猫猫とフリーレンの共同研究。
虫よけでは、成功と失敗を行ったり来たりした。
しかし二人は懲りない。
むしろ――
「失敗したってことは、改善するところが分かったってことだからね」
「そうだね」
完全に同じ思考である。
そして、発明の道はさらに続く。
今度は――
「これはいいものができた」
猫猫が自信満々に言った。
「なになに?」
小蘭が面白そうに覗き込む。
桶の横には、何やら見慣れない液体が置かれている。
「何これ?」
「これはね」
猫猫が胸を張る。
「服の汚れをきれいさっぱり落とす洗剤だよ」
「洗剤?」
「そう」
今回、猫猫とフリーレンが目を付けたのは――洗濯だった。
フリーレンの世界には、「服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法」が存在する。フェルンが一級魔法使いになった折、特権としてもらった伝説級の魔法である。
ならば、その魔法がどうやって汚れを落としているのか解析し、その仕組みをこの世界の植物や薬剤で再現できないか。
それが今回の研究である。
成功すれば、魔法を使えないこの世界の人々でも、簡単に衣類を洗えるようになる。
後宮には大勢の人間が暮らしている。
当然、洗濯物の量も膨大だ。
もし従来より簡単に汚れを落とせるものが完成すれば――これは間違いなく大発明である。
「じゃあ、やってみるよ」
猫猫が桶に水を入れる。
そこへ試作した洗剤を少量。
そして汚れた布を入れる。
ごしごし。
「おお!」
小蘭が声を上げる。
「すごい! 落ちてる!」
「だろ?」
猫猫は満足そうだ。
油汚れ。
泥。
食べ物の染み。
今までならかなり苦労して落としていた汚れが、面白いほど簡単に落ちていく。
「これ、すごいよ猫猫!」
「まだ試作だけどね」
「これがあったら洗濯、すっごく楽になるよ!」
「そうでしょう」
猫猫も手応えを感じている。
だが、小蘭が首を傾げた。
「ねえ、猫猫」
「何?」
「この泡……」
ぶくぶく。
「うん」
ぶくぶくぶく。
「なんか、すごくない?」
「…………」
猫猫も見る。
ぶくぶくぶくぶく。
確かに泡が多い。
「いや、でも」
猫猫は布を見る。
「洗浄力は完璧だ」
「でも泡が……」
「少しくらいなら問題ない」
ぶくぶくぶくぶくぶくぶく。
「……猫猫?」
「…………」
泡が桶から溢れ始めた。
「これ、少し?」
「想定より多いな」
「溢れてるよ!」
「まあ、水で流せば――」
ぶわっ。
「きゃあ!」
小蘭が飛び退く。
泡が一気に溢れた。
床へ。
さらに床から周囲へ。
「猫猫! 泡! 泡!」
「分かってる!」
「止まらないよ!」
「なぜだ!?」
泡は増える。
どんどん増える。
桶の周りどころではない。
部屋の床が真っ白になっていく。
「うわあああ!」
小蘭は逃げる。
猫猫は泡まみれになりながら洗剤を見る。
「配合を間違えたか!?」
「猫猫、こっちにも来た!」
「水を――いや、水を入れたら余計に泡立つか?」
「そんなこと考えてないで止めてよ!」
ついには――部屋から泡が流れ出した。
その頃。
「フリーレン様」
「何?」
フェルンが廊下の向こうを見る。
白いものが流れてくる。
「……あれ」
「ん?」
フリーレンも見る。
もこもこ。
もこもこ。
泡である。
大量の泡が部屋から吹き出ている。
その中から。
「うわあああ!」
小蘭が飛び出してきた。
頭に泡を乗せている。
続いて。
「おかしいな……」
猫猫が出てきた。
こちらも泡まみれ。
フェルンは無言でフリーレンを見る。
「…………」
「…………」
「フリーレン様」
「何?」
「あれ、何ですか?」
「う~ん」
フリーレンは腕を組んだ。
「おかしいなあ」
「何がです?」
「フェルンの『服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法』の解析結果を、この世界の薬草と合わせたんだけどな」
