ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター―   作:ガンダムラザーニャ

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第6話 消えた少女

 アビドス高等学校。

 

 放課後の教室。

 

 机の上に広げられた資料を前に、アヤネは頭を抱えていた。

 

「……9億6235万円」

 

 あまりにも大きな数字。

 

 何度確認しても、その金額が変わることはない。

 

「何度見ても、とんでもない金額だねぇ……」

 

 ホシノが机に突っ伏す。

 

「笑い事じゃありませんよ、ホシノ先輩」

 

「分かってるって~」

 

 アヤネはため息をついた。

 

 アビドス高等学校が抱える莫大な借金。

 

 それを返済するため、アビドスの生徒たちは日々アルバイトや仕事に追われている。

 

 その中でも特に熱心なのが、セリカだった。

 

 彼女は学校に通いながら、柴関ラーメンでも働いている。

 

 それでも――。

 

「……もっと稼げる仕事があれば」

 

 セリカは求人誌を睨んでいた。

 

「セリカちゃん?」

 

 ノノミが声をかける。

 

「またアルバイトを探してるんですか~?」

 

「うん」

 

「でも、柴関ラーメンでも働いてますよね?」

 

「それだけじゃ足りないでしょ」

 

 セリカは求人誌をめくる。

 

「9億6235万円よ?」

 

「……」

 

「私たちが少しくらい頑張ったところで、簡単に返せる金額じゃない」

 

 その時だった。

 

 求人誌の間から、一枚のチラシが落ちる。

 

「ん?」

 

 セリカが拾い上げる。

 

 そこには、大きな文字でこう書かれていた。

 

『アルバイト募集中!』

 

『時給1500円!』

 

『アビドス生、大歓迎!』

 

「……1500円!?」

 

 セリカの目が輝いた。

 

 カナタが横からチラシを覗き込む。

 

「……高くない?」

 

「でしょ?」

 

 セリカが嬉しそうにチラシを見せる。

 

「今のバイトよりずっと稼げる」

 

「でも……」

 

 カナタはチラシに書かれた住所を見る。

 

「場所、アビドス管区の外れだ」

 

「それがどうしたのよ」

 

「店の名前がない」

 

「……」

 

「電話番号もない」

 

 アヤネもチラシを確認する。

 

「確かに……求人広告としては、少し不自然ですね」

 

 シロコもチラシを見る。

 

「罠かもしれない」

 

「まだ罠って決まったわけじゃないでしょ!」

 

 セリカがチラシを握りしめる。

 

「とにかく、一度見に行ってみる」

 

「セリカ」

 

 カナタが呼び止める。

 

「やめた方がいいと思う」

 

「カナタまで……」

 

「条件が良すぎるよ」

 

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

 

 セリカの声が教室に響いた。

 

「借金は減らない!」

 

「セリカ……」

 

「アビドスの状況だって、何も変わらない!」

 

 セリカは拳を握りしめる。

 

「私は、何もしないで見てるなんて嫌なの!」

 

 先生が口を開く。

 

「セリカさん」

 

「……何?」

 

「その仕事が安全かどうか、僕も一緒に確認しよう」

 

「……」

 

「もし危険な仕事なら――」

 

「私は認めない!」

 

 セリカが叫んだ。

 

 教室が静まり返る。

 

「え……?」

 

 先生が目を見開く。

 

「今まで、私たちがどれだけ困ってても、大人は何もしてくれなかったじゃん!」

 

「セリカ……」

 

「借金だってそう!」

 

 セリカは先生を真っ直ぐ見つめる。

 

「学校がなくなるかもしれないのに、誰も助けてくれなかった!」

 

「……」

 

「だから、自分たちで何とかするしかないの!」

 

 セリカは鞄を肩にかけた。

 

「私は行くから」

 

「セリカさん!」

 

「大丈夫よ!」

 

 セリカは振り返らず、教室を出ていった。

 

「……行っちゃった」

 

 ノノミが困ったように呟く。

 

 カナタは閉じた扉を見る。

 

「……心配だな」

 

