猫猫とフリーレンの共同研究。
それは、着々と――
いや、着々と言っていいのかは分からないが、とにかく進んでいた。
薬草。
鉱物。
香草。
そして魔法。
猫猫がこの世界の素材について説明し、フリーレンが魔法との組み合わせを試す。
そんな試行錯誤を重ねていたある日のこと。
「できた」
フリーレンが言った。
「できたな」
猫猫も頷く。
フェルン、小蘭、子翠がやって来た。
「フリーレン様、何を作ったのですか?」
「ふふん」
フリーレンが珍しく得意げな顔をする。
「これはすごい魔法だよ」
「何です?」
「虫よけの魔法だ」
「虫よけ?」
小蘭が首を傾げる。
その瞬間。
子翠の表情がわずかに曇った。
「……虫よけ?」
「そう」
猫猫が説明する。
「フリーレンの魔法に、この世界の虫が嫌う薬草の分析結果を組み合わせたものだ」
「なるほど」
フェルンは感心する。
「それなら便利そうですね」
後宮では虫は悩みの種だ。
蚊。
蠅。
その他、小さな羽虫。
季節によってはかなり鬱陶しい。
「じゃあ、試すよ」
フリーレンが魔法を使った。
「…………」
何も起きない。
小蘭が辺りを見る。
「虫、いなくなった?」
「どうだろう」
猫猫も周囲を見る。
そのとき。
ぶーん。
「ん?」
一匹。
ぶーん。
二匹。
ぶんぶんぶん。
「……あれ?」
さらに。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ――
「フリーレン様」
フェルンの顔が引きつる。
「何?」
「増えてませんか?」
「……そうだね」
増えている。明らかに増えている。
どこからともなく虫が集まってくる。
「きゃあ!」
小蘭が悲鳴を上げた。
「虫がいっぱい!」
「フリーレン様!」
フェルンも慌てて虫を払い始める。
「どこが虫よけの魔法なんですか!」
「おかしいなあ」
フリーレンが首を傾げる。
「きゃあああ!」
別の悲鳴。
子翠だった。
フェルンが振り返る。
「子翠、大丈夫ですか――」
「きゃあ! きゃあ! きゃあ!」
違った。
悲鳴ではない。歓声だ。
「こんなに虫が!」
子翠の目が、これ以上ないほど輝いている。
「ああ! あの虫!」
走る。
「あっ、こっちにも!」
しゃがみ込む。
「見て見て! こんなのまでいる!」
また走る。
「ああああ! こ、ここは天国なの……!?」
「…………」
フェルン。
「…………」
小蘭。
二人とも子翠を見ている。
「子翠って、本当に虫が好きなんですね……」
「私も、ここまでとは思わなかった……」
一方、研究者二人は虫だらけになった惨状を前に、冷静に分析していた。
「おかしいなあ」
フリーレンが言う。
「これ、虫よけの魔法になるはずじゃ……」
猫猫が応える。
「組み合わせ方が良くなかったのかも」
「逆効果になるような反応をした?」
「可能性はある」
「う~ん」
フリーレンは考え込む。
「私達の世界とこちらの世界では、薬物と魔法の関わり方が違うのかも……」
「なるほど」
猫猫が頷く。
「ならやり方を変えよう」
「そうだね」
フェルンが振り返る。
「まずこの状況を何とかしてください!」
「分かった分かった」
「本当に分かってるんですか!」
虫だらけになったフェルンと小蘭は必死に虫を払い続けている。
もっとも子翠にとっては――
「この魔法、残して!」
大成功だった。
そして数日後。
「今度こそ完成」
猫猫が言った。
今度は、猫猫が虫の嫌う植物をいくつか選び、香りや刺激が強くなりすぎないよう配合する。そこへフリーレンが、効果を長持ちさせる魔法を加えた。
「今度は虫が寄ってきたりしませんよね?」
フェルンが疑わしそうに聞く。
「多分」
「多分?」