「…………」
フェルンの目が細くなる。
「それでこの前、私に『服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法』を何回も使わせたんですね」
「ああ、あれね解析に必要だったから」
フェルンの目がさらに細くなる。
「…………」
「フェルン?」
「…………」
「怒ってる?」
「怒っていません」
「絶対怒ってる」
「それより」
フェルンは泡だらけの部屋を指差した。
「あれ、どうするんです?」
「まあ……」
フリーレンは泡を一つ取る。
「解析はできるから、なんとか……」
「…………」
「フェルン」
「はい」
「そんな目で見ないで……」
「どんな目ですか?」
「ものすごく冷たい目」
「気のせいです」
「絶対気のせいじゃないよ」
そこへ猫猫がやって来た。
「フリーレン」
「何?」
「問題が起きた」
「見れば分かるよ」
「洗浄力そのものは高い」
「うん」
「油汚れもかなり落ちる」
「成功じゃん」
「ただし」
猫猫が周囲を見る。
泡。
泡。
泡。
どこを見ても泡。
「異常に泡立つ」
「そうみたいだね」
「なぜだろう」
二人は並んで考え込む。
フェルンが言った。
「その前に片付けませんか?」
「でも原因を――」
「片付けませんか?」
「……はい」
「はい」
二人とも素直になった。
その後、フリーレンの魔法を使い、なんとか泡は片付けられた。
そして改めて試作品を検証する。
「汚れは?」
猫猫が聞く。
小蘭が洗った布を見る。
「すっごく綺麗」
「やっぱり洗浄力は高いな」
「でも泡がすごいよ」
「そこなんだよな」
フリーレンも考える。
「魔法では汚れだけを綺麗に消してるんだけど」
「それを薬剤だけで再現しようとすると、別の反応まで起きるということか」
「多分ね」
「なら、この成分を減らして――」
「こっちを別の植物に変える?」
「試してみる価値はある」
「うん」
もう次の研究を始めようとしている。
フェルンがため息をつく。
「フリーレン様」
「何?」
「今度は外で実験してください」
「どうして?」
「どうしてだと思います?」
フリーレンが周囲を見る。
まだところどころに泡が残っている。
「……分かった」
小蘭も言う。
「絶対、外がいいよ」
「小蘭まで……」
「だって私、泡まみれになったもん!」
「でも服は綺麗になったでしょ?」
「そういう問題じゃないよ!」
そこへ、騒ぎを聞きつけた子翠がやって来た。
「何してるの?」
「洗剤の実験」
猫猫が答える。
「へえ。成功した?」
「汚れは落ちた」
「じゃあ成功じゃない」
「泡で部屋が埋まった」
「…………」
子翠は少し考える。
「面白そう」
「「面白くありません!」」
フェルンと小蘭の声が揃った。
猫猫は試作品の容器を見つめる。
洗浄力は申し分ない。
むしろ従来のものより遥かに優れている。
しかし、使えば周囲が泡だらけになる。
「……役に立つのか、立たないのか」
猫猫が呟く。
「微妙だね」
フリーレンも言う。
「でも、方向性は間違ってない」
「うん」
「泡を抑えられれば完成だ」
「じゃあ、私が泡を消す魔法を使って泡を消して――」
「待ってください」
フェルンが止める。
「何?」
「洗剤を使うたびにフリーレン様が魔法で泡を消すなら、最初から私が『服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法』を使った方が早いのでは?」
「…………」
フリーレン。
「…………」
猫猫。
二人は顔を見合わせた。
「……確かに」
「そうだね」
「今気付いたんですか?」
フェルンは頭を抱えた。
魔法の天才と薬学の天才。
二人の頭脳を組み合わせれば、これまで誰も想像しなかった発明が生まれる。
それは間違いないが、それが本当に役に立つか‥‥‥何とも言えなかったりするのだった。