 先生も同じ方向を見つめていた。

 

「うん」

 

     *

 

 翌日。

 

「おはよう」

 

「おはよう、セリカ」

 

 セリカはいつも通り学校へ来ていた。

 

「昨日のこと、怒ってる?」

 

 ノノミが尋ねる。

 

「別に」

 

「本当に~?」

 

「本当だってば」

 

 セリカは少しだけ笑った。

 

 そして放課後。

 

 いつものように柴関ラーメンへ向かう。

 

 その姿を、少し離れた場所から見つめる二人がいた。

 

「……今日も行ったね」

 

 カナタだった。

 

 その隣には炎角。

 

「御前様」

 

「何?」

 

「何故、我々はあの娘についてきている?」

 

「心配だから」

 

「ならば、声をかければよいのではないか?」

 

「それは……」

 

 カナタは少し考える。

 

「セリカは、俺たちに心配されるより、自分で確かめたいんだと思う」

 

「ふむ」

 

「だから、しばらくは遠くから様子を見る」

 

「なるほど」

 

 炎角は頷いた。

 

「ならば、我も共に見届けよう」

 

「ありがとう」

 

 カナタは笑った。

 

「それに――」

 

「?」

 

「炎角に今のキヴォトスを見せるって約束したから」

 

 炎角は周囲を見渡す。

 

 砂漠。

 

 古びた建物。

 

 行き交う生徒たち。

 

 遠くに見えるアビドスの校舎。

 

「……確かに」

 

「どう?」

 

「我の知る人の世とは、何もかも違う」

 

 炎角は静かに呟く。

 

「だが……興味深い」

 

「ならよかった」

 

「まだ見ぬものが多いからな」

 

 炎角は前を歩くセリカを見る。

 

「この娘の行く先も含めてな」

 

     *

 

 それから数日。

 

 セリカは毎日、学校へ来た。

 

 そして放課後には柴関ラーメンで働いた。

 

 その後。

 

 例の求人先へ向かう。

 

 カナタと炎角は、少し離れた場所からその様子を確認していた。

 

「今日も普通に帰ってきたね」

 

 カナタが言う。

 

「うむ」

 

 炎角も頷く。

 

「何事もないようだ」

 

「……そうだな」

 

 最初こそカナタも警戒していた。

 

 だが、何日経ってもセリカに異変は起きない。

 

 学校にも来る。

 

 柴関ラーメンにも来る。

 

 そして求人先へ向かった後も、無事に帰ってくる。

 

「考えすぎだったのかな」

 

 カナタが呟く。

 

「かもしれぬな」

 

 炎角も頷いた。

 

 少なくとも、この時点では。

 

 二人はそう考えていた。

 

     *

 

 そして――。

 

 数日後の朝。

 

「……あれ?」

 

 アヤネが教室を見渡した。

 

「セリカさんは?」

 

 誰も答えない。

 

 セリカの席だけが、空いている。

 

「まだ来てないの?」

 

 ノノミが時計を見る。

 

「もう始業時間ですよ~」

 

「寝坊じゃない?」

 

 ホシノが呟く。

 

 シロコはセリカの机を見る。

 

「……珍しい」

 

 アヤネが端末を確認する。

 

「連絡もありません」

 

 カナタも自分の端末を確認した。

 

「俺も連絡してみる」

 

 呼び出し音が鳴る。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度。

 

 しかし――。

 

「……出ない」

 

 カナタは端末を下ろした。

 

「まだ寝てるのかな?」

 

 ホシノが言う。

 

「そうだといいんですけど……」

 

 アヤネの表情には不安が浮かんでいた。

 

     *

 

 その日。

 

 セリカは学校に来なかった。

 

 翌日も。

 

「……今日も来てない」

 

 アヤネが呟く。

 

「連絡は?」

 

「ありません」

 

 シロコの表情が険しくなる。

 

「セリカは、こんなに長く無断欠席する?」

 

「しない」

 

 カナタが答えた。

 

「絶対に」

 

 そして放課後。

 