「実験では大丈夫だった」
猫猫が答える。
「なら信用します」
「私より猫猫を信用してない?」
「日頃の行いです」
「ひどい」
そして。
実際に使ってみると――今度は大成功だった。
虫が寄ってこない。
香りもそれほど悪くない。
しかも、フリーレンの魔法によって通常より長く効果が続く。
後宮の侍女たちから大好評となった。
「これ、すごくいいわ!」
「夜も虫が来なくなった!」
「もっと置いてほしい!」
猫猫は満足そうだった。フリーレンも少し得意げである。
「成功だね」
「ああ」
魔法と薬学。二つの異なる世界の知識が組み合わさって生まれた、記念すべき実用品。
――だったのだが。
「…………」
一人だけ、絶望している者がいた。
子翠である。
「…………虫がいない」
「うん」
猫猫が答える。
「虫が……」
「いないな」
「私の虫がいない!」
「お前の虫ではない」
「どこにもいない!」
「虫よけだからな」
「撤去して!」
「嫌だ」
「なんで!?」
「みんな喜んでるから」
「私が喜んでない!」
「知るか!」
「私の虫があああああ!」
子翠は本気で悲しんでいる。
フェルンが少し気の毒そうに見る。
「猫猫様」
「何だ」
「子翠だけ使わないということには?」
「薬は周囲に置いて使うものだから、柘榴宮全体から減る」
「なるほど……」
「嫌あああ!」
子翠の悲鳴が響く。
そこで、フリーレンが言った。
「じゃあ、あれ使う?」
「何?」
子翠が顔を上げる。
「最初に失敗したやつ」
子翠の目が輝いた。
「虫寄せの魔法!?」
「うん」
「使って!」
「でも……」
「お願い!」
ぐいっ。
「お願いお願いお願い!」
「近い近い」
結局――フリーレンは子翠が虫を探しに行くときだけ、虫寄せの魔法を使う羽目になった。
「わああああ!」
虫が集まってくる。
「いた! いたいた!」
子翠は大喜び。
少し離れたところからフェルンが見ている。
「……結局、失敗作も役に立ちましたね」
「世の中、何が役に立つか分からないね」
フリーレンが言う。
猫猫も頷いた。
「失敗したものにも使い道はあるということだ」
「いいこと言ってるみたいですけど、虫を集めてるだけですよね」
「細かいこと気にしない」
「気にしてください」
そして、猫猫とフリーレンは、これだけでは満足しない。
確かに、虫よけの薬は成功。しかし、言ってみれば今までの虫よけ薬を改良し魔法である程度長持ちできるようにしただけ、とも言え、画期的とまではいかない、と二人は思った。
そこで、新たなタイプの虫よけ薬を製作しようとする。
「置くタイプだと、持ち歩けない」
猫猫が言う。
「じゃあ、身体につける?」
「そのままでは難しいな」
「皮膚に塗る形とか」
「それだ」
再び研究開始。
香草の種類を変える。
油と混ぜる。
濃度を調整する。
フリーレンが効果を安定させる。
そして試作品完成。
「じゃあ試すよ」
フリーレンが腕に少し塗る。
「…………」
「どう?」
「…………」
「フリーレン?」
「ヒリヒリする」
「…………」
猫猫が塗った部分を見る。
少し赤くなっている。
「う~ん」
「痛い」
「洗えば大丈夫だ」
「‥‥‥洗ってしまえば薬も洗い流されるよね」
「‥‥‥意味ないな」
「‥‥‥う~ん、上手くいかないねえ」
フリーレンが言う。
「今度は香草の濃度を半分にしてみるか」
猫猫が答える。
「それなら魔法の方を少し強くする?」
「いや、先に薬だけで試そう」
「なるほど」
魔法の天才と薬学の天才。
二人が手を組めば、世界を変える発明が生まれる――かもしれない。
だが、その世界を変える発明へたどり着くまでには、どうやら、かなり長い道のりがありそうだった。