開く。
「セリカさん」
「……何?」
「その仕事が安全かどうか、僕も一緒に確認しよう」
「……」
「もし危険な仕事なら――」
「私は認めない!」
セリカが叫んだ。
教室が静まり返る。
「え……?」
先生が目を見開く。
「今まで、私たちがどれだけ困ってても、大人は何もしてくれなかったじゃん!」
「セリカ……」
「借金だってそう!」
セリカは先生を真っ直ぐ見つめる。
「学校がなくなるかもしれないのに、誰も助けてくれなかった!」
「……」
「だから、自分たちで何とかするしかないの!」
セリカは鞄を肩にかけた。
「私は行くから」
「セリカさん!」
「大丈夫よ!」
セリカは振り返らず、教室を出ていった。
「……行っちゃった」
ノノミが困ったように呟く。
カナタは閉じた扉を見る。
「……心配だな」
先生も同じ方向を見つめていた。
「うん」
*
翌日。
「おはよう」
「おはよう、セリカ」
セリカはいつも通り学校へ来ていた。
「昨日のこと、怒ってる?」
ノノミが尋ねる。
「別に」
「本当に~?」
「本当だってば」
セリカは少しだけ笑った。
そして放課後。
いつものように柴関ラーメンへ向かう。
その姿を、少し離れた場所から見つめる二人がいた。
「……今日も行ったね」
カナタだった。
その隣には炎角。
「御前様」
「何?」
「何故、我々はあの娘についてきている?」
「心配だから」
「ならば、声をかければよいのではないか?」
「それは……」
カナタは少し考える。
「セリカは、俺たちに心配されるより、自分で確かめたいんだと思う」
「ふむ」
「だから、しばらくは遠くから様子を見る」
「なるほど」
炎角は頷いた。
「ならば、我も共に見届けよう」
「ありがとう」
カナタは笑った。
「それに――」
「?」
「炎角に今のキヴォトスを見せるって約束したから」
炎角は周囲を見渡す。
砂漠。
古びた建物。
行き交う生徒たち。
遠くに見えるアビドスの校舎。
「……確かに」
「どう?」
「我の知る人の世とは、何もかも違う」
炎角は静かに呟く。
「だが……興味深い」
「ならよかった」
「まだ見ぬものが多いからな」
炎角は前を歩くセリカを見る。
「この娘の行く先も含めてな」
*
それから数日。
セリカは毎日、学校へ来た。
そして放課後には柴関ラーメンで働いた。
その後。
例の求人先へ向かう。
カナタと炎角は、少し離れた場所からその様子を確認していた。
「今日も普通に帰ってきたね」
カナタが言う。
「うむ」
炎角も頷く。
「何事もないようだ」
「……そうだな」
最初こそカナタも警戒していた。
だが、何日経ってもセリカに異変は起きない。
学校にも来る。
柴関ラーメンにも来る。
そして求人先へ向かった後も、無事に帰ってくる。
「考えすぎだったのかな」
カナタが呟く。
「かもしれぬな」
炎角も頷いた。
少なくとも、この時点では。
二人はそう考えていた。
*
そして――。
数日後の朝。
「……あれ?」
アヤネが教室を見渡した。
「セリカさんは?」
誰も答えない。
セリカの席だけが、空いている。
「まだ来てないの?」
ノノミが時計を見る。
「もう始業時間ですよ~」
「寝坊じゃない?」
ホシノが呟く。
シロコはセリカの机を見る。
「……珍しい」
アヤネが端末を確認する。
「連絡もありません」
カナタも自分の端末を確認した。
「俺も連絡してみる」
呼び出し音が鳴る。
一度。
二度。
三度。
しかし――。
「……出ない」
カナタは端末を下ろした。
「まだ寝てるのかな?」
ホシノが言う。
「そうだといいんですけど……」
アヤネの表情には不安が浮かんでいた。
*
その日。
セリカは学校に来なかった。
翌日も。
「……今日も来てない」
アヤネが呟く。
「連絡は?」
「ありません」
シロコの表情が険しくなる。
「セリカは、こんなに長く無断欠席する?」
「しない」
カナタが答えた。
「絶対に」
そして放課後。
カナタたちは柴関ラーメンへ向かった。
「セリカちゃん?」
柴大将が首を傾げる。
「今日は来てないぞ」
「……え?」
アヤネが固まる。
「昨日は?」
「昨日も来てない」
全員が顔を見合わせる。
「……二日間」
カナタが呟く。
シロコが静かに言った。
「おかしい」
「うん」
カナタも頷く。
学校にも来ていない。
柴関ラーメンにも来ていない。
連絡もない。
そして――。
カナタの脳裏に、あの求人チラシが浮かんだ。
「……まさか」
「カナタさん?」
アヤネが振り向く。
「セリカが行ってたアルバイト先」
カナタは顔を上げた。
「俺、場所を知っています」
「本当ですか!?」
「うん」
先生が尋ねる。
「どうして?」
「何日か、セリカの後をついていってたから」
カナタは炎角を見る。
「炎角に今の世界を見せるついでに、セリカの様子も確認してたんです」
「うむ」
炎角が頷く。
「我も場所を覚えている」
先生の表情が変わる。
「……なら、そこへ行こう」
「はい!」
アヤネがすぐに端末を操作する。
「ドローンを出します。周辺の状況を確認します」
シロコが武器を手に取る。
「セリカを探す」
「私も行きます」
ノノミが立ち上がる。
「絶対に見つけましょう」
ホシノも銃を手にする。
「……うん」
カナタも腰のオメガホーンを確認した。
「炎角」
「何だ、御前様」
「セリカを助ける」
「当然だ」
炎角の声には、迷いがなかった。
*
アビドス管区。
人通りの少ない外れ。
カナタたちは、セリカが向かっていた場所へ辿り着いた。
「……ここ?」
シロコが周囲を見る。
そこにあったのは――。
古びた廃墟だった。
崩れた壁。
錆びた鉄骨。
砂に埋もれた建物。
そして。
ラーメン屋らしきものは、どこにもない。
「……」
カナタは言葉を失った。
「店は?」
先生が尋ねる。
アヤネが端末を確認する。
「住所は、ここで間違いありません」
「でも……」
セリカが通っていたはずの場所に、店は存在しない。
あるのは廃墟だけ。
「やっぱり……」
カナタは拳を握りしめる。
「最初から、アルバイトなんてなかったんだ」
炎角が地面を見つめる。
「御前様」
「どうした?」
「ここには争った跡がある」
「……!」
全員が地面を見る。
砂の上には、不自然な足跡。
何かを引きずったような跡。
そして――。
砕けた小さな端末の破片。
「これ……」
アヤネが拾い上げる。
「セリカさんのものかもしれません」
シロコが廃墟を見つめる。
「……いる」
カナタの胸が強く締め付けられた。
「セリカ……」
先生が静かに言う。
「みんな」
全員が先生を見る。
「セリカを探そう」
「はい!」
アヤネが答える。
シロコたちも頷く。
カナタはオメガホーンを握りしめる。
炎角が隣に立つ。
「行くぞ、御前様」
「うん」
二人は廃墟の奥へ向かって歩き出した。
この時。
誰もまだ知らなかった。
この廃墟の奥で待っているものが――。
単なる誘拐事件ではないことを。
そして。
カナタが手にしたオメガホーンと炎角の存在が、この事件の核心へと繋がっていくことを。