 カナタたちは柴関ラーメンへ向かった。

 

「セリカちゃん?」

 

 柴大将が首を傾げる。

 

「今日は来てないぞ」

 

「……え?」

 

 アヤネが固まる。

 

「昨日は?」

 

「昨日も来てない」

 

 全員が顔を見合わせる。

 

「……二日間」

 

 カナタが呟く。

 

 シロコが静かに言った。

 

「おかしい」

 

「うん」

 

 カナタも頷く。

 

 学校にも来ていない。

 

 柴関ラーメンにも来ていない。

 

 連絡もない。

 

 そして――。

 

 カナタの脳裏に、あの求人チラシが浮かんだ。

 

「……まさか」

 

「カナタさん?」

 

 アヤネが振り向く。

 

「セリカが行ってたアルバイト先」

 

 カナタは顔を上げた。

 

「俺、場所を知っています」

 

「本当ですか!?」

 

「うん」

 

 先生が尋ねる。

 

「どうして?」

 

「何日か、セリカの後をついていってたから」

 

 カナタは炎角を見る。

 

「炎角に今の世界を見せるついでに、セリカの様子も確認してたんです」

 

「うむ」

 

 炎角が頷く。

 

「我も場所を覚えている」

 

 先生の表情が変わる。

 

「……なら、そこへ行こう」

 

「はい!」

 

 アヤネがすぐに端末を操作する。

 

「ドローンを出します。周辺の状況を確認します」

 

 シロコが武器を手に取る。

 

「セリカを探す」

 

「私も行きます」

 

 ノノミが立ち上がる。

 

「絶対に見つけましょう」

 

 ホシノも銃を手にする。

 

「……うん」

 

 カナタも腰のオメガホーンを確認した。

 

「炎角」

 

「何だ、御前様」

 

「セリカを助ける」

 

「当然だ」

 

 炎角の声には、迷いがなかった。

 

     *

 

 アビドス管区。

 

 人通りの少ない外れ。

 

 カナタたちは、セリカが向かっていた場所へ辿り着いた。

 

「……ここ?」

 

 シロコが周囲を見る。

 

 そこにあったのは――。

 

 古びた廃墟だった。

 

 崩れた壁。

 

 錆びた鉄骨。

 

 砂に埋もれた建物。

 

 そして。

 

 ラーメン屋らしきものは、どこにもない。

 

「……」

 

 カナタは言葉を失った。

 

「店は?」

 

 先生が尋ねる。

 

 アヤネが端末を確認する。

 

「住所は、ここで間違いありません」

 

「でも……」

 

 セリカが通っていたはずの場所に、店は存在しない。

 

 あるのは廃墟だけ。

 

「やっぱり……」

 

 カナタは拳を握りしめる。

 

「最初から、アルバイトなんてなかったんだ」

 

 炎角が地面を見つめる。

 

「御前様」

 

「どうした?」

 

「ここには争った跡がある」

 

「……!」

 

 全員が地面を見る。

 

 砂の上には、不自然な足跡。

 

 何かを引きずったような跡。

 

 そして――。

 

 砕けた小さな端末の破片。

 

「これ……」

 

 アヤネが拾い上げる。

 

「セリカさんのものかもしれません」

 

 シロコが廃墟を見つめる。

 

「……いる」

 

 カナタの胸が強く締め付けられた。

 

「セリカ……」

 

 先生が静かに言う。

 

「みんな」

 

 全員が先生を見る。

 

「セリカを探そう」

 

「はい!」

 

 アヤネが答える。

 

 シロコたちも頷く。

 

 カナタはオメガホーンを握りしめる。

 

 炎角が隣に立つ。

 

「行くぞ、御前様」

 

「うん」

 

 二人は廃墟の奥へ向かって歩き出した。

 

 この時。

 

 誰もまだ知らなかった。

 

 この廃墟の奥で待っているものが――。

 

 単なる誘拐事件ではないことを。

 

 そして。

 

 カナタが手にしたオメガホーンと炎角の存在が、この事件の核心へと繋がっていくことを。

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